読んだ本とか

2013年2月20日 (水)

モモ

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2009年にかつて溺愛していた児童書を順番に集め始めました。
その中から一冊。
『モモ』です。ほんとうに不思議な食感の小説で、宇宙人が書いたんじゃないかしらって思ってしまう。

ミヒャエルエンデ。

映画の「ネバーエンディングストーリー」の原作「はてしない物語」を書いた人です。
高熱を出して学校休んだ2日間に二段ベッドの上で読んだので、ほぼラリッてるのと同じ感じのトリップした記憶があります。

「あなたは過去と未来のことばかり考えて、そこをいったりきたりして”いま”を生きていない。だからあなたは、いまここにいない」

ということをあるひとに言われて、
その後 ”腰痛は怒りである” という本の中にも、
「いま・ここ」を生きれば腰痛は治るというリンクする言葉を見つけ、
※医学的根拠があるかないかは別として。

ああ、なんか「時間」がヒントなんだ。と思ったときに、たまらなく『モモ』を読みたくなった。きっとなにかを見つけることができる気がして。

『モモ』は時間泥棒のお話です。
時間なんてあってないもの、とかって言い出すと哲学的で解らない。でもいま、いつかの為だけに「いま」を生きると、
永遠にその「いつか」には辿りつけないんだってことだけはわかった。
「いま」の為に「いま」を生きないと時間は、つまり絨毯は、どんどん延びて、ずっと城に辿りつけないんだ。俯いたその目先に映るの絨毯の赤だけを見つめて足を出していると、いつのまにか城にぶつかる。なんかそういうことなのかな。

わたしが今持っているのは昔持っていたのとは装幀が変わってしまっていて、本来はこの、絵みたいなやつが装幀です。

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2012年11月21日 (水)

うたかた

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世界で1番わたしが愛している短篇と言ってもいいかもしれない「うたかた」
ときおり読み返してその度に救われている。
こういうシンプルで豊かな物語を書けないものか。ゾッとするくらいに完璧で、いつもため息が出てしまう。

ずっと、この登場人物の「嵐」のような人を探している。
きっとたぶん、いつか《やっぱりそうだった》と、予感を実感に変えられる日がくるはずで、だからこれからもずっとその日を待つのだと思う。

『だって、あれよりも誰も好きになれないんですもの。もう決めたのよ』(うたかた  より)

こんなことをさらっと言える女の人は、いそうで実はなかなかいない。
だからこの言葉には唯一無二の輝きがある。

あえて、主人公ではなく、主人公のお母さんの言葉を抜粋。
ちなみに「嵐」は物語に出てくる男の子。

「嵐とは一度キスしただけだ」

この言葉で始まる書き出しもとても好き。

そして、まだ読んでいない江國香織があるってことの至福さったら。

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2010年6月21日 (月)

「桐島、部活やめるってよ」

やばい、やばい本に出会ってしまった。

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19歳、2009年度の小説すばる新人賞でデビューした、朝井リョウのデビュー作。

本そのものから放たれる光っていうのが確実にあって、手にとったときに「おっ。これはやばいな」っていうのがだいたいわかる。

4歳から本を読んでれば、そういうことを自然にかぎ分けるセンスが培われる。

この「桐島…」は出たときからやばいだろうなって思ってたけど。
まずタイトルがやばいでしょ、どんだけセンスあんだよ、と思いつつ、
買ってなくて。

こないだミッドタウンのTSUTAYAに行ったら、なんとまじょきんが、「桐島」の隣に並んでいたのでこりゃ光栄!!かなり嬉しい!と思って、買ってきたのだけど、、、、、

想像を絶するすばらしさ。

新しい。
フレッシュ。
みずみずしい。
切ない。
あまずっぱい。

新しい。

新しい。

これだけ瑞々しく高校生活を切りとれる彼なら、
今後も20代、30代、歳を重ねるとともに、
リアルで真にせまった、人の心を描き続けることができるだろうな。

こんな19歳がいることに興奮。

ほんとは まじょきん をそのあと読み直す予定してたけど、こんなすげー本に出会ったあとに自分の本とか読む気がまったく失せて、ただひたすら「桐島、部活やめるってよ」の世界に浸る。

※でもって装丁は鈴木成一デザイン事務所だったよ。やっぱりな。目を引く本はたいがい鈴木さんがデザインしてる。

いま、いろいろと感じたこと書いてみたんだけど、
全部消したわ。

読めばわかるから。

ところどころで、あの頃の、壊れそうに尖った気持ちが込み上げてきて、
なんかふいに泣きそうになってしまった、何度も。

泣かせにかかってるシーンなんかないのに。

とにかく。

最高。

かつて学生時代、モテた子もそうでない子も、
自分の容姿を憎んだ子も、なにげにイケテたわあたしって子も、
部活がんばってた子も、そういうのすべてがダセエって思ってた子も、
なんなら途中で辞めたよ、って子も、
きっと誰もあたしのことなんか覚えてないよ、ってくらい地味だった自信がある子も、

15歳から17歳だったことがある人なら、きっと感じれるものがあると思う。

ぜひ読んでみて欲しい。
この本は、読む人を選ばない。

すべての元、少年少女の前に平等の輝きをもたらしてくれる。

朝井リョウ、すげ~~~~~~。

書くってもっと、自由でいいんだな。

自由に書いてるつもりだけど、なんか、そういう気がした。

しかし女視点の章もすごいあるけど、なんでこんなに女ゴコロがわかるの?
19歳男が!(笑
あたしは絶対男性視点は書けないな-、あんな風には。

しかし圧倒的なものに触れたときって、ほんと、やきもちとか、そういう小さな規模の感情がわき上がる余地がなくなるなる。
ただただ、感動に震える。こりゃ10万部なわけだ。

なにげに自慢として、隣同士に並んでいる写真を載せてみる(笑
この時点であたいは完全にファン化した 笑 ↓「一緒に一枚いいですか?」って撮ったツーショットにみえてならない(笑)

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2009年5月30日 (土)

風邪と本

日曜からずっと体調を崩してて、水曜にとうとう熱が出て、今も調子が悪いんだけど、
精神的には少し抜け出せたかな。熱が追い出してくれたのね。

最低な5月がもう少しで終わる。

行き詰まることと「病む」ことは違う。
行き詰まっても、病まないで解決したい。と 思って、ぎりぎりのところに居て、
けっこう辛かったけど、

熱が出てすごく楽になった。

6月は頑張って働こう。

で、寝て寝て、風邪だから起きるとつらいけどもう寝れないとこまで寝たってあたりで、
昔から風邪で学校休むと、2日目はずっと本を読んでいるんだけど、

今回もいろいろ本を読みました。

Img_0123 吉本ばなな/アルゼンチンババア

昔からわたしが一番好きな作家です。私は、江國さんの大ファンだと思っている人もいると思うのですが、江國さんの本に出てくる女の子や、本のもつ佇まいが、昔から「わたしみたいな人がいる」って思ってて、それは江國さんにお会いしても思ったし、江國さんも言ってくださってたけど本質的に「似てる」のです。だからこんな「似てる女の子」がいるんだってことに感動して(それまで街でも浮いてたし、同士を小説の中に見つけた気分ね)好きとか嫌いとか、じゃない、って感じでした。

もちろん江國さんはわたしがいる階段の地点のところより遥か先のところにいらっしゃいます、ということは言っておきますね。

とにかく、吉本ばななは宇宙船に乗ってるって感じで、ひゅるーんってゆっくり迂回してる感じで、階段というカテゴリにいない。

一番最初に読んだときから、吉本ばななの本に出てくる女の子に強く憧れがありました。考えることや、行動や、言葉が、わたしにとっての「こんな風にあれたらいいな」なんです。そにたんびにわたしは女々しくて、情けない女だと思うのです。そしてため息をついて江國香織を読む。すると、そこにはなんとまあわたしとよく似た女々しい女の子がいるではないですか。でも、本にして読むと、この女々しさはもはや潔いのかもしれないと思って、そこに仲間を見つけたような気分になるのです。そんな中高生でした。

そして、アルゼンチンババアを読みましたが、やっぱりこんな風に生きれたらって憧れます。
こんな女の子になれたらって。吉本ばななと江國香織と山田詠美というのはもはや、ジャッジの領域ではありません。わたしの青春Ⅱだからです(JUDY AND MARYも青春といいましたよね) ああ、吉本ばななをもっと読みたい。

Img_0124 江國香織/あかるい箱

ひとつの疑問は宇野亜喜良と江國香織の相性はいいのかしら??ということです。そんなこといってジャミパンも持ってるんだけどね。

こういう西洋のおとぎ話みたいなの。好き。

   

   

  

Img_0125 山田詠美/アニマル・ロジック

これはまだ途中。

山田詠美の本に出てくる女の子たちは、もしクラスにいたら、
きっとあたしのことを「面倒クセぇ痛い」と思って、冷ややかな目で見るだろう…ってことを、昔から思ってて、山田さんの本は苦手だったりするんだけど(その時点で小説にのみこまれすぎでしょ 笑)でも読んじゃう。

だってほんとうにほんとうに面白いんだもの。
使う言葉、そこで起きる様々が面白すぎて、読むのをやめられないのです。

 

Img_0128 山崎ナオコーラ/カツラ美容室別室

   

わたしには読書氷河期がありまして(演劇中毒のリハビリを終えるまで 笑) 新しく出てきた作家さんを全然知らず、最近知った作家さんですが(おそっ)出版社のひとや色んなひとに聞いたところ、カツラ美容室が面白い、とおっしゃるので、読みました。

最後まで「これって女が書いてるんだよなあ」っていう男っぽさ。
やっぱバンブーだわ、という結論に至りました。

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川上弘美/ニシノユキヒコの恋と大冒険

川上さんも実は親友に薦めてもらうまで知らなかった作家さんです。
私本はすごく読んでましたけど、西洋の児童書や、日本の児童書(児童書ばっかり!)で、その後、日本文学、西洋文学(ヘッセとか)にむかっていって、読み落としている作家さんたくさんいるんですね。

初めて読んだのは「センセイの鞄」でしたけど。
ニシノユキヒコ~はむかつく。こういう男むかつく(笑

なんでそんな何人にも気安く「結婚しよう」だの「してくれ」って言うんだよ!
なんて思って、同じように、右も左も真ん中も同時に愛するニシノユキヒコを憎みました。

それはわたしがきっとニシノのような男を愛したからです。

本は大変面白かったです。続けて「どこからいっても遠い町」を読んでいます。

川上さんの本に共感することはできない、なぜなら川上さんの本は深いから。
懐が深くて、たくさんのこといっぱい痛みも優しさも無力も、もっとたくさんの感情を咀嚼して、海や川にさらされたまるい石になって、ただ、そこに落ちてるみたいな本だから。

人間としての自分の未熟さを思い知る。理解できないことの多さにわたしはまだまだ若いなと感じる。このひとはすごい器の人なんだと思う。

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2009年4月12日 (日)

ふりむく

忙しくて日記の更新 なかなかできません。ちょこまか更新してた頃、暇だったんでしょうね(笑

Image300_2 最近 江國香織さんの本をハードカバーで集めることを進行中です。
「ホテルカクタス」
「神様のボート」
「号泣する準備はできていた」
「ジャミパン 絵:宇野亜喜良」
「ふりむく 絵:松尾たいこ」
最近かった単行本です。

わたしが江國さんの本をハードカバーで持っていない理由は長くなるのでまた今度。

そしてわたしは最近中古を買うようにしています。
一度読んで捨てられていくなんて哀しいもの。
中古の中で状態のいいものを選んで買ったのですが(ほぼ新品だよ)
本が¥1 で 送料が¥358
だったりするのよね。失礼しちゃう。
江國さんの本が ¥1はショック。

江國さんの本を読むと、難しい言葉をつかわないこと、説明しないことに、言葉選びのクオリティの高さを感じます。

「物語」に関しては、わたしのはんちゅうではない、登場人物のモノなので、わたしの意志ではどうこうできないので、洗練させていくという言葉はあてはまらないけれど、わたしの意志でどうこうできるのは、それをメモする作業であって、さいきんどうすれば言葉を減らしていけるかを考えています。

やたら文学的で、大半の人が「賢そう。でもわかんね」っておもうようなのでなく誰にでも読める漢字と、誰もが知ってる言葉で、物語をつむいでゆきたいと。





前置きがながくなりましたが、「ふりむく」からすてきな詩をふたつ紹介しよう。
ふりむくのハードカバーは、凹凸があって、タイルさわったときみたいにぼこぼこしてて、指で触ってると気持ちいいです(笑

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あなたは今5歳で、世界は輝く真夏で、
あなたの手足は白くはちはちと甘く、
あたまのてっぺんから日ざしの祝福をうけ、
言葉ではないなにかに護られている。
あなたは露ほども孤独をおそれてはいない。
それほど立派に、愉快にひとりぼっちだ。


「愉快にひとりぼっちだ」
なんてすてきだと思いませんか?「愉快」と「ひとりぼっち」を組み合わせるなんて。

そしてページを何枚かめくるとこれがでてくるのです。

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あなたはいま72歳で、耳はすこしとおくなったが、
世界は輝く真夏で、あなたの手足は枯れ枝のように細く、
しかし力強く、いろいろなものを得たり失ったりしてきた。
あなたはひとりぼっちでベッドに腰掛けており、
チョコレートの銀紙をむき、いままさに一口かじったところだ。
依然として、チョコレートが大好きなのだ。

すごいな、という以外に言葉がでなくて、本を閉じたとき、すこし涙ぐんでしまいました。
こんな風に素直に書けたら。と思います。

わたしのことを評価する言葉に「劣化版江國香織」という表現がでてきて、
まったく次元の違うものをめちゃくちゃにまとめられていることに憤慨したわたしですが、(どちらにも失礼だから)
「書き留める」という作業に関して言えば、
確実に、わたしの言葉の選び方は、余計なものが多い。

そういう意味では言い得ている。
「ふりむく」を読んでそう感じました。

でも、余分なものをいきおいよく捨てていけるまでは、

まだ少し時間がかかるんだろうな。

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2008年2月13日 (水)

川上未映子と乳と卵

○ややこしい文章が嫌いなやつは飛ばしたらええよ。 昭子

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なんやこないだから、川上未映子ってひとがえらい気になってて、結局のところ芥川賞をとった「乳と卵」を読んだよ、ってことにはじまって、あまりの彼女のみずみずしくも赤裸々な感性に飲み込まれて、今こうして書く文章が川上未映子そっくりになってしまっているという事態、小説なんかかいてられへんから日記をかいているって話なんやけど実家のパソコンのキーボードは叩きづらくて、なんや力いれすぎてしまい、「飲み込まれて」って打ってんのに「野も困れて」とか勝手に変換されて、文章打ち込むリズム狂って、ちょっとショぼけた気分、深夜1時五分。


川上未映子という漢字のとくに「未映子」という部分があたしは非常に好きで、ネットでその文字を見ると少しテンションが上がった。
とうとう文筆歌手が芥川賞を受賞する時代が来たのねなどと、ネットのニュースをみながら思い、わたしは役者なのに、世の女優陣にはなんの嫉妬心もなく、すばらしい作品を心から楽しみにできるのに、若くて才能あふれる女性作家が世に誕生すると、なんかちょっと待ってよあたしの存在とか忘れてないィ?と、おいてけぼりになった気分になるのはどうしてだろうと考えて、
それはおそらく制限された家庭に育ったあたしが、一番に接触したものが文学、というか、字で、その上に演劇というものがあるのだからして、なんだか母をとられたような気分になるのであろうと、推察した。


どっちにしろあたしが最近思うのは、表現するやつは、表現の練習する時間より吸収に時間をかけろよ、とあたしは思うわけで、

実際稽古場で「感情が」とか「集中」とかって、部活みたいな稽古してるのに、その脚本なり演目を、指導してる側が知らないと、あたしは本末転倒な気分がして泣きそうになってまう。
ゆえに演技論なら永遠語れるのに都内の劇場の場所をいくばも知らない奴をあたしは信用出来カネル。


歌舞伎とかみたいに、技こそがって世界もあるわけやからそこはあたしにはなんともいえへんのやけど、

ともかく、文を書こうと思ったのに気づけば家族で温泉に来てて、
パパとママは妹の会社の話に夢中やったりとかして、
「なんや居づらいわあ」と思ったらお腹がいたくなってきて、ゆえにそれはパパに、30年の仕事生活の中で2回目の欠勤を引き起こす腸炎へと発展するんやけど、ありがたいことにあたしは、それから3日間ずっときしきしお腹が痛い、ってのと、下痢の二点セットで澄んで、幸い熱はでなかったけど、腹が痛すぎてなんや書くどころの騒ぎではなくって、そういや夕飯時に妹の仕事の話題以外でちらっと出た、芥川賞つまり未映子さんの「乳と卵」と直木賞の「私の男」ってやつを吸収することからはじめようと、京都駅の、今はすたれた地下街の本屋で、加えて美しい日本語の辞典てのと、懐かしい日本語の辞典ってのを買って、あたしは電車に乗り込んだ。

(続く)

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