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2012年8月

2012年8月29日 (水)

左内町31番地

月曜日にお茶の水の女性誌専門の図書館で「女人芸術」を読みじゃくったあと、
牛込左内町、いまの市ヶ谷の左内町の、女人芸術編集室跡地を訪れました。

この図書館はいままでなんども訪れていたのですが、
無知の奔放とは恐ろしいもので、勝手がわからず1時間で収穫なし!( ̄^ ̄)ゞ
と、でてきたり、
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↑のような合成写真を作って気軽に通えた日も今は昔、

長谷川時雨さまに完全に恋してしまった今、長谷川時雨が彼女のありたけを注いで編集、刊行した「女人芸術」そして「輝ク」が、創刊から廃刊まで全部ここに揃っていて、その現物に今日触れることができると思うだけで、胸も指先も打ち震える!!!みたいなテンションの中、図書館を訪れ、復刻版ですが全部揃っていた「女人芸術」に触れることができ、
至福の時間を過ごしました。

ほんとうは「青踏」も読みたかったのですが、あまりに「女人芸術」が予想を上回る豊潤さで、わたしはとりこになってしまい一冊一冊じっくり読んでいたところ、青踏には辿りつけなかったのです。また行かなきゃ。

その後市ヶ谷の駅で降りて、左内坂を上がって、長谷川時雨さまの自宅があったあたりをウロウロ。
左内町31番地に蕎麦屋があって、気になるからちらっと裏に回ってみると”長谷川”という表札!!ええ!と思って、蕎麦屋に入るも、その蕎麦屋さん、長谷川時雨とは全く関係がない長谷川さんだそう。

しかし長谷川時雨宅跡に、なんと時代を超えていま長谷川さんが住んでいるという奇遇さに、なんだか「おお!!」と思ったりしたのであります。

なんとなく聖地巡礼した気分!(笑

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2012年8月28日 (火)

号刊創 「術藝人女」

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水無月とは瑞々しくも清朗な空ではないか。
いたるところに生々の気はみちみなぎってゐる。
だかなんと、いま全世界でこの日本ほど健やかに
めざましい生育をとげつつあるものがあらうか?
初夏のあした、ぼっぽい、と潮が押し上げてくるやうに、
おさへきれない若々しい力をためさうとしてゐる同姓のうめきをきくと
なみだぐましい湧躍を感じないではゐられない。
あたしもその潮にをどりこみ、波の起伏に動きたいと祈る

ー「女人芸術」創刊号、長谷川時雨の編集後記よりー

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大正100年の夏 其の三

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「愛して愛されざるうらみ。愛されて愛しえぬ痛み」

これは「女人芸術」の中にあった一行ですが、
まことに恋愛というもののすべてを言い得ているなぁと思って、
あまりに関心し、ノートに書き写した次第です。

このどちらにもあてはまらない恋だけを紡いでここまでこれたという幸せ者、または鈍感な人はきっとこの世にいないでしょう。
いまはこの「うらみ痛み」とは無縁の恋をしていたとしても、この「うらみ痛み」の経験がない人はいないとわたしは思います。

わたしがおもしろいなあと思ったのは、
「愛してあいされざるうらみ」ということはあちこちで取り扱われているトピックだけど、
この「女人芸術」では同等の苦しさとして、
「愛されて愛しえぬ痛み」を取り扱っていること。

「愛される」ことは幸せなことで、愛されている人は幸せだと決めつけているこの世の風潮ってあるけど、やはり愛されて愛しえぬ痛み、は同等に存在して、
恋人同士の片側にうらみ、もう片側にいたみ、がある中、一緒に暮らしているだとか、
日々をともにしているケースって結構あるんじゃないかなって思う。

そういう相性の恋人同士もあれば、愛しあっていても、長い月日のなかで、天秤がどちらかに傾いて、痛み恨みを内包して耐えて過ごす時期ってきっとでてくると思うし、
多くの人は、愛して愛されざるうらみを抱きながら、それでも愛しているので一緒にいたり、愛されて愛しえぬ痛みを抱きながら、それでも愛してくれるので一緒にいたり、しているよね。

ここに3つめ一文を加えるなら、わたしは、
「その双方からの独立がもたらす孤独」を書き記したいと思う。

人肌とは温かいもので、痛みやうらみがあっても、寄り添っていればさみしさを凌ぐことができる。生活難をのりこえたりすることもできる。

大正時代はたくさんの女たちも「思想をもって」恋をしていましたが、
ふりかえってみて、わたしの恋は、
「愛して愛されざるうらみと愛されて愛しえぬ痛みの双方」から、逃れ、独立し、自由になって本当の恋愛を勝ち取るための戦いの十数年だったように思います。結論から言うと負け続けているが(笑 未だ戦いは終わらず。

愛されて愛しえぬ痛みに鈍感だった頃は、そうやって相手に”愛されない”渇きを与えながら人といても平気だった。渇きを与えれば相手は自分に執着する。
そういう駆け引きをうまくやればモテる。そして愛してない相手に対しての駆け引きなんて足し算くらい簡単だったりする。
でもその痛みに鋭敏になってからはそれはできなくなった。
それは自分の痛みというより、愛して愛されざるうらみの感情を知って、そういう苦しさをやみくもに他人に与えることはしたくないと思った。
だからそういう芽は早めに摘み取る。
なのでわたしはこの手法でモテている人を、モテている人にカウントしない(笑
そうやって相手の気を引くのってなんか愛にたいする裏技って感じがして、わたしは好きではないのよね〜。と、話が脱線しましたがここで書かれている「痛み」は、
愛してくれているのにそれに応えることができない苦しさを言っていて、その感情を逆手にとるというニュアンスはないのでありました〜。

愛して愛されざるうらみにはわたし、もとから鋭敏で、人をうらみたくないし、かつ嫉妬の苦しさに耐えられる人間ではないので、
ちょっとした温度差を感じると自分からすぐ別れる。幼稚だよねぇわたし、と思う。
相手にヤキモチを焼かされてナニクソって奮起するタイプじゃない。
傷つきたくないからすたこら逃げる(笑
だから、あーあそこで白黒はっきりさせなかったら1年とか2年とかって恋人関係って続いたんだろーなーとか、過去の恋愛に対して冷静に思ってみたりする。だってあんまり男の人って潔く別れを切り出したりしないじゃない。
別れようと思って次の日にザクッと言うのはやっぱ女だよね。

きっとわたしは恋に対して、病的なほどの完璧主義なのだ、しかも白馬の王子待ってる的な、ないものを探している的な。
できればぴったり重なり合っていたい。同じときに同じ夢をみていたい。
とかを本気で思ってみたりする。恋というパッケージの中に気持ち以外の要素を入れたくない。円グラフ(恋)があったとしたら100パーセント気持ち(笑

恋というものに生活が入り込んできて、別れたいけどお金がないから一緒に暮らしている、みたいな感じや、愛されていないことに気づいているのに、執着で傍にいる、みたいな感じはきっとわたしにとって「不純」なことで、結局その双方からの精神的独立、またはその双方に蝕まれない、純度の高い恋愛を強く夢見た(ている)が為に、

「双方からの自由がもたらす孤独」とずっと一緒に生きている。

でもここまでそれを追い求めてきたのだから、見つかるまで、
この孤独と生きていきたいし、痛みやうらみを内包しながら誰かと寄り添うという選択を、いまさらしたくないなって思う。

でもほんとは人生は「生活」が大半で、こういう極端な考えは成熟した大人の考えではないことも解っている。

わたしのこれは、痛みうらみを内包して恋人をもったり恋をしている人への批判ではないし、この感情は片恋であっても同等に存在するもので、じぶんも完全にこれらの感情から自由になれたわけではありません。
どうせ自由になれないなら観念して誰かと寄り添ってみればいいのにね(笑 
なんか見つからないものを探し続けているモラトリアムな幼児性がじぶんの中にあるのかなって思ったりします。

このような課題「恋は褪せるモノか」「永遠の愛は存在するか」
ー貞操と姦通(←いまでいう不倫とか浮気)に関して、
文壇女子座談会なるものが誌上で開催されており、
なるほど、100年前も今も、男と女の課題や恋がもたらす痛みや葛藤は、おどろくほどに変わりばえせず、これこそ普遍的というものなのかなって思ったお茶の水〜。

以上丸の内マゾヒスティック?でした。

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2012年8月24日 (金)

山本さんのニュースに思う

わたしは毎日”スッキリ”を録画しているんだけど、今回の山本さんのニュース、
お父様も元新聞記者ということもあって、パートナーの佐藤さんから死亡連絡が入るところも全部カメラに収まっていて、そしてパートナーの佐藤さんも、きっととても悲しいはずなのに淡々と状況を報道していて、山本さんの意思を継いでそうしているのか、おふたりのジャーナリスト魂がそうしているのかはわからないけれど、壮絶な映像でした。

 個人的にわたしは山本さんを存じ上げなかったのだけれど、ここしばらくずっと明治、大正を生きた女性を調べていて、その時代はとても女性が不遇で、与謝野晶子や林芙美子みたいに書物を残し、教科書でも出てくる文化人はみなに知られているけど、それ以外にも、女性が学問を受けられるように戦った方や、廃娼問題にとりくんで女の権利を守ろうとしたり、酷い扱いを受けていた女工制度を変えるために命をはった女性がたくさんいて、
なにかの使命の元に、自らの命や立場をかえりみず使命に突き動かされるように躍動して生き、すこしづつでも山を動かそうと戦い続けた彼女たちのスピリッツに通じるものを今回山本さんに感じて、いろいろ考えさせられました。

ジャーナリストってとってもタフなイメージがあるけど、取り乱したり、おびえていたり、金切り声をあげている映像もあって、とにかくわたしには衝撃的でした。
山本さんの死をもって知ったこともたくさんあって、人はやっぱり他人事には無関心で、JAMじゃないけど「日本人はいませんでした」な外国の紛争なんかは、たくさんのひとが命をかけて報道していても注目することを忘れる。
今回も「山本さんの死」があったから人はこのニュースを気に留めた、というところがあるし、かくいうわたしもそうかもしれない。
だから、今回のこと、お父様も彼女のジャーナリズムの集大成だと、声を詰まらせながらおっしゃっていたように、シリアではこのような死が毎日200人規模であるのだと山本さんが自らの死をもって伝えた、最後の大きな報道であったのかなと思いました。

山本さんが言い続けてきた、
「自分たちの仕事はすぐに誰かを救うことはできなくてふがいない思いもたくさんあるけれど、紛争という病魔を少しづつ退治していく底力をもっていると信じている」

その言葉がすごく印象的であり、彼女は女性や子どもなど弱者に多くカメラを向けていて、戦争行為よりも、そこに生きる人々の生活を写し出していて、
なんていうか、山本さんの死を見てジャーナリズムに芽生えるとか、シリアのことを知りたいと思うと言うよりは、大正の女の生き様を追いかけてその線の先で、いま現代をこのように生き抜いたひとりの女性の憤死を目の当たりにして、じぶんは女として生涯を通して社会に何を問うのかということを強く突きつけられた気がしました。

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2012年8月22日 (水)

大正100年の夏 其の2

大正100年の夏 其の2
夏ワンピ着て、あやめっくすの会社の人たちと一緒に豪華1000円ランチからの恵比寿散策の午後。
次は左内町に住むとかいいだすと、いつかはこの町も出るのねと、恵比寿をもっと知りたくなった。へえーこんなカフェがあったのだなぁ。
ここでさらに大正の女たちを極めます。
住んでたときは人混みにうんざりした十番祭りも、今年はふらっと浴衣着ていこうかなと思ったり。規模は小さいそうですが、昨年は震災で自粛したので祭りが復活するだけでも嬉しいこと。今年も宇野亜喜良のポスターGETしたいと思います。

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2012年8月21日 (火)

大正100年の夏 其の一

わたしはいま、この広尾一丁目界隈では、誰よりも大正を生きた女の恋愛事情に詳しい自負があります。笑。
って、近所にモダンガールの生き残りみたいなおばあさんとか、住んでるかもしれんけどね。

そんな今日、わたしは次に住みたい場所を見つけました。

住む家に関する夢を持つことはいいことです。

十番の家に住んでいるときから次は必ず1LDKの広さでaccoの絵をリビングに飾り、
大通り沿いの大きな窓にとっても大きな机を置くのだと決めていました。そして願わくば春に桜がきれいな明治通りがいいなぁ、なんて思っていたのです。
そしてめでたくその全部の条件を叶えた物件を一発で見つけいま住んでいます。
家賃が高くてヒイヒイ言ってますが、とっても気に入ってます。

今を気に入ることと未来に希望を持つことはまた別で、さいきんわたしは次は、THE THE THE都会!からほんの一歩だけ離れた情緒ある場所で作家ぽい暮らしをしたいわぁ〜なんて思っていました。そして、話は前後するのですけど、わたし、33歳にして初めて憧れの人、このひとみたいになりたい!(。・・。)と思う人を見つけたのです。それは「長谷川時雨」サマ。
わたしは自分溺愛気質ですから、これまでの憧れのひとは一貫して桃井かおりさま(モカコの桃はそこから)でも、桃井さんになれなくてもいいって思ってたんだけど、わたしは長谷川時雨になりたい。

ってことで、長谷川時雨が、12歳年下の恋人、のちに夫となった三上と神楽坂あたりを転々として、最後に落ちついた牛込区左内町(現在の市ヶ谷左内町)の左内坂のあたりにわたしは次に絶対住むのダ!!!!笑 
そしてわたしもそこで「女人芸術」よろしく「ArtisticPantie」を創刊し、編集室を構え、たくさんの女性芸術家を集めて、
「超・近代/美人伝」を書きたいと思うの!

今週末あたり長谷川さまを忍んで左内坂を訪れてみようと思います。
長谷川時雨サマに関してはまた後日、エモ日記を書きたいと思います。
でもどんだけわたしがエモキモくなっても与謝野晶子大師匠のエモさには勝てないことを知った大正100年(2012)の夏〜

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2012年8月20日 (月)

体が全部知っている

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今日病院から帰ってきて、なんだかどうもぼーっとしている。
不整脈発作を大きな病院でみてもらうことになって、電車にコトコトゆられて横浜まで、
そこからさらにバスにコトコトゆられて病院まで、そこで過ごすこと数時間、
再び外に出れば健康な真夏の日差しをからだいっぱい浴びて、また来ただけと同じ時間をかけて、近所のミニストップでベルギーチョコ味のソフトクリームを買って家路についた。

はあぁ。病院てとっても苦手…
(。-_-。)  しかも初めて行く病院&大病院&遠い&待たされる=滅入るね。笑

ぽぽぽーん、て、手術の日程決められたけど、エモーションモカコとしては、
例え余分な電極であっても、長年寄り添ってきたそれが焼きさられて心臓からなくなってしまったとき、わたしがいままでのわたしじゃなくなってしまうのではないかしら?
新しいわたしにわたしは対応できるのかしら?
とか考えて、そういや大きな手術は左手の親指の腱を切ったときだったわと、
高1からいままでの人生をダイジェストで振り返ってみたり、
カテーテルとはいえ、足に新しい傷ができるのね、ここでまたもや「いままでと違う自分になるのねトピック」で頭はぐるぐる、
わたしって、実は新しいものに馴染むことが何気に苦手やから、それが外的要因であってもなんだかんだギクシャクするのに、自分自身の変貌とあってはもうギクシャクなんかですまないテンパリがあるよね…ってことまで辿りつくと、この憂鬱が、遠い場所の知らない病院に行った心細さでも、大病院ならではの流れ作業でも、いきなり手術日が決まったことでもなく、ただ単にわたしがもっとも苦手とする、古いものを脱ぎ捨てた上、での「新しいじぶんとの直面」にあったことに気がつく。

新しいこと、それがわたしもっとも苦手。慣れ親しんだものが好き。
ん?ちがうな。正確には新しいこと、というより、古いものを脱ぎすてることが苦手。
新しいことと古いことが同居できるときは新しいことにも飛び込んでいけるけど、
なにかを棄てなくてはいけないときは、その新しさになかなかなじめず、
「蝶番」のごとく、両足を限界まで開いている気分になってくるしくなるのだ。
そしてみんなが新しいものに慣れていくその速度になかなかついていけずおいてけぼりをくった気分になってしまったりする。
たとえば新しく好きな人ができたって、じぶんの中にまだいる、かつて他の人を好きだったじぶん、との折り合いがつかなくてしばらくはおかしな気分になってしまう。

なので、古い恋人とかが急に、いまでもわたしを好きだとか言い出すと、そのひとをもう好きではなくてもなんだがとてもてんぱって、その「好きだ」とかに昔みたいに心踊らせることができない、変わってしまった自分とかにすごく悲しくなったりして、
いやあ相手も今の状況とかでそういうことノリで言っちゃってるのよねわかるわ、流してあげましょみたいな、大人女子が頭で思える部分とは全然違うところ、相手と自分の問題ではない自分だけの問題で収集つかない気分になったり、する。

去年まで数年すんでいた麻布十番の家から、妹たちがそれぞれ独立することになり、もうすぐあの家は空き家になってしまうんだけど、そういうことにも「そこで過ごしたじぶん」や「その時期に起きたいろいろなこと」とか、思い出や記憶みたいなものをどこに持って行けばいいの?みたいなことで、さいきんなんとなく休日は麻布十番の旧我が家付近をうろうろしてみたりして。恵比寿のプールはお気に入りだけど芝プール行くとホッとしたりして。

だからね、それが不良要素であったとしても、自分の心臓の中に生まれたときからあった余分な電極を焼き去ってしまうことや、そのおかげで13歳くらいからつきあってきた発作がまったくなくなることや、(発作で)唐突に死ぬかもしれない自分の為にやってたいろんなスタンスも変わってくるかもしれなくて、もしかしたらいままで愛しかったものを愛しいと思えなくなったり、なんかそーゆーことがあるかもと思うと「!!!心の準備期間くれ!!」ってなって、
「手術いつにします?9月だと…」みたいな急な話になってくるとドギマギしてしまうのだ。

成功率95パーセントの手術で、死ぬ可能性はきっと低いだろう。発作がなくなって、
妙な不安もなくなって人生は快適になるだろう。
なのにわたしはこの「不具合さ」を捨て去る準備がなんだか全然、できないのだ。

「体は全部知っている」

これはわたしがとても好きな吉本ばななさんの本のひとつで、こないだ麻布十番の本屋で買った。単行本が良かったのだけど文庫しかなかったから文庫を買った。

ー今朝に戻りたい、と思った。多分同じように取ることを決意しただろうと思う。
それでも理屈ではなく、もう一度あの魚の形を見たり、触れたいと思った。
この胸のガーゼを取っても、そこにもうあの形はないのだ。私は変わってしまった。おおげさではなくそう感じたー


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この「小さな魚」という短篇を急にまた読みたくなった。でもなんとなく流し読みをするだけにした。本当にわたしの心臓からケント束とよばれる電極たちがいなくなってしまったとき、きっとしっかり読みたくなるはずだから。そのときに新しい発見ができるように、ちゃんとは読まなかった。

体は全部知っている。

体が全部知っている。

ほんとうにそうだ。
わたしの体は正直で、なかなか頭の言うことをきいてくれない。
病院から戻ってきて、昼寝をしようと思ったのに昼寝させてくれない。
会いたい人はいるけど、足はそこに向かわずすくんだままだ。

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今朝、ドレスコーズのCDが届いたけど聴くのがすこし怖い。
毛皮のマリーズでなくなってしまった志磨くんの新しい歌を聴くのがすこし怖い。
それが発売日から一ヶ月も経たないとそれを買えなかった理由だったりする。
そんな理由でずっとYUKIも聴けなかった。

わたしってけっこう恐がりなんだと思う。変わりたいのに変われない歯切れの悪さはそこかな。携帯のアドレス一気に全部消すとか携帯変えるとか絶対!できないし(笑

きのう、妊娠する夢をみた。
それは新しいことの始まりを意味する。
でも夢のなかのわたしは、
「妊娠している」という新しいじぶんにすごくてんぱっていた(笑

来月あたり、わたしの心臓は新しくなる。

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2012年8月17日 (金)

夏の晩餐

いまほんとに貧乏で贅沢できないから安い屋台なんだけど、外で食べるだけで旅先(海外)にいるような気分になれるような風が頬に当たる夜。
気持ちがいいね。
誰かと食べるとおいしいし。
こういう小さな幸せをもっとたくさん見つけられる人になろうっと。

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2012年8月14日 (火)

北島選手

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いやー今回のオリンピックはなんどふりかえっても北島がほんとうにかっこよかった!
あの200㍍決勝の頭から、いろんなこと解っててそれをかなぐり捨てて攻めてく泳ぎ、そして終わったあとの言葉、リレーのときはハンセンを抜かして100㍍決勝より1秒もタイム縮めて1位で次に繋いで、みなで銀メダル獲ってあの笑顔。

オリンピックという、色々言ったって結果がもっともすべてな舞台で、4位なのになんであんなに素敵なんだ!ほんとにかっこいい。

今回の競泳陣のメダルラッシュは、8年間世界のトップに君臨し続けた北島選手の存在があってこそだと思うし、そんな北島を「手ぶらで帰さない」と誓う後輩陣がいてみなで初の銀メダルを獲って、、、
「ちょー気持ちイイ」で始まったアテネから北京、そしてロンドンという北島選手のオリンピック人生の放物線は、ほんとうにとても美しくかっこよくって、彼がどこに着地してゆくのか、これからもずっと見ていきたいと思わせてくれた。

年を重ねることの素晴らしさを、このアスリートの世界で教えてくれた希有な選手。
ほんとにかっこいい人。
自分の課題から逃げないで、自分自身の弱さと向きあう強さを持っている人は美しい。

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2012年8月 6日 (月)

東京は大雨です

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小野川では毎日空はすこんと笑って、夏がわたしたちを照らしていましたが、今日、東京は大雨です。昨日無事帰宅しました。そして爆睡しました。
よくねたぁ〜(。-_-。)/

映画作りの大変さってものを目の当たりにした1週間でした。
私の愛してやまない、山口ヒロキワールドの映画世界の内側にそっと爪先をおろすことを許された1週間でした。

小野川の人の痛いほど透き通る想いに触れた1週間でした。たんぼアートを見て思わず泣いてしまったひとはわたしくらいではないでしょうか。小野川のかたたちと触れてからあれをみるとなんともいえない胸騒ぎがして、必ずいつか小野川のことを書こう、書かなくてはいけない気がする、と思いました。
東京なんて街は日本の50分の1にすぎないことを改めて感じた1週間でした。

みんなそれでも色んな想いをかかえて地方から東京に出て来たりして、スタアになったり落ちぶれたり、ふるさとのことを思ったりしてこの混濁した街で寝起きしているのであります。

そして映画の現場にも、いろんな状況の役者やスタッフさんがいて、立場やこの映画に関わることになった過程も様々で、うん、なんか映画って東京の街みたい。
ぶつかりあったり、行き違ったり、アクシデントやトラブルに煮詰まったり、あまりに疲れて、モウヤダと思ったり、うまくいったら喜んだりして、でもひとつ言えることはみんなこの映画がいいものになるように全力を尽くしているっていうこと。

小野川という場所で撮るこの映画で何かを変えたいと、みなが局地的に大奮闘してるさなか、海の向こうでも毎日毎日、刻一刻と歴史が塗り替えられ、たくさんの人がスタアになったり、忸怩たる思いを抱えて眠りについたりしていました。
世界のみんながそれを見て泣いたり笑ったり、じぶんも頑張らないとなと思ったりして、地球は揺れていたのであります。

わたしも旅館に据え置かれた「デジアナ変換」のノイズの多い小さな枠かから、身体を前のめりに乗り出してその大きな挑戦と人生をのぞいていました。
または睡魔におそわれてそのまま寝おちしてしまったりしていました。

まったく、誰かの一生をかけた戦いを寝転んでうつらうつら見るなんて失礼ではないのか、いやしかしも、こっちも山口くんの人生を変える戦いに加わっていて生半可な疲労では協力した気がしないというもの、ロンドンと小野川の狭間で心は揺れながら、「いやーこのリリーフランキーと深津絵里のCMはいいなぁ」と思いつつ、結局は6じ起きの「おにぎり」に備えて寝てしまう最後の3日間でありました。

えっと、「ヲ乃ガワ」という映画自体のことも知って頂くべく、今日からすごしずつ共演者の投稿やブログなんかをシェアさせて頂こうと思いますがとりあえず思ったことなど。

いろんな共演者のブログなんぞ拝見しているともっと爽やかでさらっとしているので、
「なるほど!ふつうはこういう風に書くんだね!」と思うのですが、
日々を齧ったそのはしくれから全部言葉に変えていくことが、モノカキが日記を公開する、つまりブログを書く意味なのかな、と思っているので、でもさ、どこまで赤裸々を書いていいものか、自分の赤裸々は誰かと関わっている以上その誰かも巻き込み傷つけることもあるということをこの3年で思い知って、その境目で悩んだり苦しんだりしながら、結局、今回も泥くさい日記になってしまいました…

初めての映画の現場で阿部さんと山口監督以外知らないひとばっかりだぁ…と思っていましたが、椿ちゃんはじめ、阿知さんは篤(原田篤)の知り合いだったり、深水くんもめんさん@石川@伸一郎の古い友人であったり、椿ちゃんとは一緒に温泉も入ったりなんかして、人との繋がりに支えられた現場でした。
なんかわたし山口組にはやっぱり縁がある。のかも(ねえ、accoさん?笑)

阿部さんにはほんとうにお世話になり、安友くんや大沢くんやボブさんには料理の手ほどきをいろいろしてもらって、伊久磨さんや松田くんやマメさんとも、帰るころには仲良くなれてうれしかったのです。漆崎さんとももっと話したかったなあ。
お手伝いは現場部隊ではなかった&わたしの出番もあまりなかったので、現場でみなさんの芝居を見ることができなかったのが残念だったなあ!
でもね、食堂で空いた時間にぶつぶつ台詞言ってる松田くんの感じとか、こそ聞きしてるととても素敵だったし、阿知さんはあまりにはまり役だし、阿部さんの芝居は前からわたしは凄く好きなので仕上がりを楽しみすることにしよう。

 

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8月6日

今日は8月6日。広島に原爆が落ちた日。
あんまり過剰なことはせんとこうと思っているけど、ずっとずっと忘れへんようにはしたい。
いつも天気のこと思う。
ここ数年6日はすごく晴れて、それもきつかったが、
今日みたいな雨でも、あの日降った雨を思うとつらいのは同じ。

2012年8月6日は雨。

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2012年8月 4日 (土)


今日は役者モカコ。久しぶりに化粧もしてみたり。
なんか抽象的なイメージの絵とか。

二年前の小説化にちょっと携わったときに妙に気になった登場人物で、
わたしこの女の人が好きなのです。
シーンは僅かですが、
カットとカットの隙間から奥に広がる彼女の人生を想うことを楽しんで今日を過ごせたらいいな。妄想する喜びがここにも。笑。

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イエスタディ イズ ノット トゥデイ

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阿部ちゃんママ「もかちゃんピーマン切ってくれる」
もかこ「はいっ!ところでピーマンて…種とりますよね?」

お早うございます。
慣れない炊事に奮闘して、たいしたことしてないのにグッタリして(。-_-。)/ 
きのうは早々に寝てしまいました。22時就寝の5じ半起床。健康的!

今日はわたしのシーン撮影あります!そういや芝居しにきたんでしたね。
めんさんのお友達がメインキャストのひとりで出演なさってるのでその旨めんさんにお伝えした最初の返信
「へ〜。映画?おまえの演技力でよく呼ばれたね〜」

そうですね、めんさんの蛇口芝居には叶わないですわ〜
そしてこんな演技ですけど今回呼んでもらえた理由のひとつが、めんさんがわたしに宛て書きしてくれた「贋作蝶番」を山口くんが観てくれたことからの流れなんで、ぶっちゃけ、いぶかしがっているめんさんが今日の流れを作った立役者だったりするっていう事実…笑 

写真のわたしの顔は、ピーマンの種に煮詰まっている顔です。

どこかにお嫁に行ったら発狂すること間違いないという現実に直面したイエスタデイ…作家なのに日本語間違っている事実をさおりんに教えてもらって知ったイエスタデイ…満月があまりにまるくて綺麗だったイエスタデイ…イエスタデイ…イエスタデイ イズ ノット トゥデイということで今日はガンバリマス。

そして椿姫のお許し出たのでいつかの本役×代役ショット公開シマス〜
なぜに同じポーズなのにこうも違うのか。
S地方代表選手&M地方代表選手って感じかしらね。笑
どっちが本役か、一目瞭然かと。
でもこの写真おもしろくて、あたいは気に入って居るのだ。

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2012年8月 3日 (金)

巡りあわせ

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深夜に起き出してふと思ったんだけど、8年前に「グシャノビンヅメ」を観て、
(これ奥村くんが助監督なんだよ!石高のみんな!) 

すごい世界観だなあ、このひとと一緒に作品つくったり、このひとの世界観の中に溶け込みたいなあ…でもその時は状況的にむつかしくて、でもいつかは叶う気がする!なんてことを当時の、役者=パンの耳よりはしくれ=モカコ、は思っていた。

でもそこから月日は流れいろいろあって、自分で芝居を打ったり、」作家になったりしつつの8年、主宰舞台のアニメを山口くん×accoで作ってもらって、そのあと贋作蝶番を山口くんが観に来てくれて「生ネコ(江古田キャリー)」に呼んでもらって、
ようやく山口くんが10年ぶりに新作を撮るこの機会に、なんと声をかけてもらって、小さな役だけど名前もつけてもらっていまこうして小野川に来ているわけだから、なんかすごいよなぁ、人生って。心のどこかでその夢を抱き続けてたら、ひょんなことから叶ったりするんだなぁ。

そんでもって山口くんとは全然関係ない役者仲間の尊哉から頼まれた稽古代役を、本番舞台に立てないことは分かっていても芝居を溺愛するあまりに引き受けた2月、その本役さんの椿ちゃんが明日小野川に到着して、もしかしたら同じ部屋かもしれなかったりするわけだから、巡りあわせってすごい。

そして思うのが、こうして時々役者をやっていても、わたしに返ってくることって直接役者としての付加価値ではなくて、やっぱり物語作家としてのそれなんだよね。
旅館の隣の部屋に泊まっている変わったおじさん=科学者&趣味で小説書いてる 
に読んでみてくれと頼まれた短篇の発想がなかなかおもしろかったり(笑

たとえば、稽古代役をしたことで生まれた角田ルミちゃんとの繋がりとか。

だからわかりやすい見返りというところではなく、直感が「やれ!」というものにはこれからもトライしていきたい。


脚本を読んでいて「こういう綺麗な女のひとの役、しかも出番は少ないのに鮮烈なイメージを残さないといけないような女のひとの役ってどういうひとがキャスティングされるんだろう…」って思っていたんだけど、なるほど椿ちゃんか、納得!


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椿ちゃんが演じるような役がわたしに回ってくることはまずないので、あれは代役ならではの奇蹟(笑 

椿ちゃんとわたしが同じシチュエーションで撮った2枚の面白い写真があるのですがそれは椿姫の確認とってから載せることにします〜

なんかここ数日寝不足すぎたので、22じに寝てしまいました。爆睡。4じ起床。
今日も6じ半からおにぎり部隊デス。料理ができないのであんまり役になってないけどおにぎりは作れます!

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2012年8月 2日 (木)

おにぎり部隊

今日は働いたよ!笑
朝昼夜とご飯の支度(の補助)したら日が暮れました。映画って大変なんだなあとつくづく思い、撮ってるみんなの気持ち思うと、
もう好き勝手に映画の感想言いたい放題とか、今後できないです…

あとまるで料理できないモカコは、日々3食作っている世の中の奥様、お母様を心から尊敬しました。すんごい大変なのね3食作るって。

煮詰まって1時間ほど露天風呂に脱走してました。
うそうそ。交代でやって休憩とったのです。

先ほど香盤表みせでもらったら、わたしと椿ちゃんが並んでいました。角角の舞台でわたしが稽古代役をつとめた役の本役さんです。縁があるなぁ!

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2012年8月 1日 (水)

写真で振り返る7月

執筆モードのときはその世界に完全に入っていないといけないので、
ブログを書いたりメールを返したりということと並行して物語のことを進めることができないわたしです。そのため7月は全然ブログを更新できませんでした!
(っていうほどの読者もいないのですが…)

ということで、一気に7月を振り返ってみたいと思います。

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まず”LIGHT UP NIPPON” 昨年8月12日放送のスッキリを見て知ったこの企画。
とてもわたしにはしっくりくる復興応援のスタイルだったので、来年は絶対応援したいと、
このイベントに行きました。ほんとうは8月12日の打ち上げの日にボランティアで行きたかったのだけど、7月30日〜8月5日に映画の撮影が入りましたので、経済的なことや(あまりに破綻していて誰かを支えられる状態ではない)&執筆の状況など考えて今年は断念。来年こそは行きたいと思っています。

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そして「エルミタージュ美術展」に行って参りました。わたしがこんな変な顔をしているのは、約束してたひとに無連絡ですっぽかされたからです。
このあとに「楽園のカンヴァス」を読み、順番逆だったかなあと後悔。
ルソーの絵もありましたよ。個人的にはマティスの絵がやっぱりよかった。ポスターと本物、全然違うんだもの!
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マティスにつられて赤いペディキュアなんか塗ってみたり…。

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急な読書欲にかられて一気に3冊読みました。どれもすごく おもしろかったけど、ワタシ的には「楽園のカンヴァス」がミラクルヒット!!!よかった!!

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ひさしぶりにWAREHOUSEにも行きました!そして数人の男友達に遭遇(笑
この日すごく音良かった!!!

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《そして船パリ》
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7/14〜7/24まで船パリ強化週間を。なのに行ったら図書館閉まっていたりね…
でもそのおかげで「ミッドナイト・イン・パリ」観ることができました。
これはすばらしかった、そして1920年代というまさに自分が掘り下げているあたりだったこともあってナイス!
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この鹿島さんの本はわかりやすく読みやすいので、この方のだけで、7冊くらい読みました。他にも相当量の資料を読み込んだ7月です。おかげで大正末期にくわしくなりました(笑
まだまだ甘いですが…

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すぐ体調を壊すのでプール&野菜生活続けています。
左/柏木サラダ(おいしい)  右/モカコ和え物 
オクラの使い方わからず”ひげ”おとさずに入れてしまった。


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じゃん!わたしの愛する執筆机です!!!レースカーテンなので、
空中キャバレーのポスターがどんどん日に焼けて色が褪せてくるよ…

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執筆の合間のひととき…


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《頂いたモノ》

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生まれて初めて出版社宛にファンレター頂きました!
青い、Juneなフォトピクチュアも入っていてなんか感動!!
ありがとうございます!!!

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こちらも「誰June」に登場して頂きましたパリのピガールの駅にある、エロティズム美術館さまより頂きました。わざわざパリより!
この美術館を溺愛しているわたしとしてはうれしい限りでございます!

このような感じで、7月は過ぎて行ったのでありました。

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オフ

今日は撮休&お手伝いもないよ〜とのことで、お休み頂きました。
きのうまでなんだかんだ色んなひとが出入りしていた我が部屋も今日はひとりきりなので、一日ゆっくり船パリのことを考えたいと思います。
場所を変えるっていうのもなかなかいいですね。世界は広いのだというようなあたりまえのことを感じます。東京にいると「ここがすべて!」みたいになりがちだけど…

芝居の手伝いで現場入っていると四方八方から「モカコ!モカコ!」と呼ばれ、食事すらろくにとれずに一日が終わっていくので、このゆったり感に多少の後ろめたさを感じつつも、満喫すると決めたよ。露天風呂からのかき氷ウマス!

まずは船パリに明け暮れて更新していなかった7月の模様を書いてみたいと思います。

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背中も崖っぷち

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目指す場所はいつも変わるけれど、信じてるものはいつも変わらない〜”
(JUDY AND MARY-ダイナマイトーより)

東京から遠く離れた山形で、わたしはいろいろ崖っぷちにいます。
作品やら、仕事やら、プライベートやら全部。

蝶番を書いたあたり、28歳のわたしは20代の崖っぷちにいました。
まさに踏ん張りどころにいて、ここの頑張りしだいで、30代、クソな女になるか、豊潤な女になれるかの境目だなあ、なんて思っていて、そこで踏ん張って結果を出して、なんとか幸せと感じられる30代に突入したのだけど、どうもそれの第二弾がいまやってきた模様デス。

20代の良さってやっぱり1にも2にも若さであって、それだけで輝くことができる。
でも30代って、内面の充実とか、日々が満たされているかとか、あきらめないで踏ん張っているかとかが、そのひとの女としての美しさに繋がる気がしていて。

知り合ったばかりの人たちはこういうとき楽でいい。

何も悟られないですむし、説明しなくてすむ。いい意味で。
その距離感が心地よかったりもする。

誰もわたしがどんな恋愛をしてるか知らないしどんな生活をしてるかしらないし、
どんなことに心痛し悩んで、いまわたしが崖感を感じているかも知らない。

ここではたとえばどんなウソを言ったって、成立してしまう。
結局ウソなんか言わないんだけどさ。

そんなことを考えると、もしかして新しく始められるのかも、という勇気がわく。
わたしがここでウソの風呂敷を広げたとしてもそれをなぞるように生きれば打開できるかもしれない。
もしかしたらわたしがわたしの可能性を決めつけてしまっているのかも。

♪空を仰いで手を叩いて大地にキスをするよな、生まれたての物語と果てしない胸騒ぎ〜この想いが強いのなら、傷ついて構わないー

湖のあるあの町でドキドキを聴いていた高校生の頃、果てしない胸騒ぎを追いかけて、どこまでも裸足で走っていけると思っていた。とっても甘い恋をしたり、とっても輝かしい成功を収めたりなんかして、憧れた大人になって日々を過ごせるだろうと思っていた。

こんな風な敗北感に打ちのめされて、心ごと泥んこになるとは思ってなかった。

でも、あきらめないで、心についた泥を払わなきゃ。

知り合ったばかりの女の子4人で、露天風呂に入りました。
なんだかとても楽しかった。
親しい友人なら元気がないことも、その理由もぜんぶ見抜かれてしまう。

みんなで写真を撮りあって、この崖っぷちの背中も1枚の写真になりました。

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女のひとのそれぞれの女っぷりって背中に出る気がしていて、
だからわたしは凛とした潔い感じの背中の女の人が好きです。

それにひきかえ、なんとナヨナヨしたわたしの背中。
泣き虫で、ささいなことに傷ついてくよくよして、すぐにしゃがみこんじゃう、
弱っちい女の背中ですね(笑 タフさが足りないよタフさが。

さあモカコさん、そのクヨクヨを卒業して、女っぷりをあげられるのでしょうか。
このことと、船パリのスケールはきっと比例するのだよ。

潔い背中の女が書いた物語はきっと当たるはずなのですけど。

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