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2016年8月 5日 (金)

8月の本音。

いやはや、バタバタJuly、ドタバタの7月が終わって、8月になりました。
アーカイヴしていきます!と、アーカイヴを大きく打ち出しておきながら、
ろくに6月のアーカイヴもできていないまま、8月になってしまっていることをお詫びします

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〔official instagramことMocastagramより〕

7月で一旦原宿サロンに終止符が打たれ、わたしは7月31日から、執筆のための夏休暇に入りました。デビューしていつだって、働いたり、いろんなことをしながら書いてきたわけで、そういう意味では、デビュー前だって、いろんなことをしながら書いてきたわけですけども、ちょっとひと月、とことん文学と向き合う時間を作りたいと思っています。

デビュー前から「こいつはなんかやる!」と応援してくれてきた人たちが、
2008年にわたしが賞を獲ってデビューしたことで、やっぱり!!おおっ!!!って喜んでくれて、泣きながら電話してきてくれたディスコ時代の後輩なんかもいて。
先日、詩人の文月悠光ちゃんとも食事しながら話していたんだけれども、
なまじ頂いた賞が大きかったので(もちろん中原中也賞のが大きいと思ってますよ)
しばらくその余波で、大きな出版社たちと仕事をさせていただくことができた。

もちろんこの8年わたしも自分なりに一度も作家活動を手抜きなんかしたことなくって、懸命にいただく仕事に邁進してきました。だからこそ電子書籍やライトノベルや、女性向け官能小説なんかもやってきたのだけれども、
今年1月から始まった「あけびちゃん」というWeb連載が、全く理由がはっきりしないまま、2巻で止まっている、という現状に直面した時に、
いろんなことを考えさせられた。

また文月悠光ちゃんとの話になってしまうのだけど、作品の大小とかではなくて、
深度の深い作品ほど、自分の中でも準備や欲が出てしまって、なかなか取り組めず完成せず、後からもらった軽めの仕事(いわゆるニーズが決まっていて、これを書いてくださいという的がはっきりしているもの)を先にあげて、結果一番理解し合えているはずの、というか一番自分の文学を理解してくれているはずの編集者をずっと待たせているよね、でもそれって本末転倒だよね、一体誰が本当に自分を愛してくれていて自分が大切にすべき人たちなんだろうということを一昨日二人で話した。

月モカとかにちょこちょこ本音は書いているので、わたしのことを応援してくださっているみんなにはわたしの心のグラデーションは伝わっていると思っている。

わたしが大切にしたいのは古いともだちと、家族、デビュー時からわたしを見守ってくれている新潮社、幻冬舎、実業之日本社の編集者、そして「中島桃果子」という文学を愛してくれている、おこがましいけれど「ファン」の皆さん。
それには知人友人が重なることもある。

みんな、わたしが出した2冊のラノベも買ってくれて、読んでくれた。
ラノベをやってるわたしを応援してくれたし、週刊ポストで卑猥な発言をしまくっても笑いながら、買ってくれた。でもみんな「次の本はいつ出るの?」と聞く。

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〔近所のBarにて「加水し白濁する」アブサン〕

わたしを応援していてくれる人は、文学を待っている。
わたしはラノベ向きの作家ではなかった。
書いたものは面白いと思っているし、角川のスタッフみなさんプロフェッショナルで、とてもいい仕事ができたから、ラノベを見下しているように取らないでほしい。昨日NHKオンデマンドでプロフェッショナルを見ていて雑誌「VERY」の編集長の回を見た。素晴らしかったし、主婦らしさ、主婦という生き方を肯定して、たくさんの輝く女性を捉えている今の時代の雑誌。

それでもわたしは主婦向きじゃない。
まず特定のパートナーとちゃんと向き合ったり暮らしたことがないんだから、
子供を産んでなどイメージできるはずもない。

そういう感じ。

わたしはラノベ向きじゃない。

わたしはエイミーワインハウス向き。わたしはアデル向き。

自分の私生活や生き様を、恐れることなくさらけ出して、それら失意のすべてを曲にして、どん底から立ち上がる英国の歌姫たち。

わたしはそれら向き。

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〔鈴木麻弓/写真家との撮影前のオフショット、夫人〕

デビュー前、わたしはいろんな意味で虐げられていたし、すべてにおいて評価も低かった。役者にはなれなかったし、どこに行ってもブスとか言われて、スナックでバイトしても上手に接客できないし、たくさんの人にとってアウトオブ眼中の存在だった。

けれどそんなわたしを見つけてくれていた人たちがいて、
何かを起こすのを待ってくれている人たちがいた。
だから思っていた。わたしを見下して馬鹿にしているすべての人たちが息を呑むような大きな花火を、打ち上げてやろうと。

今また、二つ目の花火を打ち上げるべき夏に来ている。
今度は誰かを見返すためではなく、わたしを愛してくれているすべての人のために。デビューして8年、もっと売れてもいいのにイマイチ売れない、もっと知られてもいいのにイマイチ知られない、そういうことで、わたしよりも悶々としてくれていたたくさんの友人たちのために。

そして何よりもわたしのわたしによるわたしの救済のために。

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人が傷つくから私小説は書きたくなかった。
だけど自分に書けるのはそれしかない。
だから書きたい。今書きたい、私小説を。

まあ、そういうことです。笑。

何かを書いていないと、生きていられない。
何かを書いていないと心のバランスがとれなくて病気になる。
だとしたら書いたものでお金を稼がないと、生活のために、書く時間が失われていく。だからステージアップしかない。

まあ、そういうことです。笑。

映画「AMY」の中で、男と別れ、どん底にいるエイミーに、親しい友人は言う。
「エイミー、曲を書け」
これが主婦向きの女の子だったら、友人たちは新しい男を紹介する。
「新しい恋を」と言う。

わたしはエイミー向き。
友人たちは、わたしが病んだり泣いたり、もう嫌とかいってグズついていると、必ずこう言う。「そういうの全部書いたら」と。
「新しい恋をしたらどう?」の代わりに「新しい本を書いたらどう?」と言う。

まあ、そういうことです。
書き出す前の準備体操に、今日からちょこちょこ、ブログは、アーカイヴ含め、更新していきます。どうぞよろしく。

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