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2012年12月24日 (月)

今日はモカ暦の元旦

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(さあ、はじまりの朝だ)― (ああ)振り向かずに、そのままで聞け
いいかい ロリータ  すべては今 きみの目の前さ
戯れの日々も 淡い恋も  美しい思い出は ロリータ
この旅路の きみの傘となる   ードレスコーズ-Lolitaー

Merry Xmas! とかいうにはまだ早い朝なんだけど、
今日はなんだかとても楽しいことが起きそうな気がしていて。

クリスチャンでもないけどクリスマス大好き。
でも今日は朝起きてベランダに出てみたら元旦みたいに朝の空気がしゃきっとしているので、思わずマキネッタで淹れた珈琲を片手にパシャリ。

いい朝だ。
部屋は片付いているし、珈琲はおいしいし。
いつもの師走とは違って、忙しい予定を縫って毎日船パリを書く2012年の12月は、大変だけどすごく充実しているし、幸せを実感している。

去年はとても厳しい一年で、この時期、一日がすごく長くて辛かった。
ああ、まだ5日もある、ああ、まだ4日も…。そんな風な一年だった。
でも今年はいい年だったと思う。
ここ数年ではちょっとないくらい、自分が何かを乗り越え成長したことを実感できた、
自分を褒めてやりたい2012年だった。

まだ振り返るには早いんだけど、みなの元旦は1月1日なんだけど、
その暦じゃないモカ暦で、わたしはどうしても、昨日で終わりで今日が元旦な気がするから、今日新しい気持ちで2012年を振り返る。
だから記念すべき今日、iPhoneを新しくする。
20日で滅亡といわれたマヤ暦は実は13パクトュンとかいうある長いスパンの暦が終わってまた新しく始まる循環暦のことらしい。
おそらくわたしのこのモカ暦は、手の腱をを切って手術した15歳冬から、不整脈の手術をした33歳の冬までの18モカトゥン(笑)のことをいうのだと思う。なんとなく。根拠はないけど。

「負けること」が、惨めなことや、淋しいことや、哀しさや虚しさとイコールになるのは、
自分が納得してないから、自分が自分に負けているからで、
自分が自分のイニシアティヴを持って納得してやったことなら、
負けすらも美しさや、潔さといった眩しいものに変わるのだと気づいたんだ。

2012年、わたしは相対的な評価で、著しく負けた。
渾身の「誰June」は売れなかったし、
このひととだったら一生一緒に居られそうだと思った人にも振られて、
おそらくそのひとは別な人と人生を生きていくことを選ぶ。
船パリにかける手間暇で夜を減らしたので生活が苦しく、
人生初の家賃滞納という危機にさらされた。
負け倒した一年だと思う。
でも悲しくはない。
絶対的なところでわたしは自分にけして負けなかったから。

依然わたしは「誰June」を2012年に世に出された本のどれにも負けない不朽の名作だと思っているし、大好きだった人と自分の中にあったものは何よりも本物だと思っている。
ひもじい日々だったけど、100円をようやく五枚ためて飲むスタバがこんなに美味しいものかと33歳になって初めて知ったし、待ってあげるよと言ってくれた大家さんのおかげで、船パリに集中することができた。

悲しさや痛みや傷もいっぱい知った年だった。
やるせなさとか、この世にはどうにもならないことがあるってことに気づいたり。
気持ちや信念だけでは叶わないこともあるって知った。

でも痛んだ自分やその傷口に気づかないフリをしたりもしなかったし、
自分の気持ちに顔をそむけたり一度もしなかった。
ちゃんと向きあってちゃんと乗り越えたし、
さびしいからって、誰かとなんとなく寝たりとかもしなかった。
自分の限界を超えて誰Juneを書き上げた。
だからあれが売れなくても何も恥ずかしくない。
だってあれは最高だから。

自分はとても弱い人間で、それを恥ずかしいと思っていた。
色んなことに振り回されて疲弊してしまう自分を格好悪いと思っていた。
なのに変われなくて。
「歴然の向こうに行く」なんてたいそうな目標を掲げて始めた2012年だったけど、
全然歴然の向こうになんていけなくて。

でも今自分は強くなれた気がする。
自分が格好悪いと思うことはしない女にすこしずつなってきたと思う。
心はもしかして、歴然の向こうを垣間見た。
まだ歴史はついていない。
だから惨敗したけど。
でも負けても清々しい。負けても幸せだから。
なかなかいい女に、なかなかいい作家に、
なってきたんじゃないかと思えるんだ。
たとえ誰かに批判されてもぐらぐらしないで自分の作品を信じられる。
たとえ片想いでも最高の恋愛をしているのだと満面の笑顔でいられる。
わたしは今年ようやく「しなやかさ」を手に入れた。
「自分」という一番手のつけられない、厄介な生きものを、
だいぶ飼いならせるようになったのだ。

結果は大切。
だからこそこれらの負けが、
大きな結果を連れてくる過程だったと言えるように、
いまを精一杯生きよう。
愛しているものを愛していない、愛していないものを愛しているフリなんてしないで。

今、船パリを書いています。
いまからすごくすごく大切なところになるので、考える時間もかけています。
さぼったわけではなくて、作家人生ではいままでにはない長いお話にいまなっているので(刊行時はもっと短くなってるかもしれないけど)
そういう新しさを噛みしめながら丁寧に書いている。

船パリが教えてくれること、それは未来。

いままでは、経験や自分が通過し咀嚼した感情や感性、つまり通りすぎたものを物語にしていた気がするの。
でも、今は、船パリを通して自分が日々成長しているのを感じる。
わたしがまだ見ぬ明日に、筆がわたしを運んでくれているのを感じる。
そういう意味でも「未来を書く」という、新しいこと、未知との遭遇が起きている気がする。
これはモカ暦の新しい暦の頭に置かれる、第一作目。
旧暦の最高傑作はもちろん「誰June」である。
最後に書いた作品がこれまでの最高傑作で、まだ見ぬ新しい作品が、それを塗り替える最高なものになる。
これは恋愛も人生も作品も含めて、一番幸せに近いやりかただと思うのだけど。

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この青い鳥がまだこのグラスの足くらいに青かった頃、物語の「輪郭」を模索し、この家に引っ越してきた。毎日太陽を浴びて、いつのまにか青い鳥は白い鳥になった。
でも大丈夫。
幸せの青い鳥を追いかけなくても、幸せを見つけたから。
誰かの中に見いだす幸せじゃなくて、自分の中に見つける幸せを。

別れを知り ぼくらは大人になる 
それでもよろこびは ロリータ
まだ出会う前の誰かへの 祈り

ロリータ 歌え さあ今 そうだ これが生まれた意味だ
ロリータ 歌え さあ今 すすめ きみは美しい ロリータ

いつか出会う君と僕の、まだ見ぬ未来に口づけをして祈ろう。
幸せと幸せを持ち寄って最強の永遠を紡ぐの。
今日はモカ暦の元旦。新しい旅立ちに祈りと珈琲を。

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溺愛する ドレスコーズの志磨様の直筆サイン〜♪
ここにもひとつ、まだ出会うまえの誰かへの祈り。
志磨くんの歌はいつもわたしの傷の一番傍にあって痛みを和らげてくれた。
でも今は喜びとともにある。
だからもちろん志磨くんの歌への溺愛は新しい暦にも持ち越し。
清志郎じゃないけど、♪もしかしたら〜君にも〜会えるね〜。

いつか。

そのいつかのために。振り返らずに前に進もう。

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