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2009年8月11日 (火)

広島と長崎に思うこと

8月6日と9日は、どこかで時間を見つけて、ほんの数十秒でも黙祷している。

こう書くと、志ある人間のようだが、
いつも時間に追われ、あわてて黙祷しているのが現状だ。

今年は締め切りに追われ、一部を編集者に送って、ベッドに倒れこみ、起きたら8月6日の太陽は沈みかけていた。
ひといきついて原稿を書いて、あっという間に深夜になる。
静まり返った家の中で、あの日広島にいたひとの一日はもっと長かったのだろうと思う。

こんなに静かな夜ではなかったのだろうとも。

酒井法子のニュースで吹っ飛んでしまったのは、押尾のニュースではなくて、原爆記念日ではなかったでしょうか?もちろん酒井法子のニュースにかじりついていた一人ではありますが、どのチャンネルをまわしても原爆記念日のニュースはとても短かったように思うのですけど。
人は忘れていく生き物だからこそ、せめてこんな日は思い出させてほしい。
あの日をけして忘れられないひとたちのためにも。

そんなことを考えながら11じのニュースZEROを見てたら、酒井法子のニュースをあっさり終えて、戦争の特集をしていて、わたしは感銘を受けた。

櫻井くんが9日の長崎を訪れていた。この間はアメリカのテロのあった、「0」も訪問していたし、仕事というのもあるだろうけど、言葉やまなざしを見ていて、このひとは、社会的な出来事や、それにともなった人の痛みを知ろうという気持ちがあるのだなと思った。

後世に伝えるためのDVDを製作している高校生、大学生を櫻井くんが訪問していて、
彼らのDVDの最後の言葉に、また感銘を受けた。

微力ではあるが無力ではない

ほんとうにそうだなと思う。わたしも先月からあることを始めて、まだそれは人に公表できることではないのだけど、たとえば慰問して何になるの?話を聞いてなんになるの?政治家じゃないし何も出来ない。でも、
微力でも無力じゃない。

去年までずっと夢を追いかけてきて、いわば職業という職業についてたわけではなく、もちろん今だって不安定なことには変わりはないけど、心にひとくぎりついた今年は、今まで自分の内側にしか向けていなかった目を、力を、すこしは回りのために使いたいという気持ちが増えてきた。もちろん、ひよっこがおこがましいのだけど。

ちかぢか(来年と言いたいが)、原爆記念日に、広島や長崎を一度訪れてみたいと思う。
忘れたい出来事を勇気を持って話してくれてる人が、この世にいらっしゃるうちに。
幼い頃、たくさんの手記を読んだり映像を見たが、小学校高学年になって、悲惨さがわかるようになると怖ろしくなり、それらに目を向けることができなくなった。
もう充分大人になったのだからもういちど、向き合ってみよう。
そして微力でもできることを探してみよう、偏らないように。

癒えることのない傷が、ほんのすこしでも和らぐことを祈って。

http://mainichi.jp/select/wadai/graph/20090806/index.html

これは今年の写真。カメラマンの方が撮った、2009年8月6日の広島。

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コメント

高校生の時、修学旅行で資料館に行ったけど、ただこわくて、直視出来なかった記憶がある。

ZEROわたしも見てたよ。
唯一の被爆国日本。こわくても目を背けてはいけないよね。

投稿: みずえ | 2009年8月11日 (火) 14時28分

みずえへ

ほんとそうだね。最近では「怖くて目をそむける」ことが怖いよね。目に耳に心に焼き付けなければ忘れてしまって、同じことくりかえしてしまうものね。

投稿: もかこ | 2009年8月14日 (金) 13時56分

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