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2015年8月

2015年8月28日 (金)

港からの橋

港からの橋
港からの橋
船パリのことを船を見ながら考えられるようにと、
「月子とイグアナ山椒魚」のモデルになった妹が、
横浜にホテルをひと晩とってくれました。

”わたしには何もありません”
そんな言葉で始まる真っ白でまっさらな篠山月子の人生の船出。

彼女は最初これを読んだとき、
「わたしのこと、何もないって思っているんや」と言いました。何かがあって物書きをやっている姉にそう言われるのはとても辛い、と。

そうじゃないことがいつか伝わるといい、そう思っているうちに、そして船パリが停泊しているこの数年に、”なにもなかった”真っ白の妹は、たくさんの文化人を取材して記事を書くライターになり、生涯の恋をして、
わたしたち姉妹4人が誰も経験したことがない世界をいちばんに切り拓いてゆきました、
もう何もない篠山月子、いや、妹ではありません。

まさに船パリの聖地といえる「港」のそばで、昨夜2015年の「中島桃果子」の、すべての方程式を解く。
そんな気持ちで天守閣へ入室。
(801号室なので天守閣というほどあれではないが。笑)

ふたり泊まれる部屋で、お連れ様の名前をと言われたので、
本名の隣に中島桃果子と書いた。
杉田昭子が中島桃果子と宿泊。これはある意味圧倒的に正しくて。

いままでわたしは、橋を渡って物語を連れてきてくれる中島桃果子に委ねすぎていた。
けれども本当は筆を握るのも、決断をするのも、杉田昭子でなくてはいけないのだと気付き始めています。とくに、現在昭和3年、3年後には戦争に突入してゆく、船パリの物語のここから先の舵をきるときなんかは。

船パリは時代小説ですが、戦争小説ではありません。
あくまで上海バンスキングに捧ぐ、ジャズと愛と芝居に満ちた音楽劇です。

大正12年に船出をした篠山月子も、もう「なにもない」篠山月子ではなくなりました。

そんな物語の続きについて、横浜港に停泊する、夜の氷川丸を眺めながら考える。
♩あなたーとふたりーで来た丘はー港が見える丘〜

そんなことを考えながら、「あけびちゃん」を書く。笑。
(こちらの納期が差し迫っていたため)

でも、どっちも同じことだと、
物語を連れてくる中島桃果子だけに任せず、わたし、つまり杉田昭子が遣いをやっているのだと強く自覚して凧の糸をグッと握る、そのことを思えば、あけびちゃん↔︎船パリというのは、切り替えが簡単にできるのであります。
全然違う物語なのに不思議。

思えば「港が見える丘」は、18歳のときに出会った井上ひさしの戯曲「花よりタンゴ」のもっとも大切な場面転換に使われています。
(ト書きで指定されている)

4姉妹の長女の蘭子さんが、寝静まったダンスホールでこっそりパトロンに金策の電話をかけているのを妹たちが隠れて聞いているシーン。

中秋の名月に青く照らし出されたダンスホールに、いつもはドレスの蘭子さんが、寝巻き、つまり浴衣で現れる。そこに流れているのがこの港が見える丘なのです。
ときは昭和22年、終戦からまだ2年の銀座のダンスホールの物語です。わたしは3回とも蘭子さんを演じました。

芝居は下手ですが、金策に奔走する劇団の座長として、臨場感から来るリアリティだけはあったかと思います。笑。

これを親友の熊田が見つけて、上海バンスキングのかわりに、わたしたちはこれを上演しました。
大学で1回、劇団を旗揚げして1回、それから本物のジャズメンたちと生の音楽で1回。
この3回目の芝居の小屋入り前日に、わたしは蝶番で受賞し作家になり、この芝居の写真を見た出版社から船パリの依頼を受けました。
親友の熊田千穗はプロのジャズシンガーとなり、月子とイグアナ山椒魚にも奔放なモダンガールの歌うたい、まどかとして登場しています。
船パリの音楽監修も。熊田千穗なくしてこの作品は仕上がりません。

そしてわたしは先日とある金策でみずほ銀行と密談しているのを、我が家の篠山月子(妹)に見つかる。笑。

物語はいつも先にあって、
そこからわたしを手招きしています。あとから現実が追いついて、歴史になって初めてわかる。

あのとき、あの場面で流れていた「港が見える丘」の重要さ。
それは同時に井上ひさしという劇作家の偉大さでもある。

18のわたしはそれには気づかなかったけれど、でも必死にそのドラマ(物語)の端くれを握りしめてここまできました。

そんなすべてについて、ひとしきり考える、素晴らしい夜になりました。このターニングポイントのことを忘れずに、わたしの、書き終わらないと終わらない残暑を駆け抜けて行こう。

以上、エッセイではありませんが、モカコ、昨日の投稿の詳細を語る、でした。

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2015年8月27日 (木)

いざ横浜へ。

いざ横浜へ。
レモン色の触手で、美しい揚羽蝶あちこち検分された
(;゜0゜)
幸先のいいスタート!

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2015年8月18日 (火)

ふらり旅

ふらり旅
新連載「あけびちゃん(仮)」の門出が素晴らしいものであることを願って!!
ふらりひとり旅。
ゆかりの地へ向かいます。

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2015年8月17日 (月)

月モカのチラ見せ☆

本日更新になった「月曜モカ」で新連載について触れています。
月モカもなんとvol.25!ちりも積もればを実感しつつ……
Facebookやってない人には申し訳ないんだけどFacebook限定のエッセイなのですごめんなさい。いずれはまとめてモカティーナ書房から…。

faccebookやってる方はどうぞぽちっといいね!お願いいたします!

今日は新連載について触れているということもあって、大胆チラリ☆
全文を転載します。(もはやチラリではなく全裸 笑)
事情があってFBはやってないけど読みたいし!という方のために。
(今後も10回に1回くらいは転載しようかな)
というわけでどうぞ!

                  ☆☆☆

《月曜モカ子の”私的モチーフ” 第25回「型破り」》
文/中島桃果子  絵/シバタヒカリ

一年ぶりに小説を書いている。一年ぶり。
小説といっても特殊なスタイルの連載で、いわゆる漫画みたいなコマ割の小説で合間合間に挿絵が入る。            
本日そのレーベルからのニュースがリリースされていろいろ解禁になるのだが、最終確認中らしいので、細かいことは「もやっと」したままの状態でしか言えないのだがそれについて語ってみようか。                          
この仕事、渡されている原稿用紙も特殊で、A4を横向きにして、それを6分割した状態のもので、お弁当箱におかずを詰めていくように、小説というか文章を詰めていく。
そしてここは文字じゃなくて絵で見せた〈魅せた!?〉ほうがいいなと思うところにはふきだしを入れて挿絵のリクエストをする。
                             
普通の文芸の小説を書くのとはまったく脳の使い方が違っていて最初は手こずったのだが、戯曲や脚本を書いてたときの感覚で、そして描いたことはないが「もしもわたしが漫画を描けたなら」的な感覚で書き進めている。そう、わたしは漫画家。そう自分に言いきかせて書き進めてゆく。ここで〈仮〉でもタイトルをみなさまに告知できないのが大変残念である。
大変お気に入りのタイトルなので。                    
                              
昨年一昨年と、ラノベを2冊出してみっちりライトノベルの「型」を学んだ。
そのころのわたしは仕事は選ぶもんじゃない、ありがたくすべてを受けていくものだと考えていて、新しく立ち上がったレーベルということもあってライトノベル官能というものにチャレンジし奮闘しながら2年を過ごした。
                             
(そういえば今回も新しく立ち上がるレーベルの仕事であって、新しい試みに中島桃果子と名前があがることは、大変ありがたいことだと感じている。)                                                                          
後に歴史となっていく「今」、その「今」が歴史になったとき、あのときあんな風に時流が変わったその立役者に中島桃果子ありというような冒険的な生き方をしてゆきたいから。
                             
去年、2本のライトノベルそして1本ショートムービの脚本をもんどりうって仕上げて、2014年の年末にわたしが出した答えは、職業作家を目指すことはわたしには向いていない、ということだった。                                                 
書きたいものを書きたいときに書く。
(連載など納期があるものは別だよ)               
今年なにを残せるか、一年という時間に追われて何かをとりあえず残さなくてはと思うのではなく、「今」という一秒を一生という単位から捉えて、
                           
「火花」の選評にもあったように、人生のコストを、濃縮してかけて生きていく。それがいつかのなにかの一行に大きくのっかっていくように。
                             
                                   
つまり小説家は、小説を書いていないときも365日24時間体制で小説家でありつづけるのだ。そういうものなのだ。
それを確認してから、小説を書いてなくても「まわりにサボってると思われていないか」とか考えなくなった。そんなことはどうでもいい。そんなことを考えて一生ものの作品を逃したらそれこそ人生の失点である。                    
そうこうしている間に賞とかもどうでもよくなった。
売れるとかもまじでどうでもいい。作家としての生きざま優先。とかカッコイイこといえるほどの生きざまはしてないが!
生活における作家業とバイトの比率もどうでもよくなった。
(ただし日に日にギリシャ化は深刻化してゆく!)
                             
わたしがほんとうに書きたいものはなんだろう?
生涯かけて、物書きとして挑戦したいこと。
モノカキという職業についたわたしとしてやらねばならぬこと。
生涯かけて遺すべき作品。
中島桃果子とは、どういう作家でありつづけるべきか。
                              
考えていたことがある。
「これは当たる」先行でものを考えること。
それってほんとうに、機能している!?
(それらを生業にしている人はまた別)
                             
去年の6月かなあ。情熱大陸でジブリの鈴木さんが言ってたことが頭から離れ慣れなくて、未だにHDDに保存してある。
                             
有名な芸能人がPRしたらその映画は当たる。
今時代はこういうのを求めているからそのエッセンスを織り込んだら当たる。
人はこういう感じを求めてるからそのかゆいところに手が届くと当たる。
そういうノウハウのようなものが「果たしてほんとにそうか」
いつでも疑ってかかっていきたいと鈴木さんは言っていた。
                             
ラノベにも決まりごとがいくつかある。
「こうしたらウケる」はずなので必ず盛り込まなくてはいけない要素であるとか。その中でもフルールは縛りがゆるく、さらにわたしは文芸作家ということで大目にみてもらっていた。
                             
でもそれらノウハウに対して「ほんとうにそうだろうか」と湧きあがっていた疑問があって。だってそれって誰が決めてる!?
同時に基礎練習がどれだけ大切なことかも元バスケ部の自分はよくわかっている。こういう退屈な作業いやだなあと適当にやっていたから、わたしは最後までオールコートをドリブルで抜いていくことが上手に出来なかった。
「型」はやはりきちんと踏襲してから破るべきなのだ。
                                          
この新しい仕事が来たとき、わたしは生まれて初めて、依頼された仕事を断ろうと思っていた。
ライトノベルは自分に向かないと知っていたからだ。
                             
けれどあろうことか、編集者さんと一緒に来て下さった編集長さんは、わたしがずっと愛読していた雑誌「せりふの時代」の元編集長さんで。
元演劇少女にそれはいたく効いた。
あの雑誌を編集していた方が、しかも編集長が、わたしに執筆を依頼してくれるなんて夢みたい!!!                          
「戯曲を書くような気持ちで縛られず気楽に好きに書いてみて下さい」
戯曲!!!!
そんな言葉もらってしまったらヤルシカナイジャナイデスカ!!!
                             
                                   
わたしは2つ条件をつけた。
そちらが書いてほしいものではなく、わたしが書きたいものを自由に書かせてくれること。
それからいかにもレディコミという感じの挿絵を1600㌫避けること。
                                                                      
偉そうな言いかたであるが、革命にはそれなりの要素が必要である。レディコミを否定しているのではない。今それがわたしがやりたいことの追い風にはならないからそれをとり外したい。
                             
お二人はそれを心から了承してくれた。
なのでわたしは、今回は読者に寄り添わず、まったく読者を意識しないで好き勝手に暴走するということをやってみたいと提案した。
読者を意識して一生懸命やって当たらなかったのだ。だったらもう、かつてないほど好き勝手やるということに挑戦してみたい。
おふたりはそれも「ドーゾドーゾ」という感じであっさりOKだったので、わたしはこの仕事を受けた。
                             
今日のこの絵をご覧になればシバタヒカリがいかに素晴らしい画家かわかっていただけると思うが、わたし最初シバタヒカリと組みたかった。がしかし、今回の仕事は挿絵の量も尋常ではないので、売れっ子シバタヒカリのスケジュールがうまく縫えず、そしてこれは大変ありがたいことなのだが「月モカを大切にしているので丁寧な仕事をしたい」ということで、別の画家を探すことになった。                                     
シバタヒカリという道が途絶えた今、シバタヒカリを超えるくらいの挿絵画家を見つけなくては、毎週月曜日にシバタヒカリのすばらしい絵を見ては後悔することになる。わたしは熱心に編集者さんに素材を送りーー「パタリロの世界観いける感じの」「ムーランルージュ、ロートレックぽいかんじ」「玉置浩二的な愛とエロスの世界観で」等々意味不明のメールを膨大に送りつけーー
編集者さんは「このひとしかいないやろ!」という画家さんを見つけてきてくれた。                     
かくしてわたしは一年ぶりに小説を書いている。いや漫画を描いている。楽しい。とても楽しい。                           
ひとの心に響くということ。ひとの心を掴むということ。
自分で答えをつかみたい。
それはほんとうは、それらをコントロールしようだなんて偉そうなことを考えないことではないか?
ひとの心という唯一無二にしてばらばらなものを掌握できるだなんて自惚れないことでは?                  
だとしたらいまわたしにできることは、媚びないことではないのか。読み手の顔色を伺わないことでは?                        
おそれずわたしの「面白い」を、つまりわたしのフェティシズムをカミングアウトして、とりあえずわたしの股をひらくことでは?笑
なんとなく狙いすまされた下着の写真より、唯一無二の生モノのアレの流出の方が人はその勇気をかうのでは?                             
変な言い方をしてしまったが、これが吉本ばななさんのお父様がなにか対談でおっしゃっていた、
「作家のその血で書かれたものでなければ読者はお金を出さない」ということではないかと思う。
                              
                                   
むろんわたしがもっと人の気持ちを汲めて、ホテルのコンシェルジュのように心地よくひとをサポートできるタイプであれば、
そういった心遣いがうれしいねスタイルをとっていただろう。
けれどもし、そういうポテンシャル(素質)が先天的にあったなら、作家にならずに良妻賢母になっていたのではないだろうか?                
裏ブログのキャッチフレイズを村上龍の、
『頭のおかしな奴は死ぬかロックスターになるか小説家になるかしかない』
にしているような奴が、そんな心遣いうれしいねスタイルを遂行できるはずがないのである。そんなやつは深夜に4リットルの水と塩をもって、管理人さおりんの部屋のピンポンを50回も押さない。                
(先日、十年来のつきあいで初めて管理人さおりんと喧嘩しまして、奴を漬け物にしてやろうと深夜に自宅までおしかけた。くわしくはブログをご覧ください)
                             
そんなわけで、小説家になるしかなかった頭のおかしな奴のニッチな新連載、どうぞお楽しみに!!タイトルはいま明かせませんが、今日のこの女の子の髪の色とは関係があります。
                                    
                             
最後に、型の練習で苦しんだと書いたことでラノベを否定しているようにとられたらやなので書いて置くと、今回の仕事、なぜわたしに依頼したのか編集者さんに訊ねると、その理由は「蝶番」でも「まじょきん」でも「誰June」でも、いかなるわたしの文芸作品でもなく、そのきっかけはKADOKAWAで書かせていただいた「甘滴恋情事」でした。苦労しながらもラノベ二年目、すこしづつ色んなことがわかってきて、一生懸命読み手の顔を思い浮かべながらコンシェルジュにトライした作品です。                                
                                    
やっぱり、型破りの前には、かならず型がある。
型に対して全力で取り組んだ時間があるからこそ、それを破りたいという風に血が滾るのだから基礎練習は大事。
                                                    

                       〈私的モチーフvol.25「型破り」〉

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆モチーフとは動機、理由、主題という意味のフランス語の単語です。
☆エッセイを短くする、という作業には本日も失敗した模様。
(。-_-。)ポッ 短くするってムツカシイ!

 

                    ☆ ☆ ☆

《月曜モカ子の”私的モチーフ” 第25回「型破り」》 文/中島桃果子  絵/シバタヒカリ 一年ぶりに小説を書いている。一年ぶり。 小説といっても特殊なスタイルの連載で、いわゆる漫画みたいなコマ割の小説で合間合間に挿絵が入る。       ...

Posted by 中島桃果子(小説家) on 2015年8月17日

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夏を半分振り返る?

なにやらバタバタしていてブログが全然更新できないまま時が過ぎてゆくのですが。
原点に返って、ブログを中心として色々お伝えしていくスタイルに戻りたいと思います。
twitterやFBなんかをやってなかった頃は、ブログだけだったので、丁寧に更新してたのだけど。いろんなコンテンツが溢れかえって今やSNSに追われているような気分すら、する(笑

すっかりインスタとか置いてけぼりだしね。

というか、月曜に更新しているエッセイとこのブログの違いってなんだろう?って思ったら、読んでくれている人に語りかけていくということと自分の世界観で走ぬけることという、実は大きな違いがあるのだけど、
そう考えると、語りかける形式のこのブログはさ、敬語であるべきじゃない!?とかふと思うんだけど、それもなんか違うかな? と思い、思った通りに書く。

今週はちょっとした大変なこと(正確にはわたしにではないが)があって、バタバタしている間に1週間が過ぎてしまった。あまり深い眠りをとれていないので、
さきほど深夜1時半というわたしにしては早めの就寝をして、本日のヨガに備えていたらば、
お腹が空きすぎて、4じに起きてしまった。

わたしは猛烈な自炊モードになるときと、冷蔵庫にお茶と牛乳しかない!みたいになるときとその差が激しいのだが、ここのところ自炊モードが続いている。
自炊モードプラス、レシピ降臨モード。
いわゆるわたしはみいきが得意とする女の子飯、あるいは主婦飯が下手くそだ。
つまり冷蔵庫の中のもので適当に美味しいものを作るという行為が。
「これでなにかをつくろう」という発想より「あれが食べたいからあれが要る」という感じになってしまうからだけど、冷蔵庫の中のモノを使わず、新規で食材を買いに行く。
で、使うべき食材を使い切れずダメにしたりする。

そんなわたしが最近は冴えに冴えているのだ!
きっかけは長引きすぎた夏風邪で、入り浸っている近所のBarでときおり会うヒーラーさんにそのことを相談したらば、わたしはチャクラの関係とかを気にしてその日もチャクラに効く音楽とかをかけてからそこに行ったのだけど(風邪治ってないならBarに行くな)、
その方はわたしをまじまじ見て、

「そういうの以前にアナタ全然野菜足りてないでしょ!?野菜がすごく不足してる顔してるよ、まず野菜とビタミンとりなさい。それからお米あんまり食べてないでしょ? それで冷たいものばかり飲んでるでしょ!? 夏ってからだが冷えてるのよ、だから風邪が治らないの」

チャクラ寄りになっていた自分の思考回路が、あまりにまっとうな具体的提案を受け、しかもそのとおりであったことに驚愕!灯台もと暗し!

思い返してみれば6月〜7月のゆるゆるダイエットで、1日一食しか食べないのがあたりまえになっていたわたし、しかもそうめんとか、そばとか、あと辛いもので栄養とっていた気がしていたが、それは辛いモノ(スパイス)であって、野菜ではナカッタのだ!!

そこから野菜強化週間。毎日野菜ジュース1本とキレートレモン1本。2日に1回くらいR1のヨーグルトを飲む。それとは別に毎日大量の野菜を投入してポトフを作った。
からだを温めながら温野菜を美味しく食べるにはポトフ、ポトフよ。

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こうして冷蔵庫にあるだけの野菜を使い、足りないものを種類を変えて追加して作っているうちに、もはや「全然入れても大丈夫」という事実に気づいた。何を? 冷蔵庫の中の食材である。たいがいのものは入れても大丈夫なのだ。

たとえばさっきなんかだと、彩女(いもうと)が夕食時につくったつくねのタネとそこいらの野菜全部とニンニクを入れて、さらに生姜を投入してみた。おいしい。生姜コンスメスープにちょっと鶏ガラ風味。そして冷蔵庫は何かをダメにすることもなく綺麗に空になっていく。すばらしい。

まる10日ほど野菜をとり続けたおかげで風邪はあっという間によくなった。
チャクラとか宇宙がとかいって空ばかりを見ているのではなく、同時に踏みしめている大地のその足もとから確認することも大切です(笑 
必要なのはチャクラをHealすることではなく野菜そして米であ った。

とまあ、7月26日〜8月6日くらいまでがっつり風邪に持って行かれたわたしは、新連載の原稿も1週間遅れとなり、怒濤の先週を過ごしたわけ。
そしたら夏はもう残暑と呼ばれるところまできていた。

ざっとこの夏を半分振り返ってみよう。

《7月》
7月〜12日はフミオの舞台「ペテンの系譜」にかかりきり。
・その合間にご飯やさん「オボンココ」のママと飯田橋のモロッコ料理へ行く)
・オボンココのママのモロッコ旅行記を”モカティーナ書房”監修vol.1で小さな本にまとめることに)
・新連載の挿絵画家さん決まる(とても重要な決定であった)

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7月15日(水) 妹の婚姻届けにサインする。わお。

7月17日(金) Ayaヨガ再開。みなに「会わないうちにもかちゃん痩せたね!!」とか言われてふふふーん♪

7月19日(日) 親友の千穗と阿佐ヶ谷でお茶。今月(8月)脱稿してゆかねばならぬ「船パリ」の件で音楽的な監修をしてもらいたい旨を伝えたり、いろいろ話す。
(うたタネのときもしかり千穗とはいつも進行中のプロジェクトの話ばかりしていてゆっくりプライベートを語り合ったのは久々)

7月20日(祝) 同期でねじリズムの照明やってくれてるはめちゃん宅でバーベキュー。ひさしぶりにめんさん(石川伸一郎)と会う。ねじはホームなのでやっぱり落ちつくよね・・・

7月21日(火) mayaと一緒に銀座のママのお誕生日プレゼントを買いにヒカリエ。そこでJo Maloneの存在を知り、とある香水に一目惚れ。わたしは基本的には10年以上ステラマッカトニーひと筋なのだが、いつも8月だけ香水を変える。ずっとLANVINのマリンブルーのボトルのやつだったのが、それが廃盤になった為、夏の香水が見つけられずにいた。
(余談だがお洒落めっくす=彩女はずっとJo maloneの香水を使っていたことを後日知る)

これだと思ったJo malone、すばらしいが、高い!!笑

7月22日(水) 近所の絢ちゃんを自宅に呼んで、映画「パヒューム」を見る。これは我らが同期演出家、田中麻衣子のライフワークで芝居がとてもすばらしかったので映画を楽しみにしていたが、映画は映画でわたしのかなり好みな、サブカル感全面押し出し系だった。
新連載もこういう感じに貫いてゆきたい気持ちを固める。料亭波止場(みいきの料理のこと)が、ものの30分ほどで品数豊富な美味しい和食を作ってくれたので贅沢な映画会となる。
そういえばJo maloneからのPerfumeとは美しいフロウ。
この日、挿絵画家さんからイメージラフが届き、それがとてもすばらしく、いい夜。

7月23日(木) 詩人の文月悠光ちゃんのお誕生日。なんとわたくし、光栄にも悠光ちゃんからじきじきにご指名頂き、お誕生日を一緒に過ごさせてもらうことになりはりきる。
千穗も合流して、再びの「TENQ」

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その後、例のモロッコ料理でドバイを思い出しつつ食事をし、上記の日付には一切登場しないが週8くらいの勢いで入り浸っている近所のBar「Stock」へ。
オ—ナーの羊男が、ケーキを用意して待っていてくれて、サプライズする側のわたしもびっくり。いい夜となりました。繊細で情熱的なパラドックス天才詩人、文月悠光。
詩人の文月悠光は大きく燃えるひとつの惑星のように圧倒的だけど、いち女の子としての悠光ちゃんはあやうくけなげなかわいらしい女の子です。
TENQで「あなたはどの宇宙人タイプ?」をやったら悠光ちゃんは「かぐや姫」とでた。
ぴったりすぎてわたしと千穗びっくり!!
ちなみにわたしはレプティリアン、千穗はグレイ。

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イルミナティ的サイト情報によるとグレイはレプティリアンの手下らしい(笑 
(笑える!!)

Web20150723_170342 (←ネプティリアンとその手下)

とにかく悠光ちゃんが幸せそうに笑っていてくれるとわたしはうれしい。

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7月24日(金) 書きそびれていたがこの週、我が後輩、伊藤沙央里と出会ってから10年のつきあいで初めての喧嘩をしており、金曜深夜、2リットルのペットボトルを2本と、粗塩一袋もって伊藤家を訪問する。頭から水をかけて漬け物の容量で塩をもみこんでやる算段であったがピンポンを何十回押しても出ず。
自宅前で数時間粘るが、蚊の奇襲に会いやむなく退散。
朝の11時に「すみません寝てマシタ!」と連絡が。
あまりに拍子抜けして仲直りする。
トレロカロミロならぬトレロサオミロを前に、戦わずして負けた。

7月26日(日) 怒濤の1週間の煽りをくらって風邪発症。
7月27日(月) 風邪治らない。
7月28日(火) 風邪治らない。
7月29日(水) 風邪治らない。
7月30日(木) 風邪悪化して点滴。
7月31日(菌) そう、もはや金ではなく菌。咳が止まらず。しかしブルームーンの儀式だけはとりおこなう。

ざっとこんな感じ。8月へ続く!

20150729_231512
Jo malone ゲット!!!
7月でもっとも嬉しかったことのひとつに入る出来事である。

#文月悠光Birthday #TENQ  #Jomalone

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2015年8月15日 (土)

888

いざ、出陣!!!

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#888 #エメラルドタブレット #不二阿祖大神宮
#スワスチカ #ライオンズゲート #惑星新年
#古代イスラエル #アトランティス


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終戦記念日

毎週土曜日FBに載せている【今日の10color's】より。

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どうも、ワイン勉強中モカコです☆
お盆にてガラガラの店内にておそうじに励み中。
先ほどコロ助が、「今日は昼ごはん食べましたか?」みたいなきさくさで、
「今日、黙祷しましたか?」と聞いてきました。

そういえば今日は8月15日なのであった。
70年まえの今日、日本という美しい国は大きすぎる犠牲を払い、
失えるものすべてを失い、戦争を終えました。
この節目の夏に、残された秋と冬に、なにができるのかを、考えたいと思います。
国が、とか、誰かが、とかそういう大きな定規ではかり、
国政のうまく行ってない部分をなじってみたりするのではなく、
まずは、わたしが何をできるのかから考えてゆきたい。

先ほどニュース記事で陛下が初めて「反省」という言葉を使われたというのを見ました。
その言葉を転記します。

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戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、
感慨は誠に尽きることがありません。
ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
(以上抜粋)

**

わたしは社会的に何派でもありません。右でも左でもありません。
ただ、いまわたしが、命以外の悩みごとに身を委ねたり、
クーラーをつけすぎて風邪をひくような贅沢な生活が送れているのは、
70年まえに命あった日本人が死ぬ気でこの国を立て直してくれたからだと、
それだけは確かに感じています。

戦争を生き抜くことだけに人生を使った祖母たちが、なんとかと父たちに教育を受けさせ、
そして教育があたりまえのわたしたちがいます。

70年の節目ですので、
本日のテンカラコーナーを借りて、
ふりかえることをさせてもらいました。
(店の意志ではないので、あくまで自分のタイムラインのみ、この投稿をさせてもらいます)

写真はわたしが大好きなドンナフガータのポスター。
なんと劇場とイタリアレストランの共用トイレで見つけた!

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ーーーーー〈以上転載〉ーーーーー

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2015年8月 7日 (金)

芝ぷー



長引いた風邪のせいで今年はデビューがかなり遅れました愛しの芝ぷー、
ようやく本日デビュー。
おしゃれ奈奈さんは今日もモナコのbeachのやうないでたち。

プールのあとはおなじみの韓国ランチ。ランチ写真撮り忘れたから1年前の。こういう感じでしたよ今日も。
いつ会っても奈奈さんはお洒落で綺麗でびっくりする。お洒落エキスを吸いとりたい。笑。

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2015年8月 4日 (火)

朝日

朝日がすごい!
夕日みたいな朝日!

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#マグダレンゲート #アセンション #ライオンズゲート

 

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