« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月

2011年1月23日 (日)

世界しかないって…

珍しく落ち込んでます。精神的にではなく具体的に。
自分の実力のなさに。

今日みんなに説明しながら自分で気づいたけど、足りないんです力が。圧倒的に。
下手なんです歌が。つまり筆力が。

あたしってチャカカーンじゃないのに、「 Trough The Fire」歌おうとしてるわけね。
吉田美和が歌わなかったら「その先へ」の良さとかみんな気がつかないって。

だから、ユーミンを目指さないといけないんだって。歌の下手さとか関係ないくらいの「世界」で埋めるか、CharaとかYUKIみたいに、好き勝手やってる風だけど、実はめちゃくちゃ実力あるじゃん、あのひとたちすげえ歌うまいよ!みたいな感じか。
いますごく中途半端。

歌えないのに難しい歌ばかり作ってる。

小説家って難しい。みんながシンガーソングライター。自分で作って自分で歌ってる。

もちろん書くことはきっと得意なんだし、「書くことが上手い」ってピンとこないけど、他でたとえると、走らせたら県で1番くらい早いと思うの。
歌わせたら学校で1番くらいは上手いと思うの。
小さなバレエ教室だったらみんながびっくりするくらいキレイに回れる。
でも。
オリンピックには出れない。
オペラ座では群舞。
プロの世界ではいつも落第点。感性とセンスと、世界だけが売り。

でもプロなんかみんな感性とセンスありますよっていう話。
感性、センス、才能があるひとがプロになってるんだから。
そりゃあ音はずさずに歌いますよって話。

あー。バランスの悪さに凹む。
あたしはもうプロなのに。逃げも隠れもできない。村上春樹さまの1Q84と同じ本棚に自分の本があある。よしもとばななサマ!sや小川洋子さんや、川上弘美さんの隣にじぶんの本が置かれてて、人はそれを買う。
まわしを締めて、おなじ土俵にのっかちゃってるんだ、いいわけはできない。

すんごいイイ歌ができたから、みんなに聴かせたいけど、
あたしが歌ってもその良さ届かない。力が足りない。

かといって、みんなが喜びそうな歌を、明日あさってで、ちょちょいと作曲して、
わかりやすいコード進行で歌うにも、それを全うできる情熱ってあたしにあるかな。時間もないし。

でも歌唱力=筆力 磨けよ!とも思うの。腹筋して長くのばせるようになりなさいよ。メトロノーム聴いてリズム感培いなさいよ、人の歌よく聴いて、盗みなさいよ、って。

江國さんみたいに、簡単なメロディラインで、誰もが思いつかなかったような歌をつくれるような才能もないし、詠美さんみたいに、独特のフェイクで人を魅了もできない。ばななさんクラスまでの「世界の領域」にも達してない。なのに。

あたしには世界しかない。

あたしの中の小説世界。

作る曲は悪くないと思うのよ。
でも、だってそれすら、どっかからやってきてるものだもん。
あたしの力じゃない。

なのにその世界を、上手に映しとれる鏡を持ってない。もしくは、曇った、できの悪い鏡。

なにも映ってないの。

しっかり磨かなきゃ。

できない書記で、

意味のある会議をしても、

議事録を見て、中身がないと思われてる。

あーーー。ポテンシャル(素質)が欲しい。

でもない。

世界しかない。

ユーミンになるしかない。

なんとなくわかるよ、自分がユーミンに惹かれる気持ち。

でも。

「ゆるいカーブであなたにもたれてみたら、何も言わずに横顔で笑って」

なんてところまで、圧倒的な「世界」を確立できるかな。

ゆるいカーブで、あなたにもたれてみたら、だよ!!
どこにでもありそうなことを、どれだけ輝かせるのよ、ユーミンたら!!

「この道は、まるで滑走路、夜空に続く」

なんて1行を書き落とすことができる? あたしに。

そこそこの(←皮肉 笑)感性と世界観に甘んじすぎたなと、自分を罵倒してみるのです。

「あめんぼあかいなあいうえお」と、毎日発生練習してた、役者のころのが頑張ってたんじゃない? 毎日来たお客さんと飲んだお酒をメモしてたあの頃のほうが努力してたんじゃない?

それなりにできるからって調子こいてた。ように思うワ。

もっと実力がほしい。
チャカカーンになりたい。
逆にユーミンになりたい。

裏声が美しい歌を思いついたのに、裏声がでないよ~~~。

かといって地声で歌える曲を作り直すのも癪にさわるの。

ああ。

実力がほしい。

でもともかく。

日月で、あるラインを超えるものを提示しなきゃ。

ラインがどこかはわかってる。

そのまま飛ぶか。

背中で飛ぶか。

そこが問題。

| | コメント (2)

2011年1月18日 (火)

愛を許す

山田詠美さんのタイニイストーリーズっていう短編集のひとつに、
精神病院に入院した夫(夫はアル中)を見舞う話がある。

このタイニイストーリーズに関しては読んでるときに感動のあまり1話ごとにつぶやきまくって(twitter)最終的には、〆切りまえだったので「これ以上読んだら書けなくなる!」と本を閉じた。こんなにキラキラする言葉を享受したら、ずっと享受する側でいいや、まったくもって書かなくていいや〜ってなっちゃうもんね。

でね。その話。(ネタバレなんで読んでないひと読まないで!!)

旦那の検診中に、患者さんの中でも孤立してる男の人と主人公の女がいろいろ話をしてて、はっきりとは描写されてないけど、たぶん彼が精神を病んだ理由は実の妹を愛しているから、愛しているひとと交われないということっぽいんだけど、最後主人公がそのひとにこっそりフェラチオするシーンがあって、
恋をしていないひとの精液は飲み込めないので、ぺっと吐いたら、濡れたコンクリートの壁に、赤ちゃんヤモリの形になって、ぴとりと貼り付いた
という二行で終わるのだけど、
わたしはそこを読んだとき、自分へのふがいなさといらだちで、もうすこしで泣いてしまうところだった。

こんなふうに、モラルや道徳では測れない、ひととひとの瞬間、男と女のはざまに起こることを、誠心誠意、正直にスプーンですくって、あたしは裸で生きているのに、
なぜそれを書くことを畏れるんだろうって。

なぜ詠美さんのように正々堂々と不完全な人間として女として、ことばとことばの間に立てない?

それにきっとだれもが、法律や、小学校でおそわってきた人としての道徳を守って生きながら、それと相反する、衝動や葛藤に苦しんで、ときに秘密を抱えて生きているのに。

寂しさに負けて好きではないひとに、なんの準備もなく抱かれてしまうこともある。そこに能動的な割り切りがないときは、それはまったく不健全なセックスであって、自分が招いた不慮の事故であってあたしはいますぐ自分が死んでしまえばいいと思って、明け方のゴミみたいな街のへりで、こどもみたいに声をあげて泣いた。あまりにわあわあ泣くので、黒い口紅をしたXファンみたいなオカマが慰めにきた。
泣きながら、30歳をすぎてもこんな風に泣くのだから26歳であたしを産んだママにもほんとうはたくさん泣きたい夜があっただろうと、ふと思った。

かと思えば、好きではない人とのセックスだけど、それはそれで必要な愛しむべき瞬間だったと思えて、たいせつにこころに仕舞っておこうと思えることもある。
そのときそれは誰かへの裏切りではなく慈しむべき秘密になる。

たとえばあたしには恋人がいないからそれらのすべてを正当化することができるけど、もしかしたら恋人がいたってそういう瞬間は降ってくるかもしれない。だってすきまは必ず訪れる。長く愛し合ってる男女のあいだにだって。だから未来予想図のように1秒のすきまもなく心と心が結びついてることなんてないし、そんなのは奢り。虹のように儚いものを絶やさぬように、皮肉だけど雨を降らしていくんだ。

でもそれらすべては、ラジオでも、テレビでも、ブログにも書けない不道徳なことだ。

でもそういう扉や障子や引き出しや、カーテンを、全部閉めたら、
あたしたち、生きていけるかな。
山田詠美さんはすくなくとも、引き出しを開けて、そのことでたくさんの愛を許している、あたしもそうありたい。

| | コメント (2)

2011年1月 6日 (木)

聖者の行進

Securedownload24

『ほら、告げられた星を掴みにゆくのよ、未来がみえない?
汚された声に行くてを阻まれても、手は離さない』

ふう。ようやく東京に帰ってきた。
なんかこんかいの帰省は癒されたな。

いままで肩肘張って、あたし自分で生きていきます!ってやってたけど、
大人になると逆に、両親のまえで、こどもはこどものままでいるべきだと強く思い、
おこがましいけど手がかかっていいだろうと、ほんとぐうたら(笑
なんにもしないし、電気毛布すら親にいれてもらって(普段の帰省のときは違うのよ!あたしがキッチンの大掃除したりしてるん)、まあプリンタのWifiの設定とかはしてあげたけども、ママとふたりで温泉入ったら、「なにやらにつかいなさい」と、
300円こづかいもらって(笑 ほんと甘えさせてもらいました。

それでも東京は、それはそれで早く帰りたかったりするもので、
なんだろう、到着すると同時に、愛しいわたしの戦闘機に乗り込んだような気分。
好きにカスタマイズされてて、低反発枕くらい心地いいシートなんだけど、でも戦闘機なんだね。
Securedownload25

新幹線の中で、急に「未映子」が聴きたくなって、なんども”結ぼれ”の、
(あたしを満たす癖をもつ、嘘をもつあなたを愛せば)
を頭のなかで反芻しあたしったらほんとうに「ことば」に依存して生きておるな、しかし、今年はなるたけじかに話し合って向かい合って、ことばに頼らず人間関係をつむいでいこう、とか思い、夏の終わりに毎日ほんと何十回となく聴いてた安藤裕子をひさしぶりに聴いてみた。
いままで、曲感が気に入って、フィットしすぎててとくに歌詞を知りたいと思ってなかったこの曲の、
歌詞を知りたいと急に思って調べたら、ああなんと、ここ数日、探していた問いかけの答えがここにあることよ。
もしかしたら、それを夏からあたしに教えようとしていたの?

『いま開かれた波に呑まれて燃えてく気持ちは消せない
くすんだ世界に身を焦がされても
手は離さないでいてくれたらそれでもいいの。
守るべきは光だけ、と』

ほんとうに、
守るべきは光だけだよ、あたしの人生において。

昨日実は、末妹のもえさんに、

「赤ちゃんみたい」

と言われました。

もえさんが言うには、わたしの小説は書評なんかで、
「メルヘンを現実世界にうまくとりこんでいる」と評価されるけど、それは逆で、

「実は、現実の中にあるメルヘンを拾い集めて”ほんとうはここにもあるんだよ”と、そのキラキラを手の上にのせている」ひとがわたしなのだそう。

だから、たとえときおり無茶な性生活をしても(おととし)、すさまないのは、
こころの奥にパンドラの箱を持っているからだと思う、と言われました。

それとこれが関係してるかはわからないけど、ともかくわたしの本を読んであたしに会う人は、あたしがもっと「森ガール」みたいな感じだと思っていて、びっくりるんだって(笑 あたしがいきなり「やった、やらない」とか言い出したり、オープンすぎる感じなので。あたしはそんなに乙女なこと書いてるつもりないんだけどなあ(笑

わたしはわたしのなかのイノセントがどこにあるかわからないけど、とにかく、
この歌詞に「聖者の行進」というタイトルをつけた安藤裕子を、抱きしめたくなりました。

そうよ、告げられた星と予感を探しにいくのよ、きぼうをもって。

見つからないものを、探してはいけないって誰が決めたの?
ジュゴンや、ユニコーンに会えるまで、歩みをとめてはいけないわ。


探して、探して、さがすことだけでいつかくたばってしまっても、
あたしはそれでもいいの。

(開かれた窓に光が見えない日も留まれないね)

誰がどうとか、何がこうとかでなくて、これはあたしの命のありかたの問題。

どんなときも、

守るべきは、光りだけ。

自分の心臓を少し切って血判してでも、
聖者の行進に加わりたいの。

そういうふうに生きていきたいのよ。

見つかるか見つからないかは問題じゃないの。
だから、くすんだ世界に身を焦がされても手は離さない。
よどんだ世界から飛び出る勇気がなくても、あきらめない。
ひっぱりだして星を見せてあげるよ。



そんなことを思いながら、ふかふかの戦闘機に腰を下ろす20じ15分。
命の前に、食べていかなくちゃ。
というわけでわたしはいまから支度をし、働きます。

| | コメント (2)

2011年1月 4日 (火)

今年の運勢

Securedownload21 Securedownload22 Securedownload23

『意い(おもい)もかけぬ煩い起こりて心痛するが心正しい身を慎めば年永しく音信(たより)をたえし縁者又は他人の便(たより)ありて喜び事が出て来ます何も運に任せ思い煩うな』



地元勝部神社の神様を、何よりも信じているわたしは、毎年勝部神社に初詣をし、おみくじを引き、そのおみくじを財布か手帳に1年挟んでおきます。
だってこの10年、このおみくじは当たりつづけている!そしてだいたい自分もどの程度のおみくじを引くかだいたいわかる。大吉を引きそう!とか、末か中っぽいな、、とか。

今年は、年越しを神社の隣のお店でしたので、初詣をその神社でしたのだけれど、
勝部神社への忠誠心が強すぎたわたしは、そこの神様にはもうしわけないことをした、実にいいかんげんな参拝であった、ごめんなさい、と反省しながら、晴れて1月3日に、勝部神社の鳥居をくぐりました。

神様には家族のことのあとに、
今年1年がありとあらゆる意味において、試練の年であることを知っています。それをお手柔らかにとは言いません、すべての試練を受けとめますから、それをしなやかに乗りこえていける心の強さをください」とお祈りしてみました。

そしてひいたおみくじが「中吉」なのに去年の「小吉」よりも手厳しい内容。
おおお。がんばります。しかしあまりに含みの多いおみくじにオドロキ思わず掲載。運勢は冒頭の通りで、まったくそのとおりです!

でもってあたしの代名詞と言えば「
思い煩う
あたしってば日々思い煩うことと、息をすることを交互にして生きているようなライフスタイルなのに(みんなが思っている以上に思い煩って生きておるの笑)

【なにも運に任せ思い煩うな】とは!
ではもう、ガチでそうさせていただきます。

でもって、細かい項目があるのよこれ。これがおもしろいの。

◎願い事/他人の助により望事叶う急ぐな
やはりわたしはことしはみなさんのお手をお借りするのですね。


◎待ち人/早く来ず音信(おとずれ)あり


◎失物/手近にあり見えず
これが物ではなく人のように思えてドキンとするのだけれども。


◎旅行(たびだち)/遠くは行かぬが利
フィンランドはやはり「遠く」ですよね…。6月に行こうと思ってたのに。


◎商売/多く買えば損あり


◎学問/怠れば危うし
身に染みます、ハイ!今年は観劇を減らしてとことん本を読みます!いろいろ調べて勉強します!


◎相場/売るのは待て


◎争事(あらそい)/十分ではない控えよ
ハイ…。喧嘩を売るのはやめます。もうすでに売っちゃったけど…。


◎恋愛/相手には浮気心あり
自分の傾向をよく知っているので、わざわざ言ってくださらなくてけっこうデス!しかし去年は「いいひとです信じなさい」って書いてあったのに…。遠い目。チャンスを逃したか。


◎転居(やうつり)/ よき所なしまて
やはりそうですか…。これでやはりわたしのお金の使いどころは旅でも引っ越しでもなく、ねじ春公演にむけてということになるんでしょうな。芝居をするとお金がなくなるから(笑


◎生産(さん)/親の身大切にせよ
生産しないので大丈夫です。


◎病気/軽からず信心せよ
とにもかくにも不整脈とのつきあいかたしだいでR


◎縁談/俄に向かうの心かわる 心和やかに持って吉
じぶん自身がそういう段階の100段階くらい手前におるのでこれもいいか。


まあ、ざっとこんな具合でした。
「音信」と「他人の助」が同じような意味でキーになってくるような気がします。
たしかにここ数日でしばらく連絡ととってないひとからのコンタクトが2件あって嬉しいかぎり。ドイツのミサキは男の子を産んで大阪に帰ってきたというしね。

あまり上手に誰かに甘えることができなかった去年な気がするから、ことしは甘えさせてもらおう。

きのうの深夜にみいきに、姉妹のなかで一番ともいえる恋愛スペックを持っているみいき姫に、
あきちゃん(モカコのことね)ってさあー、ぜんぜんイメージできないけど、男のひとに甘えたりするん? そういうことちゃんとできる? なんや想像つかないけど」と質問されました。

甘えるよ!
つーか甘えさせてよ!(笑
ほんと、わたしが「タフ」とかいうのは間違ったイメージですからねほんと。
365日いつでも甘えたいし!まさかそれを妹すら読み取れていないなんて!!
あーおどろいた
それで、
え?超~甘えるよ、つーかまとわりついて離れないし!トイレまでついてくし!なんならトイレ中も離れないもん!」と反論したら(なぜ反論したのか…)

リアルにちょっと「え…そこまで…?(ちょっとうざそ)」というリアクションをされてしまいました。

まあそんなわたしの運勢。
個人的にはピアノをもっとライフワークにとりこんでいきたいです。
ずっと探してたCharaの楽譜をさきほど実家で見つけた!うれし!
でもってモンサンミッシェルで拾った石を、勝部神社の水で清めて母の待つ車に戻ったならば、
「あんたってそういう奇妙なことするよね~」と不気味がられましたけど、
いいもん!

| | コメント (2)

あけましておめでとうございます!!

2011nenngaweb

『たやすいことではないけれど、偽らず裸々っと、愛だけをからだに纏って、
生きてゆけたら』

どうも!ご挨拶おくれました(笑

ここ数年、小説より奇なシチュエーションに見舞われることが多く(笑
かなり希有な年越しに今年も遭遇!なんか波乱の2011になりそうな予感ですが、
良きことは、
こんなことも起きるんだ」と思うことで、
フィクションもどんどん思い切った展開を書けそうだということ(笑
だってそういうこと、ほんとにあるのよ!?
だってあたしの目の前で起きたもん!
ということで、ありえないことなんてナイ、と、日々実感してゆく人生です。
そういうことが体験できる人生は作家冥利につきると思っています。

しかし、今年はほんとうに、
公私ともに試練の1年になりそうです。
厄年だし。

アグレッシヴな年賀状を送りつけられて、どん引きのみなさま、ごめんなさいね。

昨年、あまりにも、自分のなかの「こころの自由」というものが立ちゆかなくなったように感じたわけでして。ありのまま生きたい、でもありのままだと、トラブル連続であったりもするわけで。
そういう意味合いでも、あそこまで我が道を突き通しているGAGAさまなんかに、
ほんと感動を覚えた1年でした。わたしには臆病なところがあるので。

で、今年はもう、ともかく、ありのままのあたしで生きたい!という願いにもにた目標と覚悟を決めて、この年賀状(↑ブログのTOPバナー画像)を作ったわけです。
実は、みんなに出したのと、ここに添付したやつは違うのだけど、ここにUPしたやつを作って、ソラリゼーションなんかも使って、デザイン的にまとめたこれが、
「赤裸々」をテーマにしてるのに小細工してんじゃん!思って、よりヌーディな感じにしてみたんだけど(↓これ)
2011nenngaomote

結局、デザインとしてはバナーの方がよかったかなあ。というのが、冷静な判断(笑
あ、でも、みいきが「ヌーディ1本のこっちのがスタイリッシュ!」と言ってくれたので、
それを刷ったのは間違いじゃないかな。冷静なもえ氏(末妹)には、
お洒落めのピンクチラシに見えるカモね〜」と言われたんだけど

しかし、もうすでに、この年賀状についても家族にやいのやいの言われ、裸々っと生きるのもたやすくないと元旦から思い知らされている次第。母には、
こんなのもらったほうが恥ずかしい」と言われてしまいました(たしかに)
しかし、わたしはもう
やることなすことにヤイヤイいわれることは気にせず、やりたいように生きるし、作品を書くんだもん!!」とか言ってたら、
父が、
なるほどこれは、やりたいようにやらせてもらいますという決意表明か
と楽しそうに笑っていたので、
娘の裸が年賀になっているのを見た父上のリアクションとしては、たいそう話がわかるでないの!!と、父上を見直した次第であります(笑

まあそういう感じで、
突拍子もない上ものわかりの悪いわたしに関わるひとは、迷惑をかけられたり、
困惑させられたり、ほんとうに、今年も大変な思いをさせられるかもしれませんが、わたしはいつもガチで本気ですし、
みなさんに対して、けして嘘だけはないように生きたいと思います。

あなたにも、あなたにも、
ぜったい嘘をついたり、欺いたりはしません。
それはほんと。
右にも、左にも、前にも、後ろにも、嘘をつかないことっていうのは、
もちろんなかなかむつかしいことだし、
曖昧なことが必要なときがあること、知っているけれども。
それでも限界まで、ありのままにトライしていきたい。

こういうのが、不器用な生きかたなのか、
わがまますぎる生きかたなのか、
表裏一体でなんとも言えませんけど、

上手に生きることが、どうしてもできませんので、
せめて裸で生きていこうと思います。

裸ですから、傷だらけになることは覚悟しています。

でも、ここまでしないと、
このきびしい1年を、乗りこえていけない気がする。

と、自分のことばかり書いているようですが、
年明け早々、れいこさんという存在に、多大に支えられて、ここにいるわたしに気づいたわけで、

今年はきっと、自分の歩くすべての道は、どこかで誰かの力添えあって、進んでいける気がする、そういう意味では、もう今からですけど、

みなさんお世話になります!
ふがいないあたしを、ダメダメなあたしを、見棄てず、きらいにならないで、
どうぞおつきあいよろしくね。

| | コメント (9)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »