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2013年3月

2013年3月30日 (土)

ソメイヨシノ

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ーソメイヨシノー

竜之介と初めて会った、会わされたのは美術館だった。
それを取り計らったのは芳本かをり(よしもとかをり)、実環子の高校と、駅と、その場所を結ぶとちょうど三角形になる、つまり学校帰りに寄るにはしばし不便な位置にある画材屋の店員である。漆黒の髪が背中の真ん中あたりまであり、前髪はまっすぐ切りそろえられ、肌は、向こう側が透けて見えそうに白く、白雪姫に似ていた。

年齢はよくわからなかった。

見た目は十六くらいに見えたが、話すと二十五くらいにも思えた。その白い肌によく合う、さくらんぼ色の唇をしているのに(一度すっぴんを見たときはそうだった)なぜか、いつも必ず、コンシーラーのようなベージュの口紅で元来の赤みを抑えた上に強いオレンジ系のグロスを重ね、四時頃の夕日のような口をしていた。その唇を震わせ「いらっしゃいませ」と小さく言った。

ーーーーーーー
ソメイヨシノが満開の東京の街に。
「眠らないため息」よりソメイヨシノ。
わたしが受賞後最初に書いた小説です。官能小説です。
かしこ。

続きはコチラ!笑

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きっかけはピンクだった。そしてきっかけは少しずつ色を変え、きっかけでなくなり、放物線を描いて、今、実環子の前に転がっている。


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2013年3月15日 (金)

新連載スタート!!(*゚▽゚)ノ

【大宣伝!!!(*゚▽゚)ノ】


Circus

とうとう本日、わたくしの新しい官能WEB連載
サーカスフィリア・ドゥ・フェティソの第1話がUPされました!!!
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.☆きゃぁぁぁ!!!

ーーーーーーーーーー

フィリア・ドゥフェティソ、とうとう柿落とし、大開幕!でございます!
いやー、まだたった1話だけども、このラノベという新しい土俵で(正確にはこれはラノベではないのだが)編集者の奈穂ちゃんと試行錯誤、四苦八苦、たまに沈思黙考しながら生まれた、新しい物語です。
「魔女と金魚」を彷彿させる、モカティイイナの「うそこ物語」です。
文芸作家がこういった土俵にあがることを心配してくださる方もいらっしゃるでしょうが、芸術新潮の春画特集に書かれた、「春画と日活ロマンポルノは同じ。ポルノ、という口実のもとにありとあらゆる芸術的実験をしている」という言葉にヒントを得て、わたくしも官能というガウンを纏いつつ、さまざまな実験中であります!
文芸好きのあなたにも「おっ」と思える仕掛け、ほどこしてござんすよ♪

船パリの時代考証で得た猥雑な色香とエロス。日本人のエロス。
しかし、船パリの純情では使いこなせない、それら。
こし器の布にくすぶったままの残り糟を筆につけて、
この「ラノベ」という屏風の上に、華々しく春画を描かかせて頂きました。

それではみなさまお楽しみください、あ、まぁせ〜(睨み!)
デデデン!

(よっ桃果屋!!)

えー歌舞伎座の開幕にさきがけて、
ひとあし早い艶蜜花サーカスの開幕にて、口上、以上!

みなさまの感想など、お待ちしております!

↓この絵をクリックするとWEBページに飛びます!

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リリパットアーミーの奇縁

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銀座の、しかも並木通りの花屋さんの手は早い。とても早い。
きっと慌ただしくバタバタと花を買っていく人がとても多いからだ。
ここの花たちも、この近くの夜のお店の姐さまよろしく、お化粧してバタバタと出て行ったり、
かと思えば引き取られてきたらしくぐったりと休んでいるコもいたりして、
それらもまた瞬く間にアレンジして「ちょっとあのテーブル」という感じに出払っていく。

青山あたりの、焦れるくらいに時間をかけて包装される花たちと、並木通りのこの子たちは用途が違うのだな、まさにこの子たちの役割は「花」ではなく「華」なのだなと、すこし哀しく思いながらも、いつも待ち合わせに遅刻ぎみのわたしは、店員さんの魔法のように早いアレンジと、並行してお会計してくれるバイトの男の子に、物理的には助けられながらも、
「こんどはゆっくりきますね
と言わずにはいられなかった。

久しぶりの銀座。「蝶番」を読んでくれたお方はご存じ、「いまかつて」も読んでくださった方はもっとご存じ、シノなきシノくんのお店に向かうため。

だいちゃんと絶縁してからはいくとしても年に1回、しかも2009年からは新しくできた4階の方にいくことが多かったわたしですが、何年ぶりだろう、蝶番に出てくる、地下の方のマダムシュリンプに伺った。ママの計らいで、授賞式の日ドタキャンしただいちゃんに代わって出席してくれた田村さんと4年ぶりに会った。

マダムシュリンプは不思議なお店で、銀座なのに夜っぽいスタッフがいない。
かといって場末っぽい感じではなく、品はあるのに、純粋にその空間を温かくし、お客様に楽しんでもらおうというわりと素朴な心のスタッフばかりで、だいちゃんがいなくなってもその空気感は変わらず、これはパパとママが培ってきた雰囲気なのだなあと改めて思う。
銀座に行かなくなって、わたしは新宿2丁目を通過して四谷によく行くようになった。

「チーム四谷」の、勢いというかある種の猛々しさはわたしはとても好き。
でも銀座なのになぜ?というようなマダムシュリンプの温和な雰囲気もわたしはとても好き。

新しい店長はだいちゃんではないのだけどすこしだいちゃんに似ていた。
だいちゃんは飲食のセンスがすごくあるひとだった。やわらかくて、相手の空気を読むのが上手で、ちょっとプン!てなった人を笑わせることがすごく上手だった。
嘘を絶対つかないひとだった。
嘘をつくときは、「俺は嘘をついている!」と誰にもわかるように嘘をついた。
けれどだいちゃんからの電話を全部いま、わたしは無視している(笑
だいちゃんがソムリエ持っていたこと、わたしは去年初めて知った。
5年も恋愛してたのに知らないことはあるのダ!

男と切れたら、その男と繋がっていたすべての縁をきる女は多い。
そうした方がいいこともあるのだと思う。
でもわたしはマダムシュリンプを切ることができない。
温かいひとたちがたくさんいるからだ。
かといって前みたいに通ったりしない。
だからこれでいいと思う。

ひっさしぶりに地下のカウンターに座ったら、今はもう遠い過去になっている、
蝶番に書いたあの頃のことがいろいろ思い出されてきて、ママとも「懐かしいね」なんて話したりして、ああなんか、たまには原点に戻ってみることもいいなと思った。

パソコンのタイムマシーンのように、出会いの前に戻ってみる。
このひとに出会うまえのわたし。このひとに出会うまえのわたし。
そういう巻き戻り方をすると、人は出会いによって進む生き物なのだと思い知る。
時間ではなく出会いが人を進めるのだ。

このカウンターでわたしは、2コマくらい戻ってゆく。
おお。なかなかいいね。

同時に、今日なんでここにわたしは招かれたのかななんてことを考えたら答えが急に降ってきた。

先月「あなたが劇団をしたらそれはリリパットアーミーみたいになる」と、
予言のようなことを言われて初めて知ったリリパットアーミー。
15年演劇をしてきて、その名をわたしは知らなかった。
なのにその数週間後、妹のみいきから、
「リリパットアーミーって知ってる? それなんかもかちゃん参考になるかも。みてみて」
っていきなり言われてエエッ!!今なんて言った!?ってなって、
うわーなんかこのシンクロなんなん!?ってなっていたところに。

リリパットアーミーの奇縁はまだあった。
マダムシュリンプのカウンターの向こうに。

バーテンの彼が、元リリパットアーミーの劇団員だという事実を聞いて。
わたしは飛び上がったよね。笑

これがまだ今旬な、五反田団とか、鉄割だとか、そういうのだったらわかるの。

すこし昔のあれだからさ。
思わず聞いてしまったよ。
『わかぎゑふさんとわたし、似てる? 似てない?』

彼はこう答えた。
『大変あの…あれなのですが…似てます』

わたしの、手振りのきつい話し方、とくにその手振りが似ているのだそうで。

そしてその人に教えてもらったのだけど、リリパットアーミーの次回公演が、
なんとわたしが引っ越す来週20日から行われるのだそうだ。
なんだこれ、出来すぎじゃね?笑

ともかく観てみようと思う。

帰りに12周年記念にワインもらいました。
いつもはグラスだった。
だいちゃんを好きだったころ、別に一緒に住んでるわけじゃないのだけど、
ペアグラス貰えるの嬉しくて、いつも大事に使っていたのに、
なぜかいつも片方だけ割れて、それがいつもうまくいってないときで、
「あーやっぱわたしらそういうかんじか」と思っていたこととか懐かしく思い出しました。
新しく4階にもお店が出来るのすっごく楽しみにしてたのに、直前に別れて、
もうあそこに新しい歴史を刻むことはできないんでぃっ!みんなが変わってわたしだけが置いて行かれるんでいぃ!と、泣いたのも今は昔。笑。

リリパットアーミーの奇縁にいざなわれて、わたしは出会いの前の前へ戻ってみた。
そして出会いと出会いを乗り越えて得た傷と愛しさを、

まだ出会う前の誰かへの祈りに変えよう。

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てやんでい!春!

というわけで…なんだかバタバタしておりまして昨夜一気にブログ更新いたしました!
みなさまこれより戻って頂けると近頃のモカティイナのちょこまかした近況を把握して頂けることと思います。

では、フォトでお送りします!
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3月3日のおひなさまの日に、みいきの高円寺のおうちの近くの「椿」という割烹やさんで、
なんと「雛まつりですから」と、花ちらしを頂いた!
感動(T−T)/

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高円寺ってアットホーム〜。引っ越して半年ほどなのにすっかり街になじんでいるみいきさんてやっぱりたくましいなという結論。

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ひさびさに四人姉妹揃って食事しました。
末妹の萌恵さん、就職して東京に来るノダ!

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これは我が恵比寿橋我が家の近所のカフェ♪

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我が近所のひもの屋。
引っ越すと思うと惜しいお店がたくさんあって、
「うーんもっといっぱい通えばよかったぁ」っていまさら急に名残惜しく。

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てやんでい!!新しいiPhoneケースでい!
江戸の役者絵でい!笑
こういう素敵なプロダクツが、
日本ではなくアメリカで作られているのがちょっとさみしい気も。

最近和に立ち返って毎朝日本茶飲んでいます。
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先月溜まったアトレのポイントで湯呑み茶碗買いマシタ♪
真ん中は信楽焼だよん。

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れーこさんに春ネイルしてもらいましタ♪

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2013年3月14日 (木)

ベッドタイムストーリー

親友のちほさんのラジオ♪

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ちほさんは歌手であるまえに、誰よりも音楽を愛しているいちリスナーでもあります。
わたしは彼女が歌い始めた頃から知っているのだけど、
初々しいライヴパフォーマンスの初期の頃から、
変わらず大好きだったのが、ちほが歌を紹介するときのMCでした。
彼女は曲を紹介するのがとっても上手だった。
とってもドラマティックにその歌にまつわる物語を話してくれて。
そんなちほさん、ラジオのパーソナリティとは、とっても合ってると思います!
みなさんも聞いてみてね♪

こちらをクリック
http://smallcast.jp/program/20130205_0113.php

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2013年3月 9日 (土)

志磨くんに会った。

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きのうとうとう志磨くんに会った。

心の底から憧れているひとに出会うのは人生で二回目。二回とも不思議なことに、わたしの小説がわたしを追い越して本人と先に出会っている。
「僕ね…あれを…読ませて頂いたんですよ…それで…」
志磨くんはいちばんにそれを言ってくれた。そして何かを言ってくれようとして言葉を探して詰まった。わたしは、その表情で、もういろんなことが伝わったから頷くだけだった。
それはきっといろいろあるけど、清志郎のいなくなった夏、マイケルのいなくなった夏を、きっとどう過ごしたかってことなんだ。そしてどうしてマリアンヌだったのか。
いいよ志磨くんわかるからもうその先はいいよ。
うまくいえないけど、江國さんに会ったときの感覚に似ていた。
初めて会うのだけれど、どこか通じ合えていることを信じられる気持ち。
それだけでどこか懐かしくすらなってしまうような。

わかれを知り僕ら 大人になる それでもよろこびは
まだ出会うまえの 誰かへの祈り

この歌詞で再出発した志磨くんにどんな言葉を贈ろうか迷って、
言葉遣いが仕事のはずなのにわたしは「蝶番」の見開きのところに、なぜか清志郎の言葉を書いた。なんだろう、それがいちばんふさわしい気がして。
『いつか会いましょう』
というまったく同じ言葉をしたためて、デビューアルバムと短篇『いまかつて』を交換する運びになったわたしたちにふさわしい、清志郎の言葉。
もっともっと頑張らないといけないわたしたちへの。
まだまだ悔しいことがたくさんある、わたしたちへの。

きのうわたしは志磨くんに会った。
会えない流れだったのに。
会えた。
「それすらできない」を降りしきる雨の中聴いたフジロック2011。
そのときにいろんなことを自分と約束して、
そのあとが、『”かつて”と”今”に贈る恋文』

その”今”すらもかつてになってしまったいま、に。

あの作中に紡がれた志磨くんへの言葉が、読むはずのなかった本人に届いた12月。
そしていまは三月。たくさんの巡りあわせに支えられて。
きのうわたしは志磨くんに会った。

みいきありがとう。志磨くんをひきとめに走っていってくれたあの果敢な背中をわたしは一生忘れないだろう。

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ドレスコーズの、美しくも完璧な、

完全にロックバンドであるのに、どこか演劇的なライヴの感想についてはページが足りないので後ほど!

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2013年3月 7日 (木)

引っ越しをします!

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1月の末に長野松本から来た松本さんに会った不思議な一日から、たった一ヶ月で、なにもかもが根底から模様がえみたいになって、自分自身がついていけてなかったのですが、なんとびっくり!引っ越しをすることになりました!
場所はなんとなんと神楽坂です!(*゚▽゚)ノ

こういうことがあるから人生なんて1秒で変わるんだなって思います。
1秒という刻みは物理的には正確じゃないけど去年まで何者でもなかった自分が次の年には本を出していたとかいうびっくりな2008→2009から5年目、去年の夏に「いつかここに絶対住む」と決めた(ここいらあたりでイキマイテマス…)、長谷川時雨さま主宰の女人芸術の編集室兼自宅のあった市ヶ谷左内坂の坂上をさらにもうすこし昇ったところに、わたしはこれから住むのです。
もしかしたら「つもりをしていること」よりも「つもりのないこと」の方が、一気に時を超えひとの人生を動かすのかもしれない。

先月の今日、引っ越しするなんて思いもしてなかった自分が、今月の今日は物件も決めて引っ越しの手配も済ませているわけで。

姉妹で住むので、場所だって狙いを定めてそこに決まったわけじゃない。10colorsで働きだしてから、もっと神楽坂を知りたいって思ってはいたけど、いますぐ住みたいと思っていたわけじゃない。
いろいろなことがすごく不思議だ。
新しいお家は牛込神楽坂のあたりです。
そしてその場所は「船パリ」の山嵜さんと暁子の出会いに、とてもとても意味のある、
「胸に秘める燁燁の夜の窓」があるかもしれない場所なのでした。

そして加えるなら、今年はここで書かねばならないと思っている、
「新潮社」が、なんと新しい家から徒歩五分のところにあって、
つまり最寄りと考えられる駅3つから歩く間にそれぞれ、新潮社/長谷川時雨さん/船パリ/というキーな場所があるのです。そこを通らないと家に帰れないのです。

なんなんだこれは!!!と思いつつ、
南向きの和室で、羽織一枚引っかけて、船パリのラストと、新潮社での新しい物語を、わたしはどうやら書くらしい。

写真は全部去年の夏のもの。
「女人しぐれ」という本に衝撃の出会いをしてから1年も経たない今月に、
わたしは「あの人が居た東京の街」に住む運びとなりました。

最近「情熱大陸」がじぶん的に大きなキーワードになっていて。
それはつまり、24時間×毎日、カメラに貼り付かれた
ときそのアングルの先に何をしてるわたしがいるのかってこと。
この2年は小説以外のことをしてる時間が多すぎた。色んな意味で。
今年ほんとにいよいよ「だいたい書いて」か「だいたい読んで」それ以外は「芝居のことしてる」生活に、じぶんの人生を変える。
わたしの女人芸術(ArtisticPantie)もそろそろがっつり動かしたい。
それらが整ったときに情熱大陸されたら、わたしはほとんど24時間、寝てるときと食べてるときと風呂入ってるとき以外は芸術しかしてないことになるはずだ。
わたしはマジで「情熱大陸」てきモチベーションに向かうよ!笑

三人で住むので家賃は安くなる。ありがたや!

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2013年3月 4日 (月)

鈴木いづみ

「鈴木いづみ」を通ってこなかったわたくしがまさか33歳にして、
昨夜高円寺の、八歳年下の妹の本棚で、鈴木いづみに遭遇してしまったという、ある種の事件。このタイミングで彼女にぶつかる人生の巡り合わせよ!

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無防備もかこ

みいきさんから
「これトリコさんのブログに乗ってたよ。もかちゃん、めっちゃええ顔してる。可愛い。手にスズキ祭のちらし。。。笑
たまにはこんな少女のような隙だらけの笑顔UPしてみては。。。笑」

というメールと共にこの写真送られてきたので、素直モカコはアドバイス通りUPします!笑。スズキ祭(ねじリズム)のチラシ握りしめてるあたりが愛だよね!

今日ようやく細かい修正終わって完全脱稿か?原稿送ったのでいまから少し寝ませうかな。
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2013年3月 1日 (金)

蝶番は棄てない

わたしと誰かの間を繋ぎ留めるもの、また繋ぎ留めていてくれたもの。
縁とか信頼関係とか、培ってきた時間であるとか、そういう目に見えないものを蝶番と呼ぶのなら。
切り捨てたり離れたりできる相手なら楽だけどそうじゃないから色々なところで悩む。でもその繋ぎ留めてきた何か(あるいは蝶番と呼ぶべきもの)を、
一度はずして、それを棄てるんじゃなくて、
互いの間に一度置いてみるんだという、、
いつかとうの昔にじぶんが小説に書いた言葉に、いまさらはっとしてみたりして。

物語の中にある言葉って不思議だ。意味が、何年も後についてきたり、後から解ることがたくさんあって、いつも一体誰なんだこの言葉をわたしの脳内に降ろしたお方は。と、思ってみたりする。
はたまたわたしがこの5年で、知っていたはずのことを忘れてしまっていたのかもしれないけれど。
蝶番など存在しなかった、と、言うのは簡単で、
そう決めつけるのは悲しい。
きっと自分がそう思うのだから確かにあった。
自分がそこから自由になりたいと思うこともあったのだからきっとあった。
蝶番、または互いの心の架け橋と思うべきもの。
互いがそこを渡り合って、互いの心を確認しあえたような。

でもそれを一度外して、互いの間に置いてみる。
捨てるんじゃない、置くんだと、さっき読んだ本に書いてあった。

いつかのわたしが、その本にそう書いている。

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