芝居/演劇のこと

2015年10月18日 (日)

"グッドバイ”

KERAマップの”グッドバイ”どうしても観たくて神奈川の劇場のチケットを取って、きた。

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行きしなの電車では読みかけの「エトロフ…」(これも佐々木譲作品)を読む。
エトロフに出てくる山下公園の向かいのコーヒーショップから歩いて徒歩数分のところに位置する劇場の中では、エトロフの冒頭よりも時代がすこし進み戦後間もない日本の、とある出版社が舞台となっていて、先日「警官の血」にも出てきた上野の浮浪児の話題が台詞にあった。

”グッドバイ”に出てくる連行先生が話す浮浪児が溢れる上野公園の中を別な角度から見るとそこにはミドリ(警官の血の登場人物)もいるのだ。
わたしはこうして、関係ない物語の登場人物同士を頭で繋ぎ合わせて、またあらたな物語に思いを馳せてゆくのが好き。

わたしを知る人たちの間でわたしの自由劇場狂と、野田マップファンはよく知るところだが、実はわたしは心の真ん中に、いつもKERA演劇を住まわせている。
実は毎回、もっともわたしに衝撃を与えている演劇がそれと言えるかもしれない。
それは多分、KERA演劇のスピリットがわたしの表現したいもののスピリットに近い、
ということなのだと思う。

ほんとうに自分の血に近いものって、
なんか周りにいちいち好きとか言うのを忘れちゃって、わたしは他人にあまりKERA芝居の話をしないが、誰かに芝居のDVDをあげるときわたしは毎回、
「カメレオンリップ」をセレクトしてしまう。

野田さんはいつの時代も社会性を強く押し出しこれでよいのかと日本に問いかける。
串田さんの芝居は、やはり串田さんの愛する大道芸の、
どこか異国の昼下がりの広場なんかで、どこからともなく流れる笛やラッパの音たちが、
あっという間に膨れ上がって、
そうかと思うと、香りだけを残してあとかたもなく消えてゆくかんじ。

わたしにとってKERA演劇は、徹底的な物語だ。物語に始まり物語に終わる。
にんげんに始まりにんげんに終わる。
それだけを過不足なく赤裸々に描いている。だからわたしは強く打たれる。
昭和三部作の最終作?なのかな、この”グッドバイ”
戯曲的にもとても胸を打たれる話でした。

人はいつも自分でもどうにもできないその「性(さが)」に翻弄されながら、
それでもその出口を探して、もがきながら生きている。
そんなつもりなく誰かを追い詰めたり追い詰められたり、
心を踏みにじったりあるいは踏みにじられたりして。
それでもその「性」の中で滑稽でも愛を求めて生き乱れる人間たちは、
愛しくて、哀しくて、だからこそ美しい。
間違いそのものすらも。

最近わたしが見た芝居が当たり続きなのか、観客の中で文化が育ってきたのか、
カーテンコールはまたもオールスタンディングだった。
鳴り止まない拍手を俯瞰で見ながら、
かつては必ず一瞬儚く消えた自分の夢のことを考えていた自分のことを考えた。
あの舞台からこういう景色を見る予定だったはずの自分のことを、わたしはいつもカーテンコールのときに思い出すのだった。

けれどそういう感覚がいつからだろう?消えてしまって、わたしは素晴らしい芝居の後は、素晴らしい戯曲と、それを吸収したわたしが書き落とすべき物語のことばかり考えている。
いつも、いつでも。
わたしのかつての夢よ、グッドバイ。

そして舞台の幕が降りたからといって安心して帰路については行けないのだ。
わたしには、書くべき物語があって、常にそれらは開演を待っている。
わたしが書くべき物語。それはやはり、滑稽にも懸命に生きる、愛しくてかなしくて美しい、人間の物語。

踏みにじったり踏みにじられたりしながら、それでも誰かを愛することをやめられなくて、期待することをやめられなくて。ときに闇にひっぱられそうになりながら、千鳥足でも生に向かって歩いて行く。
人は生生しくて、臆病で、さみしくて美しいものだ。

門脇麦がやはり素晴らしい。
そして小池栄子はいつでも犬山イヌコになれるだろう。笑。
毛皮族の町田マリーが、このような大劇場に出演してるだけで嬉しいのに、
ちゃんとあの人形みたいな顔に似つかわしくない猟奇的な芝居をあますことなく発揮しており、町田マリー健在という感じでさらにうれしい。笑。
ケラさんは去年のワーハピに比べるとずいぶん痩せていた(;゜0゜)

開演まえに生理になってしまい困っていたら、案内の人が私物をわざわざ控え室に取りに行ってくれた。
なんか可愛いご当地キャラの巾着に、制服の奥に佇む彼女の物語を感じながら、 わたしはそのナプキンのお世話になる。
毎月、鮮血を見るたびにハッとする。
わたしは生きていて、そして女なのだ。

ここに生生しく、ひとりの女がいる。

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2015年9月29日 (火)

タンゴ・冬の終わりに

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タンゴ・冬の終わりに 土曜昼に観劇しました。
カーテンコールは場内総立ちの拍手★

難しい芝居だけれどもちゃんと伝わるのだな!とおどろきました。

と、いうのもわたしは戯曲家、清水邦夫の大ファンで、大ファンゆえに戯曲のむつかしさや独特の時代感、を知っているからです。

ちょうど前日に「火のようにさみしい姉がいて」のWOWOW録画を見ていて、
ほとんど同じモチーフーーーつまり役者の狂気、狂気をたずさえて男が生まれた街に帰り、そこでふたりの女の板挟みに遭い、どちらかの首をしめようとしてしまう流れなどーーーだったので、
なぜ清水邦夫はこのことをくりかえし描いたのだろう?などと考えながら観ました。

火のようにさみしい……は蜷川さんの演出で、基本これが本家であるのは知っているのですが、わたしは個人的には蜷川さんの演出のすごく泥臭い部分が同時に苦手であったりもする。対極にある自由劇場、そして串田さん、そして吉田日出子の芝居を追いかけてここまできた人間なので、それはもうしかたないと思う。

なので、今回の行定さんの演出の方が好きでした。

あの雪のシーン、
タンゴのシーン、
おそらく蜷川さんだったらもっと「生生しく」血みどろの「生」という雰囲気になったと思うのですが、行定さんの演出、とても美しくて、
雪がふりしきって、1枚のスクリーンのようになるところなど、
映画人にしかできない美しくビジュアル的なシーンだったなあと、
ほんとうに耽美的で、すべてが儚く、胸を打たれました。

Mゼロ(開演時の音楽)というのがなくって、
しいん、とした中で芝居が始まるというのも、
あまり最近の演劇ではないことでしたので、
それもとても斬新で新しく感じたなあ。

幕間休憩の後も、音がなく芝居がすっと始まって、
逆にびっくりするような、そんな面白さがありました。

個人的には、ユースケサンタマリアさんがとてもすばらしかったと思った。
いい意味でのふてぶてしさというか、気負わない佇まい、話し方、
そういったものがとても生生しくて、
演劇的な空間と役者陣の中に、ああいったリアルというか、
ふつうの佇まいをしてくれる人がひとりいると、
観る方の肩の力もすこし抜けて、
とても見やすくなるんだなあと感じました。

あと清水邦夫の戯曲に対して改めて思ったことは、
長い台詞やシェイクスピアの引用なども多くて、飽きずに見続けるのはすごく難しい、ということと、なのになんだろう、やっぱり、その物語や中にある言葉が観劇後もぐっと胸に残るというか、見やすくてずっと楽しめるお芝居も今は多いけど、幕が降りると「それだけ」でしかなかったりして、そういうことを考えると、清水邦夫の戯曲は観客の心に何かをやはり強く刻み残す戯曲と言えるし、それは時代が変わってもかわらないように思えた。
きっと普遍的なことを描いているからだと思う。

物語全体の内容に関しては、昨日の月モカで触れているので、
よかったらこちらもどうぞ☆
https://www.facebook.com/mocakonovel

とても久しぶりの友人にも会えて有意義な午後でした☆
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2015年9月15日 (火)

黒蜥蜴

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美輪明宏の代表作とも言えるこの作品を、18年前に見過ごした。
以来なんとなくそのまま見送ってきたのだが、美輪さんが今季で「黒蜥蜴」をおしまいにするとの発表があってから、同じ時代にこの宝と、わずかでも重なって生きているのにこれを見ない手がありますかとチケットを取った。

マイケルと清志郎が続けて亡くなった最悪の6月以降、わたしは出来る限り見たい物は生で、なうで、観るようにしている。 

美輪さんは今年80歳だ。
いくら凄まじい美貌の持ち主であっても、御年80歳である。
わたしは観客はきっとそこに若き日の美輪さんの姿を重ねて観劇するのだろうなと思っていた。わたしもそう思っていた。                              
もしそう思っている人がこの読者にもいたらその考えを改めてもらいたい。                              
80歳の美輪さんの演じる「黒蜥蜴」の、なう!美しいこと、美しいこと。                              
まず、あんなに美しく長いドレスをさばいて立ち振る舞える女優が日本には他にいないだろうし,

〈けしてドレスは扉にはさまることなく、ドレスがするりと消え扉が閉まるあの出入りの間の完璧なこと!〉

三島由紀夫が紡ぐ、ある意味シェイクスピアみたいな台詞をあれだけ歌うようによどみなく話ながら、必要な部分を立たせて聞かせる技術を持っている役者もあまりいないだろうし、〈そして絶対に噛まない〉 なにしろ、

あそこまで舞台の上に圧倒的なベクトルを持って立てる人は、ほんとうに数少ないだろう。

わたしは美輪さんのちょっとした仕草、ちょっとした言い方や、動きの選択に、走馬燈のように人生のコストを見た。珈琲屋のボーイの美輪さん、銀巴里の美輪さん、長崎をくぐりぬけた美輪さん。                                                           
美輪さんはただ役者なだけではない、たくさんの夜を生き抜いてきた、夜の世界の人でもあるのだ。 自分という存在が、類稀な美貌をもってはいるけれど、わりと小柄なホモセクシャルのボーイだとして見世物のように扱われていた時代から、彼—あえて丸山明宏とするならーはけして誰にも媚びず、かといってお客様という存在をけして金づるのようにはとらえず、誇りをもって大切にしながら、たくさんの夜をくぐり抜けてきた。                              
そうだよなあ、今は扱われ方がすっかり変わってしまったけれど、そもそも歌うたいや役者や芸能人というものは、ほんとうに人生の荒波に放り出されて、たくさんの他人に助けられたり騙されたりいろんな経験をしながら、夜の帳を生きてきた人の職業なんだよなあ本来は、などと改めて、わからされたりしました。                                    
三島由紀夫の父は「文筆業、株屋、芸人は正面玄関から入れるな」という昔気質の人で、三島さんは父に内緒で隠れて小説を書いていたとあった。                                                            

三幕物で、休憩を入れると4時間弱もある「黒蜥蜴」だが、すこしでもダレるようなシーンはなかったし、毎回すこしづつ演出を変えて新しくしているのだということは初めて観劇した人間でもわかった。                              

江戸川乱歩が書いた原作を三島由紀夫が戯曲にして、それを美輪明宏が舞台にする。このすばらしい聖火リレーを目の当たりにして、芸術の底知れぬ力に、わたしはとことん圧倒されていた。乱歩の独特の妖しい世界奇抜なトリックが三島由紀夫の美しく耽美な台詞にふちどられてそれを圧倒的な美で三輪さんが演じる。                              

ほんの四時間の間に、作品としての質の高さはもとより、歴史とか、芸術というものの扱われ方や、いろんなものが清濁合わさって押し寄せてきて、 「人生」を教えられた気分。                              

パンフレットからの引用ばかりで申し訳ないが、
美輪さんが「黒蜥蜴」を上演し続けるその理由を、 自身の才能や存在価値ではなく、                              
「江戸川乱歩氏、三島由紀夫氏、寺山修司氏始め多くの物故せられた天才方に託された私の責務と心得る」                              

と記しているところが印象的だった。

「かの天才達の珠玉の作品をリアルタイムで感じて頂く使命の為の私の生命」

そう書ける人の演じる黒蜥蜴だから80歳でもあんなに美しく、いのちに溢れているのだ。

シャンデリアをピストルで打ち落として、みながひるんだ一瞬の隙を突いてさらりと夜の中に消えていく。 1幕の終わりの黒蜥蜴はほんとうに格好良かった。

ーーーーーーーーーーーーーーー      
〈月曜モカ子の”私的モチーフ”vol.29「人生のコストと黒蜥蜴」より抜粋〉
全文はコチラ→https://www.facebook.com/mocakonovel

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2015年9月13日 (日)

幕間

 黒蜥蜴!

二幕目終わって二度目の休憩。
三輪さんが凄すぎる。
素晴らしすぎる。

昭和の名作だが新しい、珠玉の言葉たち。魂が肉体を凌駕するとはまさにこのこと。
黒蜥蜴が美しくて美しくて。
写真は開演まえ。

二幕見終えた今、自分が写っていることが恥ずかしいくらいです。笑

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2014年9月 2日 (火)

丸山正吾という役者と浅草芝居。

ドガドガプラス。
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この劇団、なんか気になる。
が、どおおおしてもはいりこめない点がひとつあって。
それは音楽と歌だ。

これはもうドガドガプラスのせいではなくって、
自分に熊田千穗という素晴らしい歌手の親友がいて、
彼女が歌い手である以前に素晴らしい聴き手でもあるせい(もはや”せい”としよう)で、
芝居の中にある音楽、というものに対して、あまりに耳が肥えてしまっているせいだ。

それからAlwaysなどというとてつもなく耳のいい、歌の上手いママがいるお店で8年も働いてしまったせいである。笑。

串田演劇と、KERAに溺れてここまで生きてきたわたしとしては、どうしてもその一点で、
ドガドガプラスにはいりこめないのである。
しかもあの音楽のジャカジャカした感じが、きっと演出家の狙いであるとそれもわかっているのに、だ。

昭和初期をもう長年(になってしまった)調べているわたしにとって、
浅草オペラ、カジノフォーリーのナンセンス劇の流れを追いかけて公演を打ち続けているドガドガプラスは、面白い劇団といえる。

だからこそ「音楽…がぁ…!」と、つい、もったいなく思ってしまうのである。

じゃあ、なぜ観に行くのか。

それは丸山正吾がいるからだ。

あと唐ゼミの石井ひとみさん。この方をみたかった。

石井ひとみさん、ほんとに素晴らしかった。
こういう役者さんで若い女性の役者なんかが増えたら、
ドガドガプラスはもっと、やりたいことを解りやすく観客に伝えられるのになあと思う。

野田MAPや唐組や60年代〜70年代の演劇によくある、
ある意味シェイクスピアのような、雪崩あるいは旋律のような台詞まわしのモノローグを、わたしはけっこう好きである。しかし、同時にそれは、まくしあげるだけではなく、
台詞の中にある、意味の奥の意味をよくよく理解して言わないと、観客の心に残らない。

そういう意味で石井さんの台詞はすばらしく、一気に芝居の世界に引き込んでくれた。
彼女に惚れ惚れしているところで一幕が終わり休憩へ。
遠くからみると石井さん、桃井かおりサマにも似て。

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劇場とわたし。

正ちゃんこと、丸山正吾。彼に関しての感想は、
当日Twitterに呟いたエモイ呟きをそのまま引用する。

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芝居の締めの台詞は凄く大事、誰が言うかもすごく大事。
13歳のとき京都で文学座の「どん底」の最後の台詞、
「役者が首を吊ったよ」を聞いてからなんか刷り込みのようにそう思っている。
今日芝居を締めたのは、わたしが観に行った本命役者、丸山正吾であった。

 

「僕が思い出すのは、いつだってあの頃のことなんです」
正ちゃんが上手寄りの離れで、そう言うと、舞台が明転し、
たくさん女の子が出てきて踊り始めた。
お客さんは当然皆、明るい場所に目を移したけれど、
私は数秒息を飲んでそれを眺める正ちゃんの顔を見ていた。

 

あまりに表情が素晴らしくて思わず泣いた。

 

こういう役者が日本にはいて、しかも知り合いでもあることに、自分の未来演劇図に、ひとすじの火が灯るよ。

 

丸山正吾はいつも、役を演じず、役を生きている。

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そんな浅草にて正ちゃんとの1枚。
今回は後半がメインのキャストであったが、カーテンコールでの正ちゃん登場の際の拍手に人気の高さを感じました。

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ところで、ドガドガプラス、大幅に劇団員が入れ替わったらしいのだが、ニューヒロインの中田由紀さん、ひじょ〜〜〜に良かった!!
唐組の人かと思ったくらい。
ああいうアングラっぽい佇まい、芝居の人がドガドガの中心にいるとなると、
新しい時代のドガドガは、一見の価値が、また、あるのかもしれない。

楽しみだと思った。

たいした芝居もできないくせにえらそうなモカコでありました(笑

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2014年3月 1日 (土)

恋するブロードウェイ♪

良介出演の「恋するブロードウェイ♩」六本木の新しい劇場で観てきた。イケメンがイケメンな感じである様を鑑賞するタイプのあれかと思っていたが(棘があったらすまない)
全員凄くマジで歌がうまくて、ミュージカル俳優としての実力と華がありおののいた!
あと全員が凄く誠実に舞台に向き合っていたことにも惜しみない拍手を送りたい。

イケメンやジャニーズに対する逆偏見のようなものをなくして今度からもっとまっさらに舞台に向かい合いあいたい。

もちろん芝居や舞台に対してぞんざいな向かい合い方をする若くて顔のいい男の子も過去にはいたけど、今日の9人たちは精一杯彼らの今を生きていて非常に素晴らしいと思った。
頑張り屋で実力があって、オマケにかっこいいんなら言うことはない。笑。

良介は舞台の上でも気負わず自然体でいたところが魅力的でした。

あと、演出。キャスト陣が、ただ仕事とか売れる為のステップとしてこれをしてるのではなく、ほんとにミュージカルを凄く愛してるんだということをそれとなく客席に伝導させる緻密なしかけをたくさんしてあり、その結果彼等はより観客に愛される。さすが鈴木さんだと思いました。予算のあれで無理なんでしょうけど生バンドだったらもっとよかったんじゃないかしら?

ただ、ヘドウィグの曲だけは大ファンなのであの解釈にはブレイクハート。笑。
あんな感じにやるならせめて最初から女装させて欲しかった!そういう歌なんだから。とはいえこれはマニアックヘドウィグファンのただのクレイム。笑

良介、最終日までがんばれ。あの規模の劇場にあんな風に立たせてもらえ歌わせてもらえるのは、きっとほんとに僅かな人たちだから。


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2014年1月24日 (金)

壽三升景清

【2014年 荒事年始め】
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後悔は先に立たない。どれだけ今更求めても、勘三郎さん、團十郎さんの歌舞伎はもう見れない。ならば、これから紡がれる歴史をしかと見守るしかないと、「歴史的な公演になるから!」と、さおりを無理矢理伴い、新橋演舞場に市川海老蔵を観に行ってきました。
「壽三升景清(ことほいでみますかげきよ)」
タイトルがまず素晴らしい。
新年ぽい。

果たして内容は、素晴らしいものでした。
市川家の歌舞伎十八番からこのように「景清」を、通し狂言として再構築した偉業は、今後の歴史に刻まれてゆくのではないかな、と思えるほど、美しい構成でした。
個人的には、めでたい正月ですが、主人公を敗者の平家景清に据えて、華やいだ雰囲気の中に憂いを宿した構成が、今の世の人々に大変考えさせる形となったのではないかと思います。

縁起物の荒事を観覧し、その名も幕の内弁当を頂き、歌舞いた空気でパチリ。

わたしが敬愛し、その背中を追いかけている長谷川時雨女史は、日本で初めて歌舞伎の台本を書いた女流作家であります。
当時歌舞伎座には、彼女のブロマイドも売られていたとか。

いやはやてぇしたもんです。
雅かつ壽いで景清を三升(みまし)て、時雨さまへの敬愛も一段と深まった夜、
縁起物なんで、海老蔵の荒事のブロマイドを買いました。
ずっと観たかった中村獅童も出演していて、二人の華やいだ雰囲気が圧巻でした。
さおりさんにお弁当を買って頂きましたの!!

※荒事とは鬼神や武士の荒々しい姿を誇張して演じること。たいていは隈取りをして演じる。これを見ると、悪払いというか、そういう感じで縁起がいいとされてきたり。

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2013年7月31日 (水)

空中キャバレー

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今回もやってきたよ、松本まで。

空中キャバレー最高すぎて号泣!…>_<…
今回はcobaさん出演にて、あのアコーディオンを聴くや否やそこでも号泣。

ロビー空間の屋台でcobaさんのbarってやっててさ、もちろん買ったんだけど、お酒を作るあの指が鍵盤の上を魔法のように踊る様に涙。コントーションも空中ブランコも美しくて、
そこには蓮華も、リベラもいたよ。なんだかそれにもじぃぃーんT^T
串田さんとも久々の再会!
すぐ見つけてくれたよっ
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

わたしと千穂がずっと目をつけている松本の蕎麦屋の男の子が出演にて、わたしたちとってもテンションあがりました!芝居をずっと続けてねって花をあげました!

そのあと余韻に浸りながらのご飯からの、松本入りした同期の篤はからいで秋本さんと飲ませて頂きました〜!秋本さま旦那の同級生ラッキーであります!
空中キャバレーの登場人物と飲めるなんて、最高の夜だったわ!秋本さん、きさくで男前ですごくすごく素敵で、
おまけにとっても美しかったのだ!(*☻-☻*)
みよ!これでスッピン!しかも惜しげもなく「フェイスブック?どーぞどーぞ」

カッコよすぎる…

空中キャバレーに酔いしれた夜はこうして更けてゆくのでありました…篤、いろいろありがとう!石丸幹二さんのサックスがうますぎると思ったら、秋本さんいわく、石丸さんは四季以前にサックスプレイヤーだったんだってさ!
串田さんの夢を、ここまで追いかけてこれたことが幸せです。やっぱり会いたいひとにはいつか会えるね。
♫ひーとーにーは、そーれーぞーれ、さーいのーうが、ある。
そーのーさーいのーうは、
ほうきーでーきーなーい!♩♬ジャジャン!♫♪


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2013年2月18日 (月)

ねじリズム明日から小屋入り

ねじリズム明日から小屋入りです。

奮闘した小道具もほぼ完成。
今日は通しを初めて観ました。感動しました。
めんさんの戯曲ってなんでこんなにシュールなのにこんなに愛があるのかな。
こういう作品を書けるのはクドカン以外には、久米と、めんたろう、この2人しか思いつかないよ(でも思いつく天才が二人も身近にいるってすげー!)
どうせ本番でまた泣いちゃうんだろうなと思いつつ。

結局、ねじに対してわたしが泣いちゃうのって、芝居のカタルシスもあるけど、
みんなが「芝居」ってものに向かう純度がおそろしく透明度高いからなんだと思う。劇団や集団て、しがらみに縛られたり、自己顕示欲の争いになったり、はたまた儲けることありきでキャストたくさん出したり、しがちだけど、ねじにはそれはない。ぶつかったり言い合いになることも全部全員100%「芝居」のため。
そういう純度は手にしたくてもなかなか手にできないものだから、だからわたしは毎回、そういう純正で創られた「生」のカタルシスに泣いちゃうんじゃないかしら。

そしてわたしはやっぱり、この世のなによりも、芝居を、つまりは物語含む芝居を、愛しているんだなぁと実感した夜。

帰りに久しぶりに四ッ谷武藤家に寄りました。2010年までは四ッ谷と言えば武藤家だった。なんかたまには「いつかの自分」に立ち返ることもいいのかなあと、
武藤家を目指して麹町から四ッ谷へ歩いたよ。

好きじゃないものを好きなふりはできない。
やりたくないことをやりたいふりはできない。
できないことをできるふりもできないし、
好きなものを、そうでもない風にも振る舞えない。

結局自分は、自分にも他人にも嘘がつけないのに、大人になろうとして、
いろんなこと飲み込んでみようと器用ぶって、結局全部吐いてしまった(笑
今日の四ッ谷会は良かったな。ゴンダワラで福岡さん(ベンジーP)に拾ってもらった2009年頃のことを思いだしていた。

武藤さんいわく「腰痛は怒りである」という理論があるのだそうだ。
いろいろ調べて一理あるなと思った。
わたしの腰は、わたしのわたしに対する怒りでいっぱいで、とうとう壊れてしまったのかも(笑
でも明日から変われる。詳細はまた今度。

武藤さんに2年おくれの誕生日プレゼントを貰いました。春画のおちょこです。
さすがのセレクト。春画ラブモカコ。湯豆腐頂いておいしかったなー。

ねじフォトはネタバレをふせぐために足だけです。
演出家めんさんばっかみてたけど今日の役者めんさん、すげーかった。
やっぱこいつ蛇口だなって思った。嫉妬しちゃうぜ。
って四流役者に、股旅も嫉妬されたくないだろうけど。笑
ではみなさんまたね。

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2012年12月19日 (水)

絨毯の切れ端

『棺のなかに来春柿落としを迎える新しい歌舞伎座の舞台のその切れ端が入れられた。彼の亡骸の足が、まだ誰も踏んだことのない真新しい舞台を踏んでいる』

これは野田秀樹さんの勘三郎さん追悼文書き出し。

野田さんらしからぬ悲痛でエモーショナルな追悼文に胸が痛かった。
何十年も一緒に芝居を追いかけてきた親友が逝くってどんなだろう。

わたしはちほが死んでしまうことを想像すらできない。
想像する勇気すら持てない。
そんなことを思いながら、半年ぶりにちほのLIVEに行った。
そしたら池野先生(昭和の偉大なジャズジャイアンツ、歴史的なピアニスト)が、
体調を崩されて、今日はお休みとのこと。
こんなときだからなんだかすごく、そういうことに敏感になってしまったりしていて。
そしたらちほが同じような顔をして出迎え、
「野田さんの追悼文読んだ?持って来たんだけど」
とわたしが言うと、
「読んだ読んだ、野田さんも辛いだろうね、あんな亡くなってすぐ追悼文書くなんてさあ。ちほ、これがむーみん(=わたし)だったら無理だよ」
と言った。

なんかその言葉で通じ合えたというか、もうそれ以上会話が必要ないくらいな感じであったしちほも出番だったので、
すぐにその話は終わりになったのだけど、
(この場をお借りして稲澤さん、教えてくださりありがとうございます、おかげで二人とも追悼文拝読できました)

その後みたちほのtweetがあまりにわたしが考えていたこととリンクしていたので、
ここまでか!と驚いた。

              ***

『野田さんと勘三郎さんが新橋で呑み、深夜に歌舞伎座に入り込んで警備員さんに灯りつけてもらって花道を駆け回ったって話、私も学生時代もかこと同じ事をしたように、そんなことばっかしてたように、懐かしい気持ちになった。忍び込んだ先はもちろん歌舞伎座の花道とは大違いだけどさ』


『野田さんのインタビュー、「竹刀を5回振ればいいところを100回ぐらい振るでしょう。お客さんに受けると。」っていうので一気に勘三郎さんがよみがえった(笑)そうそう』

ー熊田千穗twitterよりー

              ***

なんか多分、野田さんの追悼文を読んで、辛いだろうなって思ったのって、
わたしとちほに、同じような思い出があるからなんだと思う。
ちほが言うように歌舞伎座の花道とは段違いなんだけど、どこかで芝居ができないか、
ここにも、あそこにも芝居はあるかと、18歳の頃から、わたしと千穗は、
いくつもの路地を一緒に曲がって、たくさんの芝居人の背中を追いかけ、
多くの戯曲を読んだ。
この街で十五年暮らして、千穗はジャズシンガーに、わたしは作家になって、
芝居を本業としてるわけではないし、多くの役者たちと出会い時間を過ごしてきた。
それでも今でも、自分ほど芝居を愛している人間をもうひとり見つけることはできないんじゃないかと思うし、自分が唯一自分と同じ熱量で芝居を愛していると思える人間は、
やはりちほだったりしていて。

きっともちろんほんとはそんなの奢りなんだけど、初恋を超えられないように、
わたしとちほと芝居の凝縮を、わたしたちはきっと、わたしたちでしか塗り替えられないのだ。

久しぶりに聴いたちほの歌は、素晴らしかった。
一緒に言ったウッシーさんが、
「ここに出る歌手たちの中では彼女はもう群を抜いている。トップクラスだね」
と言っていた。ここにはもう、あの中講堂で、
「聞こえないからそんなか細い声で歌わないで!」
とダメ出しされていた千穗はいない。
初めの頃は「もっとこうしたら」とか、ライヴパフォーマンスにも口だししていたわたしだけど、もう今はただお客として聞きにいくだけだ。だって彼女はもうプロなのだから。

わたしは昔から、彼女が「この歌はこういう歌です」と、歌詞の内容を物語にして聞かせてくれるMCが大好きだった。そのMCのときにウッシーさんが、今度は
「彼女が芝居畑でやってきたことが、ようやく活きてきたかもしれないね」と言った。
ほんとうにそうだと思う。

わたしたちはいつも芝居をしているから。
音楽の中で。原稿用紙の中で。

来年出版される予定の「船パリ」の中でも、わたしは唯一ちほにだけは、
完全に宛て書きをしている。
物語の中にわたしたちの芝居が生きている。

勘三郎さんが亡くなる一週間前、なんの因果か図書館でわたしは野田さんのエッセイをたまたま読んだ。
その中に勘三郎さんと野田さんの対談があった。
勘三郎さんが野田さんに必死に
「いつか歌舞伎の演出をしてくれ」と頼んでいた。
それまでに俺も歌舞伎を変えて、おまえが入ってこられるように頑張るからと、勘三郎さんは言っていた。
「えっ?」と思って日付を見ると1991年とあった。

そのいつかがかつてになった2012年。野田版歌舞伎はたしか2000年に始まる。
こうして偉大な人たちも、自分の夢を叶えるために、10年もの時間をかけて、努力を重ね、諦めずに実現していったのだ。
「70歳くらいになったらさ、若い女の子ひとり入れて”ちょっと表へでろい”なんて芝居を作ろうよ」
2010年に『表に出ろぃ』は東京芸術劇場の小ホールで行われた。ちほとは日程があわずわたしは尊哉と観に行った。その”若い女の子”には、わたしとちほの同期演出家の麻衣子の劇団の女優さんのロランスちゃんが五百人の中から選ばれた。

『いい大人が、大演出家と大役者が、そうやって子供みたいにはしゃいで騒いで、満員の観客が大劇場を埋めつくす芝居の核が産まれるのが、しんじつ』
ここでまた千穗のtweetとわたしの気持ちがリンクする。

勘三郎さんが亡くなる一週間前、麻衣子の舞台を観に行ったら、串田さんが観に来ていて、まさか串田さんが来てるとは思っていなくてその存在に気がつかなかったわたしたちに、串田さんが「おう!」と声をかけて寄ってきてくれた。
15年串田さんを追いかけてきて初めてのことだった。
勘三郎さん最後の大舞台「法界坊」の千秋楽で串田さんを見つけてわたしたちは大声をあげて手を振って、麻衣子の舞台で初めて串田さんがわたしたちを見つけてくれて、
その一週間後に勘三郎さんは亡くなった。

いつまでも背中を追いかけているんじゃないぞ、と神様が言ってるような気がする。
いつまでも誰かを頼りにしていたらダメなんだ。
馬鹿みたいでも、笑われても、自分たちが演劇を変えるんだと、
自分たちが物語をつくるんだと、いきまいて、前に進まないと。

そのためのスタート地点、に立つために、今わたしは必死で船Parisを書いている。
船Parisがもたらしてくれるのは成功とか、賞賛とか、実績とかじゃない。
あの物語がわたしにくれるのはきっと、
「長い船旅の始まり」
その船出なんだと、そう思うのだ。

『彼は”芝居”というものはもっともっと人々の心にじかに届くように、目の前の大切な人に話しかけるように、その人びとの言葉も聞きながら演じるものなんだということを実践しようとしていた。その日の芝居の本当の姿はそこに立ち会った観客の心の中にしか残らないことを体中で知っていた』串田さんの言葉。

上海バンスキングの再演で繋がることができた自由劇場の年季の入ったファンである稲澤さんや三澤さん。おふたりが貴重な資料をお貸しくださり情報や昔の映像なんかも見せてくださり、ちほのライヴを観に来てくださり、わたしの執筆のために色んな知識を貸してくださる。そして今回の勘三郎さんのことも一緒に悼んでくれた。

勘三郎さんや野田さんや串田さん達が広げて、素晴らしい役者、スタッフ、文化人が乗り踊り飛び跳ねた絨毯の上にわたしたちはいないけど、
でもわたしたちはその絨毯の切れ端を握りしめている。
これを宝物に、わたしたちはわたしたちの絨毯を敷くのだ、これから。
10年でも20年でも時間をかけて。

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