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2015年1月 2日 (金)

新年のご挨拶☆

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引き続き、おじいちゃんの寝間の隣の仏壇の間で、火を絶やさぬようお線香を見守りながら書いている。
(くわしくはこの前の投稿「新年の挨拶に際しまして」をご覧ください)

抱き合わせになっているこの2つの投稿ですが、
過去を慈しみ、そして、未来というよりはいまを生きるという、
なんとなくそんな順番の感じで書いている。

この中島家は、もともと田畑に恵まれ、土地には不自由がなかった頃、
地主さんみたいなのをしていた中島の先祖が建てたもので一階建てだけど敷地が広くて、部屋が何個もある。
しかも100年以上前に立てられているものなので、わたしはここで幼少期を過ごしているわけだから別段すごい!とも思っていなかったが、
以前、大正モダンガール協会の淺井カヨさんに取材させて頂いたとき、
「100年以上も前からある古い家に住んでいる感覚があるというのはそれだけで財産だと思いますよ」
と言って頂いた。

ひさかたぶりにしかしこの家に泊まっているわけなんだけど、
なんか改めて居座ってみると、お風呂も、仏壇の間も、玄関も客間も、
なんか小っちゃい(笑

これは小学校の教室と同じあれで、自分の中に残されている目線が、
1歳や2歳、5歳くらいまでの記憶でできあがっているからだ。
もちろんそれから何百回も来てるのだけど、なにしろ部屋がたくさんあるので、仏壇の間とかにはそうそう来ないし、この家でお風呂に入ることもないわけで、
昨夜ひさしぶりにステンレスの小さな銀色の、
深さだけはやけにある湯舟にちゃぽんとつかりながら、
「ここにおじいちゃんと入っていたわけで…」と考えると、

高倉健さんを彷彿させるシルエットのおじいちゃんがこのスペースの大半を占めるわけだから、ここにガーゼを持ち込み、空気を入れて、お餅が焼けるとき〜みたいな遊びとかすらできたとなると、
その頃のわたしったら、めちゃくちゃちびっ子で、
我らが同級生たちが、最近FBなどに載せている娘くらいのサイズだと予想できるわけで、
なのに記憶だけは、昨日のことのようにありありとあって、どうにも奇妙な気分。

さて、わたしにとって2014年は6月の霧島への旅に始まり、
この写真にもある出雲の旅でコンプリ—トしたといえる、
いわゆる「迎合からの脱出」の年になったといえる。

結果、ひとことで言うと、わたしは2015年を、
面白く生きることだけを考えて生きていくつもりである。

楽しいと思うことだけで日々を紡ぎ、もはや職業作家と呼ばれなくても構わない。
当然、面白く生き、日々を楽しく紡ぐ為には、身体という資本が要るので、
今年は本格的な低体温虚弱体質の改善にとりくむ所存☆

迎合とは、
「自分の考えを曲げてでも、他人の気に入るように調子を合わせること」

昨年わたしは、なるたけ良い子になろうと頑張ってみた。
職業作家ということにこだわって、頼まれた仕事はすべて引き受けたし、
今世間が求めているもの、に、ついて考えてみたり、流行のドラマや、流行のアプリを試してみたり。でもなんだか、そういうことでどんどん自分が薄まっていってしまって、
最後にはとうとう透明になるのではないか!という具合になった。

SNSやブログなんかも「定期的に更新する!」とかいう目標をかかげ、
なんていうのかな、これらは一応オフィシャルなものだし……と、
なにか書く度に「A」という考え方のひとにも「B」という生き方の人にも「C」という価値観の人にもひっかからないように、害がないように、揉めないように、書いてみた。

そして書くことがどんどん億劫になっていった。

仕事もそうで、たとえば好きな仕事をしていて、
それにほんの少しでも黒字が出たときは、ほんの1万円とかでも泣いて飛び上がるほど嬉しい。

なのに迎合してやっている仕事が、思っていたより金にならないと、
「なんなんだよ!もっともらわないとやってられない!」
という醜い気持ちになったりする。

だったらやらなきゃいいのに。

こっちは行き止まりっぽいなと思いながら、ずんずん進んで、最後にやっぱり行き止まりで泣きを見ないと、手前の2岐路での「そっちは行き止まりだと思うなあ」という誰かの言葉に納得できない。
なんでこう不器用なのかわからないが、なんかウネウネと回り道をしてしまう性分なんだな。短所を直すよりも、長所を伸ばすということを、
自分が勝負するカテゴリではしないといけないと他人事ならわかるのにね。

平泳ぎを得意としているのにオリンピックでいきなり背泳ぎに転向する選手はいないよね。わたしはなんだかそういうことを大まじめにしてみたり、してしまう。

2014年が終わるまでに、わたしは、普通の社会人のように、頑張れば職業作家として職務をまっとうできると思っていた自分への過信を捨てた。

わたしはそんなデキる人ではないのだ。

だから今年はとりあえず「面白く生きる」こと専念する。

そして「こういう考えって変かな?」と思いつつ湧きあがってくる自分の中の衝動を抑えずに、それが今の誰かの尺度では「よくわかんない」とか「流行らなそう」とか「それ、当たるの?」とか「誰も読まない」とか言われても、それらを形にしてゆこうと思う。

見えない顔に受け入れてもらうために書いて、見えている顔がずっと待っている物を書けないまま、ずっと見える顔を待たせている。
自分を認め評価してくれるひとをおざなりにして、自分を厳しく批判するような人をぎゃふんと言わせたいと考えるとか。

これは全然面白くないよね。

思うんだよね、いろんな挨拶とか御礼メールとかも、連絡しないと不機嫌になったり怒ったりしそうな人からしてさ、ちょっと返信返さなくても、気にしないでいてくれる人が後回しになったりするじゃない? あれほんとは絶対間違ってるはずなんよ。
おおらかに待ってくれたり、受けとめてくれる人達の方が絶対、自分のことを好きで応援してくれているはずなのに。真っ先にありがとうを言うのはその人たちのはずなのに。

「大人だからね…」

よくこういうことで済まされてしまう、なんかほんとはおかしいことたち。
いわゆる「付き合い」ってやつに関しても、もちろん大人だから(笑、
極端な行動には出られないけれど、
「こうあるべき」と言われるきまりをいちいち疑って、なるたけ自分の生理と感情に、その付き合いの帳尻を合わせていけるような道をさぐっていきたい。

たとえば「恙(つつが)なく」の「恙(つつが)」は障害や災いのことで、
そういうものはおこらないという前提の結婚式やお葬式では使ってはいけないらしいんだけど、結婚式はわかるけど、お葬式ってさ、人の死って大きくって、たとえばおばあちゃんとかが堪えきれず倒れたり…とかも可能性としてはあるように思うからさ、

「恙なくおわりました(ほっとした〜)」と使って何が悪いのだろう、と考えてみたり。

……話がそれたけど、

そんなわけで、良い意味の叱咤激励と、妬みそねみや攻撃や自分を利用しようとする誰かの思惑とかを、ちゃんと感じ分けて…
ちがうな、これまでも感じ分けてながら、まあ騙されてやろうみたいなのがあったんだけど、

つまり自分にはそんな余力と器はないということで、

本当に大切な人を、一生懸命大切にする。

そんな日々の中で、所詮小説なんてものは、生の前には来ないものであるのだから、
オリジナルラヴじゃないですが、命よりも前にある「愛」とか、そしてその次に紡がれる「生」とかを大切にしながら、じっくり時間をかけて、
わたしの本当の物語を書いていこうと思います。

楽しいアンテナ、面白いアンテナ、ふと降りて来た「いけそう!」という直感の先に、
まだ見ぬ物語がきっとあって、「書き落としてくれ」と光を送ってくれている。

その光に気づくためにはわたしがまっさらの素直なわたしでそこにいないと。
日々、幸せで満ちていないと。

そんなわけで、もしかしたらしばらく本が出ないかもしれませんが、
「面白いことしてるなあ!」
と思ってもらえるような日々を、
このブログではお伝えしてゆきたいとおもいますので、

今後ともよろしくお願いします。

小さい頃優等生だったから、あと作家になるまでは「言ってることがわからない」とたくさん言われてきたから、嫌われるのや理解されないことが怖かったのかな(・・;)/

でも、もうおそれずにゆこうと思います。

脱「べき」into「したい」へ!笑

感じること書き記すこと、前に進むことが中島桃果子です。
(wors by ayamex
)

新潮社ラカグのオープンのときのわたしの日記にくれた妹あやめのコメントを、
当面の座標にして。

あっそうそう、ちゃんと年賀状は出してますので、昨日には着いてないと思うけど、
みなさま、いましばらくお待ちくださいませ☆


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