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2012年5月15日 (火)

ヘドウィグとJune

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「Hedwig And The Angry Inch」

この映画があったから「June」は生まれ、
それが「誰June=誰ジュン=誰かJuneを知らないか」に結実しました。
ヘドウィグを知らない読者にも楽しんで貰うためこれまでヘドウィグ色をずっとずっと封印して加筆に励んできましたが、この映画なくして「June」は存在しないこともまた事実です。

そしてこのブログも、儀式である「初稿」の次の投稿は「ヘドウィグ」についてのものです。

もちろん「ヘドウィグアンドアングリーインチ」を知らない読者にも「誰June」を楽しんで貰いたい。
けれども、ヘドウィグを愛する人には、この物語のすべての始まりがこの映画であったことを、知ってほしい。そして手にとってみてほしい。
ヘドウィグから始まった長い旅。カタワレすなわち愛を探す長い長い旅。

心の中に「June」という女の子を棲まわせて、探して探して9年探して、最後の1年でようやくそれを見つけた。
見つけたけれども。けれどもそれすらも、おしまいの場所ではなくて、
「”終わらないすべて”の始まり」にすぎなかったことを知ったこの10年に紡ぎ続けた物語。

「誰かJuneを知らないか」

ヘドウィグを愛するあなたには是非、触れて欲しいんだ。
この裸の心臓の、その奥に。

ー誰かJuneを知らないか。
月の涙と雨傘をあしらった冠をはすっぱに頭に載せて、銀の睫毛を震わせながら歌っていたあの子のことを。
自分の片割れを探してある日どこかへ行ってしまった彼女のことを。
Juneが歌う日はきまっていつも雨が降っていたー

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