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2012年8月20日 (月)

体が全部知っている

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今日病院から帰ってきて、なんだかどうもぼーっとしている。
不整脈発作を大きな病院でみてもらうことになって、電車にコトコトゆられて横浜まで、
そこからさらにバスにコトコトゆられて病院まで、そこで過ごすこと数時間、
再び外に出れば健康な真夏の日差しをからだいっぱい浴びて、また来ただけと同じ時間をかけて、近所のミニストップでベルギーチョコ味のソフトクリームを買って家路についた。

はあぁ。病院てとっても苦手…
(。-_-。)  しかも初めて行く病院&大病院&遠い&待たされる=滅入るね。笑

ぽぽぽーん、て、手術の日程決められたけど、エモーションモカコとしては、
例え余分な電極であっても、長年寄り添ってきたそれが焼きさられて心臓からなくなってしまったとき、わたしがいままでのわたしじゃなくなってしまうのではないかしら?
新しいわたしにわたしは対応できるのかしら?
とか考えて、そういや大きな手術は左手の親指の腱を切ったときだったわと、
高1からいままでの人生をダイジェストで振り返ってみたり、
カテーテルとはいえ、足に新しい傷ができるのね、ここでまたもや「いままでと違う自分になるのねトピック」で頭はぐるぐる、
わたしって、実は新しいものに馴染むことが何気に苦手やから、それが外的要因であってもなんだかんだギクシャクするのに、自分自身の変貌とあってはもうギクシャクなんかですまないテンパリがあるよね…ってことまで辿りつくと、この憂鬱が、遠い場所の知らない病院に行った心細さでも、大病院ならではの流れ作業でも、いきなり手術日が決まったことでもなく、ただ単にわたしがもっとも苦手とする、古いものを脱ぎ捨てた上、での「新しいじぶんとの直面」にあったことに気がつく。

新しいこと、それがわたしもっとも苦手。慣れ親しんだものが好き。
ん?ちがうな。正確には新しいこと、というより、古いものを脱ぎすてることが苦手。
新しいことと古いことが同居できるときは新しいことにも飛び込んでいけるけど、
なにかを棄てなくてはいけないときは、その新しさになかなかなじめず、
「蝶番」のごとく、両足を限界まで開いている気分になってくるしくなるのだ。
そしてみんなが新しいものに慣れていくその速度になかなかついていけずおいてけぼりをくった気分になってしまったりする。
たとえば新しく好きな人ができたって、じぶんの中にまだいる、かつて他の人を好きだったじぶん、との折り合いがつかなくてしばらくはおかしな気分になってしまう。

なので、古い恋人とかが急に、いまでもわたしを好きだとか言い出すと、そのひとをもう好きではなくてもなんだがとてもてんぱって、その「好きだ」とかに昔みたいに心踊らせることができない、変わってしまった自分とかにすごく悲しくなったりして、
いやあ相手も今の状況とかでそういうことノリで言っちゃってるのよねわかるわ、流してあげましょみたいな、大人女子が頭で思える部分とは全然違うところ、相手と自分の問題ではない自分だけの問題で収集つかない気分になったり、する。

去年まで数年すんでいた麻布十番の家から、妹たちがそれぞれ独立することになり、もうすぐあの家は空き家になってしまうんだけど、そういうことにも「そこで過ごしたじぶん」や「その時期に起きたいろいろなこと」とか、思い出や記憶みたいなものをどこに持って行けばいいの?みたいなことで、さいきんなんとなく休日は麻布十番の旧我が家付近をうろうろしてみたりして。恵比寿のプールはお気に入りだけど芝プール行くとホッとしたりして。

だからね、それが不良要素であったとしても、自分の心臓の中に生まれたときからあった余分な電極を焼き去ってしまうことや、そのおかげで13歳くらいからつきあってきた発作がまったくなくなることや、(発作で)唐突に死ぬかもしれない自分の為にやってたいろんなスタンスも変わってくるかもしれなくて、もしかしたらいままで愛しかったものを愛しいと思えなくなったり、なんかそーゆーことがあるかもと思うと「!!!心の準備期間くれ!!」ってなって、
「手術いつにします?9月だと…」みたいな急な話になってくるとドギマギしてしまうのだ。

成功率95パーセントの手術で、死ぬ可能性はきっと低いだろう。発作がなくなって、
妙な不安もなくなって人生は快適になるだろう。
なのにわたしはこの「不具合さ」を捨て去る準備がなんだか全然、できないのだ。

「体は全部知っている」

これはわたしがとても好きな吉本ばななさんの本のひとつで、こないだ麻布十番の本屋で買った。単行本が良かったのだけど文庫しかなかったから文庫を買った。

ー今朝に戻りたい、と思った。多分同じように取ることを決意しただろうと思う。
それでも理屈ではなく、もう一度あの魚の形を見たり、触れたいと思った。
この胸のガーゼを取っても、そこにもうあの形はないのだ。私は変わってしまった。おおげさではなくそう感じたー


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この「小さな魚」という短篇を急にまた読みたくなった。でもなんとなく流し読みをするだけにした。本当にわたしの心臓からケント束とよばれる電極たちがいなくなってしまったとき、きっとしっかり読みたくなるはずだから。そのときに新しい発見ができるように、ちゃんとは読まなかった。

体は全部知っている。

体が全部知っている。

ほんとうにそうだ。
わたしの体は正直で、なかなか頭の言うことをきいてくれない。
病院から戻ってきて、昼寝をしようと思ったのに昼寝させてくれない。
会いたい人はいるけど、足はそこに向かわずすくんだままだ。

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今朝、ドレスコーズのCDが届いたけど聴くのがすこし怖い。
毛皮のマリーズでなくなってしまった志磨くんの新しい歌を聴くのがすこし怖い。
それが発売日から一ヶ月も経たないとそれを買えなかった理由だったりする。
そんな理由でずっとYUKIも聴けなかった。

わたしってけっこう恐がりなんだと思う。変わりたいのに変われない歯切れの悪さはそこかな。携帯のアドレス一気に全部消すとか携帯変えるとか絶対!できないし(笑

きのう、妊娠する夢をみた。
それは新しいことの始まりを意味する。
でも夢のなかのわたしは、
「妊娠している」という新しいじぶんにすごくてんぱっていた(笑

来月あたり、わたしの心臓は新しくなる。

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コメント

こんばんは。あれからオペのお話は少し進んだようですね
実は今日のフェイスブックの書き込み、友人たちだけへでなく、もかこさんへオペの結果をお伝えするつもりでも書いたのです。・・・(以前メールでお伝えしてたので)でもまさか同じ病名で同じオペを勧められてる最中だなんて知らなくて。びびらせちゃってホントにごめんなさいね^^:。

不具合さを捨て去る準備が出来ていない。の意味、すごく分かります。その心細さも。
負の要素であるにせよ、今まで付き合って当たり前だったことがそうでなくなったとき、嬉しさの反面自分が自分じゃなくなってしまうんじゃないかとか、そういう心細さに苛まれることってあると思います。(実際、私が入院前そうでしたから。お薬を持ち歩かなくてよいことや、お医者さんに会わなくてもよくなるんだと思うだけでも・・・、その変化でさえ何だか心もとなく、すうすうする感じ。)

わたしね、実際・・・、ベッドに寝かされてオペ室に運ばれているあいだ、動いていく白い天井を見つめながら、「お母さん、わたしにこの心臓を与えてくれてありがとう」って何度も心に思ったんです。
心臓の奇形(言い方は悪いですが実際はそう)を与えられたことを恨んだことなど一度もなかった。ひょっとしたら、この心臓のせいで自然淘汰で生まれてこれなかったかもしれないのに。それなのに、愛おしいとさえ思えました。
私はこの不具合な心臓に苦しんだけれど、気づかされたこともたくさんあったと思います。でも、もうじゅうぶんかなと思いました。じゅうぶん耐えて強くなりました。もかこさんと同じ12月に起こった発作は、もしかすると突然死さえ招いたかもしれないといわれた発作でした。そのリスクはもう今の私には負えない、だから闘うのだと思えたんです。
自分のことばかりですみません。でも、もかこさんにはもっと素晴らしい作品を残すための力が必要ですから。とにかく健康は何よりも大切です、ということが書きたかったのですが長々と失礼しました。
どうぞお大事になさってくださいね。またお便りします。

投稿: まほ | 2012年8月20日 (月) 22時26分

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