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2013年6月

2013年6月27日 (木)

徹夜で絶賛執筆中してたら妹が起きてきてなんやかんやする。
出勤時に「行ってらっしゃい、頑張ってね」と言おうと思ったら間違って、
「おつかれさま」と言ってしまった。笑。
「いや、間違いなくおつかれはあんたやろ」と妹。

玄関まで送って「いってらっしゃい」と言おうと思っているのに、
思わず「よろしくどうぞ!」と言ってしまいそうになった。
妹は結局「おつかれ!」と笑いながら言って出勤した。
おつかれは間違いなくわたしであった。

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2013年6月24日 (月)

教育の現場より

とか言ってみたりして。笑 
先日、中学の1年と3年の担任のせんせと多分それ以来ぶりに会った。
つまり初めて飲んだことになるんか。

高校受験のとき、父と母が滑り止め含む志望校すべてをすごいレベルの学校に指定して「これらの高校も受からんようなら高校いかんと丹波屋でおはぎ売りなさい
と言われた際、
滑り止めが滑り止めになってないがな、このままやったらこいつほんまに丹波屋ですわ
と家庭訪問に来たせんせは、女優の月船さららさん、あとTMrevolution西川さんの担任でもあります。わたしがさららさんの親しいのはせんせに紹介してもらったからなのだ!

中学校のせんせやってんけど、今なんど我が母校の小学校の校長をしてるらしい。母校は改築してなんか一階にカフェとか出来て、
いけすかねえ〜〜〜(* ̄□ ̄*;昔のM小懐古…ううっ

と思ってたんだけど、なんかね、うちの地元っていま、その小学校に入れる為、教育移住してくる裕福層のひとがめっちゃ多いんやって。
そういえば実家帰ったとき、田んぼやったとこに、なんか、やったら新しい家とか建ってるがな。って思ってたんよ…

麦わら帽子被ってお化粧して幼稚園に子ども迎えにくるマダム率が増えてしまった小学校+幼稚園……のプール開きで、なんとせんせ裸で「女々しくて」を歌い踊ったらしい。笑。

教育移住とか、わたしはいけすかん(とくにその為にお父さん日本に残して母子がマレーシアとかいくやつ)思ってるけど、こういう、正しくふざけてくれるひとが校長にいてくれはるんやったらまあええかなと思う。

ちなみにせんせはうちのオカンともせんせ繋がりで仲良しです。
うちの例のハイスペックママはせんせとしても凄いとわたしは思ってるんやけど、
うちのママしかりせんせしかり、ええ先生って、先生感ないねんな。なにかを教えようとか全くせんと、ただ、フラットに人として接してくれてる、そう思う。
丹波屋事件のときも、

「もしかしたら受かるかもとか思うな。この並び、おまえ引っかかるとこないがな。お前いまそこまで賢くないねん。というか勉強ちゃんとしてへんねん。てことを俺、おかあさんに言うたるわ」からの家庭訪問。
(お母さん、いいせんせやけど自分の子どものことは時々見えなく…笑)
しかも、
「おまえ、高校いかんと丹波屋でもええか?ほんなら俺はおはぎ買いにいったるけども。あこのおはぎ美味しいんや」てな具合。

結局わたしは「宝塚入りたい〜〜!!」と言って「おまえ宝塚って感じちゃうけどな」とその年宝塚に晴れて合格したさららさんを紹介して頂くのでありました。

『みんなの前にでると僕は恥ずかしい。汗をかいちゃう』

これは小学校低学年のある子の詩。なんと、コップに入った水のことなんだそうです。6歳くらいの子たちは自分のことを表現するのは苦手。けれども、こうして物とか花の気持ちになって詩をかくと、凄い才能を発揮するのだということに気づいたせんせは、3行作品といって、こういう詩を今いっぱい書かせているんだとか。

時代に対応しながら子どもは育てていかなあかん。今や。今でしょ!や

と言うことで、メールを題材にした授業をやったり。
あと、ネイティヴティーチャーは授業に来るのではなく休み時間に雇用して、英語でドッジしたりして遊ぶのだそう。そうすると子どもらはすごい早さで英語を覚えるらしい。このエピソードは教育移住してくるほどの学校らしいエピソードですね。

ちなみにオカンが最後にいた小学校はすんごい荒れててというかまともな家庭があまりないエリアの学校だから、毎日同じ服着せられたり、ネグレクトの親がいたりして、子どもが学校に来られるだけで奇蹟。テストの点がどうかとかなんてもっと後の話。学校に来る子はいろんな家庭の事情を乗り越えてなんとか今日も校門をくぐる。
だからママは毎日校門に立って、学校に来る子どもひとりひとりに、
おはよう。ようきたね」と呼びかけ続けていました。そして授業を受ける段階までいっていない状態の子どもを集めて杉田クラスを作って、字を教えたり、していました。

ママがこの学校に行ってすごくびっくりしたのは、子どもが美味しそうに食べてたおかずを自分の皿から「ほなこれもあげるわ」と言ったら子どもが、
せんせ、これ嫌いなん?」ときいたことだそう。
その子はそうやって嫌いなものしかもらったことがなかったらしい。
だからママは、
違うよ、せんせはこれ大好きや。大好きやけどあんたの方が大好きやから、これをあんたにあげるんや」と一生懸命教えたのだそう。

だから教育って人間関係と同じで「これがいい」っていうデフォルトはないよね。

メールの授業か…。たしかに昔は「手紙の書き方」とか授業であったもんね。でも今ってみんなメールだもんね。そしたらそうなるよね。

そんなせんせいは、昼間は、台風に備えて子ども達と一緒に朝顔を緊急避難。
夜は、教え子の店でカラオケ。歌う歌は安全地帯と嵐とハイロウズ!笑

たのしかった〜

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2013年6月21日 (金)

FDF第3話UP!!(*゚▽゚)ノ

妖艶なサーカス一座を舞台に、毎話異なる男女の恋とエロスをお届け!
艶蜜花サーカス「フィリア・ドゥ・フェティソ」

其の三:ヌーヴェル・アモル=泥の中に芽吹く行為

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フィリア・ドゥ・フェティソはおよそ半年に及んだ今季のツアーを終了し、次のツアーの準備段階に入った。
 興行師のフィニアスは、フィリア・ドゥ・フェティソが飽きられないように、ツアーごとに演出家を入れ替え、毎回違ったプログラムを組み直す。大きくはエンターテインメント性が高く豪快な自身の構成と、性的な笑いや女性の色っぽさを前面に押し出し白粉の香りが漂ってきそうなマダム・ドミナの構成と、美を追究した芸術性の高いゼノの構成である。今回は二シーズンぶりに一座の異端児と呼ばれるゼノが帰って来た。マダムとフィニアスはサーカスの経営陣でもあるので常にツアーに同行するが、ゼノは自由に他でも演出をしていいというフリーの契約内容の為、自分のシーズンでない時期には様々な土地を訪れ、どこかの有名なバレエ団から、場末のストリップ劇場まで、様々なところに潜り込んではネタを集めて次のシーズンに備える。
 長いドレスの中で肩車をさせて、まるで大女が歩いているような演出を施したり、ショーの間中、延々と雪を降らせ続けたり、彼の発想は留まるところを知らない。幕間に密かに行われる「深海」を考案したのも彼である。

(続きはWEBで!)

ーーーーーーーーーーーーーー
FDFこと艶蜜花サーカス、第3話が昨日UPされました!
今回から物語はぐっとサーカスの内部に入ってゆきます!!

http://mf-fleur.jp/rouge/9/

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2013年6月17日 (月)

一分一秒の中身

一分一秒の中に無数の選択肢があって、
そのまた選択の奥に無数の選択肢があった。
決断というその扉を、猛スピードで滑走する「時間」というトロッコの上に乗ったまま、選択を先おくりにすることなど許されもせず、
瞬間瞬間にに選んでは開け、選んでは開け、
目尻に向かって流れてゆく彗星のような一分一秒を見送りながらまた前を向いて、
無数にある扉を開けてはまた次の扉をあけ、
「選ぶ」という怖ろしい刃物を持たされたまま、それを振りつづけた。
誰かが振らなくてはならなかった。
そしてそのときはわたしが振らなくてはならなかった。

「さっき」開けた扉が正しかったかどうかを振り返る時間などなく、
また「いま」という扉を開き続けて、
けれども扉が時間にとうとう追いつかなくなって、音が消えた。
一分の中に一週間があり一年があり一生があった、
そんな100分とすこしだった。
そんな数日とすこしだった。
いや、そんな十数年であったのかもしれない。
(…中略)

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6月12日(水)、祖母が往生いたしました。
その後すぐに、大きな大きな虹がでました。
守山の町はその日ずっと晴れていました。
その橋を渡っていった模様です。
ご心配くださいましたみなさま、支えてくださいましたみなさま、ありがとうございました。

ひとを看取るということは、ほんとうに凄まじいことだなあと実感しています。
34年というこの世での修行期間がなければやりおおせなかったかもしれません。
本日東京に戻ります。

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2013年6月12日 (水)

5月を振り返る。

先月はあまりに多忙で、ほとんどブログを更新できませんでした。
読んでくれている方がどれだけいらっしゃるのかわからないけど(笑

ブログは更新してませんが5月はけっこう色々なことがあり、かなり精力的に活動できた月でもあるかと思います。
大きくは

○生活習慣の大幅な改革
○船パリ再開
○FDFの執筆
○Alwaysがさおりとモカコのふたり体制になる
○CHIHOソロライヴのあれこれ
○「ある”帰途”からの帰り道”製作

こんな感じです。

GWを生活習慣の見直しからの船パリに充てた為、連載中のFDFが少し遅れていました。なので5月はだいたい毎日執筆をするという非常に作家らしい日々を送りました。

【生活習慣の大幅な改革】

長く作家を続けていく為に、もちろん一発ベストセラーを出すというのはマストなのでしょうけど、売れたい発信ではなくて、やはり大切に一冊一冊本作りをしていくことを考えると、やっぱり他の仕事との両立というのがあって、わたしの場合それはお店なのですが、
どうにもこうにも虚弱な自分をどうにかするにはどうすればいいんだ!!!このままじゃ来年からモカティーナ夫人などできない!!ということで、GWから大幅な生活改善に入りました。
3月末の引っ越しから4月のバタバタで4月末にはほんとうにグッタリしてしまっていてどうにも長い時間踏ん張れない。それで色々見直した結果、自分が極端な酵素不足に陥っている現実に気がつきました。

というわけでGW頭は、酵素をとりあえずとりじゃくる&酒を飲まない&朝型生活への移行、に徹しました。

朝遅くとも9時には起きて、部屋の掃除やら換気やらをあれこれし、お水をいっぱい飲んで、果物や野菜をしっかり摂ってから仕事を開始する。
引っ越し前に整体に行ったときに、
「普通の暮らしをしてごらんなさい。朝起きて夜にねて、きちんと食事をするような。」
と言われました。

妹と一緒に住み始めてその言葉の意味というか、自分がいかに世間とずれた生活をしているのかということを実感。妹にはサイクルがあって、朝6時に起きて仕度をし、7時半には出て浅草まで通勤する。恵比寿に住んでいたときは、自分ひとりだから、日々のルーティーンというよりは、執筆があったらぐるっと書いてるし、終わったらぐるっと寝てるし、
朝日が昇るから窓を開けたり、夜になるからカーテンを閉めたり、
つまり地球の自転とか、暦とか、そういう自然のうねりにまったく寄り添わずに生きていて、
やっぱりそれってダメだなぁと。全体の波動とは隔離されたところで隔離された感覚で生きていると、たしかに人の心に寄り添うものは書けないよなって思いました。発想や感性は突飛でいいと思うのですが、朝のお味噌汁のおいしさとか、入ってくる風が朝を運ぶ感じであるとか、すべての人たちが共通して感じられること。そういう日々の営みのようなものを大切にしていかなくてはな、とGWに思い改革を始めたのですが、それが定着した今も改めて思います。

おばあちゃんのお家にいても、おばあちゃんは体調が良くなくて寝ているのですが、朝と夕の段取りがちゃんとあり、朝は雨戸やブラインドをすべて開けて風をとりこみ、電気を消して花には水をやり洗濯をする。同じく夕方には、雨戸やブラインドをすべて閉じ、洗濯をとりこんで電気を点ける。それをおばあちゃんは的確に指示します。
それを毎日執り行いながら、それがいかに大切なことかを実感しています。
生活。ほんとうにそれは人生すべてなのだ。といまわたしはからだで習得しています。

風邪で寝ているときなど、窓やカーテン閉めっぱなしで一日を過ごしたり、
たとえば何かに没頭していると暗くなった部屋で電気もつけずにそれをしていたり、
そういうことを平気でしていたのですが、そういう感覚そのものがもう、麻痺していたんだなって思いました。

というわけで、日々の世界のうねりに自分の波動を合わせていくと、次第に自分の体調がどんどん良くなり、深く寝られるようになり、大気や太陽から皮膚を通して細胞にエネルギーを取り込むことがきちんとできるようになったのです。

その最後の〆が節分でした。

節分の日記はこちら→

そしておばあちゃん家のきれいな庭の写真を載せて、ブログは続きます。

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帰省

おばあちゃんの体調がかんばしくなく、看病の為に、
先週の木曜日から滋賀に帰省しています。
ちゃんとした説明もなく突然お休み頂きましてごめんなさい!
alwaysのお客様、10colors、ラレッテラのみなさま、みなさまにはご迷惑をおかけし、支えて頂きながら、さおりん店長、阿久津ボスの、心染みる配慮のおかげで長期の帰省をすることができています、ほんとうに感謝。
現在おばあちゃんの家に泊まり込み4日目を迎えました。
一日一日を大切に過ごしていきたいと思っています。

おばあちゃんのお世話をしながら、瞬時に官能の世界へダイブし、FDFを書くという離れ技もすこしずつ習得しつつあります(笑
おばあちゃんの心の強さと母親のスペックの高さに日々感服しています。
学ぶことと気づきの毎日です。
長谷川時雨さま、与謝野晶子さま、昔の女流作家はみな、一日中家のことに追われて、みなが寝静まった夜更けにちょいちょいと筆を走らせ、珠玉の名作を残してきました。生きることがなによりも大切で、生活こそが人生なのだといま、こんなあたりまえのことに、はっとしながら日々を過ごしています。

おばあちゃんの所望で生まれて初めて作ったかやくご飯は「買って来たやつか」と叔父や母に突っ込まれるほどに大成功でした。料理酒の代用に使った越の寒梅が効いたのかもね!「ごぼうが入っているとおいしいね」とおばあちゃん。
人って、やる気になればなんでもできるな。

今日はひさしぶりによく寝てくれてはるのでうれしい。
おばあちゃんの傍、敷居のこちら食卓の上にて。
官能の世界から戻ってきた深夜3時半。

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2013年6月 4日 (火)

かつて頭上にあった景色

金曜日にUPした映像は、以前住んでいた麻布十番のマンションの屋上で撮りました。このマンションにこんな広い見渡しのいい屋上があって、入り口に鍵もかかっていないことをわたしは引っ越してから知りました。
教えてくれたのはみいきです。夕方になるとここに夕焼けみにくるんよ、と教えてくれました。みいきはそこにあるものの輝きをたちまち見つけるのが上手。
わたしはいつも目の前じゃないところに照準を定めすぎていろんなことを見落として生きてきた。

家の中に人が増えて、これは引っ越しをしないかんなと思っていたあのときも、こんな景色が頭上には広がっていて、執筆に煮詰まったら、缶ビール片手にこうして港区の日々を眺めたりなんかできたかもしれなかったのに。
4年ほども住んで気がつかなかったことが悔やまれる。
わざわざ撮影のためにココに出かけていくってのもなんか悔しい。
ほんのすこし前まで、わたし、ここに住んでいたのに。

いまこの瞬間、目のまえにあるもの、いてくれるひとたちを見逃さないように生きていきたい。

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2013年6月 2日 (日)

作品撮り

以前紹介したNYで女優やってるyoko horiに教えてもらって、園さんの新作にエントリーしました。今週は〆切りがいっぱいあったり、実家帰ったりしていたり、いろいろと大変なこともあったので一度は断念しかけたのですが、
新幹線の中で絵コンテ描いて、予定の合間を縫ってたった1時間ほどの撮影、あとはけいこちゃんのセンスに丸投げした映像ですが、センスけいこちゃんのおかげで素敵な映像に仕上がりました。
ちほの動画を撮ってから思っていることは、気合いを入れて準備とかするのではなく、「よしやるか!(*゚▽゚)ノ」の思いつきで気楽な感じで感性の赴くままサクサク作品を作っていくと、忙しい日々の中でもぽこっとこうやって残るものが作れる。

園作品へのエントリーが目的でしたが、作り終えて思うことは、ArtisticPantieとしてこうして感性の交換をしながら作品を生み出していける行為そのものが財産なんだってこと。やらなければなにも残らない。やれば残る。エントリーした企画にはじかれても作品は残る。今週はほんとうにほんとうに大変な1週間だったのでその合間にこれをやり遂げたことを褒めたい(笑 
けいこちゃん、そして楽曲を使わせてくれたちほ、ありがとう。昔からわたしを知ってくれているひと、久しぶりにこれ、フォルダ「東京OASIS」です。懐かしい。

で、そんなわたしを待ち受けていたオチはエントリーしたTOKYO TRIBEのサイトで自分の映像が再生できない(。-_-。)ポッ でした(笑 あはは!

まことに自分らしいオチだと思います。

ちなみに友人のyokoは425番です。カフェで「次回会うのは情熱大陸で!」と言い合ったふてぶてしさ持ち合わせているわたしたち、Yokoの映像もなかなかがっつり自分を押しててそういうの好きだぜ!と思いました!笑

yoko教えてくれてありがと!おかげでArtisticPantie、ひとつ作品が増えた。

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これはそのカフェでの写真。

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2013年6月 1日 (土)

「ある”帰途”からの帰り道」

こんな映像作品を作ってsono filmにエントリーしました。
久しぶりに東京OASISです。

ー人間といういびつな生き物をこよなく愛しています。芸術と心中する覚悟で。 例えば何かをつくるなら、ささやかでも何かが「生まれた」と思えるものを作りたいと思­いました。

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