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2011年3月

2011年3月30日 (水)

創造的便秘…なう。

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で、苦しくてゲロりそう。

まじでゲロりそうなくらい苦しい。

創造的便秘。

これは産みの苦しみというよりは(それを体験したことないからわかんないけど)
便秘の苦しさそのもの。

あー今日も出なかった…的なストレス。
からだに湿疹でるし。

ううっ。

てなわけでバンジージャンプの勢いでオリンピックイン再び。
今日は9階です。空にすこし近づいた。

ここは水の中に逆さに入れたコップの、空気の部分のポケットのようでいい。

自分の範疇で時間を区切れる。休む時間や、寝る時間や、ぼーっとする時間。
書くためにつかう時間。

普段は時間がたくさんあるので、日常ですこし消費してもなんてことないんだけど、いまは毎日稽古だし、2DKに姉妹3人で住んでるし、お店もあるし、
なかなかわがままに自分の尺度でざくっと時間を切れない。

そのことはわりと、響くのです。
脳内の世界の呼吸をうまく整えられなくて。関節が詰まるみたいに何もできなくなってしまう。苦しい。
じゃあ日記とか書いてないで小説書けよ、、とか思われちゃうんだけど、
助走が何よりだいじなわけ。

ほんと。

助走が跳躍の高さと幅を決めるのです。

なのでわたしは稽古場でも、ピアノ弾いたり体操したり、鼻歌歌ったりして遊んでるんですが、そういう時間がないとダメなわけ。
からだと脳みそ緩めないでセリフ言う練習とかしても全然だめになっちゃう。
長めの助走が必要なタイプなわけ。
でも、この一ヶ月くらい「船パリ」という小説にむかって助走してそろそろ、、、と思うとそれが遮断されて、また便秘になってしまう。
もうちょっとだったのに…(泣)
何回失速するの…辛すぎてまじゲロりそう。

稽古だけはほんとに助かっています。
気を遣わないでいいメンバーなので、遊んでる(ようにみえて)も怒られないし。
ともかくわたしは神経と気を遣いだすと完全アウトなので、
(イクイノでは苦い経験が、、、)
この、皆に魂預けられる状況にかなり救われています。
とくにめんたろうはわたしという役者の特性をよくよく把握しているので、ほんとごめんなさい!と思うのですがとてもとても、異常に優しく、ありえないくらい優しく(涙)(それが返って怖ろしくてたまにおしっこちびりそうです)

尊哉や岡ちゃんもわたしにスキルが全くないことをよく知っているので、
高度なことを要求しないし、ダメだしされてもそもそも気を許してる相手だから、おびえなくていいし(どんだけダメだしに恐がりなんだ!)
しかもわたしは「大きな声でセリフを言いましょう」という学芸会レベルのダメだししかされてません(笑 がーん。

役者としての才能もセンスもないので(あったら女優やってます)
感覚だけでやってて無計画、無作為なのでこみ入ったことや綿密なことが何もできません。
小説を書いているときがそうなように、芝居をしてるときはこれがどう見えてるかとか全くわかっていませんし、客観的な目線がまったくなくなるので、
「こう動いた方がおいしいな」とかも全くわかりません。
しかしここまで完全に主観に没頭させてもらえて幸せだなって思うし、
たかやとか岡田とか、なんで役を演じながら、
頭の中でシーンを組み立てることができるの!?どういう脳みその回線になってるんだろう??って思います。
すんごい不思議。すごいなあ。目が二個ある感じ?
わたしはじぶんの役をやってるとき、じぶんの目に映る世界しか見れないから。
そこで感じることしかできないから。
人のシーンを見てるときはどんどんアイデア浮かぶんだけどね。
だから書いてるときも主観でダダダダっと書いて、演出家として、読者として読む。

だから役の感情がよくわかってないところは超からっぽ(笑
潜在能力低いし、今回やると決めたときに、もう女優ぶって
「その感情だとこう動けません!」みたいな面倒くさいこと言いません!
とめんに宣言したので、よくわかってなくても「もっと大きな声だせ」と言われたらそうして、「こう動いて」と言われたら指示通りに動いてるんだけど、
整理ついてないとこは学芸会並(笑 とりあえず言ってるだけだからね(笑

でも、その自分の能力の低さを知った今回って、すごい稽古やりやすい。
だってできないんだもん。だからめんたろうが「それでいい」ってとこまでやったらそれでいいんだもん。いいかっこしなくていいんだもん。演出がイイって言ったらいいんだから。

今回の萌実という役は、じぶんそのものに当て書きされてるけど、自分の思考回路がいちばんわかんないから(計算してやってないからね)、ありのままでって言われても全然わからないんだけど、
感情とセリフが離れてるとこを、稽古場じゃなくて、家とか電車で、
「なんでこの子ここでこんなふうに言うんだろう」とか、何度も読み返して考えると、そこは物語を書き進める作業と同じでキャラクターの感情の答えや理由ってつきつめるとれっきと一つしかないから、答えにたどり着いたとき、あたらしい事実に気付いて驚愕したりする。

れいこさんが「もかと長くつきあって思ったっちゃけど」と言ってた、
「もかって、空気読まんと好き勝手しゃべってるように見えて、ほんとは相当なところまで考えて、裏の裏まで気を遣ってしゃべってるっちゃんねー。でも、みんなはそれに気づかんと好き勝手やってるみたいに思ってるったいね」

って言ってたようなことなんだけど、
わたしが人なつっこく思われてるとこ、人にずかずかいくとこって、
直感で合うと思って一瞬にして心許すパターンもあるけど、
だいたいは実はその逆で、
「どうせ理解されないし」って思って、だったら一生懸命話してもしょうがないなって思って「あたしアンディウォーホールかトリュフォーみたいになりたいですね」とかって軽口叩いちゃうんだなとかってことを知って「ぎょ」とか思ったりしました。
だから最初はずかずかいくんだけど、人が好きだから、好きになると嫌われるのが怖くてこんどすごい臆病になってしまったりするの。

めんたろうはよくわたしのこと分かってるな。

そうやってだんだん贋作・蝶番の世界に脳みそは馴染んできたところだけど、
とにもかくにも今日は船パリ。
贋作蝶番はめんが書くから他人ごとで、執筆に関してのいいアイデアとかも沸いちゃうんだけど、
これ自分の原稿となると、なんか抱えてるものが大きすぎて、
まじ、ゲロりそう。

でも、

支えは、

魔女と金魚のときもそうだったってこと。

こういうの書きたい、、って衝動でメモ的に書いてたものほど、
「書いてください!」って言われたら、からだのなかに渦巻いてるものが大きすぎて、どこから始めていいのかわからなくなる。

魔女と金魚も、
最初の3ページくらいが全然書けなくて、ストレスもあって、バリ島でガチにひどい便秘になったけど、書き始めたら10日で一冊かけたじゃないか。

この創造的便秘を乗りこえて、
どんなかたちであれ、明日の出勤前までには、
なにかを形にして吐き出してみせる。

これは「つもり」じゃなくて「誓い」

あまりにこの作品を書き始めるまで、時間をかけすぎているから。

写真は稽古場。

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2011年3月23日 (水)

JUNE発売!!

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発売日が震災の次の日だったので告知を控えさせていたのですが、
3月11日、3月12日と立て続けに、ふたつの短篇が寄稿された2冊の文芸誌が発売されました。

この2冊はわたしのなかでは大きく連動する二作で、じぶんの中では作家 中島桃果子の転機、となった作品です。

正確にいうと転機となるのはここから生む作品のどれかになってゆくのだと思うのですが、これが棒高跳びだとすると、人知れぬところにある「ふみきり」の部分になった2作です。これを踏み台にして大きく飛躍できるかどうかはわからないけど、
あたしはこの「ふみきり」になった2作をこよなく愛します。
きっとこんごも。ずっとずっと。

非常に個人的な、パーソナルな作品ですが、いまこれをここで書かなければ、今後新しく、登場人物が躍動していく広がりのあるものが書けないような気がしたので、好き放題「じぶん」てものに向き合い書かせていただきました。
蝶番でさえ艶子という人間にじぶんを内包させたのに、この2作にはわたしを内包するキャストさえいません。だって登場人物がわたしであるのですから。
でもこれはやっぱり物語で、ドキュメンタリではないの。

ひとつは官能小説で幻冬舎のジンジャエール(注/ジンジャー、ではありません)
という創刊されたばかりの文芸誌に寄稿した「妄想RUN」という作品です。

 

これは幻冬舎の壺井さんと、わたしの大切なふたりの男の子に捧げました。
そしてわたしと関係したテイになってしまったあまたの男の子たちに(笑
登場ありがとう!と、言ってみたりして。
ハイ。現実のわたしはもうかなり長い間、殿のお渡りがないんですけど、「妄想RUN」の中のわたしは忙しいです(笑 なぜなら妄想だから。

「女の子の女の子による女の子のためのPOPな官能小説」をめざし壺井さんと2人三脚でやってきました。楽しい小説になりましたが、こんなに赤裸々なわりにさっぱりしていてエロさに欠けたのではないかというのがちょっとした反省でしょうか。でもバランスのよい作品だと思います。

もうひとつは祥伝社の”feel love"に寄稿しているJUNEです。
これは毎回手こずりましたが今回も手こずりました。
いつもあんなに自由にやらせてくれる牧野さんに「意味がわからない」と言わせてしまい書き直しました。苦しい1週間でした。
その1週間でわたしはもっとみんなに正しく伝わることを書くべきかとテーマを変更することも考えました。でもやはりいま書きたいことを書こう、それが一週間でより伝わる表現に洗練できる技術があるかは大変悩みましたが、いまのじぶんのベストは出せたと思います。すこし拙いかもしれないけれど。

JUNEvo.5は最初「SYNCRONIZED SOUL シンクロナイズドソウル」というタイトルでしたが、タイトルも
彼女あるいは彼女と彼だけの部屋」に変更しました。すこし小難しくなくなったかな?(笑

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この「彼女あるいは彼女と彼だけの部屋」は、
いまあるあたしの愛のすべてです。

赤裸々に書かれた人を傷つけたかもしれません。

どうしていちばん愛しいひとを、いちばん傷つけてしまうのだろう。
考え込ませてしまったり。

それでもその一行をわたしは消すことができない。
そのことばを置くのをやめられない。

でもあなたは小説の中の一行を引用して笑いにかえてくれた。
なんてことない顔をして。
みんなで飲みちぎってるときにそっと家に戻って、帰ってきたときはヘドウィグのサントラを手に持って戻ってきたね。そしてあの曲をあなたがこっそり流したとき、わたしは泣いてしまうかと思いました。

あなただけでない。たくさんのわたしの周りのわたしのだいじなひと。
あなたたちを書くことは、あなたたちを愛してることなのに、どうして傷つけてしまうの。そこまでして物語を書く必要あるの?

たまに生きることと書くことが同じになってしまって、
そのことをよこっちょに置いては違う小説なんて書けないときがあるの。

でもそれが作家だって、よしもとばななさんはお父様との対談で言ってました。

そういうことも考えながら、わたしはこれからの作品に向かっていきます。
そのなかに筆を置く、という選択肢もあるのか、、つきつめて考えたりもするけど、きっと「彼女あるいは彼女と彼だけの部屋」を書いた時点で、わたしはきっと譲ることができない人間なんだと思う。
その自己愛、書くという自己愛を貫いて、愛してるひとを振り回したりしながら、そのくせそのことに悩んで泣いたりしながら、
筆を置くことだけはできないんだと思う。

いままでわたしは「ぜつぼう」の中にわずかな「きぼう」を見いだすスタイルで小説を書いてきました。意図したわけではないけどそうだった。
でも「ふみきり」以降これからの物語は「きぼう」に大きく向かっていきたい、いやそうすると決めました。

そのちょうど「ふみきり」になった2作です。
身内の人は客観的に読めないかもしれないけど、そういう偏りもふくめ、あたしと作品が表裏一体になった、ぴったりくっついたこの、とても特別な2作を、ぜひみんなに読んで欲しいです。

よろしくお願いします!

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2011年3月17日 (木)

覚悟のありかた。

『ものを怖がらなすぎたり 怖がりすぎたりするのはたやすいが 正当に怖がることが大事で難しい』

これはわたしが敬愛しているアニキでありCMプロデューサーの方が今日つぶやいていたことで、この言葉が、今日わたしが一日中考えていたことをまことに上手にあらわしていると思い引用させていただきました。

これと覚悟のありかたがどう関係あるかというと、やはり覚悟のありかたが、その正しく怖がることに繋がる気がしたのです。

震災がおき、日本は依然前代未聞の非常事態にさらされ、西に避難するひとも増える中、わたしは今日も東京で生きています。

いまは毎日「生きる」ことを動詞のように扱っています。

このような事態で、さまざまなことが、癒しor不謹慎 救いor自分勝手、恐がりすぎorもっとちゃんと備えて、、と、何人かの友人が用いた言葉通りほんとうにパラドックスで、何が正しいことなのかなんて誰にもきめることができません。
だからこそそこはもう覚悟のありかたなんだろう、それがもたらす説得力が、
いま人がここで生きているということなんだろうなって強く感じます。

震災の次の日に公演を行った劇団をわたしは激しく非難しましたが、本日公演を再開した野田MAPの野田さんのコメントをわたしは真剣に読み共感いたしました。
明日はシンディローパーのライヴにこんなときだからこそ行ってきます。

矛盾しているように見えてもわたしの中は何も矛盾していません。
わたしのなかの答えはずいぶん前からはっきりしているからです。

わたしの仕事は書くこと、芝居をすること、お酒を作ること。
すべてが端的に言うと娯楽です。ここのところtwitterなんかでも、こんなときこそ歌を!とか、こんなときに芝居なんて!とかいろいろ飛び交っていますが、
わたしはどっち寄りでもありません。

この究極の事態に対して芸術が存在価値をなすか否かに関しては、こんなことになるずっと前から「明日地球が滅亡の危機に瀕しても自分は表現しつづけるのか」をずっとずっと自分につきつめて考えてきましたから、こんな事態になって初めてそれを考えている表現者よりたぶん1億倍わたしは覚悟を持ってこの仕事をしてきました。

もちろんこの震災はそれであってもいろんなことを大きく全部ひっくりかえして洗い直し考えさせるものであったというのは前提としての話。

ものごとや仕事には出番がある、というのがわたしの考えです。
まず肩書きの前にわたしは自分を人だと考えて、人としてこの震災を前にたくさんのことに向かいました。
じぶんの考えのベクトルに悩みはひとつもありません。ただそのベクトルに向かうタイミングや実行に関してはよくよく考え悩みました。
わたしは非力で、被災地にむかい誰かを救うこともできません。バスの運転手じゃないから麻痺した都内の交通を緩和することもできません。官房長官にはなれないから枝野さんを寝かせてあげることもできません。
だからといってわたしにできるのは表現だ!と著書を大量に被災地に送ったりは絶対にしません。
土日わたしにできたことは節電と、募金と、テレビの前で歯を食いしばって現状を見ることだけです。
なんかそういうことだと思うのです。
中途半端な覚悟で「生きる」ことをいま一番やってはいけないのかなと。

来月出演する舞台の稽古が月曜から始まりました。それにあたってわたしは降板を考え、揉めたり泣いたりいろいろして、だけどひとつ言いたいのは、いま演劇をしない!というナーバスにわたしが陥ってるのではなく、皆の覚悟のありかたを感じたかったのです。知りたかった。同じ温度でそれに向かおうとしてくれているのか。
最初その覚悟のありかたに行き違いをわたしが勝手に感じて、諦めた物言いになってしまったわたしは降板しようと思い、さらに岡田やタカヤと行き違いを産んでしまった。

ひきとめてくれたのは主宰者のめんたろうの言葉でした。
「いま台本を書くことをやめるのは生きてることを放棄することだから俺はそれをやめない。公演に向かって死んでもいい気で準備する。でも来月もしかしたら公演は打てないかもしれない。俺はやる。でもおまえにもおまえの考えがあると思うからおまえはおまえの決断をすればいい」

台本を書くことをやめるのは生きてることを放棄すること。

このひとことがわたしには大きく胸にストンと落ちました。
この演劇で誰かを救おうとかの傲慢(ごめんなさい、わたしはそう思うのです)がなかったところもわたしは気に入ったのです。

もちろん演劇を打つわけですから、表現が産む癒しの可能性を信じていますし、
それが誰かの心を救えたり具体的にお金という支援になって届けばいいし、生活すら困難な状況での音楽や笑いの重要性というのはもうそんなのずっと前から考えに考えて、おととし山谷に住む家のない人たちが、家さえ捨てた人たちがみんな数冊の本を少ない荷物の中に含ませているのをこの目でみたときから答えは出ていて、
そんなところを悩んでいるのではないもっと違うところ、それが伝わらなくてタカヤや岡田やメンバーを大変嫌な気持ちにさせた、それは申しわけなかった。

さらに、この言葉では誤解を生んだり伝わらないかもしれない。
ただうまく言えないけど、わたしはその言葉のもつ熱量にはんぱない「生きる」ことへの覚悟を感じ、出演することを決めました。
だからわたしは死ぬ気でやります。中途半端に板に乗るのではありません。

そして月曜日からは日常を再開しました。
それが「東京」という一番国が守り抜いた(たとえば港区は停電にならないとかいうことも含め)街の中枢に住み、生き残ることができたわたしができることだと思ったからです。
人を助けたい。でもそのためには自分が生きなくてはいけない。生きるためには働かないといけないし、わたしの仕事は書くこと、お酒をつくること、芝居をすること歌うことであるからそれをする。誰かのために!とか大義名分ではなく自分が生きることを動詞として扱ったときにそれらが付随してきただけの話です。

東京にいてできることは経済をまわすことでもあるので、飲みにいくし、店でお酒つくるし、買い物もします。買いだめはしない。
なぜならほんとに明日死んでもいいと思っているから。その覚悟でいまわたしは東京で生きています。

西へ帰る人、東京に残るひと。仕事する。それどころじゃない。やむおえず自宅待機を強いられる。
選択そのものはきっとそのひとが覚悟をきめて選んだことならよいのだと思う。

わたしは西で生まれたけど、東京しかない。東京がわたしをわたしたらしめた場所だから。そしてその東京で震災にあった。
あれだけ揺れた日、世界の歪みをこの目にしながら、
わたしは東京のアスファルトの上に立っていたんだ。

だからわたしは東京に骨をうずめる覚悟で今日も東京を生きる。
東北でなく東京を生きるということ。
それは経済をまわすということ。
日常を再開すること。
過剰にびびくらないこと。
この震災を正当に怖がること。
わたしにとってそれは、明日死んでもいいけど、長期戦への備えとして自分を元気に保つこと。だから明日シンディの歌を聴く。
マイケルと一緒に歌を歌ったシンディに会いたい。
わがままだけどまず自分を元気にしないと誰かを救えない。
丸の内線で人に突き飛ばされたくらいで泣いてしまったときそう思った。
喜怒哀楽の怒哀しか、いまからだに満ちてないと。そして音楽を欲した。
稽古場での本気が産んだ爆笑に救われた。
そして執筆を再開し、稽古をする。

いまはまだもう少し出番じゃなくても、準備をすることはできる。
それらがわたしにとって東京で生きること。命を無駄にせず生きること。

余計なものをそぎ落としてシンプルに生きること。
愛しいひとにはいつでもすぐに愛しいと伝えること。
できるときにできるひとに連絡すること。
働くことをやめないこと。

それがあたしの覚悟です。

節電をするとかは、言うまでもありません。

※野田秀樹さんが舞台で行った挨拶
「劇場の灯を消してはいけない~この東北関東大震災の事態に上演続行を決定した理由~ 」

http://www.nodamap.com/site/news/206

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2011年3月12日 (土)

大地震

地方のみんなが心配してくれて連絡くれるので日記かきます。

わたしは無事です。わたしの周りも無事です。
妹が新宿でひとりだったので、いろいろあって消防署に運ばれたりあったけど、
いまは無事家族集合して家にいます。

わたしは阿佐ヶ谷の地下の劇場で地震にあいました。
とても怖ろしかったけど、
たまたまひとりじゃなかったので発狂しなくてすみました。
発狂してしまうかと思うほど怖かった。
腰が抜けてしばらく立てず震えていました。
アーケード街の中のちいさな劇場だったのと、実はその劇場は上京して初めて出演した舞台の稽古で一ヶ月通った稽古場だったので古いことも知ってたし、
なんかもう、今日ほんとに死ぬかもしれないと、ほんとに揺れて怖ろしかったです。
灯体が落ちたりしなくてほんとによかった。
たかやも無事でよかった。

家はぐちゃぐちゃだけど、みな無事です。
バスで2時間、そこから歩いて1時間半かけて家にたどりつきました。
お店の様子も見に行ったけど、そこまでの被害でなくてよかった。
地震がきたとき「阪神大震災」を思う震度だったので、おおごとだとは思ったけど、外にいたのでなんの情報も入らず帰宅して、テレビから流れる大惨事に驚愕しました。当事者ってほんとに状況が飲み込めてないもので、
なんとかお店にはいかなくちゃ、とか思ったくらいです(周年だったので)

なんていうんでしょう、都市で生活していて、すごい勢いで復旧しようという都市の力、それがもたらす日常の再開、
でも次々に入ってくる訃報なんかもあって、しょせんひとは、自分がまず生きることが、そして隣のひとを助ける、その連鎖でもって助け合っていくんでしょうけど、わたしもじぶんの生活をどこまで日常に復帰させるべきか、
どれがどこまで「それどころじゃない」のか、

ありとあらゆる「分別」についてさっきからずっと考えています。

都内の小劇場なんかが安易に夜公演を行ったりしたわけだけど、
うーん、なんていうか、主宰者!!と思います。
地震があったときも役者は芝居をとめられないから、わたしたちが逃げたあともしばらく芝居をしてました。ともかく役者も観客も全員無事でよかった。それがそのときのすべて。

そもそもなんのために演劇ってあるの?夜公演はそこを見落とした判断かなと。
あとみいきが言ってたけど、渋谷の大きな電光掲示板に新人アーティストのPVが流れ続けてたこととか。
そこで流せる他の情報があったのではないかな。

でも、それすらも結局は地震パニックの一端なのかなと思う。まさか自分たちが、千年に一度の地震に遭遇してると思わなくて、なるたけ早く日常に復帰しようという…。わたしもよくわからず阿佐ヶ谷でコーヒーを飲んだりして情報が入ってくるのを待ってたわけで(何も情報がはいらなかったのです。携帯もつかえなくて。)
たまたま劇場にいたので特定のことに言及しました。
わたしと家族は阪神大震災を知ってるから「ヤバイ」と感じたけど、それでも渋谷について戦争みたいな光景みたときは「ぜんぜんわかってなかった」と思った。

このあとも東京で大きな地震が起きるかもしれないし停電もおきるかもなので、いまはそれにとにかく備えようと思う。

心配してくれたみんなありがとう。

妹を助けてくれたひとたちは無数にいて、うち数時間もつきそってくれた方は三人、そのうちの二人は阪神大震災の被災者、ひとりはご両親とも宮城で連絡がつかない状態だったそうです。名前も名乗らず、
「次にあなたが困ったひとをみたら助けてあげて」とおしゃったそうです。
わたしは携帯がずっと使えなくて、連絡とれたときにはもう、とも(妹彼)がみいきを迎えにいってくれたところだったので、ほんとうに助かりました。
みいきのそばに居てくれたかた、ありがとう。

こういうときこそ「恩送り」していきたいと思います。いまじぶんができることをね。

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2011年3月11日 (金)

「妄想RUN」発売!!

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本日、Ginger.L(幻冬舎)発売です!
読み切り官能小説「妄想RUN」をわたしが書いています!!
みなま是非読んでください!!!
女子の女子による女子のため(男子のためでもある?)官能小説デス!!!

http://www.gentosha.co.jp/gingerl/new.html
(ちらり立ち読みできます)

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2011年3月 2日 (水)

いまから

いまから
南へ!なう!われらが麻衣子劇団のロランスちゃんもでてる!

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