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2011年12月

2011年12月31日 (土)

クソもたまにはベスト

クソな2011年、クソなクソな、、と言い過ぎましたので、
最後に、2011年で1番目と2番目に幸せだった日の写真を載せます。

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左は毛皮のマリーズの「ティンパンアレイ」のライヴの日。人を待ってるところ。
右は、その左の写真で待ってたひとと一緒にいるところ。

でも郷愁はフィンランドの土の中に埋めて、
わたしは「歴然の向こう側」に向かって歩きだす。
ふりかえっても、そこにはなにもない。
だったらまえをみなくちゃ。

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「マリアンヌと、いつか会うきみ」

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すこしまえに「マリアンヌと、いつか会うきみ」という絵本を作りました。

ずっとずっと昔に「女の子とママと長ぐつと」というフォト絵本を、
母親とふたりの大切な友人のために限定3冊で作ったことがありました。

今回はあるひとりのひとのための絵本です。
なのでクレジットを「中島桃果子」ではなく「もかこ」にしてみました。
絵本な空気もでるしね。

とても贅沢な話なのですが、挿絵と扉絵を、
「夕日に帆をあげて、笑うは懐かしいあなた」の装画を描いてくれた、コイヌマユキさんに描きおろして頂きました。
売れっ子さんでとても忙しい中心よく引き受けてくださったコイヌマさんに感謝の気持ちをこめて、装画だけ公開させていただきます。

「女の子とママと長ぐつと」の時は、コイヌマさんの絵が描いてあるノートを買って、
その絵からイメージして物語を書きました。
今回は物語を読んで、コイヌマさんが絵を描いてくれました。

この3年、たくさんのひとに読んでもらうための本をプロの仕事として書き続けてきました。
ひさしぶりに誰かのためだけに物語を書き、文房具やで紙やらなにやらを選んで、本を作り、原点に返った気分です。もう何年も前、はキンコーズでほんの20部だけを刷って、それぞれに表紙をつけて、親しい友人に渡して読んでもらっていました。そのころぜんぶが手作りでした。

今年、年の瀬にこの本を作れたこと、とても幸せに思います。
文字のひとつひとつ、絵のひとつひとつ、紙の一枚一枚がとてもきらきらしていた。
それを作るあたしの手も、空色に染まったわたしの指も、とてもとても生きていた。
想いは溢れるから、紙の上に文字となってこぼれてくるんだった。
紙の上になにかをこぼすために胸を熱くするんではなくて。

大切なことをなにか思いだしたような気がします。

物語はやっぱり、誰かのために書くものなんだね。
ありがたくも、何千という単位で本を作ることができるようになったいまも。
それを読んでくれるひとりひとりのために。

「マリアンヌと、いつか会うきみ」が、きちんとそのたったひとりに正しく届いていますよう祈りをこめて。

そして出版される本に溢した想いが、それぞれに正しく伝わっていきますように。

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これは7年前に作った「女の子とママと長ぐつと」です。

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2011年12月30日 (金)

「入り口の中は出口の外」

これは執筆メモです。
この日記には作家のわたししかいません。
感情や感覚の羅列ですが、
わたし自身が倒錯してるわけではないのです。

ー女たちはそれぞれみんな、じぶんだけがその男の心の深遠にいちばん近いところにいると思っている。女はみんな、じぶんだけがその男をいつか変えられると強く信じているー 

『男が周りの女を邪険にあつかい自分が大切にされている間は、じぶんだけが特別に扱われていると思ってうっとりする。
次に軽くこづかれるようになると、心を許してもらえたと思ってうっとりする。
思ったより強くどつかれたとき、最初戸惑うが、じぶんにだけ甘えてくれたのだと思ってうっとりする。
ひどく殴られるようになってからはもう、彼がこんな一面を見せるのは自分しかいないと思い覚悟を決め、果てにはこのからだの痣が消えないうちにまた強く齧られたいと願うようになる。 入り口に深く足を踏み入れた瞬間その足はもう出口の外に出ていて、中には実体がない』

光が強ければ影も濃い。深く愛せばその裏側も。
それらをぜんぶのみこんで、出たり入ったりをくりかえして、なおその入り口に向かってにまっすぐ走っていけるとしたら、それは愛ですか。狂信ですか。
愛と狂信はどう違うのだろう。
それが狂信だったか愛だったかなんてきっと死ぬときにしかわからない。死ぬときにもわからないかもしれない。

わからないってことは。それらがほぼ同じだってことを意味する気がする。

************

深夜にぱっと起き出して、何かが降ってきたので忘れないうちに言葉を羅列している。これは執筆メモ。この感覚がひさしぶりなので自分がようやく自分の軌道に近いところまで戻ってきた気がしてすこしほっとする。

まったく修羅場な年越しで元旦から大嵐、それが不吉なお告げであったかのように、クソなことしかなかった2011年もあと2日で終わってくれる。もう何も起きないだろうと思っていても12月それなりにクソなことは起きて、23日の大不整脈発作救急車事件のあと、6年働いた大事なお店のファイナルに激風邪が重なるという朦朧にして怒濤な日々を終えた今日、あと2日と言えども油断はできない。何が起こってもおかしくない。
しかしまるで悪いモノがからだから出て行くようにまる1週間体調をひどく崩して、その間に「恋の罪」を2回観に行き、もうすこしで抜けられそうだと感じていた。何かからはわからない。でも何かかから抜けられそうな気がする。

なにか新しいものを書きたいと思っていた。いままで書いたものとは違う新しいものを。そうすればこのクソな2011年にからだで受けとめた混沌を、胸に沸き上がってきた塊を何か素敵なものに結実できる。かといってこれまで幾度か書いてきた、とくに今年発表してきた私小説のような、日記と物語の挾間のような、知人が読んだら「これは誰々ね」とかわかるようなものではなくて(今年はあえて、ある段階としてそれをし続けたのでそれでいいとして)もっと小説として独立したもの。なのにわたしの心の深遠に1番近いもの。私生活とは完全に乖離しているのに内的には劇的に密着しているような。
私生活に対しても小説に対しても。潔いもの。を、書きたい。
でもその交点が見えない。

いままで書いた作品をすべてとても愛しているけど、もっと違った段階のものを書きたいと思っていた。
もっと他人にも自分にも厳しい小説。読んだ人の心を射貫く、ある種磨き上げられた鏡のように怖ろしい、きけんな小説。
でもそれがどういったものかわからなくて、作品もプライベートもどこか消化不良。納得していないんじゃない。長く生きられないきがしているから、常にその都度のベストを尽くしているし後悔はない。どんな結果になっても納得していることだから自暴自棄になったりしない。でも何かわたしがモデルチェンジしないとその段階にはいけない気がしてて。
なんなんだろう、この半端感は。定まらなさは。
それは感情や状況ではないんだ。いま私生活の現状がどうこうで、とか、いまのわたしの恋愛がどうで、とか、わたしと誰かの二人称あるいは三人称とは、まったく関係なくはないとしてもそういう類の話ではない。
もっと誰も関係ないわたし自身のもんだい。

その答えが園子温の作品にある気がして、一回観て、もうすこしでなにかをつかめそうな気がして、高熱をおしてまた今日も行った。前回呆然としすぎて買い忘れたパンフを絶対買わなくてはいけないと思っていた。そして、探していたものの答えのようなものはそのパンフのなかに全部あった気がする。

「入り口の中は出口の外」という言葉は、「恋の罪」のパンフの中で園さんが紹介していた歌の歌詞。

園さんが、作り手の僕が観客の想像力を限定させることは避けたいのですが、と前置きをして言っていた言葉が
つまり、愛の実在というものを考えていくとある種の迷宮感に突き当たる
という言葉でした。

結局やっぱりわたし自身の生き様が半端だから、新しいものが書けないんだ。
斬新なものとか奇をてらうものといった意味じゃなくて、
作家「中島桃果子」が作家としてではなく女として正しく歳を重ねて少しずつだけど変化し、その都度ちゃんと女をしているのだという新しさ。女としての新しさ。

新陳代謝をしているということ。

作品はあたしのからだの中にしかない。肝心なのは女のあたしであって、作家のあたしじゃない。
誰かに心底惚れたなら、その深さの分ちゃんと狂信的になり、きっちり傷ついて、きっちり信じて、きっちりぶつかり、ときおり渇いて、ときに絶望して、それでもなお惚れ抜けるか。熱量と純度をもってとことんもがけているか。
なにがどうじゃない、堕ちるならかっきり一度堕ちて、抜けるならカツンと抜けていけということなのだ。

迷子になることにおびえるな、正しく迷子になれ、ってことなんだと思う。

あたしが死ぬまで作家である限り、まっとうなことや道徳的に正しくすてきなこととか、人が考える幸せの形なんて正直そんなのなんの足しにもならない。あたしが女であるのと同じ分量作家でいることはもう宿命なのだから。
その時点であたしはもう、大きく踏み外しているのだそもそも。
肝心なことは純度。そして熱量なのだ。かっきり堕ちるか、カツンと抜けるか、どっちでもいいから半端でないこと。

セックスで繋がれば自分てわりとぞんざいな立ち位置なんだなと思うし、セックスをしなければしないで抱きたくない程度の気持ちのかと思うし、
生活や金が介在すればそのために傍においてるのかと思う(だろう。わたしは生活を介在させたことがないので予想だけど)

もちろんこれは全部「裏側のこと」を言っていて、
わたしは基本的にはもっと「表」のことを信じている。
「愛」の裏側に「狂信」があるとしたならば「愛」を強く信じているし、これまでもそういった作品を一貫して書いてきた。

だからきっとこれから先どれだけきびしい恋愛をしても、または周りに厳しく見える恋愛をしたとしてもわたしは基本的には日々幸せだ。なぜなら愛ありきのことで、その愛に納得してじぶんがしていることだから。信じているから。

でも逆に、だからこそ、信じるモノは変わらないのであるなら、その裏側を書いてみてもいい。きっとそういうものをいま書きたいのだ。
あたしはきっと、小説の中できっちり堕ちたいのだ。

そして、小説の中できっちり堕ちることができたなら、
その小説を書き終えた瞬間に、
わたしの人生はきっとカツンと抜けていけるだろう。
きっちり堕ちてカツンと抜けたい。

そしたらきっと愛だけが残る。

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2011年12月26日 (月)

ことばにからだがともなうとき

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クリスマスはとても重要。とても大切。
でもそこにあんまり恋愛をからめたくない。きっとじぶんにとっての神聖さと、わたしがクリスマスに求めていることと、恋愛というものの温度が乖離してるからだ。
だから恋愛はわたしのクリスマスへの欲と神聖を満たせない。
だからわたしは毎年わたしなりの神聖を満たすためになにかしら特別なことをする。
去年はイヴに「黴菌」を観に行った。
今年は渋谷に園子温の「恋の罪」を観に行った。
11月の公開前から気になってたけど、今日観に行ってよかったと思う。
(こっから長いです。みなさんよろしくどうぞ)

2011年12月25日をある種の記念日にしてもいいくらい、きっと今日を境にわたしの作品は変わる。だってこういう作品にであってしまったから。
「気づき」をくれる出来事はいっぱいある。
最近では12月14日。その前は9月。
それらはわたしの視野や考え方をかえ成長させてくれる。
でもそういう気づきとは違う、もっと根底からわたしを揺さぶる出来事というのが何年かに一回あって、それらは「それ以前、以後」と言っていいくらいにわたしの人生を揺るがしてきた。
衝撃を受ける作品とわたしを変える作品は違う。
パンドラの鐘はわたしを変えなかった。パンドラの鐘ほどの衝撃はなかったはずなのに上海バンスキングそして串田和美はわたしの人生を大きく変えた。

わたしを変えたものたち。
10歳で出会った演劇。18歳で出会った上海バンスキングと串田和美。スワロウテイル。23歳に味わった劇団の崩壊とディスコという世界。
ヘドウィグアンドアングリーインチ。
ノルウェイの森。
震災の日隣に大切なひとがいて、地震が起きたらわたしはおそらくひとりで死ぬという長年の強迫観念を払拭したという出来事。
(あの日、死がたくさんのひとに訪れ、それはいつか自分にもふがいない形で降り注ぐかもしれないことを覚悟した上で、書きます)

そこに今日から「恋の罪」という映画が加わる。
園子温という映画監督が加わる。
(よしもとばななと江國香織ははぶく。このふたりは音もなくわたしの骨髄にいつのまにか入り込んでいたから)

今日わたしはこの映画を一緒に観たい人がいて、映画を一緒にみたいのではない、この映画を一緒にみたい人がいて、結局ひとりでいったのだけど、この映画をそのひとと観ないのであれば、その代わりといってはなんだけれどあることを実現してみせると心に決めたていたことがあって、それは映画を見終えたあと未来への確信と言ってもいいくらいのことになったので、それをわたしはいまから8年くらいの間で必ず遂行する。それがなにかは成し遂げるまで誰にも言わない。
生まれてはじめて今日わたしはわたしだけの秘密をもった。
この映画を「モノカキなら絶対見ろ!」と言ってくれた人に言いたいありがとうも、映画の台詞をかりると「ことばにからだがついてきたとき」に伝えようと思う。いまありがとうを言うことは簡単だ。そこには覚悟がない。
そんなものではすまないきっかけをもらったのだから。

渋谷の話だから渋谷で観ようと決めて、どれだけ自分が呆然としていたかわかるのだけど、パンフレットを買うのも忘れて渋谷の街に出た。

どうしてもこのまま帰ってはいけない気がして、足は円山町に向いた。
この映画の舞台になった場所。そしてわたしが4年近く住んでいた街。
ちいさなみいき(妹)ともっともっと小さかったかおり(いとこ)を子どもの売春婦に見立てて初めて映像を撮った街。あのときはきっとこの街の怖ろしさも深さも知らずに夜の23時だというのに危ない所で笑ってカメラを回していた。

ああなんだろう。こんな猥雑な場所に住んでいたのに、この頃わたしはとてもきれいだった。心もからだも何もほんとうのことを知らなくて。

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『影がある人ね〜って言われるうちはまだ間に合うのよ。いい?闇は影よりも、濃いから』

わたしもこの10年でずいぶん沖まできてしまったものだなあと思いながら、住んでいたマンションの前までいくと「マイキャッスル渋谷」とある。そうかここにも「城」があったのか。そしてわたしはその入り口をぐるぐるしていたんだ。(映画を観てないひとにはここのくだりはわからないと思う。すまない)

きれいにピュアに生きていると思われがちなわたしだけれど、何度も影よりになったことはあった。いまでもある。ここは闇の入り口だなというところまでも何度も行ったことがある。運良く入り口で引き返してきただけだ。

「あなたが思っているほどわたしはまっすぐでもイノセントでもないのです。見られてまずいことを、知られてまずいことをたくさんしてきた。表向き屈折していると思われがちなあなたよりよっぽど」

思わず懺悔してしまいそうになったけど、”それも宿命だよ、だっておまえはモノカキなんだから” そういう声が聞こえてきて、わたしはわたしのなかに思いとどまった。

坂を登り、昔上司に「俺の女の忘れ物をとりにいってくれ」と頼まれたラブホの前を通り、3年前まで働いていたクラブの脇をとおる。もうここには誰もいない。キャッシャーのくみちゃんも、素直なしんごも、アッシュの髪がとても似合っていた店長のりょうくんも。

カップルが手を繋いでラブホに消えていくなか、わたしはてくてくと慣れた足取りでそこいらを歩き、巡回のパトカーの脇をとおる。
そして映画の台詞を頭で反芻して、次にそれを声に出して言ってみた。

ことばなんか覚えるんじゃなかった。日本語と、ほんの少しの外国語を覚えたおかげで、僕はあなたの涙の中に立ち止まる。ことばなんか覚えるんじゃなかった

ことばではあらわせないことしかない世界に生きて、
こんなにもことばの非力さを知っているのに、
わたしはことばをつかうしごとをしていて、もめごとも、愛も、行き違いも、わかりあうにも、あたしの人生はぜんぶぜんぶことばとは切っても切り離せないところにある。ことばに傷つきことばで傷つけて、なのにことばをつかうことをやめられない。

円山町の出口に、たまたま友人の店があって、そこで一杯のんで夜を締めた。

クリスマスはとても重要。とても大切。

今日を境にわたしの作品は、変わる。
もしくはわたし自身すら、も。

水野美紀さんは圧巻なほどに女優で、
富樫真さんは骨の髄まで女で、
神楽坂恵さんは園子温という映画をよく知っていた。

個人的にはこの映画に、小劇場界の園子温といってもいい劇団「毛皮族」の看板女優、町田マリーが出演していたことをとても誇りに思う。
これはとても、意味のあることだ。

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2011年12月18日 (日)

それはあるいは芝居のように、、、

You know what you want, what you want to be.
Somethin happen , Change Somethin

きみはじぶんでしっているはずだ。何を欲しているか、どうなりたいのか。
         何かが起これば何かがかわる。

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これはわたしがずっとずっと心に置いていることばです。
人生でなにかが起きたときはこのことばにたちかえる。

下北沢に芝居をみにゆく道すがら、なにを聴こうかと考えて、
こんなときこそ清志郎なのだ、と、清志郎をかけたら、頭に心に音楽が、
そして言葉が降ってきた。

ああ。こんなときこそ清志郎に、会いたい。
清志郎よ、どうか言ってくれ、きみの信じてるものは間違っちゃいないんだと。
悪い予感の欠片もないと。
ただきみが周りに優しくないだけなのだと。立ち止まって考えてごらん、そうすればきっとうまくいく、何かを失うことなく。そう叱ってくれ。

14歳のときにいちど、23のときにいちど、27のときにいちど、
大きく生きかたを変えました。

17のときにいちど、23のときにいちど、28のときにいちど、誇らしいくらい頑張りました。
そしてそのぜんぶでちゃんと未来を切り拓いてきた。

32歳のいまは最後のチャンスかもしれない。
生きかたを大きく変え誇らしいほど頑張れる最後の。

最後だと思ってやり抜こう。

ひとはいくつになっても変われるから。

わたしの見上げた空にはいつだって星はひとつしかないんだ。

だったらもう、結果を連れてくるしかない。
過程は、楽屋裏と同じでひとに見せるものではないんだ。
そしてたくさんの大切な人を、じぶんの甘えで楽屋に連れ込んではいけない。
巻き込んではいけないんだよ。いいわけもいらないんだよ。

そんなことを考えていたらいつしか曲はスローバラードになっていて、
行き着く先は下北沢の駅前劇場で、
小屋に入って、いつだって懐かしくも愛しい劇場の匂いをかいだならもうカオス。そうなのだ、見つけたものを見つけなかったフリだけはできない。

ああ、
この空にも星はたったひとつしかなくて、
わたしはそれを10歳のときから追いかけている。
そしてこの二十数年に及ぶ片想いにも、わたしはまだ結果を連れてこれていない。

ひとつ大きく襟をただそう。
そのことがわたしの人生のすべての進化に繋がると信じて。

そうしたら星よ、あたしが見つけたたったひとつの星よ、
落っこちてきてくれるか。
この胸のなかに。
この腕の中に。


長く生きられない気がいつでもしているから、
欲求にまっすぐ生きることは美しいことだと考えていた。
もっとも人らしい姿であると。欲に忠実である姿は美しいと。
でもこのたび、美しさの定義をわたしは少し改定する。

「それは欲を抑えるんではなんですよ。足りてることを知るんです」
これはあるおぼうさんの言葉、目からウロコ。

星よ、落ちてこい、と言ったけれど、

大きな空にじぶんにとって唯一無二の星があることが幸せなんだ。
星がひとつしかないおかげで空を見上げたらいつでもそれを見つけられることに感謝すべきなんだ。
たったひとつゆえに、その存在が絶対であることに。

そう考えると、
あたしはきっと、とても足りているんだよ。

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2011年12月 7日 (水)

サンタさん

Img_1839 こないだveniteに行ったら、前にあげた小さいサンタさん専用のこれまた小さな椅子が作られていました。かわゆす♪
シャンパンの針金でできているんだよ〜。
無理やり寝そべっている感じがまたキュート♪
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そしてこれは、ナオミマンションのロビーにあったクリスマスツリー。

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冬枯れノスタルジー。

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2011年12月 6日 (火)

(((o(*゜▽゜*)o)))

(((o(*゜▽゜*)o)))
(((o(*゜▽゜*)o)))
あおい書店は面置きー!

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眠らないため息本日発売!

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「身体を何度重ねても埋められない寂しさがある」
旬の女性作家7人による甘くて切ない恋愛官能小説集

眠らないため息、とうとう発売です。

母校である石山高校が出て来ます。

猫の目ってさ」

世の中の景色をさ、どんな風に見てるのかなあ? 空の青とか同じなのかなあ?

そう言ったのは宇宙だったっけ。

そのとき互いの目の中には互いがちゃんと映っていた気がする。

自分の目に映る景色がほんとうにそこにある景色なのか、その空は本当に青いのか、耳に聞こえる音は一体いつ震えているのか、そのすべてが不確かであるとするなら、互いの目に映る景色を尊重し、認め合い、相手の見ている景色を自分も見ようとして、手をつないで、一緒に空を見上げられることが幸せなのか、それともそんなことよりも、お互いの目の中に、お互いを確認できることが幸せなのか、実環子にはよくわからない。

きっかけはピンクだった。そしてきっかけは少しずつ色を変え、きっかけでなくなり、放物線を描いて、今、実環子の前に転がっている。


続きは本屋さんで!!(笑)

そして、この作品を書くにあたって、銀座キラ星カルテットのバンマス!?(笑)音楽家であり世界的に有名なバンジョー奏者でもあり友人でもある青木研くんに多大にお世話になりました。というかモデルになってもらいました!青木くんありがとう!
しかしこれまでのわたしの作品にあれやこれや勝手に書かれている男の子たちとは違って?笑 青木くんとはまことに清潔な関係であります!官能小説だけどさ。あはは。本人の名誉のためにね、書いておこうか。笑。

みなさまどうぞよろしくお願いいたします!!!

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うちの虹が個展をやるそうで・・・

わたしは4人姉妹でその3番目の妹、小説的には虹ちゃんということになっている、みいき姫がどうやら恵比寿で個展をやっている模様です。

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【みいき姫ブログより】

こんにちは、お久しぶりです

だいぶばたばたしており、
いよいよ師走で
ますますばたばたする予定です。
そんなばたばたな中
仕事の隙間をぬって
昨晩夜中無事搬入終了

はじまります。詩と写真の展示

「ぼくのあさ、は
きみにはよるで、
きみのあさ、は
ぼくにはよるで、
それでもぼくらは、
おんなじ時空の弧のなかで
わずかに重なるひるま、
を縫っては
落ち合って
向かい合って食事をしたり
隣り合って話しをしたり、
するのです

手を握っては
上や下に重なって
背を向けては
右や左に転がって
そうして
からだとからだを使い切り
こころがこころの手をとって
わずかな時間は過ぎるのです

きみにも
ぼくにも
いちじつは、
きょうもたしかに均一に
はじまってゆくのでありました

ぼくにも
きみにも
いちじつは、
きょうもきちんと平等に
おわってゆくのでありました」

「色彩-ichijitsu- 」
photo:yuki takenaka*
words:miiki sugita
@Lav: 渋谷区恵比寿南2-3-10
*12/1〜12/14
詩と写真展、小ぢんまり、とやらせて頂きます。
cafeギャラリーでの小さな展示です。
お近くにお立寄りの際は珈琲や麦酒のついでにでも是非。
詩集もいくつかおかせていただきました。
頭やもしくは心の端っこにでも留めて頂ければ幸いです。
あ、12/3は貸切入ってしまってますので、お休みです。

とても小さな展示ですが、
こころをこめてつくりました。
よかったら見にきてください


lav営業は【月〜金】Lunch 12:00〜17:00 、Dinner 17:30〜翌1:00(L.O 24:00) 【土曜】15:00〜翌1:00(L.O 24:00)です。
日曜日はやすみです。

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12/1 銀座キラ星ライヴ

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熊田千穗、水疱瘡にかかる!という大変な峠を乗り越え、すばらしいライヴを披露してくれたキラ星カルテット(この日はクインテッド?)にまず惜しみない拍手をおくりたいと思います。

また、熊田不在にも関わらずご来場くださいましたみなさまに、親友として(でよいのでしょうか)深く御礼を申し上げます。

「踊らん哉」で幕開けとなったこのライヴ、正直申しますとこの最初の一曲めは、ちほの歌声の素晴らしいナンバーであり、花よりタンゴのときから幾度となくこの歌で幕開きを迎えてきただけあって、ちほの歌のない中バンドの演奏だけが流れたときは、
「ここに歴然といるはずのちほが今ここにいないこと」の無念さに「ううっ」となってしまったのですが(ここは親友のあれで許していただきたい)

曲を重ねてゆくごとに、青木くん率いるバンドの想いがすばらしい音楽の渦となって、
「今日ちほちゃんいないんだ」というすきまを埋め尽くし、座巻し、お客様と音楽が一体となってJZBratに溢れていきました。
特にあまりたくさんの曲目変更はできない中、ジャズメンらしく自由曲では、互いの即興力でもってぐんとおのおのの魅力が増し、場内を圧倒していました。

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この夜空のような背景、まさにキラ星。ここにちほを立たせてあげたかった。

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場内ではaccoの絵がスライドに!!

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病床からちほが名付けたというキラ星オリジナルカクテル。

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なんと、日本ジャズ界の巨匠、瀬川先生も登壇してくださいました。
JZbratのリーフレットの表紙になっている由紀さおりさんに触れ、銀座キラ星こそ、日本のピンクマルティーニだとおっしゃってくださった言葉は、最高の賛辞であったと思います。

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急なオファーにも関わらず出演し花を添えてくださった、ボーカルの絵馬さん。
すてきな方でした。

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夜はほどなく更け、惜しみない拍手の中ライヴは終了いたしました。

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誰はなんといっても、バンドを率いてベストオブベストを尽くしてくれた素晴らしい音楽家の青木くん。

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紅一点で、ずっと愛らしい笑顔で演奏をしてくれたバイオリンの、こちらもちほさん。

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頼んでみた特製カクテル。金粉が乗っています。

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集合写真。おつかれさまです!!!

十二分な実力と知名度があるスマートなミュージシャンたちが、このひはさすがに大きな穴を埋めようと懸命にステージを努めてくれた姿はとても刺激的で、情熱的で、ゆえに、なんだか得した気分のライヴでありました。

それと当時に、熊田千穗の不在を埋められるものは実はある意味ないのだと、
彼女が歌手として、唯一無二の存在であり、代わりがきかないまでも圧倒的な歌手に、いつのまにかなっていたのだということを確信できた一日でもありました。

一刻も早く銀座キラ星でリベンジをしてもらいたい。
そしてやはり「このひとがいないとだめなのだ」と思わせてもらいたい。
なぜなら「熊田千穗と銀座キラ星カルテット」は、ただの銀座キラ星カルテットではなく、
あくまで頭に冠として「熊田千穗」という名前がついているのだから。

それはあるいは,由紀さおりとピンクマルティーニのように。

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2011年12月 5日 (月)

いざ、

いざ、
毛皮のマリーズ、ファイナルを見届ける!

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ルデコなう。

ルデコなう。
LIVE前にねじ小屋入り中を雑用を兼ねて覗き見。照明の当たりを役者たちがしている珍しい光景。いよいよ
明日から!

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とある午後

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この美しい午後に、なにかを大きく決意しよう。たくさんのやりたいことが日々に押し流されてしまわないように。




今日はいまから毛皮のマリーズの解散ライヴ!!ううう!!

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2011年12月 2日 (金)

Someone like you

adele(アデル)のSomeone like youをヘビロテで聴いています。

歌ってすごいと思うのは、直感で心に刺さる歌というのは、歌詞の意味がわからなくてもあとから知ると、だいたいそのときの心情にリンクしていたりするということ。
最近のadeleの人気ったら凄くて、日本人でも音楽に敏感な人ならもう聴いていることでしょう。音楽の本場UKが誇る実力派、圧倒的実力派シンガーですがまだ23歳。
全然違うのだけれどどこかAmy Winehouseを彷彿させる才能の持ち主です。
UKヒットチャートがあまり食い込んでこないビルボードで、もう何週もずっと1位。

でもわたしがこの曲を最初に聞いたのは実はずっと前、残暑厳しい夏の終わりでした。
そのころのわたしは生きた心地がしなくて、そういうときはいつでもそうであるように、音楽だけがとても鋭角に身体に入ってきていては出ていくそういった具合でした。
そのときわたしは暇つぶしに近所の古着屋にいて、そこはいつも音楽の選曲が良く(わたしはUKに傾いている気がする)その日はラジオが流れていた(あ!だからUKのラジオなのかも知れない)

ラジオから流れてくるその歌にわたしは射貫かれて、ただ立ったまま服もみないでずっと聴いていた。そのときわたしはなんとなくシャウトの感じにボニーテイラーを思いだしてしまって、80年代くらいの声の高いロックバンドの切ないバラードナンバーなのかと思った。
必死に耳をこらすとDJが英語でなにやらしゃべり、そのなかからSomeone like youという言葉だけが聞き取れてわたしは家に帰ってすぐに調べた。聴いたときのビジュアルイメージと検索であがってきた音楽になんだかギャップがあって、すぐには聴かなかったのだけど、いろんなことが落ちついたいま、ヘビロテでようやく聴いています。

Never mind I'll find someone like you
I wish nothing,but best for you too
Don't forget , I begged I remember you say
Sometimes it lasts in love,but sometimes it hurts instead

わたしはそうは思わないけど。
Please mind, I never find someone like you

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2011年12月 1日 (木)

本日

Omote
本日残念ながら、ボーカル熊田千穗が水疱瘡を発症したため、渋谷JZbratの「熊田千穗と銀座キラ星カルテット」の内容に変更があります。
ちほのステージを楽しみにしてくださっていたたくさんのみなさま、わたしも彼女の親友として、またキラ星の立ち上げから見守ってきた身としても、残念でなりません。

けれどもその名も世界の青木研率いる銀座キラ星カルテットは、本来ボーカルを入れなくてもたちまちにみなさまをとりこにしてしまう演奏と魅力を兼ね備えたカルテットです。ぜひお立ち寄りくださいませ。また、本日幕間にこれまでのキラ星のフライヤーなどのスライドが流れるそうです!accoさん、わたしとArtisticPantieが多大にお世話になっているaccoさんのこれはまあプチ個展といっても過言ではないでしょう。そんな盛りだくさんの今宵、熊田をおいてけぼりにして、楽しみましょう!(笑)

詳細はこちら熊田千穗ブログより

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