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2011年9月16日 (金)

月光浴

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「月光浴」という言葉があるのかどうか知らないけど、ともかく月光浴をしてみました。

執筆の合間にベランダでお月見。足元に蚊取り線香、目の前は幸せの青い鳥、右手にビール、音楽はマリーズ。月の光を浴びながら「悲しみのための12曲」と言われたラストアルバムを聴いている

何を祈ろうか

前日が中秋の名月だったとはあいまいにしか知らず。今年の月の光はとてもよいからたくさん浴びないとね、なんてこともつゆ知らずとあっては、なにか日食を見逃したような気持ちになるもの。
火曜日は執筆のためのお休みでしたが、まえの週に激しく苦しい初稿を身体中の肉がえぐり取られる想いで書いて(新潮社のですが内容はまだ発表できず)心の流血がようやく収まるなか、実際初稿が使い物にはならないこともわかっておったので(実際ノーリーにも、ここまで血がしたたり落ちている原稿を我々の一存で却下なぞとてもできないが、このままではダメ〜とばっさり)
それをどう、「中島桃果子」らしい厳しくも温かな、そして完全なるフィクションにしていこうかな・・うーん・・書けばいいってもんじゃないんだよなあ・・と考えているところ、ふとベランダを見たらそれは美しく月が煌煌と輝いているじゃあありませんか。一日遅れたってかまやしない!と、蚊取り線香やらビールやら椅子(執筆用のね)やらベランダに持ち出して月光浴開始。月光浴って言葉ったらいいわ! 

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気に入っている写真です。この時期の月のパワーがすごいっていうのは写真を撮るとわかるね。月が好きで、もう何年も月を撮ってるけど、月って絶対写真に上手に撮れないの。褪せちゃって。でもこれはなかなか良く撮れた。

ただじっと月を見ながら考えていました。
そしてずっと、ただ毛皮のマリーズのラストアルバム、THE ENDの12曲を聴いていました。

わたしにとって東京が最も美しかった頃、14年めになりますが、もっと東京を美しく感じていた時期に志磨くんが発表したアルバムは東京のためのアルバム「ティンパンアレイ」でした。惜しみない愛を詰め込んだ美しい12曲。そのときわたしも愛に対してとても勇敢でした。愛というものを強く信じ、その美しさに見とれていた。それがすなわち東京という街そのものだった。こんなかんじ、またはこんなかんじにね。
そのころまだ日本という国も大きな悲しみと痛みを知らなかった。

そして先週、なんの因果か、わたしにとって東京がもっとも厳しかった日に発売されたアルバムはまさかのラストアルバムで、毛皮のマリーズの解散を発表するもの、そして楽曲は「悲しみのための12曲」でした。
その日わたしはすこし前から頭に住まわせているおとぎ話があるのだけどその登場人物の名前をマリアンヌに決めたところで、なんと、なんの因果か、アルバムの最後の曲その名も「ジ・エンド」はマリアンヌに捧げる歌だったのでした。


バイバイベイビー、マイ、マリアンヌ
ああ、もう別れの時を
目の前にした 今だからこそ
君に話そうマリアンヌ

この夜空に 星ほどの 甘い夢を浮かべ
それを全て涙に変えて 今 去りゆく その前に

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悲しみをとりまくひとつの連動に寄り添ってわたしはずっと月を見ていた。
すべてが琥珀。なにも話せない。言葉もでない。
なのにわたしは「ことば使い」それが仕事。歌ったり絵を描いたりして生きてゆけはしないの。ああこんなときは人のことばの舟に乗って北極星に向かって漂流したい。

もしも 私がある朝 目を覚まさずに 冷たくなって
そしたら きっと、きっとよ? 月の夜には思い出して。
生まれ変わってあなたを待つ  そう  ダンデライオンになって
探して きっと  見つけてね  あなたを愛してるわ (ダンデライオン)

月の夜だよ、ほら思い出して。何千年も昔の過ちと、罪と、愛とと、哀しみと、幸福を。そしたらいますべきことに、ダンデライオン、もしくはわたし、気付くはず。

月光浴は粛々ととりおこなわれ、「月光浴」という言葉があまりに良いなと思ったもんで、ひとりでいたかったはずなのに二人の妹にメールをしました。
ひとりはすでにこちらに向かっており、もうひとりは、ふと下を見ると、わたしのいるベランダを見上げて手を振っているのでありました。

わらわらと急に騒がしくなった我が家でしばしの歓談。
みいきの親友のかなちゃんに頼まれタロットをして
(しばらくやっていなかったタロットですがこの日はすこぶる調子が良く。いま思えば月のおかげかもしれないね)
日本の文化に疎いあやめさんは中秋の名月が理解できず
「チュウショウノマンゲツ!?」
「?チョウシュウノマンガツ?」
こんな具合(笑)

パレードのように彼女たちが帰っていった家にひとつ、魔法みたいな出来事が起きていました。いつも本棚にたてかけている「ショートバス」のパンフレットが、たぶんかなちゃんが見たのでしょう、裏向きになっていました。
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(いつもはこう↑)
もとに戻そうとしたときわたしは思わず息を飲んで、
裏返すのをやめた。

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このお月様のことばは、いま、でなくて、未来のことばなんだって、わたしは思いました。
いつかずっとずっと先の未来に、いまわたしが抱えているできごとに対して、誰かじゃなくて、お月様がこういってくれる日が来たら、それはすなわちじぶんのことばであるはず。

わたしがじぶんで充分に努力したと思える日まで、この言葉が未来のことばじゃなくて、時がじゅうぶんに満ちたと思える日まで、このパンフレットは裏返さず、ずっとずっと歩いて行こう。

「私には分かるんだ 君は努力した

このパンフレットを買ったのはもう何年も前、それなのにわたしは今日、ここにお月様がいたことも、このことばにも初めて気がついたのでした。
これが昨日の日記に繋がるのでした。

そんな月光浴の夜。

金色の心を抱いて生きてゆこう。

ちょうどな分量で正しく贖い、許し、悲しみ、心に火を灯して。

だから、

ひとつ、最後に教えてくれ 僕は生きて帰れるか
首を横に振るなら 運命よ
お前は 僕の、敵だ!

(HEAT OF GOLD)

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コメント

素敵だなあ。モカさまは。わたしは忙しさに月を見る余裕すらありませんでした(TT)

投稿: ゆうひかり | 2011年9月16日 (金) 21時56分

月光浴ということば、あると思っていました(汗)
友達とつかっていたから、、ないのかしらん。
もしなかったら、『モカコジテン』に載せてください。
『モカコジテン』を手に入れる術がほしいこのごろ。
おつきさまにおねがいしたよ。

甘い夢を星ほど浮かべるってすごいことだなぁ。

投稿: ラパンヌ | 2011年9月17日 (土) 23時50分

ゆうひかりさん
わたしも友人に教えてもらって、たまたま休みで、たまたまベランダに出たら、たまたまいちばんいい場所にお月様がいらっしゃったのですよ(笑


ラパンヌさん
「甘い夢を星ほど浮かべる」という言葉は、志摩くんの言葉なんですけどね。「ジ・エンド」という曲の歌詞です。


投稿: もかこ | 2011年9月20日 (火) 04時36分

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