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2012年4月 1日 (日)

昨日の深夜のこと

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昨日、わりと早い帰宅をしました。実は前日飲み過ぎたため酔ってもいませんでした。コンビニでお茶と水を買って帰ると家の前に5歳くらいの男の子がひとり座っていました。そして「やっぱりおまえか」と言いました。

男の子がいうには、わたしが男の子の「母親のようなもの」または「母親のような役割を果たすべきひと」なのだそうです。
「やっぱりってどういう意味?」
とわたしが聞くと男の子は黙ってわたしが抱えたカラーの花束を指さしました。
男の子が、母親のようなものの目印だと言うカラーの花束を、たしかにわたしは抱えているのです。
花が苦手なわたしが唯一大好きな花がカラーで、それを豪快にたくさん、それはそれは美しく束ねた花束を、れいこさんとさおりは12時ちょうどにわたしにくれたのです。
とても美しい一瞬でその瞬間人生がとても輝いて見えました。
右往左往しかないわたしの無骨な人生もそのときだけは金色にふちどられて、とても美しいものだって思えたのです。
わたしにカラーの花束を贈るなんてことを思いついてくれるその行為がとてもわたしのことを「わかってくれている」ことの象徴に見えて、わたしはとてもとても安堵したのです。

なのでそれが目印だといわれるとわたしもこれは縁なのだろうかと思ってきて、とりあえず男の子を家にあげました。男の子は勝手知ったる我が家のように、ひょい〜と部屋に入っていきます。電気をつけようと思うと水場の電球が「バチっ」と音を立てて切れました。昨日もリビングの電球が切れたばかりなのに。

「いっときしたら僕の妹もやってくることになると思う」
男の子は言いました。わたしはカラーが枯れないよう、
とにかく大きなバケツのようなものに活けながら答えました。
「まああたしは子どもを生むつもりが今後もないし、ゆくゆくそうしてもいいと思ってたからいいけどさ」
でもなんでこのタイミングなわけ?
わたしはたずねました。

「おまえは今日男に手ひどくふられただろ?」
男の子は言いました。5歳のくせにひどく生意気な話し方をします。
わたしはすこし考えて、そうだ、そういわれるとあれは確かにそういうことになるのかもしれないと考え「まあ、そうだね」と答えました。
「その男以外は生涯愛さないと決めていただろう?だから終わりだろ?」
男の子は言いました。
どうしてこの子はわたしのことをこんなになんでも知っているのでしょう。
「すべてはタイミングなんだよ。いつかきみは僕に救われる。そういうものだと思うんだ。だから当面は僕の母親としてがんばってくれ」

男の子の言い分は道理が通っていましたが、わたしはひとつだけ条件があると言いました。

「あたしはあんたを産んだわけじゃない。
あんたを育てることはいいけど、同時にわたしの女としての人生はまだ終わってないんだから、これからも誰かを大切に想ったり想われたりってことをしていい権利があるはずだ。その究極に行き着いたときに子どもが産まれるってあたしは思っているからね。
だから、あたしはこれからも自由に恋のようなものとかをしたいと思う。それはあたしの愛が今日行き止まったこととは別だと思う。恋は夢を見るようにできるからね、たくさん。愛とは違う。愛が行き止まったからって恋もやめるような悲しいことはわたしはしない。でもそのかわり、あんたの存在を認めてくれない人とは恋愛しないよ」
わたしは熱弁をふるって言いましたが男の子はあっさり
「そんなことは自由にすればいい。きみは僕の”母親のようなもの”なだけで母親ではないのだから」
そう言い残してふぁああ〜とあくびをすると「眠い眠い」と言ってあたしのベッドで寝てしまいました。男の子が眠る直前、
「あんたさ妹もくるって言ってたけどさ、それはなんなの?」
男の子をゆすってそうたずねると、男の子は半分寝ぼけながら
「…マリアンヌ」とだけ言いました。
ここでもマリアンヌか・・・。
納得できるような釈然としないような半分ゲッと思うような妙ちきりんな気分で、しかし確かにすこし幸せな気分で、わたしは男の子の横に寝転びました。
男の子はもうすやすや寝ています。その寝顔は大変幼い、5歳のものでした。
閉じたまつげはうすい金色でした。

33歳の誕生日を迎えた深夜、わたしは愛をひとつ失い、
代わりに美しすぎるカラーの花束とひとり男の子がわたしの家にやってきました。
まだ肌寒い春の夜のことです。

もしからしたらあの子はあの美しすぎるカラーの花の息子なのかもしれません。

ともかく母親のようなものとして、まずは名前をつけてあげないと。
あの子が起きたらまずその名前で呼んであげなくてはなりません。
「名前なんかないよ。呼ばれたことがないからね」
男の子はそう言ってましたから。

「ギフィト」これが彼の名前です。ゆえにギフィトとわたしは誕生日が同じということになるのです。の、ようなもの、としてはね。

4月1日。これがわたしとギフィトの誕生日です。

そしてその日は世間では「四月ばか」と言って、
年にいちどだけ大きなほら話も許してもらえる日なのでした(笑)
ちゃんちゃん。
何が本当で何がウソなのか。

でもね、物語の中ではいつもぜんぶが本当なんですよ。
だからギフィトはもうすぐ起きてきて、あたしは彼を妹たちに紹介しなくてはなりません。息子、のようなもの、だと。
ギフィト、それは今日からのわたしの「きぼう」のすべてです。

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