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2013年11月 6日 (水)

中島桃果子のハローNY、ハローゴッホ

申し遅れましたが昨日からNYに来ています。
本日11月6日は我が敬愛するドレスコーズの新しいアルバムの発売日でしたが、
前日にNYに旅だったわたしは、まだそれを手にすることができていません。
そのかわり、なんの因果か、今日わたしはゴッホの絵を見てきました。
なので志磨くんあてに、届かないお手紙をかきました。

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志磨くんお元気ですか?

くしくも発売日前に、NYに旅立ったわたしは本日、
ゴッホの絵に出会ってきました。
それは偶然の出来事で、はからったわけではありませんでした。

おもえば八年ほどまえに、人影途絶えたオルセー美術館の、
ゴッホの絵の前で、
彼が重ねたたくさんの絵の具のその上に、
自分のひとさし指の指紋を、重なるようにそっとやはらかくかざしたそのときも、
涙が流れてとまらなかったけれど、
今日も志磨くん、
わたしはやっぱり涙がとまらなかった。

Vincent van Gogh、そのひとの絵は、
生前には予想だにしなかった立派な金色の枠にふちどられて、
Vincent van Gogh、そのひとの絵の、
その後ろ側にはずらり、ゴーギャンの絵が同じように並行して飾られていた。
ひとつの小さな部屋の片側にゴッホ、片側にゴーギャン、
気づかずにゴッホの絵だけをくいいるように眺めていたわたしは、
ふとふりかえってそれをみたとき、思わず息を飲んで、
思わず泣きだしてしまっていた。
かつて同じ部屋で寝起きしたふたりの画家の、
その運命は背中合わせにどんどん離れて、
片方はタヒチに移って、たくさん女の絵を描いた。
片方は自分の耳を切って、生前に売れたその絵、二枚を数えず。

Vincent van Gogh、そのひとの絵を、百数年の時を経て、向かいあわせにしたのは、
彼の絵を愛するもののはからいか、それとも皮肉か。
嗚呼、わたしにはわからない。わたしにはわからないよ。

ただひとついえること、

あなたの絵はこんなに眩しく逞しい金色にふちどられて、
わたしのからだは足も手も震えて、正気では見続けていられないほど。

Vincent van Gogh、ゴーギャンの絵には朗朗とした生活が見えるね。
たくさんの瑞々しい女たちに囲まれて、その躍動を描いている。

Vincent van Gogh、あなたの絵は、
景色や花瓶や、誰か知らない家族や、お金のかからないものばかり。
カンバスさえ、買えないあなたは、きっと、
描くものさえも選べなかった。
しなびた向日葵をふたつ、並べてそれをその色の弱い瞳でとらえ、
絵の具を重ねた。
誰もそれを見ていなかったし、
誰もあなたのモデルにはならなかった。

それなのにVincent van Gogh、わたしはこの広い美術館の、
何千という美術品の中で、ほんの数枚のあなたの絵の前を離れられず、
時を忘れてたちつくしてる。
この小さな部屋からでてゆくことができず、
あなたの重ねた絵の具のその盛り上がりを見ているだけで、
瞬きをわすれる。

Vincent van Gogh、苦しみを経て、
いつか運命をわかちた盟友と、向かい合わせに絵が並んでいることを、
あなたはどう思う?

わたしはそれを。
非常に奇妙な皮肉なできごとに思う。

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わたしは夜のカフェテラスという万年筆をずっと使っていた。
そしていまは、ひまわり、という万年筆が届くのをずっと待っている。

けれどそんな百年後の事実は、あなたの死を前にとても無力だ。
もしかしたら、ゴーギャンのものよりも立派かもしれないこの額縁の輝きも。

だからわたしも、

やっぱりゴッホじゃやなんだ。

Vincent van Gogh、
なぜならあなたを、
とても愛しているから。

愛しているからこそ、

やなんだ。

わたしの涙を見て、黒人の監視員が
アーユーOK?、とやさしくたずねた。

わたしは涙をぬぐわずに、
アイム ファイン、と笑ってこたえた。


2013.11.6@ NY  中島桃果子「イキテ・デシネ」

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