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2012年8月24日 (金)

山本さんのニュースに思う

わたしは毎日”スッキリ”を録画しているんだけど、今回の山本さんのニュース、
お父様も元新聞記者ということもあって、パートナーの佐藤さんから死亡連絡が入るところも全部カメラに収まっていて、そしてパートナーの佐藤さんも、きっととても悲しいはずなのに淡々と状況を報道していて、山本さんの意思を継いでそうしているのか、おふたりのジャーナリスト魂がそうしているのかはわからないけれど、壮絶な映像でした。

 個人的にわたしは山本さんを存じ上げなかったのだけれど、ここしばらくずっと明治、大正を生きた女性を調べていて、その時代はとても女性が不遇で、与謝野晶子や林芙美子みたいに書物を残し、教科書でも出てくる文化人はみなに知られているけど、それ以外にも、女性が学問を受けられるように戦った方や、廃娼問題にとりくんで女の権利を守ろうとしたり、酷い扱いを受けていた女工制度を変えるために命をはった女性がたくさんいて、
なにかの使命の元に、自らの命や立場をかえりみず使命に突き動かされるように躍動して生き、すこしづつでも山を動かそうと戦い続けた彼女たちのスピリッツに通じるものを今回山本さんに感じて、いろいろ考えさせられました。

ジャーナリストってとってもタフなイメージがあるけど、取り乱したり、おびえていたり、金切り声をあげている映像もあって、とにかくわたしには衝撃的でした。
山本さんの死をもって知ったこともたくさんあって、人はやっぱり他人事には無関心で、JAMじゃないけど「日本人はいませんでした」な外国の紛争なんかは、たくさんのひとが命をかけて報道していても注目することを忘れる。
今回も「山本さんの死」があったから人はこのニュースを気に留めた、というところがあるし、かくいうわたしもそうかもしれない。
だから、今回のこと、お父様も彼女のジャーナリズムの集大成だと、声を詰まらせながらおっしゃっていたように、シリアではこのような死が毎日200人規模であるのだと山本さんが自らの死をもって伝えた、最後の大きな報道であったのかなと思いました。

山本さんが言い続けてきた、
「自分たちの仕事はすぐに誰かを救うことはできなくてふがいない思いもたくさんあるけれど、紛争という病魔を少しづつ退治していく底力をもっていると信じている」

その言葉がすごく印象的であり、彼女は女性や子どもなど弱者に多くカメラを向けていて、戦争行為よりも、そこに生きる人々の生活を写し出していて、
なんていうか、山本さんの死を見てジャーナリズムに芽生えるとか、シリアのことを知りたいと思うと言うよりは、大正の女の生き様を追いかけてその線の先で、いま現代をこのように生き抜いたひとりの女性の憤死を目の当たりにして、じぶんは女として生涯を通して社会に何を問うのかということを強く突きつけられた気がしました。

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