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2009年4月16日 (木)

敗北、あるいは解放。

「敗北」という言葉が頭に浮かぶ日なんて、一生に何回もない。
「すごいショック」とか、「最悪!」とか、「凹むー」とか「くらったなあ…」
とかは時々あるにしろ、こんな堅苦しい二文字が、脳裏に、刻まれる日はめったにない。

でもそれは、唐突に、青く高く、瑞々しい空からだって降ってくる。
ありがたく仕事があることや、すてきなともだちや仲間がいてくれることや、
家族がいてくれることやなんかと関係なく、
突然目の前にあらわれて、そこにつまづく。そして顔面からコケル。
それは、今までで一番しっくりとぴったりと重なれたと思った、
一秒後に間髪いれずやってきたりもする。

「敗北」はひとを半透明にする。
わたしは昨日、半日半透明であった。
敗北をかみしめたことが、ある種の解放と同じとも呼べることに気が付いて、
空を感じて、足を地に張れるまでは。

もう、親友や大切なひとに黙って、「何か」、ちっぽけだけど、わたしが心から欲している「何か」を待たなくていいし、裏切られて、それを許す自分と直面しなくてもいい。
大切なひとたちに、どんどん嫌われていくひとを、心の中でかばい続けて、疲れなくてもいい。

わたしはぐっさりと、思い切りひとを傷めたのだから。
うらまれて、刺されてもいいと思えるほどの純度で。
すべては明るみに出てしまったのだから。たくさんの人を巻き込んで。

敗北、あるいは解放、を、自分の手で起こしたのに、

今だってこんなにも胸が痛い。

時間をかけてたいせつに積み上げてきたものは、
昨日、砂になってしまった。

いや、

もともとそれが砂であったことを知った。

その砂が、わたしの器官や、肺に入って、胸が痛い。

さんざん宴をして、次の日にその屋敷に行ったら、そこが、萎びた枯れ木の、
朽ちた小屋であった、おとぎ話のように、
目の前にあるのは砂で、朽ちた小屋だった。
まるでずっと、狐に化かされていたみたいに。

それを前にしてわたしは佇む。

それでも、わたしは、あの屋敷でおきたたくさんのこと、食べたこと、笑ったこと、
泣いたこと、ほんの少し、幸せだったこと、を、信じられるだろうか。

朽ちた小屋の前で、立っていると、少し風が吹いて、
宴の香りがほんの一瞬だけ、ふうわりと、した。

ここには何もない。

残ったのは香りだけ。

お粉とお香と、きぬ擦れの香り。

次に風が吹いたら、空に溶けていってしまう。

Nothing  leave  here , only me still leave  here.

秋冬と助走をつけて

春がほんとのはじまりで、夏秋冬。

春、夏秋冬、春夏秋冬、春夏秋冬、

そして、春。

きゅるきゅると時間を巻きもどして、あの頃に戻れたら。

わたしたちはお互いの間違いをきちんと正しあって、
こんなかたちでなく、一緒に居ることができただろうか。

答えが「いいえ」であることを知っていても。
そんな風に問いかけて、

いまは地団駄を。

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コメント

よくわかります。

そろそろ元気だして。

投稿: | 2009年4月22日 (水) 07時42分

↑ありがとうございます。なまえないけど。わざとね。
心配かけたひとたちの誰かですね。
たくさんのことを学びました。すこしは元気になりました。

投稿: もかこ | 2009年4月22日 (水) 13時17分

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