世界

2017年8月24日 (木)

【随筆】「大いなる旅の始まり」プロローグ

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この前の「復活」という日記で、
「全方面に向けて行動を開始する」と言ったような類いのことを書いたのだけど、
その方面の1つとして、自分の旅の随筆をまとめるということをやろうと思っていて、今日から少しづつこれを遂行していくつもり。
ここのタイムラインである程度まとまったら、その旅をした年のアーカーイヴに移そうと思うがそれはまだ先の話。
あまりにも物語のモチーフになるようなエピソードは、出し惜しみつつ、
いつか冒険ファンタジーのような本にして遺したいと思っているのだけど、それももっと、先の話。
ここでは、なぁんとなく心に残っていることや刻まれている旅の記憶を元に、
それを多少でも留めておくような感じで記していきたい。
正確に「記録」できる時期は過ぎてしまった。
今からはたよりない記憶をもとに、それでも忘れられない瞬間とか感覚とかを、
わりと脈略なく綴っていくことにする。

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Liwa砂漠のSunset。

* * *

夢。
夢と旅、というのはわたしの中でわりと密接な繋がりがある。
2010年にモンサンミッシェルに旅をした時以来、
それは時々わたしに起こる出来事なのだ。
その出来事が起こると、理屈ではない部分で、旅に必然が生まれる。
この場所に来るわたしを、わたしが手前で予期していたようなそんな気持ちになる。
それは単に、旅する先で、いつか夢で見た景色と出会うという、
たったそれだけのことなんだけど。

2015年に幻冬舎の仕事で、アラビヤにまるひと月行った。
それから起きたいろいろな流れに乗っかって、2016年に1週間強、ギリシャに行った。わたしが個人的にまずまとめて整理したかったのはギリシャでの日々なのだが、ギリシャでわたしがしたことの動機のすべてにアラビヤが関係しているわけなので、誰かしら読んでくれる人のためにもここは時系列にゆこうと考え、
アラビヤから始めることにする。

アラビヤ。
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わたしが立っているこのカフェというかお店が、
わたしがアラビヤに来る前に夢の中で見た場所である。
夢の中でここは、わたしが以前働いていたAlwaysというお店で、
夢を見ていた時のタイムラインにならい、ママちゃんは、産休か何かで、
わたしは、さおりという一番親しい後輩であり仕事仲間と二人で、
夢の中でこのお店を切り盛りしていた。

するとわたしたちは何やら、ミッションインポッシブル的なミッションを与えられ、わたしはスケボー型のそりみたいなものに乗っかって、この先にある村のゲートをくぐって外に出るという夢。
ここは間違いなくその場所だった。そりで猛スピードで抜けた時仰向けに見たゲートまでも同じだった。

この場所はHeritage Villageというところらしい。
Heritage(ヘリテッジ)というのは、世襲とか、受け継がれていく先祖代々の何かしら、といったようなことで、つまりこの場所は、
近代化したドバイの街中の中で、昔ながらの雰囲気を再現した、日本で言うところの竪穴式住居とかを展示しているような、そういったエリアということで、
かといってドバイ自体は歴史も浅いので、だからといって何かピン、とくるようなものはなかった。
(でもやっぱり不思議だなあ、まったく縁もゆかりもないと思っていたこの街に、勝手に懐かしいと思う景色があるのは)
わたしはそんなことを思った。
だって、わたしの中ではもうここは、さおりと一緒に毎日にいつも働いているalwaysの店内であって、あのカウンターの内側にはおしぼり入れがあるのである、わたしの頭の中を優先したならば。

そんな具合で同じような体験をギリシャでもした。
今日はプロローグなので全体をごちゃまぜにするけど、
夢の中でそこはわたしが慕っているnanaさんという、凄まじく美人でスタアみたいな容姿なのに気さくな先輩と、二人で待ち合わせをしているBarなのだった。
わたしたちはそのプチホテルに泊まっていて一緒に旅をしている。
けれど今日はバラバラに出かけて日が落ちたらこの下のBarで待ち合わせる。
わたしが帰った頃には、nanaさんは入り口のハイテーブルで何かを飲んで待っていた。そんな夢だった。

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ホテルを予約しようとウェブを見ていた時、
この蓄音機のあるウッディなBarというかCafeの写真を見て、「んん?」と思った。
あれ、わたし、ここ、何か知ってる。
そうしてそれは本当に不思議なのだけれど、わたしはそこで一生懸命考えて初めてそういえば夢で見たことを思い出すのである。
大体の場合は。モンサンミッシェルの時はそうじゃなかったけど。
だから「その瞬間に勝手にそんな夢を見たという妄想が生まれるんじゃない?」と訊かれると、正直わからない。夢日記をつけているわけじゃないし、夢ってやっぱり起きていると薄れていくものだからね。
それでもわたしは何かどうしてもこのホテルに泊まらないといけないような気がして、その場でbookしたのである。

写真は昼間のしかないけれど、
夜中の0時にチェックインをした時(飛行機がアテネに着いたのが22じ半とかの便だったのだ)、わたしはすぐに、鎮まりかえったこのcafeをのぞきに行った。
そこは、やっぱりその場所だった。今にもnanaさんが「遅いなぁ、モカ、待ちくたびれたで」とか言って、奥のハイテーブルから言ってきそうな。
(実際はここにハイテーブルはなかった。夢の中にはあった、日本の古〜い喫茶店とかにある、変なゲーム機とテーブルが合体したような代物も)

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一人旅って誰も自分をカメラに収めて記録してくれないから、
ついこうやって街の鏡で自分を撮っちゃう。旅をしているわたし、アテネ2016。

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パルテノン神殿に向かう、とぐろを巻く坂道の途中にて。

なぜ、今日プロローグが夢の話になったのか、
自分でもいまいちわからない。
けれどもこれを最初にしておいたほうがいいような気がしたのだ、完全に脈略なく。
小説とかを書いていると、冒頭に出てきたモチーフというのは、必ず、
完全に重要な形で回収されなければならないのだけれど、
これは徒然放浪記、思いつくままゆるく行こう。
こうしてざっくばらんに書き進めて行ったものが、
ある時勝手に繋がっていくようなミラクルも、
物語を書いていたら、よくあったり、することだから。

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Liwa砂漠の空に浮かぶ、刃物のように鋭い三日月。

今日これだけの分量を書いて写真を載せたりして整えるのに、
だいたい1時間強くらい。いつもの月モカくらいの所用時間だ。
1時間強なら続けていけるだろう、いや、続けて行こう。
何か、塵のような時間を、少しづつ踏み固めて何かしら、形あるものをつくってゆこう、そう思っているのだから。1時間という時間は、わたしみたいなタイプだと、ソファに寝っ転がって、ぼやん、としていればあっという間に経つわけであって、
そしてその時間をとても愛してはいるのだけど、
必要な「ぼやん」ではなく惰性の「ぼやん」タイムは、
今後この随筆に変えてゆこうと思う。
新作執筆のいい気分転換にもなると思う。
うん。1時間は、許される気分転換だよね。

あんまりだらだら書いても仕方ないので今日はここら辺で終わって、
そもそも「旅はなぜ始まったのか」ということに始まる1章へ続く。

(読む人が読みやすいように、分かりやすく章立てしておきたいと思っていますがまだノープラン。日付を入れたらいいのかな)

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わたしたちのバス、あんなに小さい。人という小さな米粒みたいなのが、
今、太陽の熱冷めやらぬ大地の上に寝っ転がっている。

          
2014年の10月、ドバイ行きの話は突然にやってきました。

                                                          

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2015年11月18日 (水)

"したたかさ”

今日、ニュースを見ていたら、シリア空爆に関して、
イスラム国が傷ついた少女や子供の画像を投稿して、

「一般人が巻き込まれているということを強調する“したたかさ”も持ち合わせています」

とのナレーションがあり、
そのような見解で報道がなされていることにわたしは怒りを覚えた。
“したたかさ”ではなく、それは事実である。

フランスのテロは悲しい。
けれどこれで「イスラム国」は悪いやつらだ、根絶せねばとなって、
シリアへの空爆がまるで正義であるかのようになっているこの流れがわたしにはとてつもなく怖ろしく見える。

イスラム国をやっつけるというが、
ピンポイントでそういうヤツらだけを攻撃するだなんてできるわけがないのだから、
罪もない子供が巻き込まれて怪我をしたり亡くなっていることは事実だ。

その視点で言えばシリアの巻き込まれたた子供達も、フランスのテロで亡くなった人達と同じであるのに、なぜISILがそれを訴えるとそれは「したたかさ」になるのか? 

わたしには、このテロを皮切りに待ってましたとシリアを攻撃しまくっているサイドに対して、
どちらかというと「したたかさ」を感じるのだけれども。
日本の報道はとても偏っている。
そのことがわたしはとてもおそろしい。

小さな赤鬼が泣いていて
「僕のお父さんは桃太郎というやつに殺されました」という広告が2013年?
に大賞を獲ったけれども、ISILが悪いというが、ではISILを生んだのは誰だ?
桃太郎は「悪い鬼を退治しに」鬼ヶ島まで行ったというが、
その鬼たちはほんとうに「悪い鬼」だったのだろうか? 

もしかしたら桃太郎というやつが勝手に父親を大義名分の元に殺して、
自分たちの暮らしをめちゃくちゃにしたから、
小さな赤鬼は報復を誓いそのことだけを1秒たりとも忘れずに、
大人になったりしたのではない?

※わたしが怒っているのは、トリコロールにして哀悼の意を表明した人達へにではない。痛みや哀しみの裏側で、それをチャンスとばかりに駒を進める、正義の顔をして戦争が大好きなやつらに対してである。

Takei Hiroeさんの投稿をシェアしたときの文の転載です。
元の投稿をこちらでもシェアさせて頂きます
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(Hiroeさんより)
トリコロールはフランス軍も掲げているフランスの国旗です。
個人的に説明した人もいますが、
やはり英国でもトリコロールの氾濫が問題になりました。

Facebookでも国旗のもつ意味を踏まえずに(ピュアな気持ちで)2クリックする人が続出、
まるで皆がフランス軍側についているように見えてしまうというこの構造に、
私個人は違和感を超えて怒り心頭、落ち着くのに時間がかかりました。

今回(シリア介入に反発して起こった)一連のテロでも、
フランス軍を含むアメリカ率いる連合軍がやっているシリア介入でも、関係のない一般市民の命が奪われています。
どっちもやっているわけです。あえていうなら先にやったのは連合軍です。

命はどの国籍であっても平等であるべきだという考えを踏まえると、
一般市民が殺される悲劇に対して祈りをささげる、純粋に平和を願う気持ちを表明するのに、当事者の片方であるフランス軍が掲げるトリコロールをチョイスするのはどう考えても適切ではないと思います。

もちろん、アメリカの会社であるFacebookで準備されていたのがトリコロールだったわけですから、深く考えずにピュアな気持ちで2クリックした人が多いと思います。
特に自分は連合軍側だという政治的意思表明をするつもりもなかった人も多いと思います。
でもそうじゃないなら、そういう風に見えちゃってるよ、
あなたの意図に関係なく、と言っておきたい。

そして私が怒り心頭だったのは、祈りを捧げるという名目を掲げておきながら、そこで敢えてフランス国旗を出してきたその裏にある意図に対して、です。人のピュアな気持ちを利用して、戦争を盛り上げようとしているのではないかとしか思えなかったのです。

国旗というものは政治的なシンボルとして使われる事があるものなのです。
政治的な意思表示として見なされるという可能性を忘れてはいけないと思います。

今回の事件に関わる事全てにおいて、哀悼の念を改めて表します。パリ在住の娘達の親戚は皆無事でした。次はロンドンかと思うとかなりびくびくします。
いまさらですが、自分の考えの整理も兼ねて、あえて書いてみました。

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2015年7月 3日 (金)

TENQ

わたしたちが生きているこの世界の素晴らしさ。
触れながら生きてゆこう。

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