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2010年4月12日 (月)

井上ひさしさん死去

今日この日記は書かないつもりでしたが、やっぱり今日書いておくことにします。

しかし、土曜の深夜ってのは、なんなんでしょう。

昨年きよしろうが亡くなったときは土曜営業後のオールウェィズでちほとふたり、そのことを知りました。

上海バンスキングの再演を電話でちほが教えてくれたのもやはり土曜の営業後にバイバイした後で、
この悲しいニュースを教えてくれたのもやはりちほで、おとといは土曜なのでした。

井上ひさしが死んだよ

だいぶお酒を飲んでたわたしはその場で泣き崩れてしまいました。
そのまま30分くらい泣いてたのではないでしょうか。

わたしが演劇を続けながら、作品を書くなどということをずっと思い付かなかった理由、作家になるつもりというか「書く」なんてまったくも思わなかった理由は、

わたしが若い頃にたくさんの素晴らしい劇作にふれることができたからです。斎藤憐さんが描く上海バンスキング。清水邦夫さんが描く、楽屋、わたしの夢は舞う。
永井愛さんの僕の東京日記。
すばらしさにうっとりすればするほどに、その世界にのめりこんで、
上演したい作品がありすぎて。
自分で書くなんてことを、思いつきもしなかったのでした。

そして、
わたしが十年間という長きにわたり、魅力された戯曲が、
井上ひさしさんの描いた、
花よりタンゴ
だったのです。
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この作品で、四人姉妹の蘭子を演じたのが三回、うち二回は演出も兼ねていましたから、
おそらく今まで読んだ書物の中で、1番繰り返し繰り返し深く読んだ戯曲です。
冗談でなく軽く三百回は読んだと思います

上演する際になんとか時間を短縮しなくてはと削れる台詞を探しましたが、すべての言葉が必要不可欠に輝いて、すべての言葉に意味があり、ほとんど削ることができませんでした。

人を愛しく描き、人生を厳しく、しかし滑稽な中に光を描く喜劇作家さんでした。

男爵家の四人姉妹を描いた花よりタンゴの、上演前日に、わたしは同じく四姉妹を描いた「蝶番(ちょうつがい)」という作品で賞を受賞し、わたしの人生は変わりました。

四人姉妹の長女に生まれた自分が、四人姉妹を愛しくも厳しく描いているこの作品に三度も取り組み、長女の蘭子を演じているときに、蝶番が受賞したことに、人生の巡り合わせを感じずにはいられませんでした。

蝶番(ちょうつがい)

というのは変わったタイトルですよね。
年上の編集長にはこの言葉を よく知ってたな。と言われたことがあります。

これは実は、花よりタンゴの中でわたしがなぜかとても好きな台詞から頂いたものです。
そうよ。ねえさんは心の蝶番がはずれてしまったんだから。時間をかけて治さないと

19歳で初めて読んだときは不思議な台詞だなあという感じ。
そして繰り返し読むうちに、この台詞を言うちほがうらやましくてたまらないくらい、この台詞がなんだか好きで、この台詞を桃子に言わせた井上さんもなんて粋なと思い、

心の蝶番がはずれるって、なんて美しい表現なんだろうと思い、

その言葉はずっとわたしの頭に残って、わたしは自分の作品に蝶番というタイトルをつけました。

当初、姉と妹ふたりを描くはずだった(もとは、頓狂な姉、というタイトルだった)作品は、自分の人生すべてを出し切るうちに、やはり四人姉妹の話になっていったのです。

幼少の頃に人生を変えた劇に二つほど出会い、
上京してからのわたしの演劇は「上海バンスキンング」と「花よりタンゴ」という二つの素晴らしい作品を追いかけたことにつきるわけです。
2010年、上海バンスキングが再演するという奇跡があり、その閉幕から一ヶ月もたたないうちに井上ひさしさんがお亡くなりになりました。

世の中に4姉妹を描いた作品は、若草物語、細雪。みなさん思いつくのはそんなところでしょうか。
けれどもわたしにとっては「花よりタンゴ」この作品ほど、4姉妹をリアルにいとおしく描いたものはありません。
初演したときのアンケートでは一番下の妹たちの名前の横には10歳と12歳と書いてありました。2008年の再演では、小さな妹たちは大人になり、わたしのドレスの細かい石を縫い、アイロンをかけ、そして喧嘩も入り組み複雑になりました。

そのたびに劇作を読み直して ほんとにそうか。と思うのです。
リアルな4姉妹事情より、劇作の中にリアルがあって。愛があって。

家族というもの。

「出直すんですよ」

この佐々木のおばさんの台詞が好きでした。

昭和22年の銀座をたくましく生き抜いた銀座ラッキーダンスホールのひとたち。
蘭子さん 藤子さん 桃子さん 梅子さん 佐々木のおばさん 郵便配達夫の近藤
ピアノ弾きの森川に花売り娘。そして忘れてはならない高山金太郎。

この登場人物を追いかけて銀座で芝居をやり続け、とうとう銀座のダンスホール(ジニアス)で4年働き、わたしは人生そのものを、花よりタンゴに、蘭子さんに、重ねていきました。

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2008 9月 銀座TACTにて 井上ひさし氏の花よりタンゴを再演。
一生の宝物をくれた、作品です。

戦後の昭和を、笑いと愛で支えた、偉大な巨匠でした。

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