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2015年6月

2015年6月30日 (火)

わたしが「ペテンの系譜」をお手伝いしている理由。

日芸の演劇学科、その中でも演技コースというのはAとBふたつのクラスを合わせても36人くらいしかいないので家族のようになる。

そして中学、高校と共学で、けっこうやんちゃな男の子たちと仲が良かった自分は、家族になりつつも、同期の男子の草食ぶりというかもやしぶりに正直当時けっこうびっくりした。笑
(なので入学してしばらくは映画学科の男の子たちと仲がよかった)

まじで技コース男子の、特にBの(あたしも千穗もB)の男子ったらしびれるくらいみんなダメで(笑)、芝居の本番のときとかも、地下の稽古場から、女子達が大道具をエンヤラコンヤラ運び出している横で、小さな壺とかを持って移動している、そんな具合(笑

1年経ってひとつ下の学年は、試験でどういう取り方をしたのか知らないけど、
みんな男らしい子達ばっかで、イニシアティヴをとれる子達ばかりで、正直わたしはうらやましかった。ただ、そういう雰囲気ともまた一線を置いて、超マイスタイルをつらぬいている佇まいの男の子がひとりいて、わたしは初めて会ったときに思った。
「なんか仲良くなれそう」

これがわたしとフミオ、そう、「ペテンの系譜」の作演俳優、望月章男の出会いである。

でも、なんか気があうなあとは思っていたけど、プライベートで会ったり、つるんだりはしないまま、大学生活は終わった。ときおり学外の演出家が日芸で芝居をつくる、みたいな企画があって、そういうときには顔を合わせていたけど、連絡先も知らず、そのまま十何年が経過した。

わたしの中に、日芸時代なんか気になる人間が数人いて、卒業してもいつもその人達をときおり思い出す。いわゆる何者かになりそうな気がした人。
そういう人たちに限って、意外と「演劇演劇!」といきまいたりせず、フラットな雰囲気だったりして。

連絡先も知らない、もう二度と会うこともないかもしれないけれど、あの頃同じキャンパスにいて、顔くらいは知っていたひとたち。

気になっていた同期のひとりは、大学からダンスを始めて演技コースの授業には出ず洋舞コースの授業にまじり、知らない間にドイツのバレエカンパニーで活躍するダンサーとなって、バレリーナの酒井はなさんと結婚した。
結婚式では本物の劇団四季の人たちがCatsに扮して、その中で彼が彼女を救うというような、もはや余興とはいえないすばらしい催しがあった。彼は18歳のとき、わたしにタップを習っていたのに!!!アメイジング!!!

そういうことがあったので、わたしはひそかに、この世界の表舞台にフミオを探していた。
「あの子あたり役者になっているといいなー」

そして見つけたのだ、誰もが見ていた半沢直樹の、テレビフレームの中に彼の姿を!
そのときの喜びはこのブログのどっかに綴られているが、探し出せない。

連絡をとろうとしたが、なにせわたしが中島桃果子という、他人に近い名前になってしまっているので、うまくコンタクトがとれなかった。

それから1年が経って「若者たち」に再びフミオを見つけたとき、わたしはもう一度連絡をとろうと試みた。そして連絡がとれたのちわたしはフミオが小さな喫茶店(ケーキ屋)でやっているライヴに出かけてゆきーー役者として生活ができているのにこうして小さなケーキ屋で歌ったりピアノを弾いたりしているところが紛れもなくわたしの知っているフミオであったーーその後、神楽坂の「トンボロ」という喫茶店で、十何年ぶりに初めてお茶なんぞをし、今に至る。

「ねじリズム」の手伝いを最初していたときもそうだけど、女が男の劇団や芝居を手伝いすると、すぐに色眼鏡で見られる。
で、実際そういう女のひともいっぱいいる。
男の人といい感じのときはお手伝いして、関係が悪化すると途端に芝居すら見に来なくなる女たち。なぜこんな言い方するかというと、そういうことが多々あるので、新しい現場で一生懸命仕事をしても、スタッフさんになかなか信用してもらえないという憂き目を、幾度か経験してきたからだ。(悔しい)(あ、でも今回はそういう座組ではないので大丈夫)

わたしは単純に嬉しかったのだ。
18歳の頃を知っていて、なんかこの子いいな、こういう子が役者になればいいのにと思っていた子が本当に役者になっていたこと。

芝居をしている人間はいっぱいいるけど、それだけで食べられている友人をわたしは片手で数えるほどしかしらない。

そういう流れで、わたしはいま、このお芝居を手伝っている。

そして願わくば、お客さんがたくさん入って、小遣い程度のギャラがわたしに入ることを期待している。笑

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写真は稽古場にて演出中のフミオ。

つくづくプロの人たちが芝居打つときって稽古場に困らないからほんとに羨ましい。

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ペテンの系譜《詳細情報》

わたしがお手伝いしているお芝居の詳細です☆




ゲラニルゲラニルピロリン(GGP)Vol.4
『従来の演劇の概念を覆す、スタイリッシュ×コメディ!』

ペテンの系譜

<公演期間>
2015年7月7日(火)~12日(日)

<場所>
シアターグリーンBASE THEATER
(JR池袋駅徒歩6分)

<脚本・演出・出演>
望月章男(ワイ・ケイ事務所)

<公演日時>
《2015年7月》
7日(火) 19時
8日(水) 14時/ 19時
9日(木) 19時
10日(金) 14時/ 19時
11日(土) 14時/ 19時
12日(日) 13時/ 17時
(全10回公演)

<チケット>(全席自由)
前売り:3500円
当日:4000円
高校生以下:2500円
※未就学児入場不可

<キャスト>
管勇毅(ワイ・ケイ事務所)
山下真実子(バイツ)
砂押正輝(ファミリーアーツ)
幸映(レプロアスター)
宮川浩明(リガメント)
安亜希子(water blue)
沖原一生
板垣雄大
田中俊
實川阿季
藤巻杏慈(子役・スペースクラフト)

制作:モカティーナ・モカコ
舞台美術:加藤ちか
照明:横原由佑
音響:鈴木玲奈
舞台監督:みさわだいち
宣伝美術:小田哲也

MAIL(お問い合わせ) ggpp447277@gmail.com

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2015年6月20日 (土)

拭う

今日、ひさしぶりにお天気がよかったので久しぶりに走った。
ここのところタイミング合わずヨガも行けてなかったので、からだを解放してやろうと、
走りにでたのだ。

走りながらじっくり清志郎を聴こうと思って家を出たのだけど、
玄関でなぜかCharaの「ミルク」を口ずさんでしまい、
猛烈にCharaが聴きたい気分になって予定を変更した。

スワロウテイルが爆発していたころ同じく爆発したCharaのアルバム「Junior sweet」は聴きすぎてCDがもう聴けなくなってしまい、今もっているCDは二枚目である。

晴れていたからかもしれない。

聞き慣れたCharaの歌が、急にすべて新しい音楽、言葉となってきこえてきた。

違う、そうじゃないのよ、これらはもっと、あなたの今と未来のための歌なのよ、
過去ではなくて。

そんな風な感じに聞こえてきた。

そこでわたしは走りながら「過去を拭う」ことに集中することにした。

悲しかった思い出、切なかった、辛かった出来事なんかが、
本当はクリスタルのように透明で美しい音にこびりついて、それらを曇らせ、
聴くことを億劫にしてしまう、そんなことが音楽にはよくある。

そしてそんなことも気づかないくらいに、それらは心の奥に居座っていて。
今のわたしの、明日への気持ちを曇らせる。不安を呼び起こしたりして。

傷ついていたんだー

けれどもそれをあまりじっと眺めたくはなくって。
でも向きあわなくてはいけないような気もしていて。

でも今日わたしがしたことはとってもシンプルなことだった。
取り出したり向きあったりそういうカッチリしたことをしたのではなくって、

歌で心を洗った。
ぐちゃぐちゃになった砂浜を、波がさらって、
何事もなかったようなもとの景色に戻すように。

もう過去のことはいいんだよ、と。

たくさん失敗をしたけれど、そのぶん傷ついて、そのぶん学んで、それでよかったと。
なにもやりなおさなくていい、今を生きれば。

固い言い方をすると、カルマとトラウマを解放。

簡単にいうと過去に巣食う、悲しい闇を拭う。わたし自身の指先で。

誰かに拭ってもらおうと待っているのではいけない。
それを相手に託してはいけない。そうすると悲しみがバトンされてしまう。
せっかく誰かに出会っても。
だから自分で拭って、それから待つのだ。

愛に溢れた、輝かしい「今」すなわちちょっと先の未来のために。

大切な、とても大切な曲を1曲解凍した(笑

雪の下で、凍ってしまっていた曲を。
2009年に本人の前で聴いて、雪どけは迎えていたけれど、
わたしはわたしを赦したわけではなかった。

その曲に今日、春の息吹を吹き込んだ。

両手を少し開いて、闇をふきとるように走る。
振り返らないけれど、この背中の後ろはすべて、愛で浄化されたはずだと感じながら。

♪全部愛してしまえばいいよと笑いながら君は歩いてく

パリで聴いた歌を思い出した。
このときわたしは誰のことも愛していなくて、この「君」が誰でもなくって、
それはそれで幸せだった。

いつもの神社でお賽銭を投げようとしたとき、強い予感があった。
予感の通り、取り出した100円玉には昭和54年とあった。
わたしの生まれ年のものだった。
36年がめぐって、透明化した哀しい闇と一緒にその硬貨を投げて、
わたしは0(ゼロ)すなわち生まれたてに戻った。
お願いごとはしない。
すべきことがなにか、わかっているからだ。
誰かに拭ってもらうのではなく、自分で拭わなくてはならないと知っているように。

完璧な、完璧な午後だ。そう思った。

わたしは生まれたてで、ここには「今」と「これから」しかない。

♪Baby 前に 進みましょう わたしたちの拡げた地図、とても大きいー

あるときから、かつてのわたしへの弔いの曲になっていたこの曲は、
もう悲しい曲ではなかった。

自分の指で、はじまりの歌に、塗り替えた。
過去を拭って。

わたしの「今」は輝いている。

たった40分、家の外を走っただけで。

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2015年6月17日 (水)

映画「あん」

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ひょんなことから本日、携帯を家に忘れて、 天王洲アイルの寺田倉庫までの長い行きしなの電車で携帯をいじることはできなくなった。
しかしおかげで、ほんのしばし誰かや何かと電波的に繋がることを忘れて、映画「あん」のパンフレットを読みふけった。

気になっていた映画をさおりに誘ってもらって、それがちょっと特別なイベントだったので、終わった後になんと河瀬監督じきじきのトークショーもあった。
いや、語順が逆である。
「あん」があまりにすばらしかったので、そのあと河瀬監督を遠巻きに眺め、
どういう思いでこの映画を撮ったのかが聴けたことが、とても大きな財産だった。

「あん」の内容については皆に見ていただきたいのではしょる。
とてもすばらしかった、言い得ようもないくらいにすばらしかったことだけを伝えておく。

この数ヶ月考えていたこと。
世界ってなんだろうか、
人が「今」を生きるってどういうことだろう? 
そういうことを考えながら「うたタネ」をやったり、
文月悠光ちゃんと、互いの詩を朗読したりしてきた。
メメント・モリを書いたりなんかして。

そういうことがとても美しく、もっともっと純度高く、
要らないものを完全に削いだ形で丁寧に紡がれた珠玉の映画だった。

こういう作品、またこういう映画監督ーつまりひとつひとつ順撮りをし、オフカメラで、役者の芝居ではなくそこを生きる姿を映し抜いていく、本物と作りものの境目がわからないような物作りをする監督ーがカンヌで高く評価されて、
世界的にみとめられているというだけで、世界はまちがっていない、大丈夫、そう思えた。

神は細部に宿る。 この言葉が、さいきん頭から離れない感覚。
そういうことを考えながら大切な人や尊敬する人たちの仕事を見ている。
前半はそんなことを想いながら見た。そして思った。
細部に宿る神とは、実は神ではなくて、愛ではないのか、と。

たくさんのひとの想い、それらが丁寧に掬いとられ託し託されたりしながら、「命」のように、人がかたちづくったものの中に宿るのではないかと。
それはだから同時多発的な世界の声。
世界はこうして細胞分裂しながら命を宿り宿らせ、呼吸しながら生きている。 永瀬正敏がすばらしかった。 そして樹木希林という女優の、もう、すばらしいでは片づけられない圧倒的な存在。 そして河瀬監督。

10代の頃、芝居はこういう風につくるものだと思っていた。
役を生きる、というように。
だから花よりタンゴを演出したときも、役の状態での全く台本にはないシーンのエチュードをたくさんしたりなんかして。
高校の文化祭のときでさえ、役が感じた風を感じる、などと言って学校を抜け出し、遠く高槻あたりまで電車に乗ったこともある。

けれどたいていそれは、「役者気取り」の行動であって、
そういう無駄をたくさんしたからといって、結局はわたしなんかは素人だから、実際の台本上のシーンがよくなったりするわけでもなかったりなんかして(笑
シーンにはないシーンを脳内でいっぱいつくった結果、その重要な本当のシーンの稽古がおろそかになって本末転倒になったり。つまりはアマチュアだったのだ。笑
プロフェッショナルがともなって初めてそういう「ニュアンス」は生きる。
そのことを今はよく知っている。

それに、大人になるとともに、当然、そういう「風」や「匂い」的な準備をしなくとも、すばらしいものをつくりあげる芝居の現場もたくさん見てきた。

だから今ではそういうことは執筆にのみ反映されている。フィンランドを書くならとりあえずフィンランドに行こうか、とか、酒を書くときは酒を飲むとか、心や状態を添わせていく作業。

しかしパンフを読んでいると河瀬監督は、それがなによりも重要なことだと、徹底した芯がありそれを実行していて、そこがなんとも潔くかっこよかった。説得力をともなっているところが。

ひとりでやる執筆業とたくさんの人の手とお金と協力の中で撮る映画はまったく違うし、その環境の中でそういうやりかたを徹底する、そしてそれを徹底することを認めてもらえる河瀬監督の才気と感性と器。そしてそれに一流の役者たちが応じたときに生まれる、
すさまじい生々しさ。これらの集まりはひとつの奇蹟といえると思う。
その奇蹟にふれることができてとても幸せだ。

「あん」を見た人にはぜひパンフレットをじっくり読んで欲しい。

個人的には、凄まじい!!!!と思ったいくつかのシーンについて、
やっぱりその場にいた役者さんたちが「あのシーンは……」と語っていて、
その裏話が書かれていることも、とても贅沢だった。

最後に、印象に残ったセリフがパンフにやはり抜き出されていたので、それを載せます。
ネタバレではないですが、なにも知りたくない人は見ないようになさってください☆

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2015年6月 9日 (火)

【Gallaly】文月悠光×中島桃果子☆

文月悠光ちゃんの、お知り合いのカメラマンさんが撮ってくださった写真です☆

○スライドを映しながらUAEの文化について話す悠光ちゃんとme.
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○食文化と女性の生き方について話したあと、わたしの詩と
悠光ちゃんの詩を朗読して1幕は終わりました。
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○2幕は質疑応答。お客様からの質問に答えたり、
おすすめ本の紹介をしたり。
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○最後は来て下さったみなさんとあれこれ話し、サイン会に。
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詩人と小説家が見つめたドバイ—

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ご来場くださいました方々ありがとうございました!*.。(๑・∀・๑)*.。

よく考えたら「小説家」として来て下さったお客様とふれあい話す、というような活動はかなり珍しいことでした。

B&B(本屋)の中川さん、博報堂ケトルの花井さん(悠光ちゃんの編集者でもある)、
そして、起点となってくれた悠光ちゃん、
この3人が紡いでくれたグルーヴがとても心地よくて、お客様も温かく、
すてきな1日になったことに感謝しています。

悠光ちゃんはどの瞬間も揺るぎなく詩人であるけれど、わたしは悠光ちゃんの素敵なわたしへの形容をお借りするなら「市井の人」として、

神楽坂のBarに土曜だけいるお姉さん、とか、
六本木alwaysのれいこママのできそこないの右腕、とか、笑
銀座のラウンジにいるあんま水っぽくないちょっと変な子、とか、
いつも稽古場にいて雑用係みたのしてるけどあのひと実は作家らしい、
みたいな、いろんなわたしがいて、
そこで出会った人たちとの関係は常に小説家であるまえにモカコであるわけなのだけど、
そしてそれがわたしの生きかただなあとも思うのですが、
それら市井のわたしの姿は最終的に小説家中島桃果子の中に還っていくものなのだろうと、わたしがいちばんわたしらしく気負わずいられる姿は小説家であるという状態なのなだと思い、撮って頂いた写真などを客観的に見ても、いちばんしっくりする顔つきをしているので笑、 こういうものを天職というのだろうな、と改めて実感させていただきました。

五感を語感に互換して、細胞にとりこんだそれらすべてを、 言葉として皆に伝えてゆく。

UAEという国、イスラムという生き方は、
この日本で大変誤解されていて、それらの真の姿を、
ほんとうにすこしでも伝えることができていたら幸いです。

最後に悠光ちゃんと一緒に朗読した詩の最後の5行を紹介します。
(また今度朗読動画は載せますね!)

うたタネでも朗読してくれた「この惑星(ほし)の結論」 彼女はたった1週間でその最後を書き換えてきました。6月7日の為に再編された詩であるので、一応タイトルは「無題」となるのですが、刻一刻と変わる「今」をからだ全部で感じて、即座に「今」の言葉をつむいでいく。その瑞々しさに大変驚き、感動しました。

わたしたちは光の速さで地を去って虹となって帰ってくる、ひとつの玉だ。
ここへ帰り着くために降り注いできた。
傘を叩く雨粒よ、知らせて欲しい、
きみがこの惑星(ほし)に呼ばれたわけを。

詩/文月悠光

ご来場くださいましたみなさま、どうもありがとう!

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