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2014年8月18日 (月)

Tae Back to Japan!!

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ロンドンのTaeが短期帰国してましたので、沖縄料理屋で再会!
左はTaeのダーリンのビクター!

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(変顔をしつづけるTae)

スウェーデン人のビクターはサウンドメーカー?音楽の仕事です。
たえこのダーはだいたいがアーティストです。
アーティストのミューズ、Tae。
同時に彼女、ArtisticPantieの共同創立者でもあります。

彼女のアンテナに、世界の「KA・WA・I・I」が、この指止まれみたく集まってくる、
不思議な女の子。

最初出会ったとき、わたしは役者やってたのですが、初対面の会話が、

「え?まじ?じゃ芸能界に友達とかいんの?いたらマジ会わせて欲しいんだけど。ゲイノウジン、会いたい!!!」

みたいなノリで、真剣に芝居やってたわたしは、

「…ア、サ、ハカ〜…あんまり仲良くせんとこ…(。-_-。)」と思ってました。

しかしTaeさんそういうの感じずぐんぐんくるわけで。笑

しかしある日、
「あったし、見たい映画あんだけど一緒にいかない?」

と誘われたのがなんと、超アンダーグラウンドの単館もの、

ノミソング』!!

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(チラシからして…笑)

しかもなんと、そのときわたしが一番観たかったドキュメンタリ映画。

(こいつ…もしかしてただのミーハーじゃないかも?)

そう思ったわたしは彼女とノミソングへ。
超マニアックな映画なので映画館も駅から15分くらい歩いて。

そしてその日わたしはTaeの感性のとりこになってしまいました…。

26歳だったこの頃、Taeの紹介でPTPのギターのパブロとも仲良くなり、
3人で色んな熱い話を西麻布ティティでしました(笑

その頃のTaeのアンテナはほんとに凄くて、当時ぐいぐい来ていたYAHOOをもじって、
TAHOOと呼んでいたくらい。

現在もそのアンテナは健在。

妹あやめっくすにおみやげに買って来てくれたエプロンのブランドが超コア!
テキスタイルデザイナーのあやめはもちろん知っていたけど、
「なぜにここをあいつは知っている!?」
と驚きのチョイスであったのであります。

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久々のツーショット!
流行のファスティングでひと月で5㎏やせたTaeさん。
英語ももはやペラペラ。
Taeさんあたり肌で覚えた英語は発音もナイス。

ビクターが日本語話せないから、英語での会話だったけど、
なんか思ったより全然話せた。

関西弁と標準語の切替と似て、

日本語と英語にも切替があって、

それが完全に切り替われば、言葉を話すのは難しくない。

でも英語と日本語を同時に話すのって難しいから、
Taeに話すときも英語になっちゃうんだけど、
そういうのTaeは平気だから良かった。

「なに日本人にも英語話しちゃってるの〜」
って思われると、恥ずかしいから、今度いちいち止まってしまう。

周りにどう見られているか。
日本人はそれをすごく気にするし、
それを気にする文化が慎みに繋がって素敵なんだけど、
そうしてると、英語なんか話せない。
日本人があまり英語話せないのは、そういうのもあると思うんだな。

Taeはロンドン行く前(4年くらいまえかな?)
全然英語話せなくて、
「アイ…アイ……ファッション!ユー、ライク?」
みたいな(笑

そんな英語で、でも、恥ずかしがらずにいっぱいしゃべってた。

だから半年後にロンドン訊ねたときは、ロンドンの売店で、
「いやだからさ、そのチケットじゃなくて、もう一段階広域のやつあるっしょ?それがほしいんだってば」
みたいなことを、すっかりスラスラしゃべってて、あたしはびっくりしたよね(笑

ともあれ、Taeさんはスウェーデンに住むのかもしれないそうです。

彼女の人生は、旅そのものだなあと思いつつ。

おもしろかったのは、ビクターをドクターと呼んでしまったことと、
ビクターの愛読書がドイツの作家で、
なんと、我が同期の演出家麻衣子がくりかえし再演を重ねている芝居、
「ラ・ルネ」の原作「パヒューム」だったこと!

アメイジング!!!

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↑四谷にあるコアなアーティストショップに夢中になるTae (2013 冬)

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