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2015年9月29日 (火)

タンゴ・冬の終わりに

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タンゴ・冬の終わりに 土曜昼に観劇しました。
カーテンコールは場内総立ちの拍手★

難しい芝居だけれどもちゃんと伝わるのだな!とおどろきました。

と、いうのもわたしは戯曲家、清水邦夫の大ファンで、大ファンゆえに戯曲のむつかしさや独特の時代感、を知っているからです。

ちょうど前日に「火のようにさみしい姉がいて」のWOWOW録画を見ていて、
ほとんど同じモチーフーーーつまり役者の狂気、狂気をたずさえて男が生まれた街に帰り、そこでふたりの女の板挟みに遭い、どちらかの首をしめようとしてしまう流れなどーーーだったので、
なぜ清水邦夫はこのことをくりかえし描いたのだろう?などと考えながら観ました。

火のようにさみしい……は蜷川さんの演出で、基本これが本家であるのは知っているのですが、わたしは個人的には蜷川さんの演出のすごく泥臭い部分が同時に苦手であったりもする。対極にある自由劇場、そして串田さん、そして吉田日出子の芝居を追いかけてここまできた人間なので、それはもうしかたないと思う。

なので、今回の行定さんの演出の方が好きでした。

あの雪のシーン、
タンゴのシーン、
おそらく蜷川さんだったらもっと「生生しく」血みどろの「生」という雰囲気になったと思うのですが、行定さんの演出、とても美しくて、
雪がふりしきって、1枚のスクリーンのようになるところなど、
映画人にしかできない美しくビジュアル的なシーンだったなあと、
ほんとうに耽美的で、すべてが儚く、胸を打たれました。

Mゼロ(開演時の音楽)というのがなくって、
しいん、とした中で芝居が始まるというのも、
あまり最近の演劇ではないことでしたので、
それもとても斬新で新しく感じたなあ。

幕間休憩の後も、音がなく芝居がすっと始まって、
逆にびっくりするような、そんな面白さがありました。

個人的には、ユースケサンタマリアさんがとてもすばらしかったと思った。
いい意味でのふてぶてしさというか、気負わない佇まい、話し方、
そういったものがとても生生しくて、
演劇的な空間と役者陣の中に、ああいったリアルというか、
ふつうの佇まいをしてくれる人がひとりいると、
観る方の肩の力もすこし抜けて、
とても見やすくなるんだなあと感じました。

あと清水邦夫の戯曲に対して改めて思ったことは、
長い台詞やシェイクスピアの引用なども多くて、飽きずに見続けるのはすごく難しい、ということと、なのになんだろう、やっぱり、その物語や中にある言葉が観劇後もぐっと胸に残るというか、見やすくてずっと楽しめるお芝居も今は多いけど、幕が降りると「それだけ」でしかなかったりして、そういうことを考えると、清水邦夫の戯曲は観客の心に何かをやはり強く刻み残す戯曲と言えるし、それは時代が変わってもかわらないように思えた。
きっと普遍的なことを描いているからだと思う。

物語全体の内容に関しては、昨日の月モカで触れているので、
よかったらこちらもどうぞ☆
https://www.facebook.com/mocakonovel

とても久しぶりの友人にも会えて有意義な午後でした☆
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