文学

2015年10月21日 (水)

同窓会

昨夜、初めて新潮エンタメ大賞の受賞者が集まって同窓会しました。
いわゆる同窓会って実は結構苦手なんだけど、昨日はすごくいい夜でした。

人生の中で同じ体験をした、たった数人の同志。
受賞以来みんな作家として生きていて、同時にやってる仕事やぶつかっている壁はバラバラで、考えかたも真逆だったり。
けれど「書く」ことについて話していると、
みんな入り口は違うのに同じところに繋がってゆく不思議さ。

ストーリーを組み立ててからそれにふさわしい人物を考える順番で小説を書くやりかたがあったなんて!!
↑ストーリー先行型というらしい。
なんか本音で色々話せてすごく元気がでたなぁ。
これからも大切に関係を紡いでゆきたい。

メンバーは第1回受賞者の吉野万理子さん、第4回受賞者のモカコ、第5回受賞者のコタツこと小島達矢(キャップかぶってる)、第7回受賞者の水沢秋生さん。

‪#‎新潮エンタメ‬

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2013年12月17日 (火)

トークショー無事に終了しました♪

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関西でのトークショー、無事に終了しました!
✿♬゚+.(。◡‿◡)♪.+゚♬✿。
ひょんなことから付き添ってくれた沙央里の存在にとっても支えられました。
machikoちゃんと入念に打ち合わせしたはずのトークショーでしたが、
実際本番が始まってみると、初めてのこともあって、なんだか緊張してしまい、
まごついたスタートになってしまいましたが、温かく見守ってくださった皆様に心より感謝します!人前で話をするのはなかなか難しいですね!

参加者はほんとに多岐にわたりまして、宝塚に入るためのミュージカルスクール時代の同期から、日本語の先生まで。NYから帰国中のヨーコや関西在住のalwaysのお客様がご夫婦できてくださったり、手作り感あふれるトークショーが、
温かい客層によって色づいた夜でした。来て下さったみなさまに感謝!!

終了後は、ワールドエンズガーデン(古本)のオザワさんはじめオザワさんのお友達や時間がまだあるわたしの友人数人でプチ打ち上げをしました。
このメンバーは文学に精通した方が多く、「ストロベリーショートケーキラム」も読んでくださってそれについての意見交換など、なんだかレアで貴重な時間を過ごしました!
そうそう!作中に出てくる「スティファニー」が「ティファニー」だと気づいてくれたオザワさんがティファニーの画集を用意してくださっていました!
(下の写真でさおりが持っているやつ)
あ、でもラムが描いている絵はもっとアグレッシヴですけどね!!

今回のイベントを企画してくださったmachikoちゃんに心より感謝をこめて!
また機会があればこういう風にミニマムな空間で、丁寧にひとりひとりと繋がることができるようなイベントを時々してゆけたらなあと思います。
そのときにはもっと空間の話運びをうまくやりたい!笑

ご来場頂きましたみなさま、ほんとうにありがとうございました!これからも精進したいと思います!写真はbyさおり。トークショーの模様など。

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2013年4月15日 (月)

ハルキ様新刊読了。

ハルキ様新刊読了。
得体の知れない感覚にとりつかれて、同時に、いままで記憶にある限り4回目といえる不思議すぎる類の夢を見たことで、自分も物語世界のはじっこにいるような不可思議な気分になって、自分の人生も今日どこかの地点で、いままでとまったく同じようで、実はまったく違うチャンネルに切り替わったような、そんな奇妙なことを狂信してみる。景色も、世界も、何かもかも同じようで「感触」や、「目に見えないところ」がまるで違っている。

村上春樹は、内容のクオリティうんぬんでなく、人生においてその作品にぶつかる読者のタイミングじゃないかとわたしは思っている。
そして、わたしの人生の船の進み具合に、村上春樹という風は、いつもとても、驚くほど相性がいい。それは、雨の終わりを見計らって、きちんと空に浮かぶ虹のように。
村上春樹という虹をみて、いつもわたしは自分の雨季の終わりを知る。

つまりこれは、作品の完成度やレベルや書評とは全く違う次元の話で、自分にとってそういうところに村上春樹がいる以上、わたしは一生村上春樹の作品を評することはできない。

なぜならそれは、モノではなく細胞のように、わたしの体内に吸収されてしまうから。

ともかくこの、帯の言葉の素直さがわたしはとても好きだ。

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2013年4月13日 (土)

ハルキサマ新刊DEBUT!

本が売れないとか言われているこの時代にさ、新しいiPhoneの発売日級の行列を、深夜から作るってやっぱすごいよね〜(;゜0゜)
と思い発売日に(昨日)購入。いまから読む。

ちなみに1Q84は1.2一気読みして3待ってる間に内容のディテール忘れて、また頭から読むんかい!( ̄O ̄;)
というあたりで癪に触って2で止まっている。
今回そういう心配なさそう。
これを機にハルキ様巡礼しようかな。ハルキストを名乗るにはやや読めてない本が多いので。
1971のピンボールあたりまた読みたい。
芝居は割と雑食というかなんでも観るのに本は好きな作家ばかり偏って読んでしまう。読書がもともと趣味だったからなんだけど、あかんなぁ。もっと色んな本を読まないとね!でも今日はこれ。

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2013年3月 4日 (月)

鈴木いづみ

「鈴木いづみ」を通ってこなかったわたくしがまさか33歳にして、
昨夜高円寺の、八歳年下の妹の本棚で、鈴木いづみに遭遇してしまったという、ある種の事件。このタイミングで彼女にぶつかる人生の巡り合わせよ!

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2013年1月18日 (金)

何者!?

一気に読んでしまったよ一気に。ひさしぶりだよ寝落ちするギリギリまで読んで、起きたらまたすぐに開いて…みたいな。
というわけで我が家の午後は「何者」というか「朝井リョウの世界」が支配しているいま。

いやー、凄まじかったな。朝井くん凄いな。デビュー作の「桐島」以降ずっとわたしは朝井くんのファンを公言しているのですが、今回の「何者」はまた一段階凄いというか、彼のとんでもないバランス力と圧倒的な器量を感じました。
感動、というより、敬服。
個人的にはどうやったらこういうふうに物語を書けるんかい!と思ってしまう。
感情や感性もすごいのに、きっと朝井くんは書いているときすごく冷静なんだろうなって思う。
直木賞受賞のとき選考委員が「才気」という言葉を朝井くんに対して用いていて、才気ってよくわからなかったので調べた。

「才気(さいき)」=よく気がつき、巧みに物事を処理する知的能力。

まさに才気溢るる、という感じだなあ。

なんか朝井くんの作品は読む度にその才能をすごく見つけてしまうので、物語の感想というより朝井くんへの感想になってしまってごめんなさい。こう書くと作家の能力押しがすごいのかと誤解されるかもしれませんが、朝井くんは物語の中では完全に黒子になっている人。すばらしい音響さんが「音が芝居の邪魔をしないように」音を入れるがごとく、物語中に朝井くんはどこにもいません。だからこそ彼はすごいのです。私小説みたいだけど私小説じゃないから。

物語に関しては、妹達が「あきちゃん(=わたし)就活したことないから共感でけるかなぁ」と言ってたけど、ディティールは体験したことなくても、端々で共感できるものがあって、この感覚は全国共通のマクドナルドあるあるくらい、あるあるなことかなと思った。
その点でも、大衆小説としての直木賞にふさわしい作品だなあと思う。

だって就活をしててもそうでなくても、20代、一般的な青春の終わりと呼べる時期に、何者かになりたくて足掻いた日々の焦燥や痛々しさや、そういうものはきっとみんな同じだよね。
特にわたしは日芸だったし、朝井くんが早稲田のキャンパスをモデルにしてるかは分からないが早稲田演劇にも出入りしてたから、なんかあの小劇場演劇感は懐かしかった。わたしたちは逆に就職していくやつを「そんな程度の思いで芝居やってたのかよ」と馬鹿にし、見下していたかもしれないね。今は違うよ。

誰かを否定したり蔑んだりしないと自分が「何者」かわからなくなって立っていられなくなるような時期ってあるよね。誰かと区別し仕分けしないと自分がどこで誰なのかわからなくなるような。そんなころ、わたしも髪を金髪にして、似合いもしないのにYUKIちゃんみたいな格好をして「個性的」だと誰かに言われるのを待っていた。

なんかつまりは「ほんとにあなたそれで幸せなの?そうはみえないけど」って詰め寄って来る人って、そのひとが全然幸せじゃないんだ。ほんとうに幸せな人は人が見つけたそれぞれの幸せをけして否定しない。個性について答えが出ているひとは自分の個性についてつきつめて考えたりしない。自分が「何者」かって答えを出せた人は、周りが「何者」かなんて気にしない。

なあんてことをいっちょまえに言えるのは30代になってもはや「何者」とかどうでもいい時期にきてしまったからで(笑

あの頃わたしも必死で自分が「何者」か、探していた。
杉田萌香とかって自分に名前つけてみたり。笑 それを数年かけて中島萌香子に変えてみたり。でもって遊び半分で作家っぽいとかって勢いで作って応募作品にクレジットした「中島桃果子」って漢字がなんの前触れもなく、わたしの「何者」を説明する名前になった。ようやくわたしは自分に勝手に変な名前つけてそれで呼ばせているイタイ子から卒業できた。笑

思ったけど、「何者」作中で登場人物たちが「イタイ」とか「サムイ」とか言ってる行動のすべてを、今もなお、わたしは満たし続けているようデス。
ツイッターやFBやブログで「世界を手にする」みたいなこと平気で言ってるし。
「あたしは誰でもない、アタシナンダ!あたしでしかナインダァ!」みたいなことも叫んじゃってるし。
33歳だし。やばいし。それ。

だからわたしはもはや朝井くんってわたしのことそう思っているんじゃないかっていう被害妄想の段階に突入(笑 
でも朝井くん、わたしに何かしらの「感情」を割くほどの関係でもないし。ただ編集者が同じってだけやからさ。わたしと朝井くんの共通の感心は「壺井さんがいつ寝てるのか」ってことだけよ。

ギンジってるわたしだけどさ(何者読んだひとならわかる?)でもギンジの、
「みんながんばれ。がんばってることを言葉じゃないもので伝えようと思って、今日も舞台の上にいるよ」というツイートは良かった。

こういうほんの一行で、その場面で物語が必要としていること、主人公がそれをみて感じた気持ちを一語も書かずに、読者に同じ思いををさせてわからせるという、なんとまあ難しいことを、朝井くんはあっさりやってのけるものか。

なるたけ書かずに感じてもらうことができたらどんなにかいいとわたしもいつも思っている。でも下手くそなわたしはそれができない。
朝井くんは「書かない」箇所で一番大切なことを伝えてくる。だから本物の才気なんだと思う。敬服。二回目。

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2012年9月23日 (日)

つゆのあとさき

【銀座6丁目のダンスホールを経て乃木坂のカッフェーで働く女給モカコ】

『女給の君江は午後からその日は銀座通りのカッフェーへ出ればよいので、市ヶ谷本村町の貸間からぶらぶら堀端を歩み見附外から乗った乗合自動車を日比谷で降りた』

これが最初の2行。
この2行だけでいろんなことがわかって収穫もさることながら、市ヶ谷本村町って馴染みの店があるところやん、ほんでまさに「市ヶ谷本村町の貸間」にそのお店のオーナーはお住まいではなかったかい?(。・・。)/
そんなことで一気に親しみやすくなった永井荷風の「つゆのあとさき」

四ッ谷から神楽坂へ向かうあの大通りの感じとか、日比谷から数寄屋橋に高架をくぐってぬける感じとか、店終わりの君江を懇意の客が四ッ谷まで追いかけてきて
「荒木町か牛込で一杯」と誘い、結局神楽坂の待合(平たくいうとラブホ)に円タクを拾っていく流れとか、描かれている建物とかは昭和初期のそれだけど、いまの東京に置き換えても身近な話題だし地理も頭にはいってるとなお面白い。

永井先生の描写になぞらるとさしずめわたしは、

『芝居を志し銀座の6丁目のダンスホールに四年程いた昭子はわけあってそこを辞め、その後芋洗い坂の歌声喫茶、カッフェー・オウルウェイズの女給に落ちついた』

ということになります。昭子はその後、文壇にデビユーし桃果子と名を改めたがいまのところいまいち売れ行きがかんばしくないのと、そのカッフェーへの思慕もあいまって、週に三度ほどはそのカフェーに顔を出し、姐さんと円タク(いまは千タクだけどね)にのりあって霞町の交差点を横切り家路につく…笑 
うん、わたしライフもなかなか江戸前。
ちなみにカフェーはいまでいうクラブとかキャバクラとかの類い。まあオウルウェイズはスナックですけど…

しかもわたしが小説中につかっているカフェーの名前と永井先生がつかっている名前になんと笑えるシンメトリーがあったこの奇遇さよ!笑
刊行した船パリを読んだ人は、「”つゆのあとさき”に影響をうけてこうしたのね〜」と思うでしょう。が、そうではないことを友人達には知っていてもらいたいぜ!
これはまったくの偶然です!
↑と、いつかウィキペディアに書いて欲しい……いまはページすらない…
そして限りなく永井ワールドに近い発想までわたしはきていた……というか置き換えてみるとまるで平成の”つゆのあとさき”のような暮らしをしている自分がここにはいるのでした。

大正投稿ばっかですいません。しかしアマゾンてもうほぼアスクルだよね「明日来る」もんね。永井先生は夜の世界では有名な遊び人でございました…。
そしてこの頃、渋谷とか新宿はまるで田舎だったから、だいたい銀座から人は牛込や神楽坂や四ッ谷に流れていたみたい??大正〜昭和初期の小説には渋谷や新宿で遊ぶ描写がまったくありません。
それを思うと市ヶ谷本村町、荒木町、神楽坂あたりで飲んでいる近年のわたしの遊び方ったらとっても昭和初期!!注:近頃待合には行ってません!笑

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2012年9月 4日 (火)

朝日クロニクル週刊20世紀

(上)坂口安吾先生、1947。
(下)中島桃果子、むしろ杉田昭子氏、2012。
資料が膨大すぎてデスク乗り切らないのでソファを基地に。

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2012年8月29日 (水)

左内町31番地

月曜日にお茶の水の女性誌専門の図書館で「女人芸術」を読みじゃくったあと、
牛込左内町、いまの市ヶ谷の左内町の、女人芸術編集室跡地を訪れました。

この図書館はいままでなんども訪れていたのですが、
無知の奔放とは恐ろしいもので、勝手がわからず1時間で収穫なし!( ̄^ ̄)ゞ
と、でてきたり、
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↑のような合成写真を作って気軽に通えた日も今は昔、

長谷川時雨さまに完全に恋してしまった今、長谷川時雨が彼女のありたけを注いで編集、刊行した「女人芸術」そして「輝ク」が、創刊から廃刊まで全部ここに揃っていて、その現物に今日触れることができると思うだけで、胸も指先も打ち震える!!!みたいなテンションの中、図書館を訪れ、復刻版ですが全部揃っていた「女人芸術」に触れることができ、
至福の時間を過ごしました。

ほんとうは「青踏」も読みたかったのですが、あまりに「女人芸術」が予想を上回る豊潤さで、わたしはとりこになってしまい一冊一冊じっくり読んでいたところ、青踏には辿りつけなかったのです。また行かなきゃ。

その後市ヶ谷の駅で降りて、左内坂を上がって、長谷川時雨さまの自宅があったあたりをウロウロ。
左内町31番地に蕎麦屋があって、気になるからちらっと裏に回ってみると”長谷川”という表札!!ええ!と思って、蕎麦屋に入るも、その蕎麦屋さん、長谷川時雨とは全く関係がない長谷川さんだそう。

しかし長谷川時雨宅跡に、なんと時代を超えていま長谷川さんが住んでいるという奇遇さに、なんだか「おお!!」と思ったりしたのであります。

なんとなく聖地巡礼した気分!(笑

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2012年8月28日 (火)

号刊創 「術藝人女」

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水無月とは瑞々しくも清朗な空ではないか。
いたるところに生々の気はみちみなぎってゐる。
だかなんと、いま全世界でこの日本ほど健やかに
めざましい生育をとげつつあるものがあらうか?
初夏のあした、ぼっぽい、と潮が押し上げてくるやうに、
おさへきれない若々しい力をためさうとしてゐる同姓のうめきをきくと
なみだぐましい湧躍を感じないではゐられない。
あたしもその潮にをどりこみ、波の起伏に動きたいと祈る

ー「女人芸術」創刊号、長谷川時雨の編集後記よりー

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