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2012年6月30日 (土)

ONE

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社会を動かすような発言はできないけれど社会のことは一応考えている。

わたしがフォローしている100人ほどの人たちをわたしは敬愛しているので、そのなかで昨日デモに参加している人のツイートや写真はきちんと全部みて受けとめ、尊敬した。
しかしだんだんとデモに参加しない人が「非国民」みたいな空気感になっていくのは怖い。それは違う気がするんだ。

男女に上下はないけど性差はあって、2011年、男性が主宰してる劇団はほとんどが社会的な演目を上演したのに対し女性が主宰の劇団はだいたい震災には全く無関係でしかしより破天荒なエンタメを上演してた。

わたしはひとつの世界にたくさんの思想や考えが混在すること、「バランス」がなにより大切だと思っているから、世界が一色の絵の具で塗りつぶされることの方が、それがどれだけすばらしい思想であってもおそろしいから、
いま男たちが社会的な活動で日本を変えようとしてくれているのなら、そういうときこそ女として享楽やエンタメを推進したい。被災3日後の停電で静まりかえった渋谷で”Girl just wanna have a fun~(女の子はただ楽しいことを求めているだけなのよ)"と歌い叫んだシンディのように。

それは社会の流れから逃避することじゃない。
社会的な空気が強くなれば強くなるほどそれが必要になってくる。
そしてこれから日本はきっとそうなってくる。
震災直後、twitterなんかも震災のことで沈とした空気で、楽しいこととか一切つぶやけない空気だった。テレビもそれ一色だった。でもだんだん、ただでさえ24時間それに直面してるのにそれではしんどいと、音楽や震災に無関係の映像やらをUPしテレビでもアニメとか流し始めた。

わたしは逆にそういうことを忘れたくないんだよね。どんなときも。

ひとりの一日で考えたって24時間ずっと社会のことでは考えが偏る。
おいしいご飯を食べたりセックスしたり音楽聴いたり安眠したり、そういうとこから健全な思想は生まれるから。
だってその部分こそ、デモでも声を大にしてみんながゆってる「愛」にもっとも近い部分だろ?

パブリックなところで愛を叫んで活動してくれている人が5万人もいるならわたしは究極パーソナルなとこで愛を支えたい。つまりは誰かの読書の時間とか。

究極パーソナルなとこ、わたしがモカコ語で「じぶんごと」って言ってるぶぶん。
「ONE」で1対1のところ。
みなが社会に開いているときこそ、わたしはわたしの立っているこの「点」を大切にしたい。

そしてわたしは原発のことよりも幼児虐待や育児放棄のことのほうが普遍的に、個人的にはずっと気になっている。そういう人がいてもいいと思う。わたしはこの案件に関しては日々真剣に考えている日本人、上位20%には入ると思う。
でも幼児虐待反対運動とかには参加しない。

だけどわたしが子どもを産まない予定だと言ってることとそれには深い関係がある。その理由とかもいちいち言わない。それを実行できたときに言えばいいと思っているから。だからわたしは強い意志で、個人的に【ONE】ではあるけど、一生をかけてやりとげたいと思っていることがあるんだ。

でも1対1っていうのは、ときに5万人でなにかをやりとげるのと同じくらい大きななにかを生むことがあると思うんだよ。それを信じている人が地球にわたしひとりくらいいてもいいと思う。わたしはその「ONE」運動をひとりでも生涯続ける。
そして楽しいことをずっと追い続ける。だってわたしは女だから。
これがわたしの信念だ。
男女には性差だけがある。もちろんデモにも女の人は参加してるし、2011年にエンタメを作った男性劇団もあるだろうし、ぜんぶがぜんぶじゃない。
でもわたしは個人的に「女としてなにができるか」を常に考えていたい。

社会を動かすような発言はできないけど社会のことは一応考えている。

ONE&エンタメ推奨派としては社会的なことを言ったり表現したりしないのが主義なんだけど、親しい後輩にも「モカコ@スギタ、は、もうパブリックな人だから社会的なことは言わないほうがモカコ@スギタのためにいいと思う」と心配してもらったけれどもここは「ONE」代表としていっちょ意思表明をしておくとこかなと思ったから、しておく。
ちなみに、今日WOWOWでみた霧矢大夢退団レビュウ@宝塚の演目もたまたま「ONE」であった。
今日はONEが溢れている。

というわけで、わたしが大好きなミスチルの「掌」
この歌詞がミスチルの歌のなかで一番好き。
桜井さんみたいになれたらなぁ。こんなふうに作品を届けられたらなぁ。いつも思う。

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コメント

ツイッターで少しお話させていただいた者です。

このブログの記事にとても感動しました。

自然と涙が出ました。

こんな風に言葉を扱えて、社会に対するスタンスを表明出来る桃果子さんに憧れます。

俺は最近になって「カタワレ」の存在を知りました。
その頃偶然、誰Juneに出逢いました。
桃果子さんの言葉は、浸透率が高くて、ちょっと痛いくらいです。
だからその都度覚悟してページをめくるのでなかなか進みません(笑)

あの物語にしても、ネットを介した言葉にしても、それらは「カタワレ」を見つける為のささやかなヒントになっているような気がします。

確信とか、揺るぎないものとか、そういうものをなにひとつ持ってないけど、あるいは失ってきたけど、少なくとも誰Juneを手に取った自分のことは、手放しで信じてやれます。

素晴らしい物語を、ありがとうございましたm(_ _)m

投稿: 菊地 | 2012年6月30日 (土) 23時42分

菊池さん
わかってますよ〜!エルレの菊池さん(笑 
コメントありがとうございます。

世界ってふたつの変え方がある。世界から、と、わたしから。
でもそれすら混在してていいと思っていて。
森ってみんな緑だと思ってるけど、緑で描いてみるとどうも森っぽくない。思い切って茶色や赤や黄色やそういう色を混濁して使って描いてみると意外とどんどん森っぽく見えてくる。
透明だって、透明を表現しようと思うと全然透明にならなくて、逆にいっぱい景色を描き込むことでどんどん透き通っていく。
だから混濁してていいのかなって。考え方もやりかたも。

わたしが思う1対1ってたとえばこの菊池さんとのやりとりみたいなことかなって。
このブログに来たコメントはたったひとつだけど、この1対1は深い。
「この一歩は小さな一歩だけど人類にとっては偉大な躍進だ!」みたいな感じ(笑
この体験ていうのはきっとずっと胸にしまっておけるじゃないですか。

たとえばこうやって菊池さんみたいな人に出会う、そのことによってわたしは次回作も絶対菊池さんに届くものを作りたいって思うじゃないですか。それってもしかわたしが売れて、日本は中島さんの次回作に期待してますよっていわれるよりも逆にずっとプレッシャーだしむかうところが明確。

人ってなかなか漠然なものや向こう側に明確に「誰か」をイメージできないことに心からのエネルギーって使えない。
飲酒運転とかもよくないなーとは思ってるけど、自分の大切な人が轢かれたりまたは轢いたりして「じぶんごと」になったときに初めて
「絶対ダメだ!」って思ったりするじゃないですか。
人ってやっぱり恋人じゃなくてもカタワレのために生きてカタワレのためにそうやってエネルギーを使うんだと思うのです。
だからまとまって何万人で何かひとつをしなくても、
ひとりがひとりとほんとうに向かい合って、それが同時多発的に世界で起きたらそれってすごいパワーなのかなって。世界を変えられるのかなって。
もちろんそうじゃない考えのひとがいるから綺麗ごとになってしまうのだけども、わたしは今日ここでした1対1の「ONE」なやりとりを忘れないし、それは今後も絶えることない火としてわたしを支えてくれると思います。どうもありがとう。

投稿: もかこ | 2012年7月 1日 (日) 04時12分

嗚呼、もう、言葉も無いです。

こんなに身近に、こんな作家さんがいるだなんて、世界は素晴らしいですね(笑)

仰られていること、とても良く分かります。
細胞を満たすレベルで。
ONEについて、素直に共感出来ます。

誰かを愛したり、誰かの為に生きたいって思った時、その気持ちには「お為ごかし」がどうしてもついてきてしまうと思うんです。
だから、どんなに純粋で素晴らしい気持ちでも、どこか濁ってしまう。
そのことに麻痺して、不感であれれば楽なのにと思ったりもするんですけど、けれども一度思ってしまったから、抜け出せない。

抜け出せないなら、聖者にはなれないなら、貫くしかないなって結論に達するんです。
奇麗事を本当に綺麗にする為に生きてみたいって思うんですよね。
たとえそれが、どれほど途方も無い道のりだったとしても。

自分にとって大切な人の為にこそ、自分の為に生きるべきだと思うんです。
もし互いにそうなれたら、それが一番強い形かなと。
理解を強要し合うのでは無くて、認め合いながら。
「掌」に歌詞にもあるように(笑)

自分の思う正しさを体現する為にも、自分の中にいるはずのJuneに会いに行かなきゃなって思います。
どこにいるかも、探す方法も、まだ分からないけれど。
でも、そう思えることが、原動力になってます。

今このタイミングで、この物語に出逢えたことは、縁だし、シンクロニシティだなぁってしみじみ思います。

それが純粋に嬉しいんです。

これ以上は冗長になってしまうかも知れませんので、語りたい分は、桃果子さんと同じように作品に昇華して世に送り出してやりたいと思います。
桃果子さんのおかげで、心の中にあった無形の想いを、少し言語化出来るようになりました。
(繰り返しになりますが(笑))ありがとうございましたm(_ _)m

これからも貴女の物語を拝聴したく存じます。
宜しくお願い致します。

追伸
「掌」のライブ映像を観ましたが、追加されていたブリッジ部分スゴいですね!
持っていかれました〜(゚ロ゚屮)屮

投稿: 菊地 | 2012年7月 1日 (日) 04時46分

更に追伸

森達也さんっていうドキュメンタリー映像作家さんをご存知ですか?
今は活字の世界でのご活躍の方が多いんですけど。

桃果子さんの仰るONEに、とても近い作品を作られている方だと思います。あくまで個人的ですが(^^;;

この方も素晴らしい作品を作られているので、もし宜しければ是非お手に取ってみてください。

どんなことにも「一人称の主語(=ONE)」で語る覚悟を持った方です。とてもパーソナルで、とても優しい作品が多いです☆

お返事を書きながら思うところがあったので、連投お許しくださいm(_ _)m

投稿: 菊地 | 2012年7月 1日 (日) 05時03分

ありがとうございます。
森さん、早速チェックしてみたいと思います。

そうそう、あのブリッジのところ凄いですよね。
そしてやはり小林武史のピアノは凄いのであった。

投稿: もかこ | 2012年7月 2日 (月) 03時06分

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