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2020年1月

2020年1月22日 (水)

世界の救済、ルーディエスタ/アンチクライスタ【終編】

むくり。ワタセミの口調を真似しながら起き上がる、就寝を中止。
22じ35分。普段のわたしなら朝みたいな時間であるがここは病院、
21じに消灯をむかえた病棟は静まり返ってまずまず深夜2時頃の雰囲気。

今日は1日だるく微熱もあって、基本的にはこの記事、
「世界の救済、ルーディエスタ/ アンチクライスタ」に終始した1日だった。

なぜこの記事を書くのにそんなにもエネルギーがいるかというとそれは「誤解」を恐れず、わたしの正しさを貫く、その強さを養うためのこれが旅であるから。そしてそれには勇気が必要なので。
これが書きぬけぬなら「燦々金色」など書きぬけぬ、書きぬけぬよ、中島桃果子。

 

(疑いを、払い抜け)


繰り返し頭に浮かぶその言葉に自身で問う。疑い? 何に対する?
じぶんの書くものを、疑ってる? いいえ違う、わたしの筆はいつもたしか。

これまでだってわたしは自分の筆を信じてきたし、船パリをのぞいては基本的に全ての作品を、
ちゃんと書き抜いてきた。

燦々金色はどう?

燦々金色はいいよ、すごくいい。おそらく蝶番を超え、中島桃果子の当面の代表作になるだろう。

じゃあなに。何を恐れている?

わたしは何を恐れ、何を疑っている?

ここまで問いかけたときにわかった。

ーーそれがどこまで、伝導するのか。

それはまだわたしの体験したことのない未知なる世界。

 

2012年にわたしの「June 」を世に放ったとき、わたしはこれは世界に届くと確信していた。
でも響かなかった、思ったより。
作品は完璧で美しく、神秘もパワーも、秘めていたのに。
でも届かなかった。

あの時の「なぜ?」が今わたしにのしかかっている。

つまりわたしの、作品に対する確信は揺らがないとして。

もしその確信と、世界の間に、溝があったら。

すばらしいと思っているのがわたしだけだったら。

「燦々金色」も、わたしも、引いてはこの記事すらも、
妄想的な狂人によって綴られた、大いなる嘘になってしまう。

圧倒的な伝導が、必要なのである。
何刷も重ねるような、伝導が。

むくり。

恐怖と対峙し起き上がる。

ならばもう、それを超えていくしかない。
ならばもう、それをやるしかない。

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ここ数日、言葉は頭に流星のごとく降り注いでいて「燦々金色」は日に日にその輪郭を強くし、わたしの頭の中で徐々に仕上がりつつある。書き留めねば流れてゆくので、発熱していても書き続ける。
「なんか(執筆の)神様が降りてくるんだって?」
担当の先生がわたしに訊いた。パソコンを抱えて談話室にパタパタと走っていこうとするわたしを捕まえて朝「どうしたの、ずいぶん急いでいるね」と訊いた先生は、その様子などから看護師さんにわたしの状態などを訊いて、その報告のカケラーー看護師さんとわたしの対話も含むーーを先生が繋げた結果「どうも執筆の神様が降りてくるみたいだ」という話になったのだろう。ここの先生と看護師さんは細やかに連携している。
誤解を恐れるわたしは、なんかわたし作家風かな、そう見せかけてるみたいかしらと思う。
(わたし、なんか、、、”天才ぶって”、映っているかしら)
しかしわたしは実のところはそれを演出しているわけでないし、そもそもこの感覚じたい久しぶり、なぜそれが発熱して今日は1日寝ていましょうねという日に起こるのか、それも嫌だし、なんか売れてもないのに売れてる風でいや。

でもそう言う全ての目線を、全ての「誤解」を、今は払おうとせず前に進まなくてはいけない。ハイ。

 

ああくるしい。

 

苦しいよ。

愛していた人に、憎まれているということは。

 

嫌われて、疎まれて、拒絶されている。

 

そういう環境で何かを書いたり、何かを生み出すのは、途方もない勇気がいるよ。

 

だってそうじゃないか、普通、世界中の誰もに嫌われたって「君が僕を知ってる〜♫」ってやつで、人は世界に対峙するパワーをもらうんでないの。
♩何から何まで 君がわかっていてくれる 離ればなれになんかなれないさ〜

じゃあその真逆の場合はどうなるの。

 

わたしの言動ややっていること、歌ったり店やったり小芝居仕立てのジャズライヴやったりして、全然小説を書いてこなかったこと、全部深い意図があってやっていたけど、2012年から時が経つたびに単純に人は、わたしが作家としては仕事がないのだとみなすようになっていたり、
お店を始めたのも作家として売れていないからなんだろうと思われたり、

例えば歌ったり、自分のお店で女主人然ーまるでスターのようにーふるまってそれを発信していることを、
ただただ「承認欲求が強い」とみなしている人もいる。
別にうまくもないピアノを弾いて歌うことを「痛い」とみなす人もいる。

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それら全て「誤解」だけど、気にしないことにしてきたし気にならなかった。

だってそう思う人は人生に「中島桃果子」が必要ではない人だもの。

でもね、わたしはそうではない人のために存在してるから。

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わたし自身がカッコよくスタイリッシュであることを優先したらわたしは志磨さんの楽曲など、ぜったいに!!!歌わない。
彼の音楽がどれだけアカデミックで、音楽的造詣に富んだものか、ファンのわたしは当然知っている。キネマ倶楽部のライヴをご覧になりましたか!? あの「しんせい」と「Lolita」のアレンジはもう神でしょ。音楽がさ、ふるえてるのよ、楽器たちと一緒にさ。もうバンド編成もメンバーも素晴らしくてさ。
椎名林檎か志磨遼平か。

あれは音楽家ですよ音楽家。

ええと。話がそれたけど。つまりさ、自分を良く見せたかったら笹川美和さんの歌など歌わない。わたしは養源寺であのお方の歌を、本堂の中で厳かに聴いたのだもの。本当に目の前で。自己承認が勝ったら恥ずかしくてそんなことできないよ。アデル!!!歌いますか? いちばんに避けるよねあのお方の歌を歌うなどということはさ。

でも必要だと思ったから行った。
筆以外の手法で、救済を。

音楽は伝導が早いからね。あと「感じる」ことができるから。
2019年、燦々金色は、ちょっとまだ間に合わなかった。それを放出できるわたしに、仕上がってなかったのね。

2019年12月24日と25日。クリスマス。

実際あの日、イーディという宇宙船は慎ましくも煌々と発光してまさにイエスキリストの生誕の日、クリスマスイヴがイベントではなく儀式の日だと、まざまざと感じることができたあの温かい夜に、気づけばみんな、あの場所に集った人は泣いていたんだよ。

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youtubeを見て、笑いたい人は笑えばいいと思う。

きっとだって、わからないから。大真面目に「世界の救済」だなんて。

察しわかり合うなんて日本のいい文化か知らないけれどそれですれ違いだって増えている。
伝えなければわからないことがたくさんある。

「誤解」と「赦し」と「憎しみ」と、憎む苦しみ。

それらもうすこし互いにちゃんと伝えられていたら何か変わっていたんじゃないかって、
「金色夜叉」を見つめ直してそう思うから。

だからわたしは、いつでもちゃんと、伝えたいって思うんだけど、
今だってこれを読んでくれているあなたに丁寧に伝えたいって思うんだけど、
それでも家族だって最初は「え?お店?あなた小説家じゃなかった?」ってびっくりしてくらいなのだから、

家族以外の友人や仲間以外の他人が、わたしというこの”誤解されモンスター”を、理解できなくともそれは仕方ない。

 

でもよ、だからこそ思うじゃんか。せめて例えばあなたにはわかってほしい。

せめてあなたには、伝わってほしい。わたしのこと。本当のわたしのこと。

わたしが何を思ってあのお店で女帝然としているのか、

わたしが何を思って、あのひ、イーディの2Fで「わたしを映す水面」を歌ったのか。

わたしはなぜあんな髪型をしているのか、

わたしはなぜ「25歳の中島桃果子展」をやったのか。

わたしは親しい人対してだけはにはそう思うの。そばにいる人にはわかってほしい。
だからこのあなたは「妹」だったり「ワタセミ」だったり、
唯一無二のファンの栞ちゃんだったり、りさこだったり、わたるくんだったり、する。

 

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[↑素晴らしき巨匠たち/左から山澤伸天才、横山こうじ巨匠、そしてmacmaroon編プロ先生]
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[左/photograph by 横山こうじ,右/photograph by 山澤伸]


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[↑わたしに生身の志磨さんと対面するきっかけをくれた、妹でエッセイストの丘田ミイ子]


でももうとにかく、

目覚めた時に、わたし以外の誰かが、志磨くんの曲を流しながら料理をしている、そんな朝は、もう来ないから。


だとしたらわたしに残るものは志磨くんの音楽と文学しかない。


わたしよ、書きぬけ、エイミーワインハウスのように。
今ここを書き抜けば、Tears Dry On Their Ownが生まれるよ。
美しかったでしょ、あのシーンはさ。

そう思って自分を奮い立たせたけれど、わたしも映画のエイミーのように苦しみ悶えて、泣き咽いで、死ぬかと思った。
約束があるからね。それを守らないとね。描写しない、という約束。

 

宮はさ、覚えがあると思うの。
貫一に憎まれる、覚え。そして、手紙を出すのがね、遅すぎたと思うの。
遅すぎた、宮の手紙、そしてその内容。

でもねわたしには身に覚えがない。
わたしは宮とは違う。

なのにこんなに憎まれている。

もはやその身に覚えのなさすら「そういうところだよ」とさらに憎まれる理由なきがしてしまうよ。

 

このままでは全く、Tears dry on their ownしないので、そしてこのまま死んでしまいそうになったので、
USBを繋いでDVDを再生。

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↑ルーディエスタ/アンチクライスタ

表現者としての使命を、思い出せ。

注入。

シャキ。不死鳥のごとく蘇った。

モカコよ、まずこの記事を書き抜け。

まずこの記事に、タイトルをつけるところから、始めよう。


これ以上愛しているものに嫌われることが怖いわたしは、
記事のタイトルに「ルーディエスタ/アンチクライスタ」という言葉をを使うのが怖いのだけれど。

その言葉で世間の気をひき自分の記事を読ませようとしていると思われて志磨くんに嫌われたらどうしよう。

わかるか世界、こういうことなんですよ、人に思い切り、疎まれるということは。
「僕を知ってたはずの」「わかってくれるぅ」はずの君を失うっていうことは。
その喪失は、もはや自身の喪失も兼ねて、

憎まれたわたしは自分で自分のことを信じるのがすこし困難になるし、
大しけに見える世界という海原は、わたしの足をすくませる。

そしてわたしの中に「たしかにあったはずの」正しさの方位磁針の針を揺らがす。

 

あのときあんなに燦然としていた感覚が、嘘か真実かわからなくなり、
わたしは、自分がまともか狂っているのか、わからなくなる。

すると世界が、大変見えづらく、ぼやけてみえてくる。確信、や予感、も薄れていく。


そういうときはね、もう、筆しかないの。

わたしの中の、たしかな、ゆるぎない、光。
わたしの中の小さな女の子。

おそらく誕生と同時に授かって、きっと死ぬ時までそばにある。
それはきっとわたしには、文学しかないのであるから。


それを生業にするわたしがさ、この記事にさ、いちばんふさわしいタイトルをつけたらさ、

もうそれしかないんだよ。もろびとほろびて、パラダイム。世界の救済、ルーディエスタ/アンチクライスタ

 

この感覚を曲げたら「燦々金色」も曲がるんだよ、わたしはこの沼から出れない。
肺炎が治るより前に魂がゆがんで、朽ち果てて、死ぬ。

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[Exihibition live「わたしを映す水面」初日の朝。photograph by Daichi Gunji]

 

今朝、起きて、わたしはまず表題に「世界の救済」と打ち込んだ、そして、ルーディエスタ/アンチクライスタ。

嫌われること、を、恐れるきもちを、もうここに、置いてゆこう。

嫌われていることに「なぜ」ととう気持ちも、そのことによって書けなくなるわたしも、

もう、ここに、置いてゆこう。

結局のところ、わたしは「世界の救済」には抗えず、生きている限り、筆を置くことはできないのだから。

だから今ここで、決別。

さよなら。

さよなら、わたしの、愛しいものたち。

わたしは 前に 進む。

この瞬間にすら あなたを 傷つけて。

でももう ふりかえらない

 



[前編]、を書き終わって点滴をつないだわたしの頭の中にあの歌が突然降ってきた。

♩ズズ チャチャチャン、ズズ チャチャチャン(ギターの音)

さあ..はじまりの...朝だ ahh...ふりむかーずに..

この歌はリリースされる前にとある事情でサイン入りのCDをいただきリリース前から聴いているけれど。
まるで今初めて聴いた曲のように、この歌の歌詞が今日わたしの中にはっきりと形をなし、そのはな向けにわたしは泣いた。
なんども聴いた歌、なんども見た歌詞。だけど何も受け取れてなかった。この歌の意味。淡い桃色のこの歌に籠められた強い強いメッセージ。
ああこの感じは、まさしく2009年のノルウェイの森。きっとこういうことなんだろう「誤解」というものの正体も。それは誰にもイニシアティヴがなくって、それら全てを「時」が所有している。刺し違っているときはその「正しさ」すら猟奇的な刃物。あゝ、偉大なるかなアカシック。


それでもわたしはあがきたい。あがいて今日のように、聴き慣れた歌に、新しくしびれたいよ。

7年ごしにわたしに届いた新たなエピファニーは、志磨さんの歌声を通じてわたしに語りかける。もしかしたらこの歌を作った時、同じようなエピファニーの中、彼も立ち上がったのかもしれないね。


♩誓って言おう

正しさ ah 誰一人も 傷つけずには 守れ

と きみは泣くけれど

別れを知り ぼくら ah  大人になる
それでもよろこびは ロリータ 

まだ出会う前の 誰かへの祈り

今のわたしにこんなにぴったりの歌をわたしは他に知らない。

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[2012/12.07 ]

Lolita/ 志磨遼平[作詞作曲]

♩ズズ チャチャチャン、ズズ チャチャチャン(ギターの音)

(さぁ、始まりの朝だ)
ah 振り向かずに、そのままで聞け いいかいロリータ
すべては今 きみの目の前さ

戯れの日々も ah 淡い恋も
美しい思い出はロリータ
この旅路の きみの傘となる

ロリータ 歌うは 今 
燃えるほほに 夜明けの風
ohh ahh ロリータ 歌え さあ 今
光は見たか? 振り向くな ロリータ

誓って言おう
「正しさは ah 誰一人も傷つけずには 守れない」
と きみは泣くけれど

別れを知り ぼくら ah  大人になる
それでもよろこびは ロリータ
まだ出会う前の誰かへの 祈り

ロリータ 歌うは 今
すでに きみは正しいのだ
ohh ahh ロリータ 歌え さあ今!
怒りはあるか? それでいいロリータ

ロリータ 歌え さあ今
そうだ これが生まれた意味だ
ohh ahh ロリータ 歌え さあ今
すすめ きみは美しい ロリータ...

 

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表現者には”いかり”を”ひかり”に、変える使命がある。
”い”を”ひ”に変え世界を塗り替える。

そう思ってわたしはいま「燦々金色」を書いている。
夜叉が光でつつまれて、彼らが救済されるように。
けれどそれは簡単なことじゃない。

”い”はわたしを焼き尽くす。

その火に焼かれ、爛れながら、それでもその火のなかから、わたしは手を伸ばし、その先に”ひ”をおく。
それこそか閣下が言った、我々の使命なのであるから。

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この記事の表題に「ルージエスタ/アンチクライスタ」という志磨さんの渾身のひと言を引用したこと。
それでわたし、志磨さんに憎まれるだろうか。冒涜として。
ううん、きっと彼は憎まない。
そう信じる。
モカコ、その傷は、志磨さんがつけた傷じゃないよ。
傷のありかを、ちゃんと見つめて。
同じ傷はなぞらないし、きっと彼は、そんな段階にいない。

彼はもっと、上に、いる。

そしてもし仮に、憎まれたとしても。

わたしは書き進んでゆく。書き抜いてゆく。

わたしの前には文学しかなく、後ろにはもう「死」しかないのであるから。


2020年1月23日0:05分、今後のわたしの人生のためにこれを記しておこう。

 

ほとばしる言葉の数。伝説か、只者か。
そうこれは一つの試金石。

わたしがわたしを試すための。

 

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<世界の救済、ルーディエスタ/アンチクライスタ >(終)

皆さんへ。一つの短編として、なかなか面白いものが書けたのではないかと思っています。しばらくこれを読み返したりして待っていてください。
次はいよいよ、新刊「燦々金色」で会いましょう✨

 

 

 

 

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世界の救済、ルーディエスタ/アンチクライスタ[後編]

中島桃果子は2009年に「蝶番」にて新潮社よりデビュー、
2012年に刊行された「誰かJuneを知らないか」まで、立て続けに本を刊行、
しかし2013年と2014年に官能ライトノベルを2冊出版し、
以来単行本を出していない。

 

2011~2014年、ちょうどそのころ、執筆に執筆を重ねていた私小説作家のわたしに、度重なる「モデル問題」も勃発した。
この問題は、実のところ、小説が売れる売れない問題よりも、わたしを悩ませた。

 

”わたしの中の正しさは、いつも誰かを傷つける”


なのにそうしてまで筆を握り続けるのか問題である。

 

それで2年間やることにしてみた空想ライトノベル官能の小説は、確かに誰をも傷つけなかったかもしれないけれど、
同時に誰かを根幹から救えたかというと、それも疑問の仕事であった。

 

そうこうしている間に幻冬舎から「アラビヤに行きませんか」という話がきて、わたしはそれに飛び乗った。
実は審査があったのだが、それをつゆと知らず「わたしが行くのだ」と思い込んでいるものの引き寄せの強さよ、
かくして2015年1月、モカコアラビヤに降り立つ。

 

それ、が起きたのは、シャルジャという古い街の「イスラム博物館」の天文学の部屋でのことだった。

 

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何が起きたのかはよく分からない。今でも。

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わたしはこの場所で、何らかのエピファニー(啓示)を雷のように浴び、その瞬間に、わたしの中のパラダイムが、根幹から崩壊、再び”そこ”に戻ってきたときわたしは、もう以前までのわたしではなかったのである。
わたしは根幹から変わってしまった。

パラダイムとは、(科学上の問題などについて)ある時代のものの見方・考え方を支配する認識の枠組み。

それからしばらくたってーーこれは月イチ「がんこエッセイ」2019年8月号”メメントモリ”にも書いたのけどーー
アラビヤでの最後のランチ会のようなものがあり、そこで、わたしを大変気に入り可愛がってくださったジャマール閣下がおっしゃったこの言葉が、さらにわたしの確変を確かなものにした。

「世界の終わりはすぐそこまできている。そして僕たち筆を持つものができること。それは世界の終焉を食い止める、それだけではない。世界が滅んだらそこで終わりではない。たとえ世界が滅びようとも、僕たちはその最後の日までその手でこの世界にプラントする。プラントし続ける。それこそが僕たちの使命であり、僕はそのために君たちをここへ呼んだ」

 

一緒に行った作家の男の子は、一国の官僚クラスの人がこのような都市伝説のようなことを言うのでちょっと引いたと言っていたけれど、
この言葉はわたしの”ニューパラダイム”をより揺るぎないものにした。

 

以来のわたしには「世界の救済」が最も最優先の案件となった。

これまでの、なんか売れたらいいな、とか、芥川賞とか、直木賞とか欲しいな、みたいな、
そういう「己」にまつわる野望や野心が、皆無になってしまった。

同時に、身近なモチーフを書き続けてきた私小説作家が一体何をこの先書けば、それが世界の救済になるのか、
そこいらも大変混乱するところでもあったので(突然SFでも書く!?)、

 

熟考の結果たどり着いたのは「とりあえず対峙する目の前の人をひとりひとり救済する」ということで、

2014年より親友のジャズシンガーと定期的に行っていた、小芝居仕立てのジャズライヴ「Utatane」は2015年の5月の演目「キミとボク」以来、「人類の救済」が裏テーマとなり、2017年の7月をもって一旦休止するまで、わたしは膨大な量の戯曲を、書き続けたのである。

原宿の小さなジャズ喫茶、または神楽坂のワイン酒場の休日に合間をぬって行われたそれは、金髪夫人に扮するわたしと「実はクマ」というとんでもない設定を演じる親友の歌手との滑稽かつ地続きのやりとりがベースで、人には「学芸会風」に見えていて笑われていたのだけれど、
実は戯曲はどれも非常にソリッドで、参加してくれるミュージシャンたちは素晴らしく、ジャズライヴとしてのクオリティも非常に高かった。

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ねえクマ子、日々とは生きることで、生きるというこの日々、
つまり今が今でありながら、同時にかつてにたゆたい、
また次の瞬間には永遠のかなたにあるとも言えるとするなら、
ここにあるのはすべて”世界”で、同時にすべてが”永遠”ね。

永遠って、ずっと続く何かのようなものではなく、
ほんの一瞬の時間のねじれを、小さな洞穴に、
ぎゅっと押し込めたような、そういうものなのかもしれないわ。

          ー第二幕「世界と永遠」の予感より抜粋ー

 

2016年の9月と10月に月をまたいで再演されたこの「世界と永遠」などは、本当に素晴らしい戯曲であり演目であったとわたしは思う。
そして来てくださったお客様たちにはこれが「ただの学芸会」ではないことはもちろん伝わっていたし、来てくださったお客様の魂の救済、これはきっとできたと思う。でも同時にわたしは「これではまるで間に合わない」とも感じていた。
つまり、一回の演目で20人、多くとも30人くらいまでしか救済できない。
救済が目的であるからあまり高いチケット設定にはできないし、そういう流れでやっていくと、どれだけ頑張ってもこれは月に1かいくらいしかできないのである。これではどれだけいいものを書いても、それらが伝導するより先に世界が滅びてしまう。

 

そんなこんなでUtataneは2017年に一旦中止、そこから1年ほどわたしは中島桃果子とは違う名前で、救済をテーマにしたブログなどを書いたりしていたのだが、これもなんかスピリチュアルの方向に行くんではわたしがやりたい「地続きの未来を変えていく」ってことに繋がらないんだしと思いまる1年でこちらも一旦やめてみた。


そんな折に「イーディ-Innocence Define-」の話が舞い込んできてわたしはこれに乗船した。
この船は大変機能し、わたしがこのブログの[前編]で述べたように、2019年は随分と救済の針を進めることができたのである。

わたしは「イーディ-Innocence Define-」を一つの宇宙船と捉え、この箱舟に乗る人を全員幸せにしようと考えた。
最低限「幸せになりたい」という切符だけは持ってきてほしい、そしたらわたしがなんとかする。

 

同時に2019年は「救済にともなう痛み」で、身がちぎれた1年でもあった。

そしてやっぱり、わたしの中の正しさは、大切な誰かを、

特に最も大切な誰かを、傷つけずには、いられない。

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わたしの正しさは、
時に大切な人を発狂のふちまでおいやり、そして焼き尽くす。

加減ができないから。正しさの。

 

結果その人は、わたしを憎み、わたしを嫌う。

そして細胞からわたしを追い出す。もう二度と、こっちの方には、こないでほしいと。


<世界の救済、ルーディエスタ/アンチクライスタ> 終編に続く。

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世界の救済、ルーディエスタ/アンチクライスタ[前半]

どうも、モカコです。お久しぶり。
このブログは昨年4月に退院してから全然更新してなくって、
久しぶりに書いたらまた入院しているのでなんかブログ上ずっと入院してるみたいだけど、
実のところわたしは6月から「イーディ-Innocence Define-」という芸術酒場を始めて、
9月にはそこの経営者になり、お店がありがたいことに数ヶ月に軌道に乗りまして、
12月からは自分の個展や、人生初の引き語りライヴなんかもして、わりとてんこ盛りの下半期だったのだよ。

「世界の救済」に向かってかなり巻きで針を進めた2019でした、まだ回り込んで食い止められていない。

今朝、大切なことをみんなに伝えようと思って、大変丁寧にこの記事を書いていたら、
先生が問診にいらして、そのあとPCに目を移したら、かみかくしのように全部消えていた。涙。

なのでもう、感覚的に、必要なことをぽん、ぽん、と書いていこうと思う、ルーディエスタ/アンチクライスタ、世界の終わりとその救済。

 

そうそうわたしは現在「燦々金色(仮)」という新作を執筆中です。

「誤解」と「赦し」「憎しみ」と「憎しむ苦しみ」についての物語です。
なのでわたしは毎日この4つのことについて考えている。

 

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↑ルーディエスタ/アンチクライスタ

 

じぶんが生きているこの人生において「似てる」と思う人がたまにいて、この「似てる」というのはどこを切り取るのか、
それによっても「誤解」が生じてしまう難しい言葉なのだけど、まずは本人の中に湧き上がる奥底からのシンパシーのようなものとして定義した場合、わたしがこれまで生きてきて「なんだかとても自分と似ている!」と思った人は最初が「江國香織」そしてこの「志磨遼平」という人である。

江國香織、という作家に関しては「なんでこんなに世界にはじぶんみたいな人がいるんだろう」とつくづく不思議に思っていた。それは江國さんが女性にとって共感性の高い作品を書くと言うのとはもう全然違う話で、いわゆる”ものの捉え方”というのかな、世界の見かた、のようなものがとくに丸ごと似ていて、仮に文学的な言い方をすれば、いつも心の中に無垢な少女を住まわせて、その子を通して世界を見ている、みたいなところ。

ともあれ、

わたしは、この、じぶんと似ているこの人ならば、もしかしてわたしが「これはちょっといいと思うんだけど」って感じに書いてみた小説を、理解してくれるのではないか、彼女はわかってくれるのではないか、わたしの言いたいこと。そう思って、江國さんが審査員を一人でつとめるという新潮社の賞にわたしは応募し、結果は皆さんもご存知のとおり、ここに中島桃果子が誕生したわけであるが、そのパーティでわたしは江國さんにこう言われたのだ。

「わたしとモカコちゃんはねえ、似ているのよ。うん。とても似ているの」

だからどうって話ではないんだけど、
これは幼い頃から時折、星の様に降ってくる、わたしの中の得体のしれぬ”予感”や”感覚”が、時間をかけて証明されることを教えてくれた。

次にわたしが熱狂的に「志磨さん志磨さん」言ってる、ドレスコーズの志磨遼平さんに関してだけど、

これは相手が異性なので「似ている」という言葉は謹んでいた。
なぜなら「似ている」という言葉は盲目的な恋の始まりに、だいたい使われる言葉であって、笑、

「まさかあんた志磨さんと自分がどうにかなれるとか思ってへんやろな!」という周りのおかしな声などに晒されるのも嫌やし(笑)

なのでとりあえず「世界観が好き」「大ファン」というところにとどめておいたのだけど、実は志磨さんは、わたしが「このひとわたしと似てんなあ!」と思った人生で2人目の人間であった。先にも言った様に「似ている」というのは大変語弊を招く言葉であって、仮にわざとそう言う言い方をしたら「階層型執筆者」と言う意味でわたしは村上春樹に似ているし、笑、グラムロックが根底にあるという意味ではレディガガにだって似てる。笑。同時に今同じ部屋で入院している、はす向こうの素敵おばあちゃんにちょっと似ているし、今わたしに代わって毎晩お店を開けてくれている天才デザイナー”ワタセミ”とは、ものの捌き方や処理の仕方が大変似ているように思う。

こういうわけなので「似ている」という言葉は本当に使い勝手の難しい”誤解み”の強い言葉なのだけど、
あくまでわたしの主観だけどね、という前置きをするとわたしと志磨さんの、根幹にあるモチーフが、わたしには大変似て感じた。

「毛皮のマリーズ」というバンドを知ったのは2010年で、

そのバンド名は、演劇学科卒で、あの熱狂の1960年代演劇ブームになぜ生まれなかったのか、と悔いている自分には当然「毛皮のマリー」を彷彿させるバンド名であり、そこへあのサウンドと世界観を持ってこられたあかつきには、

もともとグラムロックと吉井和哉と忌野清志郎を溺愛していた自分としてはハマるより他なし、と言う感じなんだけど、

ただそれだけではなくって、こう、時代をね、表現者として生きてゆく流れ、みたいなもの、そしてそれに対して変化してゆくその過程、も、
わたしは「似ている」と思ったのだ。最初にそう思ったのは「清志郎が亡くなったことが一つの起点になった」というインタビュー記事を読んだときだった。2009年わたしはすでにデビューしていてその年はデビューした年だったので結構連載を抱えていたのだけど、5月に清志郎が亡くなって、6月にはマイケルが亡くなって、本当に世界から色彩と音楽が消えた。一度も会ったことのもないミュージシャンが亡くなることで、こんなにも日々が辛くなるのだというくらい、それはもう予想を超えて辛い毎日で、まじでクソな1年だった。同時に大きな失恋もして、なのに仕事がすごいあってわたしはいわゆる新人にしては売れており、書きかた、とかもよくわからぬまま小説を書き続け、白黒世界の中で執筆をし、執筆の合間に90年代のイギリス音楽ーーパルプとかーーを聴いては「ノルウェイの森」をくり返し読んだ。

あの2009年の夏、フジロックでは清志郎の音楽があちこちで流れるのに本人はいなくて、それから大好きだったCharaと浅野が、その直後に別れた。もう、信じていたものが全部崩壊していく2009年、あの1年を踏まえてこの「ティンパンアレイ」はわたしのところへやってきたのだ。そう思うとその音楽のどのベース音にもその下に、わたしは清志郎の不在に対峙する悲しみ、を感じるのであってーーあの記事を読んだら最後、その悲しみは自分のものか志磨さんのものかすらもわからぬーーあのアルバムはわたしにとって2009年の葬いであり、新たな朝の幕開きだった、おはよう世界、おはよう東京。2010年の年の暮れ、沈む夕日を眺めながら「欲望」を聴き、わたしは世界の美しさに涙した。わたしの長編大作「船パリ」も、間も無く船出を迎えるところだった。

けれども容赦無く3.11がやってきたのである、2011年3月11日。

奇しくも関東大震災の日から始まる「船パリ」は、
歴史、ではなく、今、勃発した未曾有の大震災の渦の中で、一時的にその輪郭さえも失った。
執筆が決まっていた実業之日本社の文芸誌「紡」に寄せた「月子とイグアナ山椒魚」はその混乱の中から立ち上がってた短編で、
ゆくゆくは船パリの一部となるはずである。

先日読んだ志磨さんの連載「本と音」にも2011年以降、音楽は変わらざるをえなかったと書いてあったけれど小説も然りで、
しかし小説の場合は連載しているお話はその「世界観」の進行があるのであり、そこに一気にそれを注入すると映画の「ヒミズ」みたいなことになってしまうのであり(あれはあれでよかったと思うしその後の「希望の国」がとてもよかった)、
わたしとしてはそれは2012年に「誰June」を世に放ってから考える、となった。

そして「誰June」はあまり世間に、届かなかった。
(熱狂的ファンかつ我が店のバリスタ、池田栞を獲得したのでこれに関してはもう解決済)

 

そしてわたしは運命のアラビヤに行くのである。

 

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<世界の救済、ルーディエスタ/アンチクライスタ>[後編]に続く。

 

 

 

 

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New!![2020/Jan-Feb]

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[Design by 渡瀬都ことワタセミ]

我がお店「イーディ-Innocence Define」の2Fのgalleryイーディにて現在「25歳の中島桃果子展-わたしがまだ小説家ではなかった頃-」を開催しています。2月末まで。空間美術はMihoKingoです。唐突に出現した25歳のモカコの部屋に、あの頃書いた未発表の著作たちがたくさん眠っています。探してみてね!

【↓ステイトメント】
誤植、直しましたが直したやつの写真がないのでこちらですまん!

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個展の開幕に合わせて2019.12.24(火)&25(水)にExhibition Live を行いました🎙🌈

 

🌕Exhibition Live「わたしを映す水面」1st ↓

 


🌕Exhibition Live「わたしを映す水面」2nd ↓

 

🌕オリジナル曲「わたしを映す水面(2019)」作詞/ 中島桃果子 作曲/杉浦秀明 映像/Sinsukey ↓

やはり1曲はオリジナルがあって然るべきだろうと考え、杉浦くんのお力を借り「わたしを映す水面」という曲を作りました。
とても美しい楽曲です。この曲は別にわたしが歌う必要は全然ないので、誰か素晴らしいvocalなどで録音したい方、リリースしたい方、連絡ください。普通の人は「なんだモカコが歌ってるんかよ」って感じだと思いますが、音楽がわかる方にはこの杉浦くんの才能は一目瞭然かと思います。25日のことなので記録はないのですが杉浦くんはこう言っていました。

「ダブルキーボードって、実際のところすごい難しいんですよ。素敵にするのがすごく厄介」

当然わたしはその難しさとかわかっていないというかそういう部分考えたらライヴなどさっさと中止した方がいい話になってしまうので、
音楽的見地からはもう「任せた!」という感じで杉浦くんに丸投げしていたのです。
だからあのライヴがなんか”普通に” 成立して見えていたらそれは、天才のおかげなのです。単調にならないよう音色やテイスト、いろんなことを工夫して、さらにはわたしの下手くそな演奏もカバーしてくれた。感謝しています。さらに彼は「仕事だから素人の脇でもピアノを弾く」という引き受けかたじゃなく、わたしをちゃんといち表現者として受け止め、意図を汲んでくれた。「この人が一番本領を発揮できるのは筆、けれども今、音楽をとっても表現しなければいけない何かがあるのだろう」彼がこのように感じて隣にいてくれたことはあの夜をさらに素晴らしい夜にしてくれた大きな要素の1つです。




🌕[Cover]「しんせい/ドレスコーズ(2015)」↓

志磨さんの曲を2曲(「しんせい」と「ラストワルツ」)やりましたがあろうことか撮影を入れていた24日に歌詞を間違えてしまいましてーーライヴをすること自体が生まれて初めてなもので・・・・涙!ーー次の日に撮り直しました。それがこちら。


通常アーティストがアーティストをカバーする時と言うのはそこに自分の世界観を入れたり、
アレンジでオマージュするのですが、自分は素人ゆえそんなスキルがないので、
CDのイメージを大切にやってみました。歌詞に込められたメッセージだけは、深く理解して歌っているつもりです。
昨日「ルーディエスタ・アンチクライスタ」のDVDを観て「そっか、こんな感じにもやれたんだなあのgallery空間なら」と思いましたが、
まあ、あれはあれで、よかったのではないかなっ。

 

現在わたしは肺炎で入院中ですが、新作「燦々金色(仮)」をしくしくと書き進めています。
これで世界を塗り替える所存。少しでもこの世界に、愛が足されてゆくように。

愛を籠めて。2020.01.22.中島桃果子

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2020年1月 1日 (水)

謹賀新年🌈

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本年もよろしくお願いいたします!なお、本年度の所信はこちらに書きました!

FB小説家ページ

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