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2016年8月

2016年8月26日 (金)

TOP&NEWS!!【2016年August】

✴︎金夜もか子の未発表小説✴︎FBオフィシャル✴︎
FB小説家ページにて未発表作品を掲載してゆくことにしました!
Prodeced By モカティーナ書房
による、fb小説家ページにて新連載(というほどではない)が、
先週金曜の夜から始まりました!

第1弾は『すきとおる』
「ソメイヨシノ」の続編です
vol.2は8月26日金曜日夜掲載!
挿絵はvol.2より、やはりこの人、シバタヒカリ。

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⇧画像をクリック!!

 **   ***   **

中島桃果子Facebookページ
月モカこと「月曜モカ子の私的モチーフ」は、
毎週月曜日更新です☆

**   ***   **

中島桃果子のこれまでの著作など

《小説/単行本》
「蝶番」(新潮社 2009年)
「魔女と金魚」(幻冬舎 2010年)
「夕日に帆をあげて、笑うは懐かしいあなた」(朝日新聞出版 2010年)
「誰かJuneを知らないか」(祥伝社 2012年)

《短篇または文庫本》
多作家短編集「スタートライン 始まりをめぐる19の物語」(幻冬舎 2010年)
「Feel Love Vol.13 2011.3.11」(多作家短編 祥伝社ムック)
多作家短編集「眠らないため息」(幻冬舎 2011年)
多作家短篇集「密やかな口づけ」(幻冬舎 2014年)
文庫版「魔女と金魚」(幻冬舎2014年)

《エッセイ》
「はざまの散歩」(ジェイノベル2009年7月号)
「life has a funny,funny way of healping you out」(ポンツーン2011年7月号/忘れられないメロディ)
「世界がひっくりかえった日」(feel love vo.13/2011.3.11 そして今わたしが思うこと)

《官能ライトノベル》
「艶蜜花サーカス〜フィリア・ドゥ・フェティソ〜」(KADOKAWA / フルール文庫 2013年)
「甘滴恋情事(あまだれこいじょうじ)」(KADOKAWA/フルール文庫 2014年)

その他、これまでの中島桃果子の歩みはwikipediaを参照くださいませ★
(加筆も歓迎です!)

**  ***  **

2015年1月中旬〜ひと月ほど、幻冬舎とJACFのお仕事でUAEに行って参りました。
そのレポなどはこちらから☆
http://mocatina.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-d20e.html

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8月のインスタアーカイヴ☆

少しづつこのブログのスタンスが決まってきている。
いわゆる、月に一回見てもらえたら、なんとなくわたしのこのひと月の動向がわかります、というような感じ。笑。
ブログはDairyなものであるべきなのですが、
デイリーにやっているものが結構あって(Fbとかインスタとかtwitterとか?)、
あとFBの小説家ページにもそこそこ長い文を載せていたりするのと、
かつ、日々の書く仕事があったりなんかして。

でも、これでいいんじゃないかなって思ってる。
ひと月に一回、ここを見てもらえたらだいたいわかる感じで。

かいつまんでメモしてゆくよ、ざっくり。
あと、包括というか総括して記事を書いているから割と面白い文も湧いてくることあるので、いいんじゃないかな。

と、いうわけで。8月インスタ、アーカイヴ
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ね? これはこれで、まとまりも良く、日々モカコを追ってられないよ、ってひとに、ええのではないでしょうか?笑

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月子とイグアナ山椒魚のこと及び雑記。

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朝。清々しく見えるのだが、実はこの3年間家に出没したことがなかった、
誰しもが好きではない害虫に(名称を書くのも憚られる)出くわし上、見失ってしまい、同居人のYokoが眠った後、怯えながら部屋を片付け、さらに怯えているうちに夜が明けてしまった。(未だどこにいるかわからず・・・)

今夜は真夜中になる前に、今やってる怒涛の仕事の納品を終え、
我が私小説に当てようと、いきまいていたのだが、この怯えきった状況で悠々と私小説を書けるわけもなく、寝際にYokoがぽそっと言った「毎日奴が出没したら、モカコの部屋めっちゃ片付くんちゃう・・・?」という発言があながち間違ってはいないので、何や大いなる力がそれを出没させ、部屋を片付けるように言っているのだと考えることにして掃除に励んだ。

バイトを全部オフって臨んだ8月である。私小説の短編を1本書いて、長編に取り掛かるところまでが目標であったが、思わぬところから、結構がっつりの、何というか同業多種系の書く仕事が二つも入ってきて、
非常に作家らしい8月となった。7月半ばから入ってきた万年筆仕事に加えて、
その仕事がちょうど終わるタイミングに重なるように入ってきた、かなり小説的なリライトの仕事。どっちも納期がハードで、否応なくパソコンに向かって、
左の中指を低温やけどしながら、升目に文字を詰め続ける。

そういう意味では書く事及び、書く事にまつわる仕事で24時間を奪われるいい日々。
安い白ワインを手放せはしないが、心地よい疲労感で終わる、丸一日が物書きです、みたいな感じはアラビヤ以来。
予定より小説の書き出しは遅れたけれど、全く問題ない感じがしている。
せっせと通っているプールのおかげもあって、
完全に、軸が戻ってきたから。

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同居人Yokoのように、踊る事で、日々の軸を整える人がいる。
歌う事で整える人、1人になる事で整える人、料理を作る事で整えるひと・・・。
そういう意味では、書く事がそうであったが、それが職業になってからは特に、
自分は水に潜る事で整っていたのに、あまりそれに自覚がなかった。
というか、23とか24くらいでサーフィンを始めて、数年前まではコンスタントに海に入っていたし、十番の家も、恵比寿橋の家も、プールが近くにあって、
水から離れることがなかったから、それが必要不可欠だと気づかなかった。

けれども神楽坂にうつって、ずっと水に入らない日々の中で、
時々うなされるように水の中を泳いでいる夢を見ていた。
飲みすぎたまま眠ってしまった時に、夢の中で水とか、カルピスとかを(なぜかカルピスなのだ)ごくごく飲んでいる夢を見て、起きてまだ喉が渇いている、みたいな、あれのプール版があったのだ。

水の中に潜っていると、息をしていないのに、大きく深呼吸しているのと同じ感じになる。肌が水と何か語り合っている。

去年、宇宙博物館TenQで宇宙人テストをしたら「レプティリアン」とあった。
古代イスラエル、古代ユダヤ、いろんな流れの中で、わたしのものの考え方、捉え方を「ユダヤ系(レプティリアン)だね」という人たちもいる。

ずっと考えていた。なぜ、アトランティスという文明を知らなかったのに「魔女と金魚」という、石の中に情報を閉じ込める文明の話を書いたのか。なぜ「月子とイグアナ山椒魚」を書いたのか。

わたしは昔から、とてつもなく人魚に魅かれる。だからというわけではないが、ドレスはマーメイド型が好き。人魚をモチーフにした封筒や便箋、Tシャツに児童書を、若干コレクターのように持っている。

アラビヤから帰ってきてから時折、古代の歴史を勝手に紐解くのが密かな趣味になっている。こないだちょっとしたサイトから飛び石のように飛んで、奥まったところに入っていったら、地球にやってきたのはレプティリアン種だけでなく、魚人系の宇宙人もいたと書かれていて、現在の世界の対立は、その確執だと書いてあった。

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わたしはその時、対立ではなく愛のことを考えた。
わたしが書いた「イグアナ山椒魚」のことを思い出した。
そして彼が出会ったのは「鏡」ではなかったんだと、今更ながらに知った。

イグアナと山椒魚の愛の子であるイグアナ山椒魚の物語。
自分が世界に一匹しかいない妙ちきりんな「合いの子」だから、
誰かとわかりあい、愛されることなどないと、頑なに考えながら、もう何千年も生きている。

もしかしてそのイグアナと山椒魚って、レプティリアンと魚人じゃないのかしら?
叡智に生きるレプティリアン種と、愛に生きる魚人種が、惹かれあって、もしかしたら忘れ形見を、この世界に産み落としたとも言えるし、世界はそうあってほしい。予想不可能で、誰かが何かを決めた瞬間に、さっとまた違う愛が上書きをしていくと。

だとしたら、わたしは自分がその愛の子の子孫だと思いたいな。
それでアトランティスの過ちを正し、繰り返さないように、ここで物語を書いていると。

      **     **

僕は悪魔の子なのかって母さんにたずねたことがあるけど、母さんは「そうじゃない。あなたは特別な愛の子だ」と何度も僕に言いきかせて、言いきかせたまま死んでいった。だけど僕は悪魔の子なんだろう。そうでなければもう死ぬことを許されてもいいはずだ。イグアナと山椒魚という、禁断の異系交雑を神は許さなかったんだ。

 

 だから僕は両棲類で爬虫類。陸でも海でも生きられる。だけど、僕と同じ生物とは生涯出会えないから、僕は誰を愛すことも愛されることもない。

 

 父と母の類まれな恋を許すふりをして、神様は僕に「誰にも愛されない」という罰を与えた。にもかかわらず死ねないという罰も。

 

 だから僕はいつも、隙間から世界を眺めていた。

 

 この国がかつて陸の上で繁栄した時代は井戸からときおり顔を出して、海に沈んで沈黙した時代は、薄暗い井戸の中にときおりぷかぷか浮いてくる空気の玉を食べながらそっと。

 

 

 母さんは山椒魚で、あまり暖かいところで生きられない生物だった。父親はイグアナで主に熱帯に棲息していた。どこでどう間違ってふたりが出会ってしまったのかはわからないけれど、その出会いがそもそも大きな悲劇であったと僕は思う。にもかかわらず母さんは果敢に僕を生んだ。そして山椒魚でもある僕を育てるために父さんから離れ、熱帯と寒帯の中間地点で僕を育てた。その場所はそれでも母さんには暖かすぎて早くに死んだ。

 

 僕は雄だから、雌であった母さんの気持ちが分からない。どうして僕を生む必要があったのか。僕が世界に誕生したことが、父さんと母さんを引き離す原因になったのに。僕を殺してでも、だったら父さんといればよかったんだ。

 だから僕はますます自分を悪魔の子だと思う。僕の存在が母さんを幸せにしたことがかつてあったようには僕には思えないんだ。母さんがほんとうに幸せだったかどうかをもうこの何百年何千年ずっと考えているけど、わからないまま、今日も死ねずに僕は生きている
ー月子とイグアナ山椒魚(2011)よりー

   **    **

イグアナ山椒魚はこの短編の最後に、自分のような誰かに出会うのだけど、
その正体を、わたしは間違って理解していた。
あれは、悲しい物語ではなくって、とても幸せな話だったのだ。

早く続きを書きたい。そう思う。

でも、まずは私小説から。

そんなわけで、このブログは色々アーカイヴ。
この前後に8月のインスタのアーカイヴも載せていきます。

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<中島桃果子より皆様へお詫び>

今年1月から始まった新連載「あけびちゃん」が、原因不明の理由で、連載を休止しています。最終回の原稿を納品してからもう7か月が経ってしまいました。

わたしも心から真実が知りたいです。

けれど、編集者の方々も出版社もけして悪意はないはずで、何かやんごとなき諸事情があるのだと思います。

かくいうわたしも、連載を落としたことはありませんが、書き下ろしに向かって邁進してきた時代小説「船パリ(仮)」の筆が途中で止まってしまい、依頼をくださった出版社の編集者をもう8年も待たせてしまっています。そのことも大変心苦しく思っています。クリエイティヴにおいて「納期」は絶対でありますが、同時に、芸術をまたぐような作業の中で、どうにも先に進まない、そういう葛藤も、自分自身分からなくもないので、出版社や編集部を問い詰めるようなことはしたくないと考えています。

ですからわたしも沈黙を貫いてきたのですが、
あまりに時が経つのに、読者の皆様に一度もわたしからきちんとお詫びができていませんでしたので、ここで改めて、お詫びさせて頂きます。

あけびちゃんを読むために様々な媒体ーコミックシーモアやKindleなどーに手間をかけて登録してくださった皆様(特にわたしの読者の方は文芸寄りで、携帯や端末で物語を読むことに慣れていないと思います)そして「あけびちゃん」を楽しみに待ってくださっているみなさま、大変ご迷惑をおかけしています。

わたしのパソコンには、わたしの連載の行く末が見えないにもかかわらず、
コミックシーモアから、新作のお知らせがじゃんじゃん来ます。

こういうやるせない思いを、わたしの、少ないけれど濃いファンの方々にさせているのだなと、同じ気持ちでいます。

くわしいことがわかり次第きちんとお伝えいたしますので、
今しばらくお待ちください。
本当に申し訳なく思っています。   

       ー2016.08.26 中島桃果子ー

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中島桃果子の刊行作品やその他のお知らせはこちら!

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2016年8月25日 (木)

同居人目線。

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2016年8月18日 (木)

新企画☆

月モカに加えて、金曜の夜に読んだりできるような、中島桃果子の未発表作品を、
FB小説家ページに連載のように掲載します。

題して、「✴︎金夜モカコの未発表小説✴︎
金夜は(こんや)と読んでも、金夜(きんよる)と読んでも構いません!笑
月モカ!に対なる金夜!
よろしくお願いします。

最初の作品は、幻冬舎文庫から刊行された「眠らないため息」に入っている「ソメイヨシノ」の続きで「すきとおる」
実環子と竜之介を愛してくださっているみなさま、お待たせいたしました!

実はこの作品は、
新潮社から、受賞後の一作として、単行本として刊行されるはずのものが、春、夏、と書いて秋まできたときに、ノーリー大先生に「これでは冬を越えられない」と、お蔵入りになったものを、春だけ、幻冬舎文庫に入れてもらったのでした。
個人的にとても気に入ってる作品で、
成長して冬を書きぬきたいと思っていますが、まずは夏の「すきとおる」をお楽しみください。

挿絵はもちろん、シバタヒカリ。

連載開始は、明日金夜です、お楽しみに☺️

※写真は本文とは無関係。
恵比寿橋モカコハウス時代のもの。手に持ってるのはJUNEの原稿です。

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2016年8月16日 (火)

万年筆仕事




いつもは朝の5時とかに電車乗るのは「寝るまえ」って感じのあたくしですが、なんと今日は「出発」のために始発のりました。
例の万年筆仕事。


まだ内容細かく言えませんが、
普段の作家の仕事とは、ひと味違うあれで楽しいです。

朝の5時から千葉に向かうとか、サーフィン時代思い出すなぁ。




千葉の山奥にある、とある図書館にいます。
懐かしい児童書がたくさんあって萌えー。

ですが、眠くて、眠くて…





10じから11じの間は仮眠タイムにしました。

図書館で眠ることには慣れている。

そっかぁ、今日わたし1日図書館で待機なのだ。
なんか大切なことが思い出せそうです。




トーベヤンソンのムーミン。

初めてちゃんと読んだけど、
シニカルでシュールで面白いのね。
可愛く尖っているわ。

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2016年8月14日 (日)

深夜の製本作業

∞Mocastagramより∞



実はわたしのデビュー作は新潮社倉庫の被災により、もう在庫がないのである。
汚れたりあれしたりしてカバーはないけど貴重な3冊にプリンター出力したカバーをつける、図画工作。
ずっと気になっていたことをやっと終えられた。

気に入った短編に、イメージに合う写真なんかを出力して表紙をつけようとキンコーズで自分で製本していた”かつて”の原点に返って。
これも8月の大切な作業の1つ。

この本がまたたくさん刷られて本屋に並ぶためにどうしたらいいかは、自分がいちばんよく分かっている。

文庫にならないかなぁ、とかいう出版社頼みのミニマムな夢は、とりあえず置いといて、もっと大きく、明確な一歩をわたし自身で切り拓こう。
この素晴らしく愛しい、わたしの処女作が息絶えることなく在り続ける、そのためにも。

2016.08.14 明け方

#明日に駈け出すその前にまず歩いてきた道を見つめる

#蝶番 #初版
#MACHIKO #装幀
#本の装幀
#小説家 #女性作家
#中島桃果子
#処女作
#デビュー作
#原点回帰 #本 #物語
#小説 #コラージュ

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ゆけなくなれば玉砕するまで

「最初にパッと印象づけることです。ぼそぼそ地味にしていたんでは骨折りのわりに報われない、はじめから派手にじゃんじゃんやって、ゆけなくなれば玉砕するまでです、この方が効果的です」by 長谷川時雨

そんなわけで、古い下着を一新し、ビュートリアムへ。金がない。全然ない。昨夜、芝プールに潜りながら今後の金策を練っていた。出てきた答えは行くとこまでとりあえず行ってから考える。
省エネ的に考えてたら、書くものも省エネになってしまう。花タン(主宰舞台)をやったときのことを思い返してみよう。はじめから派手にじゃんじゃんやって、最終選考に残った小説が賞を獲らなければ、100万ほどの赤字がわたしにのしかかるところだった。あのときも何かをミニマムに済ませることなど、考えていなかった。

深いプールの底近くをたゆたいながら考える。

凄まじいものを書きぬいて、そのモノ(作品)ありきで出版社から前借りするしかない。
出版社が前貸ししてくれるようなレベルのもの、これを最低ラインと定め超えてゆかねば、生活は崩壊する。

ともかく働かずに書けるとこまで書いて、それに先立つものにはお金を注ぎ込む。
水から上がったときにそう決めた。
ここ数年、貧しい暮らしをしている。
このテンションでは大きなものは書けない。
心にときめきとパワーを足したい。
下着を変えたい。部屋の模様替えをしたい。
断捨離をしたい。本を読みたい。
誰とも会わずに24時間を過ごしたい。
髪を明るくしたい。
パソコン、携帯、家、すべてのものから不要なものを排出したい。文書やデータ含む情報もすべて。それを全部実行することに、決めた。

プリンターのインクもいわゆるリサイクルの安いやつとかあったけど純正品を買い続けることに決めた。それが魂の文字を白い紙に刻印するのだから。

何を書くか、は、考えなくていい。
もう決まっているから。
それは毎日泳ぎながら、水の中で頭の中のライブラリーに少しずつセッティングしている。

ゆけなくなったら玉砕するまで。魂の夏。

「あなたのように恋にも愛にも文学にも、芝居にも人生にも藝術にも、大きな華をもたせるには、一体わたしに、なにが足りないんでしょうか? すべてがあと少しな気がするのに、圧倒的に決め手に欠けるんです」

總持寺で尋ねた質問に、長谷川時雨は、言葉ではない、気配のようなもので、こう答えた。

”強く決心し、そして実行することです、貫き通す芯の強さが肝心です”



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2016年8月 8日 (月)

總持寺

8月8日は、わたしルール的には重要な日なので、陛下のお言葉を聞いてから、敬愛する長谷川時雨さんのお墓にお参りに鶴見に行ってきました。(正確にはまだ鶴見にいます)

わたしはほんとうは神楽坂より十番が好き。
だけどこの街を大切に想い住んでいるのは、長谷川時雨と三上於菟吉の住んだ家や、女人藝術の編集室があった左内坂のそばにいたいから。

住んでいた家が神楽坂なのは知っていたけどお墓の場所は知らなかった。長谷川時雨の実家は鶴見にあって、彼女がわたしくらいの歳の時、一回り以上も年下の文学青年と恋愛をして、
長谷川時雨は鶴見から神楽坂に通った。

鶴見から神楽坂への帰り道、遠い帰路にて、
当時の長谷川時雨の心中を思う。

いまよりもきっと不便な交通事情、いまよりも時間をかけて、周りの猛反対に合いながら、自分のキャリアよりも名もなき恋人のために十数年間を捧げ、鶴見から神楽坂に通った大作家、大劇作家の、往路。

わたしはずっと彼女の背中を追いかけている。

今日のことを今夜、月モカとして書こうと思ってます。

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2016年8月 7日 (日)

Wapinaru

∞Mocastagram∞
渋谷にあるwapinaruの事務所にて「仕事をする女」(絵画のタイトル風)
a women doing her job for all her guest.
事務所には明るい黄色のソファやちょっとしたお菓子なんかも置かれてくろぎやすい雰囲気。
来た人はワンピースの森をくぐって奥のソファにたどり着く。
やわらかく抱擁的なもてなしが来た人の緊張感をほぐし「なんか買わなきゃ」という感情から解放してくれる。そこで始めて皆、自分が本当に欲しい1枚をじっくり探し始めることができる。ファッション苦手女子も、ここでなら冒険的な1枚に出会えるかもしれない。

※この夜のことはまた別途加筆します〜

#wapinaru #伊藤沙央里
#彼女とwapinaruの魅力を作家的観点から随筆してみる
#1年ぶりなので新鮮な視点でね
#ちょっと喧嘩したりもしてたけど
#チラッ
#腐れ縁らしいのでね
#笑

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2016年8月 5日 (金)

8月の本音。

いやはや、バタバタJuly、ドタバタの7月が終わって、8月になりました。
アーカイヴしていきます!と、アーカイヴを大きく打ち出しておきながら、
ろくに6月のアーカイヴもできていないまま、8月になってしまっていることをお詫びします

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〔official instagramことMocastagramより〕

7月で一旦原宿サロンに終止符が打たれ、わたしは7月31日から、執筆のための夏休暇に入りました。デビューしていつだって、働いたり、いろんなことをしながら書いてきたわけで、そういう意味では、デビュー前だって、いろんなことをしながら書いてきたわけですけども、ちょっとひと月、とことん文学と向き合う時間を作りたいと思っています。

デビュー前から「こいつはなんかやる!」と応援してくれてきた人たちが、
2008年にわたしが賞を獲ってデビューしたことで、やっぱり!!おおっ!!!って喜んでくれて、泣きながら電話してきてくれたディスコ時代の後輩なんかもいて。
先日、詩人の文月悠光ちゃんとも食事しながら話していたんだけれども、
なまじ頂いた賞が大きかったので(もちろん中原中也賞のが大きいと思ってますよ)
しばらくその余波で、大きな出版社たちと仕事をさせていただくことができた。

もちろんこの8年わたしも自分なりに一度も作家活動を手抜きなんかしたことなくって、懸命にいただく仕事に邁進してきました。だからこそ電子書籍やライトノベルや、女性向け官能小説なんかもやってきたのだけれども、
今年1月から始まった「あけびちゃん」というWeb連載が、全く理由がはっきりしないまま、2巻で止まっている、という現状に直面した時に、
いろんなことを考えさせられた。

また文月悠光ちゃんとの話になってしまうのだけど、作品の大小とかではなくて、
深度の深い作品ほど、自分の中でも準備や欲が出てしまって、なかなか取り組めず完成せず、後からもらった軽めの仕事(いわゆるニーズが決まっていて、これを書いてくださいという的がはっきりしているもの)を先にあげて、結果一番理解し合えているはずの、というか一番自分の文学を理解してくれているはずの編集者をずっと待たせているよね、でもそれって本末転倒だよね、一体誰が本当に自分を愛してくれていて自分が大切にすべき人たちなんだろうということを一昨日二人で話した。

月モカとかにちょこちょこ本音は書いているので、わたしのことを応援してくださっているみんなにはわたしの心のグラデーションは伝わっていると思っている。

わたしが大切にしたいのは古いともだちと、家族、デビュー時からわたしを見守ってくれている新潮社、幻冬舎、実業之日本社の編集者、そして「中島桃果子」という文学を愛してくれている、おこがましいけれど「ファン」の皆さん。
それには知人友人が重なることもある。

みんな、わたしが出した2冊のラノベも買ってくれて、読んでくれた。
ラノベをやってるわたしを応援してくれたし、週刊ポストで卑猥な発言をしまくっても笑いながら、買ってくれた。でもみんな「次の本はいつ出るの?」と聞く。

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〔近所のBarにて「加水し白濁する」アブサン〕

わたしを応援していてくれる人は、文学を待っている。
わたしはラノベ向きの作家ではなかった。
書いたものは面白いと思っているし、角川のスタッフみなさんプロフェッショナルで、とてもいい仕事ができたから、ラノベを見下しているように取らないでほしい。昨日NHKオンデマンドでプロフェッショナルを見ていて雑誌「VERY」の編集長の回を見た。素晴らしかったし、主婦らしさ、主婦という生き方を肯定して、たくさんの輝く女性を捉えている今の時代の雑誌。

それでもわたしは主婦向きじゃない。
まず特定のパートナーとちゃんと向き合ったり暮らしたことがないんだから、
子供を産んでなどイメージできるはずもない。

そういう感じ。

わたしはラノベ向きじゃない。

わたしはエイミーワインハウス向き。わたしはアデル向き。

自分の私生活や生き様を、恐れることなくさらけ出して、それら失意のすべてを曲にして、どん底から立ち上がる英国の歌姫たち。

わたしはそれら向き。

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〔鈴木麻弓/写真家との撮影前のオフショット、夫人〕

デビュー前、わたしはいろんな意味で虐げられていたし、すべてにおいて評価も低かった。役者にはなれなかったし、どこに行ってもブスとか言われて、スナックでバイトしても上手に接客できないし、たくさんの人にとってアウトオブ眼中の存在だった。

けれどそんなわたしを見つけてくれていた人たちがいて、
何かを起こすのを待ってくれている人たちがいた。
だから思っていた。わたしを見下して馬鹿にしているすべての人たちが息を呑むような大きな花火を、打ち上げてやろうと。

今また、二つ目の花火を打ち上げるべき夏に来ている。
今度は誰かを見返すためではなく、わたしを愛してくれているすべての人のために。デビューして8年、もっと売れてもいいのにイマイチ売れない、もっと知られてもいいのにイマイチ知られない、そういうことで、わたしよりも悶々としてくれていたたくさんの友人たちのために。

そして何よりもわたしのわたしによるわたしの救済のために。

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人が傷つくから私小説は書きたくなかった。
だけど自分に書けるのはそれしかない。
だから書きたい。今書きたい、私小説を。

まあ、そういうことです。笑。

何かを書いていないと、生きていられない。
何かを書いていないと心のバランスがとれなくて病気になる。
だとしたら書いたものでお金を稼がないと、生活のために、書く時間が失われていく。だからステージアップしかない。

まあ、そういうことです。笑。

映画「AMY」の中で、男と別れ、どん底にいるエイミーに、親しい友人は言う。
「エイミー、曲を書け」
これが主婦向きの女の子だったら、友人たちは新しい男を紹介する。
「新しい恋を」と言う。

わたしはエイミー向き。
友人たちは、わたしが病んだり泣いたり、もう嫌とかいってグズついていると、必ずこう言う。「そういうの全部書いたら」と。
「新しい恋をしたらどう?」の代わりに「新しい本を書いたらどう?」と言う。

まあ、そういうことです。
書き出す前の準備体操に、今日からちょこちょこ、ブログは、アーカイヴ含め、更新していきます。どうぞよろしく。

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tears dry on their ...

【tears dry on their own】
#amyforever
Even if I stop wanting you,
あなたのこと考えなくなっても
A Perspective pushes true, こう考えちゃうわけ   
I'll be some next man's other woman soon   
私はまた違う男の、2番目の女になっちゃうんだって

He walks away,彼は去っていく
The sun goes down,太陽が沈むみたいに
He takes the day but I'm grown,彼がどこかへ行っても、私はもう大人だから
And in your way, in this blue shade,あなたが私に背を向けていても、この夜の青の中で
My tears dry on their own,私の涙は独りでに乾いてくんだから



Dear amy ,あなた的に言うなら、
わたしももうなにか創らないと立っていられないの。
ちょうどこの曲を作ったときのあなたのように。

わたしの純潔は届くべきひとに届かず、彼の手は守るべきか弱き乙女に差し伸べられている。

わたしはこんなにも純潔を抱きしめているけど、わたしの気軽な股間は、
男たちの鬱憤とかストレスとか、ちょっとした苛立ちをぶちこむのに丁度いいらしい。

男たちはわたしの不毛な恋を嗤って、そいつよりはわたしを幸せにしていると錯覚する。

でもわたしは誰とも寝ないわ、

不毛な恋でも、身を捧げているの。

「あなたのすることはすべてする」

そういってヘロインに堕ちていったエイミーのように。

あなたはわたしを強いと思っている。
弱いのはわたしじゃないと思っている。

でもどうかな。

わたしは、こうやって立っているのも、精一杯だけれども、彼女は少なくともあなたの傍で眠っている。





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