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2016年8月26日 (金)

月子とイグアナ山椒魚のこと及び雑記。

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朝。清々しく見えるのだが、実はこの3年間家に出没したことがなかった、
誰しもが好きではない害虫に(名称を書くのも憚られる)出くわし上、見失ってしまい、同居人のYokoが眠った後、怯えながら部屋を片付け、さらに怯えているうちに夜が明けてしまった。(未だどこにいるかわからず・・・)

今夜は真夜中になる前に、今やってる怒涛の仕事の納品を終え、
我が私小説に当てようと、いきまいていたのだが、この怯えきった状況で悠々と私小説を書けるわけもなく、寝際にYokoがぽそっと言った「毎日奴が出没したら、モカコの部屋めっちゃ片付くんちゃう・・・?」という発言があながち間違ってはいないので、何や大いなる力がそれを出没させ、部屋を片付けるように言っているのだと考えることにして掃除に励んだ。

バイトを全部オフって臨んだ8月である。私小説の短編を1本書いて、長編に取り掛かるところまでが目標であったが、思わぬところから、結構がっつりの、何というか同業多種系の書く仕事が二つも入ってきて、
非常に作家らしい8月となった。7月半ばから入ってきた万年筆仕事に加えて、
その仕事がちょうど終わるタイミングに重なるように入ってきた、かなり小説的なリライトの仕事。どっちも納期がハードで、否応なくパソコンに向かって、
左の中指を低温やけどしながら、升目に文字を詰め続ける。

そういう意味では書く事及び、書く事にまつわる仕事で24時間を奪われるいい日々。
安い白ワインを手放せはしないが、心地よい疲労感で終わる、丸一日が物書きです、みたいな感じはアラビヤ以来。
予定より小説の書き出しは遅れたけれど、全く問題ない感じがしている。
せっせと通っているプールのおかげもあって、
完全に、軸が戻ってきたから。

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同居人Yokoのように、踊る事で、日々の軸を整える人がいる。
歌う事で整える人、1人になる事で整える人、料理を作る事で整えるひと・・・。
そういう意味では、書く事がそうであったが、それが職業になってからは特に、
自分は水に潜る事で整っていたのに、あまりそれに自覚がなかった。
というか、23とか24くらいでサーフィンを始めて、数年前まではコンスタントに海に入っていたし、十番の家も、恵比寿橋の家も、プールが近くにあって、
水から離れることがなかったから、それが必要不可欠だと気づかなかった。

けれども神楽坂にうつって、ずっと水に入らない日々の中で、
時々うなされるように水の中を泳いでいる夢を見ていた。
飲みすぎたまま眠ってしまった時に、夢の中で水とか、カルピスとかを(なぜかカルピスなのだ)ごくごく飲んでいる夢を見て、起きてまだ喉が渇いている、みたいな、あれのプール版があったのだ。

水の中に潜っていると、息をしていないのに、大きく深呼吸しているのと同じ感じになる。肌が水と何か語り合っている。

去年、宇宙博物館TenQで宇宙人テストをしたら「レプティリアン」とあった。
古代イスラエル、古代ユダヤ、いろんな流れの中で、わたしのものの考え方、捉え方を「ユダヤ系(レプティリアン)だね」という人たちもいる。

ずっと考えていた。なぜ、アトランティスという文明を知らなかったのに「魔女と金魚」という、石の中に情報を閉じ込める文明の話を書いたのか。なぜ「月子とイグアナ山椒魚」を書いたのか。

わたしは昔から、とてつもなく人魚に魅かれる。だからというわけではないが、ドレスはマーメイド型が好き。人魚をモチーフにした封筒や便箋、Tシャツに児童書を、若干コレクターのように持っている。

アラビヤから帰ってきてから時折、古代の歴史を勝手に紐解くのが密かな趣味になっている。こないだちょっとしたサイトから飛び石のように飛んで、奥まったところに入っていったら、地球にやってきたのはレプティリアン種だけでなく、魚人系の宇宙人もいたと書かれていて、現在の世界の対立は、その確執だと書いてあった。

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わたしはその時、対立ではなく愛のことを考えた。
わたしが書いた「イグアナ山椒魚」のことを思い出した。
そして彼が出会ったのは「鏡」ではなかったんだと、今更ながらに知った。

イグアナと山椒魚の愛の子であるイグアナ山椒魚の物語。
自分が世界に一匹しかいない妙ちきりんな「合いの子」だから、
誰かとわかりあい、愛されることなどないと、頑なに考えながら、もう何千年も生きている。

もしかしてそのイグアナと山椒魚って、レプティリアンと魚人じゃないのかしら?
叡智に生きるレプティリアン種と、愛に生きる魚人種が、惹かれあって、もしかしたら忘れ形見を、この世界に産み落としたとも言えるし、世界はそうあってほしい。予想不可能で、誰かが何かを決めた瞬間に、さっとまた違う愛が上書きをしていくと。

だとしたら、わたしは自分がその愛の子の子孫だと思いたいな。
それでアトランティスの過ちを正し、繰り返さないように、ここで物語を書いていると。

      **     **

僕は悪魔の子なのかって母さんにたずねたことがあるけど、母さんは「そうじゃない。あなたは特別な愛の子だ」と何度も僕に言いきかせて、言いきかせたまま死んでいった。だけど僕は悪魔の子なんだろう。そうでなければもう死ぬことを許されてもいいはずだ。イグアナと山椒魚という、禁断の異系交雑を神は許さなかったんだ。

 

 だから僕は両棲類で爬虫類。陸でも海でも生きられる。だけど、僕と同じ生物とは生涯出会えないから、僕は誰を愛すことも愛されることもない。

 

 父と母の類まれな恋を許すふりをして、神様は僕に「誰にも愛されない」という罰を与えた。にもかかわらず死ねないという罰も。

 

 だから僕はいつも、隙間から世界を眺めていた。

 

 この国がかつて陸の上で繁栄した時代は井戸からときおり顔を出して、海に沈んで沈黙した時代は、薄暗い井戸の中にときおりぷかぷか浮いてくる空気の玉を食べながらそっと。

 

 

 母さんは山椒魚で、あまり暖かいところで生きられない生物だった。父親はイグアナで主に熱帯に棲息していた。どこでどう間違ってふたりが出会ってしまったのかはわからないけれど、その出会いがそもそも大きな悲劇であったと僕は思う。にもかかわらず母さんは果敢に僕を生んだ。そして山椒魚でもある僕を育てるために父さんから離れ、熱帯と寒帯の中間地点で僕を育てた。その場所はそれでも母さんには暖かすぎて早くに死んだ。

 

 僕は雄だから、雌であった母さんの気持ちが分からない。どうして僕を生む必要があったのか。僕が世界に誕生したことが、父さんと母さんを引き離す原因になったのに。僕を殺してでも、だったら父さんといればよかったんだ。

 だから僕はますます自分を悪魔の子だと思う。僕の存在が母さんを幸せにしたことがかつてあったようには僕には思えないんだ。母さんがほんとうに幸せだったかどうかをもうこの何百年何千年ずっと考えているけど、わからないまま、今日も死ねずに僕は生きている
ー月子とイグアナ山椒魚(2011)よりー

   **    **

イグアナ山椒魚はこの短編の最後に、自分のような誰かに出会うのだけど、
その正体を、わたしは間違って理解していた。
あれは、悲しい物語ではなくって、とても幸せな話だったのだ。

早く続きを書きたい。そう思う。

でも、まずは私小説から。

そんなわけで、このブログは色々アーカイヴ。
この前後に8月のインスタのアーカイヴも載せていきます。

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コメント

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投稿: Johnb600 | 2016年9月 3日 (土) 07時42分

dear Johnb600
thanks for your comment!!!
and i dont know about tips...sorry

投稿: mocako | 2016年9月 6日 (火) 00時26分

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