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2016年3月24日 (木)

いのちの幕引き

いのちが生まれるとき、その出産の壮絶さは、わりと誰もが知っている。
でも、テレビでも映画でも、
人の死の瞬間というのは、わりと静かに、ふっと、ろうそくの火が消えるように音もなく、
みたいな感じに幻想的に描かれている。

けれど、いのちが消えるその瞬間は、
ほんとうは、こわくて、壮絶だ。
壮絶な物語がそこに、ある。

この数年で、いくつかの死を、目の前で見てきたけど、音もなくしずかに亡くなったひとはひとりもいない。

人生のいちばん最期の仕事として待っている、いのちの幕引きは、けして容易くないのだ。

肉体から魂が離れていくその作業、
それは壮絶で、生きている人間が、たまに耐えられないくらいの景色がそこにある。

死や、死のそばにいるひとの気配はこわい。
こわいと感じることが、生きているということ。

いのちの幕引きをする人は、
それを全力で、生きているわたしたちに教えてくれる。生易しいものじゃないと、きれいごとじゃすまないと。

それを見て、のこされたわたしたちは、生きているということを改めて考える。

生きているということとはなにか。

その向き合う時間こそが、亡くなった人たちが遺してくれたもの。

だって、あんなふうにもんどりうって、わたしたちは生まれてきたのだもの。

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