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2016年2月25日 (木)

顔。顔及びPu-Pu-Juiceのこと。

あやめっくす(妹)の引っ越しにともなって、
月曜の朝から本棚を6時間かけて整理した。

先週木曜、千早さんの新刊を読んで、わたしは何かに迎合するのではなく、
物書きっぽくなくても、自分の好きなものだけを並べた本棚をつくりなおすことを決めた。
まさしく、わたしのほんとうの「顔」づくりである。
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折しも、末妹は靴の仕事をしてわたしは本の仕事をしている。
あやめっくすの引っ越しにともなって空いたスペース、
わたしは靴箱をおおいに譲り、末妹は本棚をまるごと譲ってくれた。

空いたスペースにただ本を入れるのではなく、自分が納得するよう、入念に棚作りをする。
買っただけで読めてない本をいちばん手の届く場所にならべ、大好きな江國本、ばなな本、千早本は全巻をきれいに並べる。(千早さんの新刊は母が持って帰った)
芝居は芝居。そして自分の刊行本の棚(ドバイに一緒にいったもはや同志ということで、ゆみちゃんの詩集と堀田季何さんの歌集は自分の棚に。笑)

その他、カサヴェテス、メリル、シバタヒカリ、杉田美粋(詩集)、村上春樹、フィンランドで一目惚れして3冊も買った画集。
そしてタロットや錬金術なんかを配置してそれからゴッホ、ステラマッカートニーと、大切な人にもらったJo malone。最後におばあちゃんと家族の写真を飾ったらば、
わたしのなう、な「顔」のできあがりだ。

読み終えたけどそこまで入れ込めなかった本やキライだけど本ゆえに捨てられないものとかは全部、見えないところに仕舞った(笑

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目に入るところには好きなものだけを並べ、好きなものだけがいつも目に映るようにする。
これは幸せの原則な気がする。

最近、朝早く起きていて火曜日も朝7時に起きたので、こんどは開きの中の写真などを整理する。そしたらこんなものが出て来た。
Pu-Pu-Juiceの看板俳優、大迫一平の写真たち。

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なぜこれがわたしの家にあるかというと、わたしがこれを撮ったからで、
この頃わたしは、なにか自分にできることを探して、人の宣材写真なんかを撮ったりしていた。結果それらは当時入っていた小さな事務所で、いいように使われてしまう原因となったのだけど、いま思えばわたしはこの頃から芸術家であって女優ではなかったのだと思う。

だから写真を撮ったり、詩を書いたり、日記を書いたり、書いたり、書いたり。
書いていないとじぶんが正気でいられないような感じだった。
今見てもこれ、なかなか良く撮れていると思う。被写体がよいというのもあるが。

この頃は可愛いらしいイメージの一平も、いまはすごく立派に客演のスターたちと張り合える、Pu-Pu-Juiceの看板俳優で、もっと今は役者然としている。

懐かしくなったので、一平に写真を送ったら、「フィンランドCMに出たよ」とリンクが送られてきた。それを貼り付けながらPu-Pu-Juiceの話をすこししようと思う。

わたしがこのブログなんかでもPu-Pu-Juiceの話を全然しなかったのは、
まだ互いが志なかばということもあるし、変に話して変にとられるのもいやだったからだ。

なぜならわたしはPu−Pu−Juiceを早めに離れて自分の芝居をつくり、そして作家になったし、わたしが懸命に過ごしたその時間を、彼らは彼らで懸命な努力を重ねて、劇団をここまで大きくしたからである。
「あ、わたしそこにいたよ、出演もしててさ」って軽く言ってはいけない気がする。
(ねじリズムにはほんとにおおいに関わってるから言わせていただく 笑)

今、Pu−Pu−Juiceは、業界では名前が知れてて、わりとだいたいみんなその存在を知るまでに劇団が大きくなった。そのことを、ほんとうにすごいとわたしは思っている。

元々この一平とわたしが映画のワークショップが一緒で、一平がわたしを、立ち上げたばかりのPu−Pu−Juiceに誘ってくれた。
スタニスラフスキーをベースにしている、小劇場では珍しいハリウッドスタイルの稽古をする劇団で、NYの俳優とかはあたりまえにしていて日本の俳優は絶対にしない、
モノローグの稽古なども取り入れている劇団だった。
一平を中心にメンバーはほんとうに性格がよくって志の高いひとたちばかりだった。

なぜそこに長くいなかったかというと、演劇の方向性が、自由劇場を愛する自分とはすこし違っていて自分がつくりたい芝居が他にあったからだが、

10年も経ったいまとしては、自分のままならない気持ちをみんなにやつあたりしていたようにも感じる。わたしは、自分で言うのもなんだけど、芝居心はあると思うし、装置や衣装や演出や、トータルバランスからみた演劇を創ることには長けていると思うけど、
肝心の芝居があんまりうまくない。
うまくないというか、大根ー大根ー大根ー(神!)ー大根・・・
みたいな感じですごくムラがあるのだ。そして概ねダイコンっていう。。。
しかも神!なのは、赤ちゃんが良いタイミングで泣いてくれた!みたいな偶発的なあれだから、一緒にいる役者は困る訳よね(笑
(贋作・蝶番のときはめんさんが”モカコのことは犬だと思って、毎日同じ返りがなくても動揺しないように”って他の役者に言ってました・・・)

特に当時は役者になりたいわけだから、そういう気持ちが余計(才能がないゆえに)空回りするというか・・・笑

いま、サロンの夫人芝居がわりといいのは、役者じゃないからであって、そして自分が台本を書いているホームだからであって。

Pu−Pu−Juiceは実力主義だったから、
いくら仲良しだからってキャスティングをよくしたりなんかしない。
それってすごくすばらしいことなのに、当時は、認めて貰えないっていう風に思っていた。
他からちょっと可愛い女優なんかを客演に呼んでこられると拗ねたりとかして。

でもほんとうは、はじまったばっかりの劇団で、よそからきたちょっと可愛い客演に役を奪われているレベルでは、女優になんかなれなかったのよね。

その自分の実力がないことを「認めたくない思い」みたいなのを地団駄を踏んで、メンバーにぶつけていたような気がして、申し訳なく思う。

それでも彼らは、わたしの主宰芝居も観に来てくれて、小説が賞を獲ったときも心から喜んでくれた。別な道を歩くと決めたことも、主宰のこうきさんは芝居観に来て、
「もかっちは、言うだけじゃなくてちゃんとやる(実現)からすごいよ」と言ってくれた。

その言葉をいい意味でほんとうにそっくり返したい。

昔彼らが描いていたような劇団に、Pu−Pu−Juiceがすこしづつ近づいていること。
名前のある女優さんを迎えて(綺麗どころがいっぱい!笑)、それに負けない芝居を、咲子や一平はじめ劇団員がしている。だからこそ、自分が知ったようにPu−Pu−Juiceを語ることだけは避けたいなと思っていた。長い時間の努力を重ねて今日があるのだから。

でもね、ほんと、華やかで気骨のある劇団ですよあそこは(笑

ちなみに、いま一緒に芝居つくったりしているめんさんとわたしだって、Pu−Pu−Juiceで出会ったのです。

そういうことを思うと、自由劇場から独立した佐藤B作とかが東京ボードビルショーを作ったり、アングラの世界でもそういう吸収と分裂をくりかえしたりしながら、自分の求める演劇とはなにかを追求する人がいて、
たとえばそこから音楽家になったり、照明スタッフだったのに役者になったり(柄本明とか)、
逆にずっと立ち上げた劇団を守りながら大きくして続けていく人達もいて、

それらすべてが演劇や芝居そのものであるような気がして、尊く思います。

えーとなにを言いたかったのかわからないけれど、Pu−Pu-Juiceのことを、いっぱいいっぱいブログに書かなくても、いつもほんとはわたしは、あのひとたちすごいなって思って、
応援しているってことなんです。ハイ(笑

その劇団の看板役者をもう10年!?やりつつけている一平のCM
(これすごいお洒落だからみんな見てください)


これを読んで興味を持ってくれた方、劇団のHPはこちらです!(HPをクリック!)


#Pu-pu-juice
#大迫一平







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