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2014年9月 2日 (火)

丸山正吾という役者と浅草芝居。

ドガドガプラス。
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この劇団、なんか気になる。
が、どおおおしてもはいりこめない点がひとつあって。
それは音楽と歌だ。

これはもうドガドガプラスのせいではなくって、
自分に熊田千穗という素晴らしい歌手の親友がいて、
彼女が歌い手である以前に素晴らしい聴き手でもあるせい(もはや”せい”としよう)で、
芝居の中にある音楽、というものに対して、あまりに耳が肥えてしまっているせいだ。

それからAlwaysなどというとてつもなく耳のいい、歌の上手いママがいるお店で8年も働いてしまったせいである。笑。

串田演劇と、KERAに溺れてここまで生きてきたわたしとしては、どうしてもその一点で、
ドガドガプラスにはいりこめないのである。
しかもあの音楽のジャカジャカした感じが、きっと演出家の狙いであるとそれもわかっているのに、だ。

昭和初期をもう長年(になってしまった)調べているわたしにとって、
浅草オペラ、カジノフォーリーのナンセンス劇の流れを追いかけて公演を打ち続けているドガドガプラスは、面白い劇団といえる。

だからこそ「音楽…がぁ…!」と、つい、もったいなく思ってしまうのである。

じゃあ、なぜ観に行くのか。

それは丸山正吾がいるからだ。

あと唐ゼミの石井ひとみさん。この方をみたかった。

石井ひとみさん、ほんとに素晴らしかった。
こういう役者さんで若い女性の役者なんかが増えたら、
ドガドガプラスはもっと、やりたいことを解りやすく観客に伝えられるのになあと思う。

野田MAPや唐組や60年代〜70年代の演劇によくある、
ある意味シェイクスピアのような、雪崩あるいは旋律のような台詞まわしのモノローグを、わたしはけっこう好きである。しかし、同時にそれは、まくしあげるだけではなく、
台詞の中にある、意味の奥の意味をよくよく理解して言わないと、観客の心に残らない。

そういう意味で石井さんの台詞はすばらしく、一気に芝居の世界に引き込んでくれた。
彼女に惚れ惚れしているところで一幕が終わり休憩へ。
遠くからみると石井さん、桃井かおりサマにも似て。

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劇場とわたし。

正ちゃんこと、丸山正吾。彼に関しての感想は、
当日Twitterに呟いたエモイ呟きをそのまま引用する。

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芝居の締めの台詞は凄く大事、誰が言うかもすごく大事。
13歳のとき京都で文学座の「どん底」の最後の台詞、
「役者が首を吊ったよ」を聞いてからなんか刷り込みのようにそう思っている。
今日芝居を締めたのは、わたしが観に行った本命役者、丸山正吾であった。

 

「僕が思い出すのは、いつだってあの頃のことなんです」
正ちゃんが上手寄りの離れで、そう言うと、舞台が明転し、
たくさん女の子が出てきて踊り始めた。
お客さんは当然皆、明るい場所に目を移したけれど、
私は数秒息を飲んでそれを眺める正ちゃんの顔を見ていた。

 

あまりに表情が素晴らしくて思わず泣いた。

 

こういう役者が日本にはいて、しかも知り合いでもあることに、自分の未来演劇図に、ひとすじの火が灯るよ。

 

丸山正吾はいつも、役を演じず、役を生きている。

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そんな浅草にて正ちゃんとの1枚。
今回は後半がメインのキャストであったが、カーテンコールでの正ちゃん登場の際の拍手に人気の高さを感じました。

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ところで、ドガドガプラス、大幅に劇団員が入れ替わったらしいのだが、ニューヒロインの中田由紀さん、ひじょ〜〜〜に良かった!!
唐組の人かと思ったくらい。
ああいうアングラっぽい佇まい、芝居の人がドガドガの中心にいるとなると、
新しい時代のドガドガは、一見の価値が、また、あるのかもしれない。

楽しみだと思った。

たいした芝居もできないくせにえらそうなモカコでありました(笑

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