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2014年1月

2014年1月24日 (金)

壽三升景清

【2014年 荒事年始め】
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後悔は先に立たない。どれだけ今更求めても、勘三郎さん、團十郎さんの歌舞伎はもう見れない。ならば、これから紡がれる歴史をしかと見守るしかないと、「歴史的な公演になるから!」と、さおりを無理矢理伴い、新橋演舞場に市川海老蔵を観に行ってきました。
「壽三升景清(ことほいでみますかげきよ)」
タイトルがまず素晴らしい。
新年ぽい。

果たして内容は、素晴らしいものでした。
市川家の歌舞伎十八番からこのように「景清」を、通し狂言として再構築した偉業は、今後の歴史に刻まれてゆくのではないかな、と思えるほど、美しい構成でした。
個人的には、めでたい正月ですが、主人公を敗者の平家景清に据えて、華やいだ雰囲気の中に憂いを宿した構成が、今の世の人々に大変考えさせる形となったのではないかと思います。

縁起物の荒事を観覧し、その名も幕の内弁当を頂き、歌舞いた空気でパチリ。

わたしが敬愛し、その背中を追いかけている長谷川時雨女史は、日本で初めて歌舞伎の台本を書いた女流作家であります。
当時歌舞伎座には、彼女のブロマイドも売られていたとか。

いやはやてぇしたもんです。
雅かつ壽いで景清を三升(みまし)て、時雨さまへの敬愛も一段と深まった夜、
縁起物なんで、海老蔵の荒事のブロマイドを買いました。
ずっと観たかった中村獅童も出演していて、二人の華やいだ雰囲気が圧巻でした。
さおりさんにお弁当を買って頂きましたの!!

※荒事とは鬼神や武士の荒々しい姿を誇張して演じること。たいていは隈取りをして演じる。これを見ると、悪払いというか、そういう感じで縁起がいいとされてきたり。

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2014年1月23日 (木)

キューティ & ボクサー

キューティ & ボクサー
キューティ & ボクサー
母が昨日誕生日で東京に来ているので、ずっと観たかった「キューティ & ボクサー」を観ました。アカデミー賞にノミネートされてるドキュメンタリー映画です。

素晴らしい映画でした。

同時に、好きなことをやって生きて行くというのは、一見気楽に見えて、大変な道のりやなということを実感しました。
みぞおちにきました。

芸術家肌の人間と、そういう浮き沈みある人生を望んでない人間の組み合わせもむつかしい。でも、芸術家肌同士の組み合わせもまた、むつかしい。

母は一般家庭に生まれて教職につき、四人娘を産んで、いまは県の人権センターで働いているふつうの人間です。
でも、過激でアーティなNYの日々の奥にある夫婦のことや、アーティストとしてのキューティのことをわたしなんかより深く理解していて、わたしは母を、
やはりこのひとは、ちょっとただもんやないひとやな、と、思いました。

そら娘たちがみな、靴作ったりスタイリストしたり、インテリアデザインしたり、小説書いたりするわけです。笑。

母が言ったことは「一見そこまでには見えない、キューティこそが偉大な芸術家なんだ」ということでした。彼女はアシスタントではない、内助の功じゃない、彼女が芸術家なんだと、だから彼といれるのだと、母はしみじみ言ってました。

みなさんもぜひ映画館で。大好きなCINEMARIZEでやってます。

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2014年1月20日 (月)

痛みを知ったらいままでより優しくなれるはずで、傷ついたらよりもっと思慮深くなれるはずや。

アラニスを聴いてまたいちからやりなおし。

もっともっと勉強。

jagged little pillというアルバムがこの世界に存在してることにこころから感謝。

ゆきづまったときに帰ってこれる音楽があるということは、きっと人を死から救うと思う。

できそこないは自分ができそこないやってことを思い知って、そこからしか前には進めへんから。

しょうがなかったとかゆって自分を守ってたらあかん。

しょうがなかったって言うのは見つめ直すべきことすべてを放棄するんと同じやから。

もっと思い知らなあかん。何を?まだわからん。でも何かを。

……The fire trucks are coming up around the bend

You live you learn
You love you learn
You cry you learn
You lose you learn
You bleed you learn
You scream you learn

You grieve you learn
You choke you learn
You laugh you learn
You choose you learn
You pray you learn
You ask you learn
You live you learn

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2014年1月17日 (金)

船パリのこと。

15日も過ぎたので皆様に寒中見舞いを書いている。さきほどジャズ評論家の瀬川昌久先生に書き終えたのだが気合いのあまりペンが折れるかと思った。

まさかあちらからお年賀いただけるとは思わず、驚きで立ち尽くしたのが1月2日。

お年賀には昨年の銀座十字屋での昭和音楽の催しで、熊田千穗の歌が大変好評であったこと、そのことが嬉しかったと書かれており、最後に、

『大正、昭和浪漫の新刊、大いに期待しています』

とあった。

わたしたちがずっと追いかけている「上海バンスキング」それを初演する1979年、演出家の串田和美さんや女優の吉田日出子さん、そして斎藤憐さんたちは、昭和初期のジャヅを追いかけて瀬川先生に辿りついた。

つまりわたしたちは瀬川先生を追いかける串田さんたちを追いかけて芝居を続けてきたわけで、その瀬川先生から今じかにこんなありがたいお年賀を頂いているのに、
いったい何をやっているのだわたしは。

なにがなんでも「上海バンスキング」へのやむことない愛の結実を、ひとつの物語におこして今年瀬川先生に届けなくては。

ペンを強く握りながらわたしは文字を書いた。

「今年必ず昭和浪漫を完成させて、瀬川先生のもとにお届けします」

これは瀬川先生に対する誓いだけではありません。

大切な大切な自由劇場の資料などを2年以上お貸しくださっている三澤さん、物語の中で生きてくれいる熊田千穗、わざわざ家まで貴重な資料を持って来てくれた世界のバンジョー、青木研。

自宅を見せて頂き『若い作家がこうして時代を調べて物語を書くというのはよいと思いますよ』
と言ってくださった日本モダンガール協会の淺井カヨさん。

そしてなにより、せかすことなくずっと見守り待ち続けてくださっている編集者の加古さん。

他にも協力してくださっている皆々様に必ず届くよう、この一月の下旬を、一日も無駄にすることなく、完成に向けて頑張りたいと思います。

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2014年1月10日 (金)

オカルトモカコ

オカルトとは=ラテン語: occulere の過去分詞 occulta(隠されたもの)を語源とする。目で見たり、触れて感じたりすることのできないことを意味する。そのような知識の探求とそれによって得られた知識体系は「オカルティズム」と呼ばれている。ただし、何をもって「オカルト」とするのかについては、時代や論者の立場等により見解が異なる。

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先日、届けていた銀行印がどれかわからなくなり、通帳の磁気入れを兼ねて銀行に行ったらば、なんと登録されている住所が22歳のときに住んでいた渋谷のままになっていることを知り、そこから何もこの通帳が動いていないことにゾッとしました。

特にわたしが住んでいたあたりは、あんまりよくない場所で、
”気”とかそういう以前に、露出狂やラリってる奴とかデリヘルとか、そういうのがうろうろして、
治安もあまりよくない場所だった。
そしておまけに陽の当たらない家だった。
以来わたしは、家を探すときに必ず陽の当たりを確認する。

当時一緒に住んでいた尚美が、とても強いものをもっているので、一緒にいることで下降は止まったが、所沢からその家に引っ越してから、尚美がやってくるまでの一年は、
その家にわたしの精気は完全に吸われていたといっていい。

そこから10年以上経っているにも関わらず住所がそのままというのは、
なにかとても大変危険なことのうような気がした。
「金は天下の回り物」なのに、
通帳がこんなにも滞っているではないか。

至急住所変更をしよう。
と、同時に初めて思いました、印鑑を新しくつくってみような、と。

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ガリ勉モカコ、そう思い立ったら吉日で、いろいろ印鑑のことを調べてみました。
歴史や、どのように使い分けるのか、などなど。

面白いことに、生まれた年によって適する素材が違うとか、そういうのもあるらしい。
まだ発注しただけなのでなんとも言えないけれど、
自分がいくつか調べた中で、いちばん胡散臭くない(笑)
まっとうな雰囲気のところに注文してみた。
銀行印ということで、上から下にお金が流れぬよう、横書きのものを。
(まあ、右から左とかそういう言葉もあるので、こればっかりは好みである)

タイトルは「オカルトモカコ」ですが、
実はこの一年、あたりまえのことをあたりまえにしてゆくうちに、
オカルトー目に見えない隠れているものーは
「隠れている」のではなく、「言うまでもない」ことなのだ、という風なことが、だんだん解ってきました。

引っ越しをしたら、素早くすべて変更の手続きをする、とか、
帰って来たら靴をしまう、とか、
朝起きたら窓をあける、とか、
刃先は常に露わにしておかない、とか。そういうこと。
壊れたものは、お礼を言って処分する。

それをスピリチュアルとか、風水とか、そんなのではなく、
「生活」として教えてくれたのはおばあちゃんでした。
おばあちゃんと過ごした最後の数日でわたしはそれを教わった。

朝8じ。数カ所の雨戸をあける。そして水やり。
午前中に必ず洗濯をし、陽が高くなる前に干す。
昼ご飯とは昼に食べるもの。
夕飯とは夕に食べるもの。
陽が傾いてきたら冷えないうちに洗濯物をとりこむ。
陽が沈むころ、すべての雨戸を閉める。
死の淵にいながらも、おばあちゃんは毎日それを的確にわたしにやらせた。

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その数日で、オカルト、またはスピリチュアルと思っていたすべてのことは、生活という概念の中に淘汰された。

実は運気を上げるために印鑑を頼んだのではない。
上京してからこのかた、届け印、認め印を兼ねて、日々私の手によって、ありとあらゆる書類に押され続けてきたスタメン印鑑が、どことなく疲れてきたような、くたびれてきたような気がしたからだ。

自然に考えてどうだろう。からだだってときおりメンテナンスする。
自転車だってそう何十年も乗らない。
高いコートだって、ヘビーに数年も着たら買い換えるだろう。

なのに16年以上も、同じ印鑑を、ありとあらゆるシチュエーションで酷使し続けているというのは。実に彼(または彼女)に申し訳がない。

まあ、そんな理由である。
もう立派な大人なので、自分で選び自分で買った印鑑に、これからは活躍してもらおう。
そして長く大切に活躍してもらう為に、今後は印鑑を使いわけるつもり。



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2014年1月 9日 (木)

RUN! mooca RUN!!!

去年のクリスマスの日記を見ると(この場合2012年のクリスマスを指す)、
「モカ暦の元旦」とあるが、
なんだかわたしはここ二年ほど24日を節目にとらえているところがあるようで、
そこから始まる新しい暦に慣れ初めて粛々と正月を迎える、そんな具合なのですが、

2013年の12月24日より、わたしは再び走り始めました。比喩ではなく、
ほんとうのRUNです。笑。
2014年1月現在4回走っているので今後も続くと思われます。

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※以下タイトルの軽快さとはうってかわって情緒的な内容になってしまった!

12月24日、空は高く水色に晴れて、ドレスコーズの新しいアルバム「バンド・デ・シネ」と、アヴリルのデビューアルバムを聴きながら、なんだか素敵な言葉がいっぱい頭に降りて来たのだけど、書き留めることを忘れてしまった。

だからあの日の瑞々しい言葉たちはここに記されることなく、再びあの水色の空に飛び立ったわけだけど、なんだろう、ともかく外堀を踏みしめ、長谷川時雨さまが暮らした家を目指して左内坂を登り、今をきちんと歩いて行こうと、そんなことを誓った。

そして順番にいつかのわたしに頭の中で出会った。

アブリルのデビューアルバムを聴きながら渋谷のジムに通っていたころのわたし。
芝居でできた借金をひと月5㎏のダイエットの賭け金で返した。
泣きたいくらい辛かったが選択肢はなかった。
バイト以外の時間をジムと誰にも頼まれていない脚本書きで埋めていた23歳の頃。

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三の橋から恵比寿までを走る日々をすごした27,8の頃。
役者とはいいながら何者でもなくて、ただ、バニーガールとスナックのおねえさんと、渋谷のclubのbarのお姉さんがそのころのわたしの肩書き。
わたしはまだ「毛皮のマリーズ」を知らずに、そのころはなんだろう?
レイチェルヤマガタとか、エイミーワインハウスとか、カーラブルーニとかを聴いていたのかなあ。妹の影響でMatthew Jayとかpulpとかを聴いていたのかもしれない。
妹と、妹の彼と、風変わりだが面白い毎日を過ごしていた。
あの麻布十番の家で「蝶番」を書いた。

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2009年はcharaをがっつり聴きなおして、青春をさかのぼり、
2010年に「ティン・パン・アレイ」と出会ってからは、わたしは志磨さんの数々の楽曲に心酔をして、彼等の楽曲を遡ってくりかえし聴いた。
リリース年を調べて、その頃自分が何をしていたのかを思い返すと、それらのアーカイヴが自分のそれとある種連動するということを知り、ーたとえば清志郎が死んだこととかー携帯心臓のようにそれらを持ち歩いた。
同時にあるひとに恋をして、
そして恵比寿に引っ越して、いつのまにか走らなくなった。

2009、2010と「売れっ子」と言ってよいのではと思えた連載もひとつ、ふたつと終わっていくと、
どこかしらパッとしない日々の中で、わたしはただ恋だけに生きていたように思う。
別にそれはなにか行き交うものがあったわけではない恋。
なかったわけではないけれど、なにか形として残ったわけでもない。

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2011年、2012年と思い返すと、なにかどこか心のレンズが「絶えず曇っていた」とかそんな風にしか思い出せない。たまたまだけれど、自分の心の浮き沈みに合わせるように、
「the end」というアルバムを出して毛皮のマリーズが解散したりして、
わたしはいつのまにか、ひとりで暮らす恵比寿橋の、まるで生活感のない、ある男の子には「刑務所の扉みたいだ」と言われた重たい、しかも中に開く鉄扉の1LDKの中で、ときおり留まりはしない男の子を泊めたり招きいれたりしながら、
ある種の低音にすっかり慣れてしまっていた。
不整脈の発作がしばしば出て、常に死が隣にある気がしていた。

その中でもフィンランドに行き「誰かJuneを知らないか」を刊行したことは、
ものすごい事件だった。ぐっちゃぐっちゃの私生活の中で、10年抱き続けてきた魂の塊を産んだことは、ある種、ノリにノって新作を出すと言うより、非常にブンガクテキ!なやりかたであったと思う(笑 太宰や、芥川みたい??な。非常に昔の作家的な、生きざまをぶつけて飛び散りながら、でも生きる!みたいなあれであった。

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いまでもときどきフィンランドのあの厳かな夜や深くて冷たいプールや、しんしんと雪の降るヘルシンキの街並みと、熱い石に水をかけて蒸気にするあのサウナを思い出す。
また行くなら次は白夜にすればいいのに、わたしはどうしてもまた、冬のフィンランドを訪れたいと思ってしまう。

そんななか、死を隣に置くような刹那的な人生を変えようと、わたしは心臓の手術をした。
あれから一度も、発作はおきていない。

2013年になって、オカルトみたいな話だが、かさこ地蔵のような出来事があって、
わたしはいま自分が居る場所が「闇」だと気づき、光のある方へやっと腰を動かした。
「もうすこしで、あなた、レールから外れて落ちてしまう」
喫茶店で言われたあの言葉はわたしには重くささった。
毎日玄関を掃除するようになり、あたりまえのことに、すこしづつ気づくようになってきた。
フォークがあるところに歯ブラシをさしていてはいけない、とか、冬服の中に夏服を混ぜていてはいけないとか、そんな、ほんとうにあたりまえのことに。

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3月に引っ越しをして、すぐ下の妹といちばん下の妹と暮らすようになり、そこには当然3番目の妹がちょくちょく遊びにくるわけで、ごちゃごちゃはするものの賑やかな暮らしが始まった。
新しい連載が始まり、破産寸前だったわたしの生活も、家賃が下がったこともあってすこしずつまともになり、alwaysのママがおめでたになり店が閉まることになり、
そしておばあちゃんが亡くなり、3番目の妹がお母さんになることになった。
初の官能ライトノベルを刊行して、初めてNYに行き、初めてトークショーをした。
志磨さんはドレスコーズという新しいバンドを始め、わたしは初めて志磨さんにお会いした。
もうひとつすごく大きな出来事もあって、ほんとに激動の一年だった。

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♪あー時計は、まわってごまかすんだよーおわーりなんてない顔をして〜

外堀を走るわたしの耳にゴッホが流れる。2010年に出会った志磨さんの音楽、それも2014年を迎えようとする今、全部で4枚のアルバムが世に出た。
わたしの物語。それも2011からアンソロジーを合わせて3冊を数える。
2009からだとなんと地味に7冊にのぼる。

「僕らが何かを変えるために生まれたなら、こんな音楽もほんとうはいらない〜だろう」

それでも物語は要る。
最低限今日のわたしのために。そしていつかのあなたのために。
志磨くんもそうではないかしら?たずねたことはないけれど、
やっぱりそうして音楽を紡ぐのではないかしら。

だからやっぱりゴッホにならなきゃ。

2013年、足かけ5年をかけても「船パリ」は完成しなかった。
もはや売るためとか、名誉のためとか、生活のためとかキャリアのためにこの作品に向かってはいない。

なんのためにそれを書くのか。それはもう、わたしの命のため。
この作品でわたしはまずゴッホになれるのか。
それを問うためにわたしはまた外ぼりを走り、左内坂を見上げて、長谷川時雨さんを想う。

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2014年1月 7日 (火)

犬とハモニカ、ゼロハチゼロナナ

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実は今年は正月を返上して元旦から東京に戻ってきました。
なにがなんでも「船パリ」を完成させるためです。

同時にありとあらゆるもののインプットも始めました。
読んでない本、まだ見ていないドラマ、知らない映画が多すぎるのではないかと。
帰京する新幹線の中で「犬とハモニカ」、帰東京する新幹線の中で「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」わたしには帰るところがふたつあってどっちも帰路であることをうれしく思いつつ。

「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」は新幹線の中では読み終えられず、東京駅でたちつくし読み続け、家についてさらに読みふけり読了。

「犬とハモニカ」は珠玉の短篇集でしたが、川端康成賞を受賞された「犬とハモニカ」は圧巻で、それを読み終わった後はしばらく放心していました。

ある飛行機が日本に着陸してから、ベルトに運ばれてでてくるトランクを待つまでの物語。
なんでもない物語。特筆すべきことがなにもおきない物語。
この時間帯をきりとってこんな風に書けるのはいま世界に江國香織という作家さんただひとりでしょう。お会いしたときに江國さんがくりかえしおっしゃっていた、

肝心なことは何を書くのかではなくて、どう書くのか、だと思うの

という言葉を、
見事に形に結実した傑作短篇です。圧倒的でした。

辻村深月さんの本は「鍵のない夢を見る」以来二作目です。もうずいぶんまえに壺井さんが贈ってくださったのにずっと読んでいませんでした。
辻村さんは、ある閉塞感の中で追い詰められていく女の人を描いた物語が多く、
その独特の閉塞感と湿度がこの作家さんの持ち味だなあと思うのですが、
ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」も、そんな作品でした。

「??」と思って読み始めたタイトルの意味が解ったところでは、
「おおおおお」、そして、ゾゾゾゾ。
ひとつわたしには予期できなかっただいどんでんがえしがあって、
それは、さらに哀しいどんでんがえしでありました。哀しい?もしかしたら客観的にはそのほうが幸せかもしれないどんでんがえしですが、その女の子の気持ちになると哀しい真実でした。「なにも、ないの」その言葉が忘れられません。

同時に最近すごくしっかり作っているなあと思いながら全然観れていなかったWOWOWのドラマでちょうどやっていた「鍵のない夢を見る」も見ました。

追い詰められて優しさがもてなくなたり、なんだかどんどん追い詰まっていく思考の繰り返しをしてしまう女性を、友人の表情なんかをとりこんだりすることで、ドラマとしてうまく描いています。

広末涼子さんがすばらしかった。素顔ではなかなかみせない、簡単にいうと美しくない歪んだ表情をたくさんさらけだしていて、けして綺麗にまとまることなくそこにあるドラマをきちっと表現されていてすばらしかったです。
(ああ、なんかもう有名な人にどこまで”さん”をつけていいのかわからない。べつに知り合いじゃないから呼び捨ていいのかどうなのか!なんなんだ!笑)

角田光代さんの(こちらはもちろんサンつけますよね!)
ツリーハウス」をすごく読みたいと思って、ようやくバスルーム読書@ツリーハウス。
まだ読み始めたばかりなのですが、前情報なかったので読み始めてびっくり。
わたしが知りたかった満州のことが描かれているではないか。

満州国のあたりは、船パリの物語のおしまいよりすこし先の時代かなと思うのですが、
それでも上海バンスキングにバトンしてゆくその時代をなにかもっと知りたかったのです。

執筆中に、その時間の隙間をぬっても「読みたい」と欲してしまう本には、必ず答えがある。


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2014年1月 5日 (日)

ようやくご挨拶

みなさま旧年中はお世話になりました。
みなさまいかがお過ごしですか?

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ところでわたしは、さきほどtwitterの自己紹介欄を「芝居好きの小説家」に改めました。
つまり「グルメな役者」のように。
「ウナギ好きのダンサー」のように。
文学をこよなく愛するお笑い芸人のやうな塩梅で。

これがしかし、わたしの2014年です。
そういうことを自分の中で静かに明らかにしてゆく2014年です。

小説家としてはまだまだあまちゃんな自分なんで、
読んだ本のこととかを呟いてもえらそうな具合になってしまうし、
趣味の芝居のことを中心とした呟きでまとめてゆこうと思います。
(と、いいつつ色々呟いちゃうんでしょうけど)
FBの小説家ページの方は改まってませんけど、機械が改めを拒否っているので、
これもなにかのサインかとそのままにしてあります(笑

今年わたしには野望がありません。
目標は、明日の為に今を生きるのではなく、今日のために今を生きるということです。
そういう24時間を365日続けて、
「いま目の前にあること」をほんとうにあますことなくたいらげられる心が培われたと感じたら、来年は野望に向かっていこうと思います。
船パリを上演する!であるとか、重版を目指す!であるとか。

なので今年の野望は、まず船パリを書き上げること。焦らず、腰を落ち着けて、これが今の自分のすべてだと思えるような、燃え尽きるような執筆をすること。

あとは、もういちどパリに行く!とか、モロッコに行く!とか、
読みたい本を全部読む!とかそういう感じです。
欲が足りないと思われてもかまいません。

今を濃く生きてないと人は透明人間になる、と強く感じた日が年末にありました。
透明になればなるほど、何をやってもエネルギーが小さくて人に届かない。
むしろ居るのかいないのかすら解らなくなってしまう。
まずこの世界に肉体と魂と実体をともなって生きること。
それが今年の目標です。
そんなわけで今から三菱美術館。印象派の彼等に再会してきます。

喪中ですが私とおばあちゃんの喪は明けたので言います。
謹賀新年!*.。(๑・∀・๑)*.。

今年もふつつかなわたしをどうぞよろしくお願いいたします!
今年は日本語の勉強いっぱいします!
写真はさおりさんとの新年。facebookページの管理人になってくれたり、
つねにわたしをサポートしてくれるさおりさんを、新年からおもてなし。

失せ物は女が知っている。商いは他人の世話で利。学問は困難、必死に勉学せよ。
病は危ういようでも治る、恋愛は父母に相談(なにそれ)、願い事は他人の助けに合って思うように成ます、そんなわたしの小さな吉2014年、
相場は、時の来るのを待て。

 

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