« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2013年10月

2013年10月15日 (火)

フィリア・ドゥ・フェティソ

フィリア・ドゥ・フェティソ
いつの時代の話かは知らないが、一世を風靡した、旅回りのサーカスの一座があった。
サーカス、むしろ見世物小屋といってもいいかもしれないその一座は、町から町へと渡り歩き、儚いひとときの幻を、永遠に人々の胸に閉じ込めて、煙のように消えていく。その華やかな光、瞬きも忘れて見入ってしまう曲技の数々、どこからともなく聞こえてくる不思議な音楽。一座が放つ妖しい香りに引き寄せられて、人々はそれをひとめ見ようと行列をなした……
ー艶蜜花サーカスー*フィリア・ドゥ・フェティソー

官能押しばかりしていましたが、文芸作家が書くライトノベル、というところで、その物語性にも入魂しています。
本編5編+表舞台の楽屋裏(スピンオフ)の計6編から成る、いつかのどこかのサーカスの一座の物語。3話目からどんどんお話が繋がってゆきます!好評発売中!!よろしくどうぞ!

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_ss_i_0_2?__mk_ja_JP=カタカナ&url=search-alias%3Daps&field-keywords=艶蜜花サーカス&sprefix=艶蜜%2Caps%2C371

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小雨とヒヨコ饅頭と

新刊とヒヨコ饅頭を持って小雨の中トコトコとおばあちゃんの家に行くと、庭の物干し竿やら、生前おばあちゃんが愛しんでいた植木鉢の数々なんかが綺麗に姿を消していて、ママが悲しみの中にも日々前進していることを知った。
やはりママは強くしなやか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月 4日 (金)

トコトコ…

渋谷大盛堂さんに、ひとりでトコトコ営業行ってきました!
二冊買って一冊サインさせて頂き置かせて貰ったぞ!
もう一冊は親切な店員さんに贈呈♡創刊のこんな冊子があること初めて知ったよ!
じぇじぇ! (=゚ω゚)ノ

艶蜜花サカスFDF♡、わたしからの手売りを、千円お釣り無しで、買ってくださってる友人の皆様、それらのお釣り分は、このような営業活動に役立てさせて頂いております!
感謝!!

644097_528390870581093_1183624770_n 1380197_528390883914425_928735943_n
1004543_528390900581090_828919429_n

| | コメント (0)

2013年10月 1日 (火)

幕が降りたあまちゃんとalwaysの緞帳の裏で

 

27日に総じて9年弱働いたalwaysの歴史が終わり、
28日はあまちゃんが最終回を迎え、そのまま通常通りテンカラの出勤、
29日には引っ越してからほんとうに初くらいとなる恵比寿again、
そんなこんなで本日死んだように夜まで寝ており、おばあちゃんのことを思い出すから行くのがいやだった柳町の銭湯に久しぶりに行き、なんとなく大晦日のような気分で「何かしら」を洗い流し、溜まっていたレシート整理やら色々の払い込みなんかをすませ、あまちゃんのラスト6話を一気に見て、すこしずつテンションの切替ができはじめた自分を感じながら、神無月最初のコーヒーをすすって今に至る。
銭湯には、この町に引っ越してきて初めてこの銭湯を散策した5月に出会った、
昔は芸妓さんのような、きれいなおばあさまが、あまり会わないのに珍しくおらっしゃって、変わらぬ笑顔をわたしに向けてくれていた。

あまちゃんとalwaysの終幕、これがなんだかどうにもわたしには分けて考えられない。大変だった怒濤の九月を、日々あまちゃんを見ては振りやら踊りを覚えて、
ラストが活気づくよう「alwaysのメモリーズ(=置き土産)」を結成して、さおりと一緒に乗り切ったからかもしれない。もちろんさおりは可愛いほう。
謳い文句は「元アイドルのさおちゃんと、滋賀の昭ちゃん(本名)です」

あまちゃん好きが喜ぶように初めたこの余興も、なかなか意外と多忙なお客様は観てなかったりして「いい年してそれ何!?* ̄□ ̄*」
みたいな冷ややかな雰囲気もあるなか、
活動初期のGMTのように、それでも歌い繋いだ日々があって、
それが営業最終日、魔法のようにあまちゃん好きが集まって、お店はまるでお座敷列車のよう。わたしが最後の歌詞を「三代前からマーメイド」に変え、さおりがそれに「親譲りの」と答えるだけで、団体のお客様から湧くような歓声があがったりなんかして、その盛況をありがたく思いそれを観ながら、わたしは全く別のことを考えていた。

ここにいるひとたちはみな、この余興を通して心はあまちゃんの潮騒のメモリーズを観ている。そこにはもう観客の心の中にすっかり根付いて芽吹いたあまちゃんの世界があり、そこに魅せられた人たちは乃木坂とは思えぬこんな場末の(と、あえて言う)スナックで、トイレットペーパーの芯とレジ袋を頭に載せて踊る28歳と34歳を観ても、それがドラマの彼女たちだと信じ込めるのだ。
それは観客の想像力ほどすごい舞台セットはないと言った串田さんの言葉も思い出されて、ああ、クドカンって凄いぜ、これはほんとに、なんて凄いドラマなんだ、クドカンさんはほんとに、てえしたもんだど思いますと心の中で呟きながら、
震える気持ちで「滋賀のアキ」のふざけたレジ袋を、わたしは頭に載せて歌っていた。

Img_9789

わたしはいまから、FDFの収入でいけるだけ、
本当の作家になるために、執筆だけに邁進し、船パリを書く。
林真理子先生いわく「日本にたった50人しかいない」筆だけで飯を食っている人の仲間入りをするためだ。働きながら作品を書いているいまの自分を恥ずかしいとは思わない。今書いている作品が未熟だから売れないなどとも全く思わない。
けれどもデビューして5年目、今のわたしに「野心」と「向上」は必要だ。

そしてそんなわたしにとって「風立ちぬ」と「あまちゃん」は忘れられない衝撃となった。

いち観客としての自分が感じた感想や感覚と、同じ土俵にはじっこでもいる目線で感じたことは全く種類の違うもので、だからわたしはわたしの感想をうまく言えない。
ただとにかく、あまちゃんに魅せられている観客の自分と、
クドカンすげー!!!・(>_<;)・゚゚と思っているこの感覚は似ているけど違うということなのだ。
風立ちぬに魅せられた観客の自分と、駿師匠!と思う気持ちはすこし違う。
なんだか違うところが熱くなる。でも分けては考えられない。
昭子はもはや桃果子で、桃果子はもう昭子でもあるのと同じように。

alwaysのラストとあまちゃんの終わりと、唯とアキの関係と、自分とさおりの関係を分けて考えられないのと同じように。

話は変わる、ように、読んでいるひとには思えるかもしれないが、
最近わたしはスターになることがどんなにすげーことなのか実感している。
時代の寵児になることがどんなにすげーことなのか実感している。
広末涼子サマの「MajiでKoiする5秒前」を聴いて、
「あー、あたし、こーゆのになりたいわけちゃうねん」
とか言えた世間知らずな自分が懐かしい。

上京して20歳になるころには、わたしはみんなが知ってる女優になれると思ってて、
10年後自分は女優にはなれないことを知った。
それでも小説家になることができて2009年は、2冊3冊書けばベストセラー作家になれてまた別の賞のひとつやふたつ獲れるとかなり気楽に構えていた。
(なんておこがましいの!!びっくりしちゃう!)

でも今はそれがどれだけ大変なことか解る。

誰もが知っている存在になることは、本当に、本当に、大変なのだ。
そしてそれを「持続できる」ってことも。
だから全国津々浦々、場末のスナックまでをもあま色に染めるクドカンを、心の底からすげーと思う。何年も「なにその曲?」と言われてきたカラオケマイナーソングの「ひこうき雲」を、再び旬に押し上げた駿師匠をすげーと思う。
薬師丸ひろ子ってすげーと思うし、キョンキョンってすげーと思う。
すげーことしかない。いまわたしには世の中に突出しているすべてがすげー。

売れることといいものを創ることが別なこともわかる。
わたしはわたしの作品が、どんどん良くなってるなんて思わない。
蝶番の時からわたしの作品はいい。ずっといい。
屈強で素晴らしい編集者たちとぶつかりながら渾身で生みだした作品だもの。
それに、おもしろい作品を書いていると思っていたから、売れると思っていたのだから。
でも、面白い作品だから売れるということでもない、あたりまえのことに今更気づいた。
「伝える」ということの大切さも。
「わかるひとがわかればいい」なんて言ってしまうことの傲慢さも。

この節目に自分は何に対峙し、どこに向かっていくべきか。
すごくてかっけー人たちが、「風立ちぬ」を放ち、「あまちゃん」を放った、
それにやられちまった自分に気づいた晩夏の終わり、秋の始まりに。

艶蜜花サーカスという作品がわたしにくれた執行猶予を、
わたしはどう生きるのか。

ひとつわかることは、わたしはその50人にならなくてはならないということ。
なぜなら他に、わたしには人並みにできることがないから。
誰かに囲って貰う人生をイメージしていないわたしの生きる糧は、
筆しかないのだから。

降りた緞帳の裏で、終わってしまった季節を慈しみながら、
わたしはこれから来る季節を、迎えるのではなく、
それに飛び込む準備を、していた。

長月最後の夜、柳町の銭湯にて、
昭子と桃果子の境目に首まで浸かりながら。

Img_3038

写真はミス狛江と滋賀のアキ。
ふたりとも15年前は、叶わぬ夢を、そりゃあもう真剣に見ていました。
そして15年、歳を重ねても、
同じようにトンネルの出口に向かって走っていく。
どこかに出口があるはずで、そこには光があるはずで、
光は駆けてくわたしたちを待ってくれているはずだから。


Img_4596

東京でがんばっているひと、地方でがんばっているひと、
東京で挫折したひと、東京行きの切符を握りしめたままのひと、
夢を叶えることができたひと、夢を叶えられなかったひと、
夢がなんだったのかもう思い出せないひと、
好きなひとと一緒になれたひと、失恋したひと、めんどくせえ婚をしたひと、
毎日亡くなったおばあちゃんの家に「おはよう」を言いにいき庭に水をやり、
その喪失に飲み込まれながら、
あまちゃんを観ることを日々の楽しみにしていたわたしの母、

あまねくすべてのひとの傷を包み込んで、
光を当て、心の澱を溶かし、勇気づけ、
なによりも心の底から毎日笑わせてくれた「あまちゃん」に、
心から拍手と敬意と感謝を。

Img_9241

| | コメント (0)

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »