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2011年12月18日 (日)

それはあるいは芝居のように、、、

You know what you want, what you want to be.
Somethin happen , Change Somethin

きみはじぶんでしっているはずだ。何を欲しているか、どうなりたいのか。
         何かが起これば何かがかわる。

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これはわたしがずっとずっと心に置いていることばです。
人生でなにかが起きたときはこのことばにたちかえる。

下北沢に芝居をみにゆく道すがら、なにを聴こうかと考えて、
こんなときこそ清志郎なのだ、と、清志郎をかけたら、頭に心に音楽が、
そして言葉が降ってきた。

ああ。こんなときこそ清志郎に、会いたい。
清志郎よ、どうか言ってくれ、きみの信じてるものは間違っちゃいないんだと。
悪い予感の欠片もないと。
ただきみが周りに優しくないだけなのだと。立ち止まって考えてごらん、そうすればきっとうまくいく、何かを失うことなく。そう叱ってくれ。

14歳のときにいちど、23のときにいちど、27のときにいちど、
大きく生きかたを変えました。

17のときにいちど、23のときにいちど、28のときにいちど、誇らしいくらい頑張りました。
そしてそのぜんぶでちゃんと未来を切り拓いてきた。

32歳のいまは最後のチャンスかもしれない。
生きかたを大きく変え誇らしいほど頑張れる最後の。

最後だと思ってやり抜こう。

ひとはいくつになっても変われるから。

わたしの見上げた空にはいつだって星はひとつしかないんだ。

だったらもう、結果を連れてくるしかない。
過程は、楽屋裏と同じでひとに見せるものではないんだ。
そしてたくさんの大切な人を、じぶんの甘えで楽屋に連れ込んではいけない。
巻き込んではいけないんだよ。いいわけもいらないんだよ。

そんなことを考えていたらいつしか曲はスローバラードになっていて、
行き着く先は下北沢の駅前劇場で、
小屋に入って、いつだって懐かしくも愛しい劇場の匂いをかいだならもうカオス。そうなのだ、見つけたものを見つけなかったフリだけはできない。

ああ、
この空にも星はたったひとつしかなくて、
わたしはそれを10歳のときから追いかけている。
そしてこの二十数年に及ぶ片想いにも、わたしはまだ結果を連れてこれていない。

ひとつ大きく襟をただそう。
そのことがわたしの人生のすべての進化に繋がると信じて。

そうしたら星よ、あたしが見つけたたったひとつの星よ、
落っこちてきてくれるか。
この胸のなかに。
この腕の中に。


長く生きられない気がいつでもしているから、
欲求にまっすぐ生きることは美しいことだと考えていた。
もっとも人らしい姿であると。欲に忠実である姿は美しいと。
でもこのたび、美しさの定義をわたしは少し改定する。

「それは欲を抑えるんではなんですよ。足りてることを知るんです」
これはあるおぼうさんの言葉、目からウロコ。

星よ、落ちてこい、と言ったけれど、

大きな空にじぶんにとって唯一無二の星があることが幸せなんだ。
星がひとつしかないおかげで空を見上げたらいつでもそれを見つけられることに感謝すべきなんだ。
たったひとつゆえに、その存在が絶対であることに。

そう考えると、
あたしはきっと、とても足りているんだよ。

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