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2012年1月

2012年1月27日 (金)

わたしたちの夜明け

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3時間半くらい爆睡して目が覚めてしまった。
薄暗くて静かな部屋で目が覚めると、なかなか明けないヘルシンキの夜をすぐそばに思いだす。起き出してそっとカーテンのすきまから外をのぞくと必ず雪がすっぽりつもっていた。
 うすぐらい鏡に映るじぶんの顔は、ヨーロッパの景色の中に溶けるといつも少しだけ知らない子みたいで、でもその奥にある紛れもないわたしの心が、
この旅でわたしが自分自身の次元やステージを根本から変えることができるかどうか不安そうに問いかけていた。フィンランドのくうきはそのたびに
大丈夫だよ。だって君は、それだけの覚悟を決めてここに来たろう?
と、わたしを包んでくれた。
絨毯敷きの廊下や、本棚がたくさんあるテーブルで食べていたゆで卵とコーヒー。
誰にも属してない、わたしだけのじかん。

あのときはあたりまえに「そこ」にあった景色がいまは遠く離れた北極圏の国のできごととして、なのにこんなにそばにあること。あのどっしりとした静かな国 でのわずか6日間が、わたしの体に心に「軸」をつくってくれた。(またはとりもどしてくれた)それは紛れもなくあの国の荘厳とした力と、大聖堂でしめやか にとりおこなった世界との約束の力だと思う。

いま、わたしはとてもわたしがわたしらしいと思う。
そしていま、日々がとても幸せ。

くだらないことや得体のしれぬ不安に右往左往しないし、
そんなものにあたしを支配させない。
というか正確に言うと、くだらないことが視界にも心にも入って こなくなった。

今日は作家業ではない別件でもとっても嬉しいことがあって、その嬉しいことをわかちあえ明日への予感に繋げていけること、それがうれしい。

ヘルシンキの長い夜が明ける頃、
わたしにも、日本にも夜明けがやってくる。
もちろん、これを読んでくれているあなたにも。

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えっと、ブログ更新しばらく出来ていなくてすみません。
帰国後、新生JUNEの書き落としに蕁麻疹が襲来する、その後風邪になる・・・という、肉体的にはかなりハードな日々を送っておりましたが、先週無事脱稿したところです。
タイトルはおそらくJUNEではなくなりますが、おなじみの方も多いと思うので「JUNE(仮)」ということで。なかなか重厚かつBLUEな仕上がりになっていますのでみなさまお楽しみに!
 来週からは船パリ(仮)一色になってしまいますので、それまでにフィンランドブログ、更新したいと思います。この前のブログが「世界との約束」でしたので、いきなり日本の日常に戻すのもな・・・と、ちょっとブリッジ。

 

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2012年1月11日 (水)

弦楽四重奏曲第9番ホ長調「東京」

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世界との約束

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ヘルシンキ最終日にわたしがすべきこと。それはおそらく「世界」との約束です。

えっとみなさんすみません。いきなり最終日になってしまいましたが、帰国してからもブログは更新します。ただ、生でお伝えしたいこと、それはこのことなのです。

おととい頭の中でJUNEが完成し、これはもう揺らぎようがないと思いましたので、
書き落としをあとまわしにして、このヘルシンキの街でまだわたしが片づけていないと思われるいちばん大きなことに向かうことにしました。

それが「世界」との約束です。

わたしは旅には呼ばれる、正確にはその街に呼ばれるんだと思っていて、
それがなぜかはそこにいけばたいていわかるものです。
今回わたしはJUNEという作品を完成するためにここに呼ばれました。
でもそれはほんのディディールであって、おおきくはわたしの「いのち」のためにここへ来たのです。これは別なことのようで実は同じこと。作品のまえにわたしのいのちがあるのですから。だからJUNEのことは大きな銀河の中のちいさな惑星のことであって、わたしは最後に銀河にむかわなくてはなりません。それがこの場所です。

ヘルシンキ大聖堂。

ここに来るきっかけを作ってくれたみづゑの旦那さん(彼はすばらしい立体のアーティストさん)がわたしにはエスプラナーディが似合いそうだとわざわざメールをくれたのですが、
実際のところヘルシンキの街の中でわたしがいちばん好きだと感じた通り、
わたしが毎日そこにたむろしているアカデミア書店のある、やはりそれはエスプラナーディ通りなのです。その通りのはずれに港があり、港の手前の路地を左に入ると、大聖堂が見えてきます。

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ここなのだ、と、その白い建物が遠くに見え始めたときから気がついていた。
この場所なのだ、と。

街はぜんぶ好きだった。いたるところにJUNEがあった。そしてわたしがヘルシンキの中でいちばん好きだと感じた場所には不思議なことに船パリがあった。

♪港は〜雨の晩だった 波止場の灯がぼんやりにじんでいた...
男は〜わたしに〜遠い海の話を...したかぁった...

吉田日出子さんの♪港は夜の晩♪が頭の中に流れて胸がいっぱいになった。

しかしこの大聖堂には作品はなにもなかった。
静かで荘厳な「からっぽ」があるだけ。
驚くほどここには物語がない。
ということは。

つまり、ここが心臓で、いのちなのだ。
小説家でも演出家でも女優でもなんでもない、ただ生身の人間であるわたしが、
いのちのことだけを考えて向きあう場所。
いのちの約束をしにきた場所。

パリのときは猶予をもらいに行った。
でも今回はそれを受け入れ約束をしにきた。世界との約束。
それはきっと機内で読んだ「スウィートヒアアフター」とも関係がある。
マリアンヌと、いつか会うきみ」とも関係がある。
だからわたしはこの2冊を、この街に置いていかなくてはならない。
そしてもっとも大切なあれも、置いてかえらなくてはならない。
ただ、どこがその場所なのかまだもうすこし見えなくて、まだすこし答えを探している。
でも今日もういちどそこへ行けばきっとわかると思う。

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前世感、というのはヘルシンキの街にひとつもなかった。
まるで日本みたいに、空気がフィットした。クリアで軽かった。

パリには前世感がすごくあって、それゆえにある種の鬱陶しさもそこにはあった。
長く働いた店とかに、辞めてからずいぶんたって行くような感じ。
なにもかもが、うっ、とくるくらい懐かしくて、そのままで、いまにもあの日に戻ることができそう。でも、内装や食器や、働いている人は様変わりしていて、そこがそこではないのに、とても「そこ」である鬱陶しさ。
そういうものがパリにはあった。それから誰だかわからない懐かしいひともたくさん。
思い出せないわたしの懐かしいひと。
mon viel ami-わたしの古いともだち

けれどもここには懐かしい人もいない。
だからこれは誰かとの約束ではなくて、やっぱり「世界」とわたしの約束。
前世も来世も関係ない、いま生きているこの世界とわたしの。

この大聖堂には、ただ、だだっぴろく「真ん中」だけがある。
ここは地球のはじっこなのに、なぜかとんでもなく「真ん中」だ。

この真ん中で、
パリのはずれ、ラピュタの島、モンサンミッシェルにわたしを呼んだひと、
思い出せない懐かしいひと、いつかはるか昔わたしと一緒にレストランをしていたひと
(mon viel amiのリンクを参照していただけらば)
が、「持っていなさい」とわたしにくれた石を今日、わたしは世界に返す。

キリストは嫌いだ。神様も別に信じていない。でも、世界を信じている。
だからここが大聖堂であることとかはどうでもよくて。目の前の神の絵もどうでもいい。

ただきっと「約束」にいちばん近い場所だったんだ、そう思う。
ここは「大聖堂」でも「ヘルシンキ」でもなく「世界」なのだ。
そしてわたしが石を返す場所なのだ。

そしてなにを約束するのかはもうわかっている。

わたしはそれを受け入れます。だから、生きているあいだにすべきことをぜんぶやりとげられる力をください

石は返します。もうこわくないから。
取引はしません。だって愛といのちと作品はすべて同じだから。
愛はいのちのまえにあって、いのちは作品のまえにある。
ということは愛は作品のもっとまえにある。
だから愛することをやめることもできません。

ただひとつ、
わたしはそれを受け入れます

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いのちに火をともした。ふたつのいのちに。
あなたはわたしに、俺の葬式に出てくれというけれど、残念ながらそれはわたしにはできないと思います。でもまだ時間がある。
その時間をわたしはけして放棄したりしない。
だからこうして、ちゃんと約束をしにやってきた。
そして地球のはじっこでいま、愛を叫んでいる。

おやすみ街の灯よ ねむれ母のない子のように ネオンも街路樹も 夢みる恋人も、星野カーテンコールにしばしの別れ すぐにまた会おう

そして 愛の日々よ それぞれの日々よ
銀色の夢に沈む夜 きみは僕だけのビューティ

おはよう 美しいひと 言葉にするだけで 涙がこぼれそう

愛しきかたちのないもの、僕らはそれを”東京”とよぼう

ふいに日本がいちばん美しかった日々のことを思いだしました。
ティンパンアレイ、このアルバムを聴いていた去年の2月。東京も日本もとても静かで、街は美しく、あなたはいつも傍にいた。

けれどわたしたちは前進してゆく。

夢から覚めたいまもまだ 僕の目は覚めないままだ
僕はひとりでささやかに 人生をかわいがる

悲しい夢もみたね 過ちだってあったかも
だけど僕たちはこんなにもすこやかだ 美しい
そう 全てわかちあおう 全てを手に入れよう
何も捨てず何もあきらめず僕らは年をとろうよ

世界はいまも夜明け前 大丈夫 大丈夫
ずっとずっと ふたりでいよう 大丈夫 大丈夫

大聖堂の中で、志磨くんが東京に捧げたこの2曲を聴いていました。

志磨くんが、いとしきかたちのないものを”東京”と呼ぶなら、

わたしは、いとしきかたちのないものを、、、
”日本”と呼ぼう。

いま、夜明けがこようとしているその国で、わたしは生きている。
こうしてそこからこんなにも離れていたとしても。

おはよう美しい国、言葉にするだけで涙がこぼれそう。

地球の、限りなく果てに近い「世界の真ん中」で、いのちの約束。

これは理屈じゃない。

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2012年1月10日 (火)

旅のこころゑ的なもの?

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**旅のこころゑ的なもの?**

あー、すげー寝てしまった(笑 
風邪ひきそ、と思って薬飲んで寝たので一度も起きなかったな。でも昨日もよく歩いたからよしとする。ずっとJUNEのこと考えてて沸騰しまくり脳みそがちょっと寝かされたしね。「かもめ食堂」にいる瞬間、すべてがぶっとんで心底ヘルシンキという街を楽しんだよ(笑
憩いの地になってる本屋さんでだらだらしてたら、なんだかんだで9じすぎにホテル着。サウナ入って、寝ちゃいました。あはは。

今日ヘルシンキの街2回目だったんだけど、ふと途中で、旅もまめにしていると旅が上手になるなあ、、と思いました。慣れるというか、まあ、あたしなりの、あたしが心地よくなれるやりかたが見つかって肩の力が抜けるということでしょうか。

○行きしなのトランクはなるたけ軽く、向こうで捨ててもいいような靴下とかはいていきトランクには絶対お金とか入れないこと。お金は空港ですこしエクスチェンジしてあとは基本クレジットカードがスムーズ。
飛行機ではすっぴんでほぼ部屋着がコンフォータブル。試供品の化粧水でときおり潤す。笑。

○到着日はだいたい夕方につく便にして、その日はホテルに直行して休むこと。
次の日朝から稼働するため。そしてネット環境をすぐに整えること。

○携帯の料金形態はちゃんと調べておくこと(バリ島のときエライ目に!)

○街を散策する1日目は欲を出さず←まあ基本的には欲を出さないのが、暮らしているように旅をするコツーここに行けたらいいな♪ みたいのをひとつ決めて、あとは適当にぶらぶらして街を覚えること。
近所のスーパーとかでリンスとか日用品、それから水とか買っておいて、節約すること。(そしてスーパーはどの国も行くだけで楽しい)スーパ-では恥じずに地元の人に色々聞いて買うこと。どのクレンジングがいいか、どのチーズがおいしいのか。
冬のヨーロッパにはカイロをもってゆくこと。帽子とか手袋は現地で買うこと。

○お土産とかはあせってかわずに。街や店を歩き尽くした最終日の前日とかにバババと買うこと。しかし500〜1000円程度の安くて可愛いものは即座に買って良い。
よその国や日本でも買えるもの、または帰国してよく見たら、別に可愛くないし必要くなるであろうモノを、旅の興奮にまかせて買ってしまわないこと。←けっこうこれが馬鹿にならない浪費になる。

○その土地のものにいちばんの価値がある。
私は昨日、ガラス用のくもりシートをホビーショップで購入。だってあんなデザインのシート日本にないのだもの!これで自宅の、外から丸見えだった部分のすきまを解消する。

○買い物はゆったりすべきだが「こいつには二度と会えない!」と思うような直感的な出会いをしたら、それは恋愛と同じ、多少の犠牲を払ってもそのときに手に入れること。
(昨日の写真絵集とかね。イタリアで買ったレザーのジャケットとかね)
手に入らなかったら「なぜあのとき買わなかったんだろう」と、ずっとそのことを忘れられなくなる。同じチャンスは、二度とない。異国だと余計に。
逆になんとなくなのにここいらで手を打とうかみたいなものは絶対に買わないこと。後で絶対もっと運命的なもの出会ってしまって結局それも買うはめになる。
恋と買い物は同じ。

○5000円以上の買い物はちょっと立ち止まって考えること。
(貧乏なわたし限定。パリのときは散財しに来たが、今回の旅の目的は小説であって買い物にきたわけではないのだ!)
そんなわけでわたしは今回「食」を節約。なるたけ朝食をたくさんとり←ホテル代に含まれてるからーココ!っていうとこ以外は安くすませる。でもカフェは贅沢してよい。
金銭的に、パリのときの使いまくり旅と比較すると金銭的脂肪分40㌫いや50㌫カットってとこで頑張ってるかしら。ホテルにいる日は使わないし。
靴屋には絶対に入らない!なぜなら入ったら最後買ってしまうから。

○郵便局に行ってみること。
※荷物が増えすぎたら送るなどの手段を検討するため。

○気に入った場所には何度も行って掘り下げてもいい。

○海外にいるのだから!と張り切らないでいつもどうりだらだらすること。
(これも体力のないわたし限定。めちゃ寝たけど、それでいい 笑)

○歩くこと。たくさん歩くこと。

まあわたしは日本でも決まったカフェで決まったものを頼むタイプだから、色んなものを知りたくて寝ないでも謳歌しまくりたい!ってひとには向かないやりかたかな。
わたしはこののんびりもわたしなりの贅沢だと思って楽しんでいます。

最後に、、、

○タンポンの存在をあなどるな。

という新しい教訓を加えて、おはようございます。
朝ご飯食べよ〜

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2012年1月 9日 (月)

【かぎりなく完成に近い執筆メモ/JUNE】

ヘルシンキからのブログ更新を楽しみにしてくれている人ごめんなさい。
ここ2日執筆に傾いてずっとホテルにいます。一昨日街にでた写真もたくさん載せたいのだけどすこし待ってください。けれども執筆に傾いているのはこれはこれでなにより喜ばしいこと。

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ーJUNEー
その名前におののき、その存在に翻弄され、それでもなお、
わたしはあなたのことが知りたい。

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知らなかった。誰かに心底惚れるということがこんなにも世界から踏みはずれていくことだったなんて。終わりのないものに出会うということが、こんな風に踏み外していく見知らぬ自分をも受け入れ飲み込んでゆくことだったんて。
まるで夜の森みたいだ。
愛しあうことはもっとやわらかい、午後の紅茶のようなものだと、わたしは思っていたのだけれど。

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昨日一日悶々として、ようやくあたしの頭の中でJUNEが完全に再構築されました。
昨日、ヘルシンキですべきことの9割が終わった。

頭の中で全部の編集が終わって一本の映画ができたといってもいい。
あとは、頭の中でボタンを押して、流れ出す映像を怒濤のように書き落とすだけ。
もちろん油断はできないけど、ここまでこれたことを非常に喜ばしく思う。
書き落とすための言葉がいまどこにいても流星群のように落っこちてくるのでそれを拾わなくてはえらいことなんで、今日は街にでるのをあきらめて、溢れてくることばを必死にメモしている。

小説を書き出すまでにその輪郭をとらえなくてはいけません。仏像を彫る人が、何日も木の塊を眺めて、ディディールまで見えたときに一気に掘り出すように。
それをaccoは準備体操といい、わたしは普段「暗闇に目をこらす」と呼んでいます。
しかし、どこにいてもすぐその世界にDockできた2009年と違って、2011年は目をこらしてる最中に電気がついてしまうことがすごく多かったきがする。地震とかで日本がぐらぐらしていること、じぶんをとりまくしがらみやなんか。そしてわたしはわたしの小説をたくさん取り逃がした。ほぼ失敗だったと言ってもいい。
(これは物語になりえなかった小説のことです。物語のかたちになったものに失敗はありません。そもそも、物語に失敗などありません。地球と同じですから)

おとといフィンランドのサウナでaccoが言った準備体操について考えていて、ああ、こんなところまでこなくてはいけないほど、わたしから小説はほんとに遠ざかっていたんだなあって実感した。
でも作品がわたしをここに連れてきてくれた。
10年前にわたしの体の中に初めて降りてきた物語。JUNEがわたしをこの国に連れてきたのだ。そして物語の答えはすべてこの国にあった。
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おととい街に出たときその本屋で、わたしは一冊の写真絵集を見つけた。それはJUNEそのものといってよかった。JUNEのすべてがここにあると言ってもよかった。わたしは迷うことなくそれを買った。
なによりもフィンランドらしい買い物だったと思う。この本だけはぜったいに他の国で手に入れることはできない。

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マニアックすぎるこの物語をどうメジャーなもの、マニアックメジャーなものに仕上げるかが1番の課題だった。JUNEはわたしの心に寄り添いすぎているあまりにわたしが書くものは抽象的で感覚的な詩のようなものになってしまって、初めてこの世界に足を踏み入れる読者との間に温度差があってJUNEを伝導できない。
わたしがJUNEの世界に溺れすぎているし、重なりすぎているからだ。
そんなことを考えながらプールで泳いでいたとき、あるひとりの女の人がわたしの中に現れた。
まっとうな、とてもまっとうな女の人。あるいはまっとうだった、女の人。愛し合うことは午後の紅茶のようなものだと思って、実際そのように日々や恋や愛を重ねてきた人。

じぶんでもありJUNEもありじぶんの世界のすべてだったこの物語が、このひとりの女性から見えた「知らない世界」としてスタートを切ったとき、
この小説はほとんど成功に近づいた。 JUNEが主役を彼女にゆずったことで。
いや、主役はいつだってJUNEだ。
けれどもこの物語の主演は、その彼女がつとめる。

頭の中でばらばらになっていたちぎり絵は、なんまわりも大きいカンバスの中にコラージュとしてレイアウトされた。そして余った白いところに、いまからわたしは絵と色をいれていく。いや、もう頭の中で絵も色は入っている。そのイメージ通りに塗りこんでいくだけだ。その作業をいまから行う。

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2012年1月 6日 (金)

プール、あるいは物語の入り口。

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フィンランドの誰もいないプール。
美しい。このプールがフィンランドにあって、あの「かもめ食堂」と同じシチュエーションで、
いまこのプールのへりにわたしがいるというだけで、このプールはもう、なみなみならぬ輝きを発している。
あまりに冷たい水温に凍えたとしても、この豊潤な時間をわたしから齧りとることはできない。斜めにあっている水の底が突然深くほれる日本のあのサーフスポットのように、とつぜん足がとどかなくなって、わたしの手足はたゆたう。

湯舟にもつかれず、せまいエコノミーの座席できゅうっとなっていた関節なんかをくたくたにほどくいて緩める。
そんなことをしながらあることを考えていた。
それは、いまわたしはとめどない自由を感じて、ありあまる開放を手にしているけれど、それは同時に何かに縛られていなければ感じない自由なのだ、ということ。

ということは、ここにれっきとひとりで水に浮かぶわたしの浮遊も、もはや完全な自由ではなくて、そこにすでにあなたがいる。
あなたという存在を知ってしまっていなければ感じられない自由なのだということ。
だからこの自由すらあなたに与えてもらっているものなのだ。
あなた、それは別に恋愛対象だけではない。
誰よりも近い距離で互いに干渉しあったりときに揉めたりしながら日々関わり合っている妹たちや、今後どうにかやっていかなくては立ちゆかなくなるお金のこと、わたしを心配して叱咤激励してくれる男友だち。〆切り。日本に帰ればただちに操り人形の糸のようにわたしの指に腕にくるぶしにからみつく鬱陶しくも愛しいすべて。

そして物語だけはわたしを縛ることができないことを知る。
たとえ〆切りというものが物理的にわたしを縛っていたとしても。
わたしはいつもそちら向きの矢印で生きていて、物語から逃れたいという感情を持つことがないからだ。こうやって操り人形の糸のすべてを日本に置いて、北極圏の国の冷たいプールにぽかりと浮かんでいるときですら、わたしはぼんやり、人生のことと物語のことを考えている。そしてそのふたつは同じ成分でできている。

途端にこの考えや発想も、水に浮かぶ手足も、わたしのようでわたしではない、ヘルシンキに滞在している誰か知らない女の人のものになる。
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女(おそらく”みずき”という名前です。名字はまだわかりません)は思う。

ー人のからだは美しい。わたしが美しいということではなくて、こうやって光に映し出され、ここでたしかに生きているというだけで、手も、足も美しいー

大変なことだ。そこに戻らなければいけないということは。
いままでみたいに立ちゆかなくなったら、ここで終わりにしましょう、と言えるものであったらどんなにかよかっただろう。
でも自分の心は知ってる。そこからは逃れられないこと。
終わりが見えないことなど初めてだ。どうすればいい?いつも、うまくいかなくなったらそこで終わりにすればいいそう思っていた。簡単なことだと。
うまくいっていてもその恋愛のだいたいの尺がみずきにはわかっていた。
でももう、終わりがあることが、終わった。
どれだけダメになってもこれはずっとずっと続いてゆくのだ。だとすればこの自由と不自由を、わたしはどう飼いならせばいいんだろう。
不幸せではなかった。
終わりのないものに出会えないことに絶望していたこれまでを思えば、どんなに厳しいことも「終わりのないものに出会えた」幸せをくつがえすことはできない。

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片方の出口から50歳くらいの男の人が入ってきて、同じように震えながらでもすぐにいきおいよく泳ぎだした。
ついでみずきが入ってきたほうから同じく50歳くらいの女の人が入ってきて、水につかると、男の人の方に寄っていった。
みずきはこの感じのいい夫婦(だと思った)にこの美しい場所をあけわたすことにした。

会釈をして出ようとすると、なんだかわからなかったパイプがら勢いよく水が出て、男の人の背中にばしゃばしゃと跳ねた。
「これでお湯を足すんですね。どうりで凍えるかと思いました」
みずきはそう言ってふたりに会釈すると、階段をぺたぺた登って熱いシャワーを浴びた。
すごく寒かったので急に熱いシャワーでからだが暖まると、条件反射的にほっとして涙が出てきた。
さみしい? ううん。それはとっても検討違いの質問。
不思議とさみしくなかった。こんなにもひとりでいるのに、こんなにもひとりじゃない。
さっきの仲睦まじい夫婦を思ったら自然に微笑んでいた。
不思議だ。自分をとりまく状況はこんなに厳しくて行き止まりなのに。
いままではこんなとき、きゅうに寂しくみじめになって、しょぼんとなったはずなのに。

けれどもその不思議の理由すら、じぶんの心はちゃんとわかってる気がした。

それがきっと、終わりのないものに出会うということなのだ。
その不自由さに立ちゆかなくなって、とらわれてることから逃れたくて、
北極圏のプールまでトランクひとつで逃げてきたのだとしても。

1週間したらわたしは帰るのだ。操り人形の糸の場所に。
それが幸せなことなのか不幸せなことなのか、きっと誰にもわからない。

たいせつなのは答えじゃない。答えは最初から歴然とそこに転がっている。
たいせつなのはその答えにじぶんが納得する勇気があるのかということ。
操り人形の糸の元に戻る自分の幸せが、
他人からみたときとてつもない不幸に見えたとしても。

扉が開いてさっきの女の人が裸で入ってきた。

「ごめんね、タオルタオル」そんなことを言ってタオルをとるとシャワールームに消えていく。

「あなたは終わりのないものを見つけて、そしていまその終わりのないものと一緒にあの美しい時間を過ごしていたのですか?」

そう聞きたかったけどやめて、じぶんの記憶を辿った。
終わりのないものと一緒に過ごした時間や食べたもの、飲んだお酒などを。
終わりのないものがわたしにくれた言葉や、与えてくれた予感、または、なにか漠然とした確信のようなもの。

それがさっき、プールでみたふたりの夫婦の景色に、とても似ている気がしたとき、
自分がやっぱりさっき幸せだったから泣いたのだということに遅れて気付く。

終わりのないものに出会うまでは心は「満ちる」という感覚を知らなかった。
どんなに甘い言葉をもらっても。どんなに強く抱きしめてもらっても。
でもいまは、視線を交わすだけでわたしは満ちる。会話がなくても同じ空間にいるだけでわたしの容器は満ちる。それは互いの深遠を互いが知っているから起こることで、
好き、とか、思い込み、とか、そういう浅瀬のものでは起こり得ないことをわたしは知っている。なぜならその闇はもともととても深かったから。
一方通行なものでそれを満たすことはできない。
だってそうでない状態でも満ちたことはなかったのだから。
それは、ある種の絶望として、みずきをずっと支配してきた。
だれかと恋愛をしているその瞬間ですらも。

終わりのないものの途方もない厄介さを受けとめられる器があればいいのに。
この不自由を自由だと感じられるくらいの。
ありとあらゆるものをそこに載せて、それをけして投げ出さない地球のような。

髪をかわかして、服に着替えた。

****

いまからあの本棚にあるカフェに行こうと思っています。
きっともっと、ぼんやりとした輪郭がはっきりしてくるはず。

そしてすこし・・昼寝する!(笑

いまさらですがタンポン買いました!
が、このプールの空気感が崩れると思ったので、スーパーの写真はまたのちほど!

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ヘルシンキ2日目

【わたしがいま、てんてこまいで探しているモノ】
ー女は世界中どこでもアレに関して女には寛大、ヨーロッパの休日とはすべてがストップする日のこと。備えのない日本人は途方にくれるー

ちょっとfunnyな日記です。

わたしがいま、てんてこまいで探しているモノ、それはタンポンです(すみません
タンポンがわたしは嫌い。好きな人のからだの一部であっても長時間は留まらせておけない場所にそれを何時間も留まらせておくなど無理!
ってことで、ふだんその存在を無視してます。
が、わたしは出発前日に超女の子になってしまい、それなのにそんなことも忘れて、水着を用意したり(ホテルにプールがある)、室内にバスタブがないことをあなどっていました。

しかしよく考えたらサウナに入れないではないか!!ええ!
この北極圏に限りなく近く、バスタブのないホテルの中でそうやって暖をとればいいのよ!?

えっと話が前後しますが今日はヘルシンキ、休日だそうです。
レセプションで女性スタッフにバスの時刻を調べてもらっていたら、その子に「でも今日はたぶんどこも閉まってると思う。祝日だから」と。で、わたし最初祝日だと思ってなくて「あれ、でも今日金曜よね?

そしたらイケメンだけどちょっと高圧的なマネージャクラスの男が
金曜日だけど、とにかく今日はどこも閉まっているから(説明すんのめんどくせえ・・)
あーなんかちょっとえらそうなヤツ 祝日なんだろ、わかってるよ。

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朝ごはんを食べて、今日はひきこもって執筆しよ〜なんて思ってたら、レセプションを通ったときにさっきの女の人が(ちょっとぽっちゃりしててかわいい)
インターネットで調べたら、今日、祝日だけど12じから夜の9じまでどこの店も開けるみたいよ」と教えてくれた。ついでサウナの時間帯をきき、
そのタイミングしかないと思いわたしはすかさず、
タンポンてあります?
あのイケメン高圧マネージャに聞こえないように小声でいうと、「あったかなあ・・」といいつつ自販機に案内。そこにもなくって、
ちょっと待って。あたしのあったらあげるから」と裏に。
女はこういうとき、無条件に女に優しい。
さがしたけどなかったわ」そう言って彼女は近所のスーパーを教えてくれた。

そこでわたし初めてヘルシンキの道を歩く。
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これ、朝の9じよ。天候は雨。つまり雪。映ってないけど小雪が降りしきっている。

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すげー寒い。

すぐ近くにあるときいたのに見つけられない。ここで二人目の女のひとと出会う。
(この辺おそらく住宅街なんだね)

水色のダウンを着てベビーカーを押した女の人にたずねてみる。
この辺にマーケットがあるって聞いたんだけど・・」
そのひとも、うーんと首をかしげて
今日休日だからやってるかな・・」
で、そのひと
もうすこし行くと駅があるのね。そこにキオスクがあるから。タンポン売ってるかはわからないけど・・」
そういって(キオスクってこの子わからないよね・・なんて言おう・・)って顔。

しかし駅&キオスクって、英語わからなくてもなんかドンて心に入ってくる言葉(笑
そもそもキオスク英語じゃねえし!キオスクに大反応するわたし。

キオスクね!それ知ってる!じゃそこに行きます!」

女の人は近くまでわたしを案内してくれた。雪道を慣れた手つきでベビーカーを押しながら。雪にうもれた公園を抜けるとその人のママ友が「ハーイ!」
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そこで別れたわたしの背中にフィンランド語が降ってくる。
あの子なあに?」
なんかねーマーケット探してるんだって」
「へー」
みたいな感じかしら。
しかし!

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キオスクは閉まっていた!がーん
(なんども言いますがいま朝の9じです。暗い!)

そのまま来た道を引き返すと、あの公園でさっきの女のひとたちにまた出会った。
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どうだった?っていう心配そうな水色ダウンのジャケットの彼女に、

閉まってたよう〜」と言ったら、

水色ダウンのジャケット彼女のママ友さんが、子どもをブランコに乗せながら
何を探しているの?」と訊ねる。
タンポン」とわたし。

I't sooo weired(それはまた妙ちきりんな話ね)

女の人が目尻をにゅっと下げて笑う。

yeah , I know (そうなのよ)

と、わたしもうなずいて笑う。

なにが可笑しくて妙ちきりんか、ここにいる3人の女はきっとちょうどに解っている。
だってここは、おそらく日本でいうと、世田谷区、とか学芸大学あたりの辺鄙な住宅街で、
その住宅街の休日の朝9じに何人か分からない外人の女の子が財布片手に必死でタンポンを探し歩いてうろうろしてるのだもの。

なに、あなた車に乗るの?

違うのよ、わたしそこのホテルに泊まってるんだけど部屋にはバスタブがなくて、タンポンがないからサウナに入れないの

あーそうなの。でもここいらのストアはきっと今日は全部閉まってるわ。電車に乗って中心までいかなくちゃね

真剣に考えてくれるふたりのママに向かってわたしはこういう。
ありがとう。でも、とどのつまりはわたしがサウナをあきらめればいいことなの

ママたちは「まあそうよね」と笑う。でも気持ちはわかるわよ、といった具合に。

明日街に出たときに買ってかえるわ。だって明日は・・・

言いかけたわたしにママ友の彼女が答えた。

Yes. tommrow is normal day

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こうしてわたしは二組の親子に別れを告げ、およそ20分のタンポン探しを終えホテルに戻った。

ホテルではスタッフの彼女がわたしを待ち構えていた。
あのね、インターネットで調べたらそのストア12じからだったの それでわたし他の女性スタッフにもきいてみたんだけどみんなタンポン持ってなかったのよ。ごめんね
※彼女はなんでもきちんとインターネットで調べて裏をとる。が、裏をとってから教えてくれるのではなく、見解を述べてから裏をとる。そこが可愛い(笑

わたしは「大丈夫、大丈夫」と答え、たずねた。

教えてくれたストアってもしかしてすごく近い?よね?わたしずいぶん遠くまであるいてキオスクまで行ってしまったの。でもそこも閉まってたのよ

彼女は答えた。
うん。すぐそこよ。とっても小さなストアだけど。右に行ってすぐ左に曲がれば、あるわ

12じからなのね。りょうかい

わたしは答えて部屋に戻る。今日は12じからストアに行ってタンポンを買いサウナに入ろう。そして街にでるのはNomal(ノーマル)な明日にして、今日は一日、小説を書こう。

今日朝の9時から10時の間に、すくなくとも3人のフィンランドの女の人がわたしのタンポンのために瞬間的ではあるけれど一生懸命になってくれた。

女は世界中どこでもアレに関して女には寛大、ヨーロッパの休日とはすべてがストップするほんとうに「休」む日のこと。備えのない日本人は途方にくれる。
そしてわたしがヘルシンキに着いて、いちばん必死に、てんてこまいで探したもの。それはタンポンでした。

最後に朝食の写真を載せます。
この本棚に惚れて、わたしはこのホテルを即決したのでありました。
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子どもの頃から、男よりも自然にずっと傍にいれくれたもの。それは本棚なのであります。
進学塾に通っていたときですらその時間のほとんどを塾の図書館で過ごしたわたし。
日芸のときも授業をさぼって昼寝するのはきまって図書館の長いすでした。
本棚があると無条件に安心する。美女と野獣で、野獣が本棚の間にベルを案内するシーン。いつもうっとりしてしまいます。

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左/わたしの席〜♪ 右/ これって盆栽?

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北欧のビュッフェなので、なんか嗅覚的にいつかのIKEAのビュッフェを思いだしました。
IKEAのビュッフェが思っていたより美味しくて、しかしサーモンだけが驚くほど不味くて笑ったものです。

この時期にフィンランドに行くというと「ほとんど夜だよもったいない」と人は言います。
しかしたったひとり「ずっと夜なんて最高じゃんか」と即座に言ったひとがいて、わたしはそのひとのそういう感性がとても素敵だと思いました。ずいぶん昔の話です。
そしてそのひとの言葉通り、長い夜はたしかに最高なのでした。
そのことを教えてあげたいしその夜を見せてあげたいけれど、その言葉がどれくらい本気で発せられた言葉なのかはいまのわたしにはわからない。

フィンランドの人はみなほんとに抜群に英語が通じます。そして英語にまったくアクがない。パリともイタリアとも違う。

あと1時間したらようやくストアがあいてタンポンをゲットできる。
そしたらわたしはゆっくりサウナに入りながら小説のことを、ただ小説と物語と、そこを生きる、わたしにとっては生身の人間である登場人物、JUNEや皇矢やSHUや、はたまた雪村芙美子や、これから書く新しい誰かのことを考える。

現在11:00AM 日本は18:00PM

※業務連絡ですが、ホテルのサーバーからだとなぜかコメントが返せません。
昨日頂いたコメントは昨日のブログの本文の最後にコメント返させて頂きました。
もっとうまいやりかた探します!

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ヘルシンキ着!

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じゃじゃーん。ヘルシンキのホテルです!

 

外は雪が積もっています。わたしの部屋は一階。ベッドふたつありますが、わたしはひとり旅です(笑)「誰か素敵なGUYを連れこんでもいいですよ?」というサービスでしょうか?
ともあれ執筆旅行でもある今回の旅、大きな部屋をシングルの値段で提供していただいたことはありがたい。空間にゆとりがあるときもちも豊かになれるからね。わたしの部屋は一階の125です。空港とヘルシンキ中心部の間にあるホテルなので、まだまだ街の様子はわかりません。都心が好きなわたしは最初「失敗したっ」と思ったのだけど、よく考えたらそのほうが、執筆日と、ヘルシンキを味わう日に分けられるし逆にいいことに気がつきました。
それになによりヘルシンキ中心部はモダンなホテルばかりで、わたしはこの北欧っぽいつくりのhotelhaagaに一目惚れしてポチっと押したわけなので、この内装を大変気に入っています。
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いざ出国!!

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これは飛行機から見えた雲。あまりにモコモコして綺麗だったので思わず。
時間を逆さに飛んでるわけなので夜が一度も来なかった。

そして雲の隙間に小さな街が見えるときにいつもこう思います。
ここにはわたしがあったこともない人たちがたくさんたくさん暮らしていて、ここにも恋があったり、誰かと誰かが暮らしていたり、東京でわたしを支配している恋だの愛だの夢だの生活だの家族だの人生だのが、ちょうどの分ここにも存在するんだ。こうやって雲の隙間から一瞬しか見ることができない、この街でも

そして、いたく不思議なような、腑に落ちたような気持ちになって思うのです。
知ってるひとたちから遠く離れて、この美しいモコモコの雲の上にダイブして、この知らない人たちの街に向かって垂直に、飛ぶように堕ちていく。心もちはとても爽快で、ある種恍惚の絶頂に向かってのぼりつめていきながらからだはとことん引力に従い堕ちていって、そのマックスの交点のところで気絶して死にたい。

そんなことが美しい思想として頭に浮かぶくらい、窓からみた景色は、なにかの垣根を超えていた。
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これは窓にはりついた氷というか雪の結晶。北欧に向かう飛行機ならでは。

寝れないよりはずっといいのですが、離陸から4時間くらい爆睡してました。
ちょっと起きてまた寝て、そのあと本を二冊読みました。
壺井さんが編集された、よしもとばななさんの「スウィート・ヒア・アフター」と江國さんの「号泣する準備はできていた」です。
よしもとばななさんの本は、内容がどうこうではなくこの、地に足のついていない空の上で読むことが重要な気がしていたのですが、小説の中に、

心臓がもともと悪かった女が朝起きたら発作で死んでいて、その恋人は傷心で実家のある山梨に帰る

というくだりがあって、このくだりをこのタイミングで読むことはわたしの中では、遺言といってもよい予感をともなうひとつの大きな事件でありました。作中のそれ以外の言葉が何も意味をもたなくなってしまったくらいです(悪い意味ではありません)。

号泣する準備はできていた」はもう3度目なのですが、この作品が直木賞を獲ったというのがほんとうに納得できる、やわらかくとりとめのない江國さんの作品の中で、ある種の感情の塊を強く強く凝縮して実はものすごい熱量をもって書かれているのだという、なんか殴られるような小説でした。
数年にわたり3度目になって、ここに書かれていることのほんとうの危険さを、わたしのからだは覚えつつあることに気がついた。そういう歳になったのだ、そんな気がした。

一人の男をちゃんと好きでいようとするのは、途方もない大仕事だ

このことばの「途方もなさ」がどんなものであるか言わずともからだに聞けば教えてくれるくらいにわたしは沖まできてしまったのだ。
江國さんの小説はいつもわたしにわたしを返してくる。吉本ばななで驚いて、江國香織でわたしに戻る。そんなことを15歳くらいからくりかえしている。
もかこちゃんとわたしはね、似ているの
それは作品のことではない。わたしと江國さんの作品は全然違う。でも似ている。何が。
女としての女々しさと鬱陶しさ、または得体の知れない怖ろしさ、のようなもの、をとめどなく内包して、それを男性にてらいなくぶつけてしまって生きていること。いや知らないうちにそうなってしまっていること。そしてそうならないという状態がどういうことかわからないこと。

あのね、ブラインド越しだと雪景色がよくわからないからブラインドをあげてみたんだけど、結局はブラインドがあったほうが、いい写真が撮れたのよ

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たとえばこれを好きな人に言ってみたとき、言ってみたそのときから、もうそれは言いたかったことではなくなってしまっていること。
右往左往してブラインドをあげてみたのに思ったより間の抜けた景色でがっかりしたこと、電気を消したときに自分が映し出されて、ここはほんとに
東京じゃないんだって思ったこと。この知らない街でひとりいまから寝ようとしている自分を少し好きでいられること、すこし自由でいられること。
それは東京のしがらみから開放されていると同時に、開放されているはずなのにやっぱり恋しいと思うこと。
それらのいろいろがふた
たびブラインドを下げたときにやけにストンと胸におちて、急に声が聞きたいなと健康に思ったこと。その魂が健康であることで喜びが生まれたこと。
そういったことのはずなのに、そういう肝心なことが声にしたときには全部逃げてしまっていて言葉は単なるブラインドの上げ下げの話になり、それをいきなりにぶつけられた男の人は困惑する。そうやっていつも男の人を困惑させて生きている。
そういう生きかたが、たぶんわたしと江國さんはすごく似ている。

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「北欧で英語話せないひとなんかおらんから」というあやめっくすの言葉通り、
空港の人はみんな流暢な英語を話します。わたしはボケっとしてて、乗り換え便のところに並んでいたらしく、ヘルシンキ滞在の人は「EXIT」にどうぞと優しく言われて、
ようやくEXITしたならば、長いベルトの上にわたしの水色のトランクだけがぽつんと放浪しており、これはわたしのいくつかの世界旅行の中でも初めてみた光景でした。
(いつもはまだかまだかとじりじり待つよね〜)

ホテルが都心でないことを知ってたわたしは、あとでお腹すいても困ると、空港でがっつり食べました。サーモンとチーズのクリームパスタ(きしめんぽいやつ)、おそらくアボカドのスープ、サラダ。そしてビール!全部すごく美味しかった!空港でこれなら、今後の食生活には期待が持てる。
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そういえば出国前はうどん食べました。これも旨かった!!!食はいい感じの引きです!

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これ午後の4じですよ。真っ暗!!白夜の逆ね。
空港からタクシーでホテルへ。3500円くらい。近いよね。

そんなこんなで現在に至ります。
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これ多分フィンランドのビール。

執筆ありきなんでPC環境をまず整えて次iphoneを設定。
こっちのSoneraっていう業者に切り替えして、かつ部屋のなかではホテルのWifi使うという・・・taeやれいこさん、みいき、あやめとスカイプしました(笑)
こちらはまだ夜の9じです。

しかし日照時間が短いので、もう寝て明日街にくりだします。

がっつり執筆始めたらブログ更新もできないかもしれませんが、気分転換にちょこちょこやりたいと思います。

執筆のことを考えながらの旅行ですので、ブログもやや執筆メモというか、
物語と現実のはざまみたいな感じになってしまっていますが、こんな感じが鬱陶しくなければおつきあいくださいませ。

ではお休みなさい!w

*******

名古屋のMさま
はい。ベッドはひとつ空いています。残念ながらダブルベッドではないですが(笑
しかしSKEはさすが、いろんなことを押さえてますな!感心しますよ。また戻ったらお会いしましょう!

Toroさん
真夜中に?さてはあの店でイタリアワインを飲んでいたのですか?(笑
開放されるということは美しいことです。
でも同時に、何かの感情に縛られるという前段階がなければ開放にも気がつかないのだと思うと、なんだか妙ちきりんな気分なのです。納得できるような納得できないような。

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2012年1月 5日 (木)

出発

出発
わたしの書いたものに初めてお金が発生したのは、もう8年ほどまえ、写真に詩をつけたポストカードを作ったときです。


総売り上げが一万二千円というささやかなものでしたので(たくさんの人の支えがあったのですが、なにせ一枚150えん)
なにか形に残そうと、この世界地図のトランクを買いました。

それからこのトランクで、ロンドン、パリ2回、ドイツ、イタリア、バリ、グアム、といろんな国を旅しました。我ながら素敵なお金の使い方をしたと思います。旅に出る旅にルーツを思いだすことができるから。

記憶に残るお金の使い方をしたいと思います。金額がささやかであればあるほど。

今回ソメイヨシノが文庫本になり、まことにささやかな印税が入りましたので、それを翼にかえてフィンランドに行ってきます。このトランクを連れて。

そんな、in 成田Express
また後ほどブログ更新します!

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2012年1月 2日 (月)

ふつうな日記

たまにはふつうな日記も書いてみようと思います。(普段人が引くほどエモーションなので)

きのう夜またSATCのTHE MOVIE Ⅰを観ながら泣く→元気になる
これを2009年からくり返しています。

性格という意味でもっとも自分に近い人間、キャリー・ブラッドショー。
妹たちに「見ててさ、キャリーの欠点て感じるとこ、あれそのままお姉ちゃんやから」と厭味を言われていますが、ほんとにそうなんだよな・・・ と思いつつ見る。
自分がとっても合わせて譲歩してる気になっていて、でも実は相手がすごく振り回されていて、いいかげん相手がそれに疲れてうんざりしてきたところでなぜか自分が発狂して感情をぶつけまくるっていう・・・そして修復不可能になるっていう・・・ね。
キャリーを見てたら、
こいつほんとわがままで勝手なやつだな 人の気持ち全然考えてないし」って思う。
でもたぶんそれ、あたしなんだよな。勉強になるよまったく。

この映画はビッグとの結婚がダメになったキャリーがじぶんと向き合いちゃんと生きてく秋〜春の物語。その部分が好きだから何度もみる。愛する人がいるって依存ができること。依存てけして悪いことではないけど時に相手を苦しめ自分を見失う。誰かとつきあうまえに自分とつきあうことに立ち返って、ひとりでカップ麵で過ごす大晦日。

さみしいと電話がかかってきたミランダに会いに、タクシーしか乗らないキャリーが雪の中、電車でダウンタウンに向かうシーンが好きなので今年は元旦にひとりで見ようと決めていたの。

そうそう、大晦日はれいこさんと過ごしました。
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2011年12月28日をもってAlwaysは7年と9ヶ月の歴史に幕を閉じました。
(経営難が原因ではありませんよ〜)
わたしもここで6年働きました。
お世話になったみなさまほんとにありがとうございました。
というわけで1月、2月はがむしゃらに執筆だけをします。そのあとのことはそのあとに考えるくらい執筆しかしません。

というわけで、、、

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moetがくれたアメニティのグラスでおつかれさま!&明けましておめでとう!
このグラス、わたしの家にもあります。イエーイ!
なんか、ほっとした顔してますね。そう、それくらい2011は辛かったのだ。
今年は穏やかに幕があいて、ほっ。

Webimg_1941 そば〜!

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外苑西通りの真ん中で踊るME/シャンパンを飲むみいき。
イカレタ姉妹の図です。

あ、そうそう、クリスマスは妹3人で過ごしました。
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↑facebookに載せたのに誰も「いいね!」押してくれなかったサンタコスプレ

元旦の朝はうちのママレシピでお雑煮をひとりで東京で作ってみて、
家族でスカイプしながら食べました。画面の奥で母親が「サーモンいるひと? いくらは?」
とか声かけをして、それわたしが食べたいんですけど、画面ごしでそれは無理やねって話。
「この画面を通じてサーモンとか食べられるのっていつになるかなあ?」
とわたしが聞くと末妹モエが、
「ジョブズが死んだからわたしらが生きてるあいだは無理」とばっさり(笑
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↑元旦の日差しとデスク。デスクの写真ばかりで申し訳ないですが、キャリーも言ってました。「大事なのは机。いい机があれば、いい作品がかける
そのとおり!この机はほんとに最高なんです。あたしはこの机を溺愛している。
こんなすてきな引っ越し祝いをぽぽん!と買ってくれたという一点だけで、あのひとを何度も許せる(笑)作家は、花や甘い言葉より机に弱い。書ききれてない年賀状ありますけど。

そして本日2日、
30日〜続いてた「なんか不眠」に幕を下ろし、昼の3じまでかなり深く眠りました。眠れるか眠れないかは、集中して小説がかけるかととても関係が深いのでまずひとあんしん。

部屋を手早く片づけて、装画を描いてくれたコイヌマユキさんに贈る分の「マリアンヌ・・・」を製本す。どうせなら、、と「女の子とママと長ぐつと」も、7年ぶりに再製本する。
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こうして完成した2冊。うん、いいかんじ。
こうやって、遊んでいるようだけど、すこしずつ頭を物作りの空想モードに移行していく。
製本の合間、JUNEのことを考えながら、アトレに行ってルームシューズと、キッチンワゴンを買いました。

22歳のとき、JUNEという空想の中の女の子がわたしの心の支えでした。
「永遠の最高傑作」だと思っていたJUNEが、作家になってから連載が決まって、
でも連載をしてみたらなんだかマニアック?こぢんまりして?どうにも遠くまで伝導していかない。「やっぱりわたしって理解されないのかしら」
あきらめかけたこともあったけど、3月に本になるこのJUNE、絶対もっともっとたくさんの人に届くモノに整えてみせる。そのためにフィンランドにいったのだよと後に微笑むことができるように。

そしてフィンランドから戻ってきたわたしを今度は大作「船パリ(仮)」が待っている。

そんな1月2日。いまからデスクを「JUNE」と「船パリ」仕様に大改造。

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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年2012

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明けましておめでとうございます。
今年は執筆のため、上京して14年になりますが初めて東京で正月を過ごしています。

年が明けたことがこんなに嬉しい年も初めてでした。

それらに直面している間は、泣き言もいいたくないので「きつい」というひとことを吐かずにポテンシャル高く乗り切ってきましたが、年が明けてみて思い返すと、みなさんもそうだったかもしれませんが大変厳しい年でした。2009年もそれなりに辛かったけれど幸いに仕事がとてもうまくいっていたのでそれに救われましたが、2011年は仕事もプライベートも大変辛く、ありえないくらい苦しい、きついことが多かったように思います。

今年の目標は「”歴然”の向こう側へ行くこと」です。

自分を貫く強さも美しいけれど、間違っているとか、もっとこうすべきだと感じたときに、
潔く自分を正し、変わることを怖れずに飛び込んでいける素直さを持ちたいと思います。

ままならないことが多かった去年をふりかえると、やっぱりすべてが自分の未熟さにたどりつきました。たったひとつ、ようやくみつけた愛も、じぶんはなにひとつ譲らず「わたしに出会ったのだからあなたが生きかたを変えて」と傲慢な類の愛を押しつけて、それをほぼ失った。あとから相手が、どれだけわたしのために歩み寄ってくれていたかということに身をもって気付けたけど、もう遅かった。いまはすべてが行き違っている。
小説にも大きな進化とよべるものはなかった。温かく理解のある編集者たちに支えられて、頂いた仕事はやりおおせることができたけれど、自分の中の小説というものが逃げていきそうなのを感じる。

つまり愛も小説もいまわたしは瀬戸際で、だいたい失いつつある。

それに直面したとき、やはり変わるべきなのは自分だと思いました。

若さというのはそれだけで柔軟で価値がある。可能性を持つ。
でも30歳を過ぎた大人に対して人は「さすがにいまから変わらないよ」という印象を持つ。
でも変われる。ひとはいくつになっても。

それを証明するには「歴然」の向こう側に行くしかない。
愛も志も失いたくない。やっと見つかった大切なものたちだから。

新しい失敗はどんどんしたいけど、同じことで何度も転んでいるのに、それがなぜかを考えずまた転ぶようなことはしたくない。

自分に起きる憂きことを、時代や人のせいにしたくない。

いまから恐ろしいけれど、努力しようと思います。

勢いをつけたいので1月5日から1週間フィンランドに行ってきます。
正直とても貧乏です。今年はきっと去年までのようにはお金をつかえないと思います。
それでもフィンランドに行ってきます。なにかが見つかればいいなと思う。

甘えのない、凛とした美しい女になりたい。

みなさんは2011年はどんな年でしたか?
みなさんにとって愛と喜びに溢れる一年になりますよう、心から祈りをこめて。

2012

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