TOP&NEWS!!【2017 November】

中島桃果子は、芝居をこよなく愛する日本の小説家です。
現在、新作を執筆中。

【NEW!!sun
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神楽坂で隔月発行されている地域の冊子「かぐらむら」にて、
次号95号〜100号まで、わたしの書いた評伝が掲載されることになりました!親愛なる大家「長谷川時雨」さんについての評伝で、
時雨さんの代表作の一つとも言える「美人伝」をオマージュして、
タイトルは『桃果子の時雨美人伝』に決まりました。
評伝は初めてです。丁寧につとめさせていただきます!

第一回は12月1日の配布です。詳細はまたブログにて。



【お仕事の依頼についてpen

現在書き上がっていない長編が3つあるので書き下ろしのお仕事は受けられないのですが、エッセイであれば全力でお受けできます。
また、ラジオ、テレビ、呼ばれればどこへでもでます。
(こんなわたしに出来ることがあるのなら)
よろしくどうぞ。

連絡先📩 moccatina@gmail.com

**   ***   **

book中島桃果子のこれまでの著作などbook

《小説/単行本》
「蝶番」(新潮社 2009年)
「魔女と金魚」(幻冬舎 2010年)
「夕日に帆をあげて、笑うは懐かしいあなた」(朝日新聞出版 2010年)
「誰かJuneを知らないか」(祥伝社 2012年)

《短篇または文庫本》
多作家短編集「スタートライン 始まりをめぐる19の物語」(幻冬舎 2010年)
「Feel Love Vol.13 2011.3.11」(多作家短編 祥伝社ムック)
多作家短編集「眠らないため息」(幻冬舎 2011年)
多作家短篇集「密やかな口づけ」(幻冬舎 2014年)
文庫版「魔女と金魚」(幻冬舎2014年)

《エッセイ》
「はざまの散歩」(ジェイノベル2009年7月号)
「life has a funny,funny way of healping you out」(ポンツーン2011年7月号/忘れられないメロディ)
「世界がひっくりかえった日」(feel love vo.13/2011.3.11 そして今わたしが思うこと)

《官能ライトノベル》
「艶蜜花サーカス〜フィリア・ドゥ・フェティソ〜」(KADOKAWA / フルール文庫 2013年)
「甘滴恋情事(あまだれこいじょうじ)」(KADOKAWA/フルール文庫 2014年)

その他、これまでの中島桃果子の歩みはwikipediaを参照くださいませ★
(加筆も歓迎です!)

**  ***    **

confident2015年1月中旬〜ひと月ほど、幻冬舎とJACFのお仕事でUAEに行って参りました。そのレポなどはこちらから☆
http://mocatina.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-d20e.html


**  ***    **


sunKUMAMOKU Project  by Aritsitc Pantiesun
親友のご両親が営まれている一枚板の熊田木材工芸。
その仕事をみんなに知ってもらい素敵な家具たちの住処を探すプロジェクトを、2017年度より始めました!

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まずはブログ「木のまにまに」をご覧ください☆
 

**   ***   **

うたタネ♪-Salon de Utatane-💫」
うたタネ♪Utatane June&July「どこのドイツ人」は、盛況の中、無事終幕いたしました! 一緒に過ごしてくださった皆様に感謝してconfident

気になる方はこちらからご覧くださいconfident

 

**   ***   **

 confident日々のことはこちらから 

<月モカ!!> 週1エッセイ
月モカこと「月曜モカ子の私的モチーフ」は、
毎週月曜日更新です☆
_170731_0040

絵・Miho Kingo

 <Mocastagram>オフィシャルInstagram

∞モカスタグラム∞
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20170511_052531
 

<Twitter>@moccatina

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2017年11月13日 (月)

11月になりました!

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11月になりました!
だいたい月間アーカイヴのようになっているこのブログだけど、
アーカイヴというよりは総括って感じに今はなっているね。
(写真は棚ボタで宿泊させてもらった椿山荘)
あっという間に11月になったような気もしているが、
「ラグジュアリーOctober」ということを意識して、ゆったり過ごした10月、とても良かった。実は「ラグジュアリー」を意識しながら、
同時に「時間を追い越す」訓練もしていて、
それが少しづつうまくなってきたような気がしている。

日々が「回っていないsweat01」とそれだけでなんかアタアタして、
ストレスや焦燥感とか罪悪感とか「これもあれもできてない」ような感覚の中、
なんとか日々を回そうとして、また時間の下僕になってしまう。

そこで一旦「ラグジュアリー」という呪文を使って、
時を止めてみた。時、というより人生の回転を止めたくらいのアレかもしれない。
そして、これは抽象的な言い方になるんだけど、
ゆるやかにだけどもう動かなくなってしまっていたハンドルを、
全体的にゆっくりと逆回転開始させてゆくことにした。
                                      

うまく言えないんだけど、
「いちばん会いたい人にいちばん会わない」
「お金が足りないんだけどたくさん働かない」
「急ぎたいんだけど休む」
「やせたいんだけど満足いく食事をする」
「起きたいんだけど気がすむまで眠る」

みたいな感じ。
これがけっこう勇気がいるし腹を据えないとできないんだわ。
丹田で決断していないとできない。

ここにきて去年、時雨さんのお墓で聞いたような気がする言葉を本当に理解する。

「強く決心し、実行することです。貫き徹す、芯の強さが肝心です」

 

会わないのは会いたくないからではないんだよね。
(これは10月に喧嘩した羊男のこと)
いちばん会いたい時に、ぜったい会わないことが大事と思う時が、人生の中にときどきある。その相手は親友とか後輩の場合もあるし、この人をずっと愛すと決めた相手で、自分の生涯にとって大切な人だね。
なんていうか、自分がこの人をずっと愛すと決めてしまうと、
会わない間に相手にとってわたしが必要でなくなってしまったり、
誤解が深まるようなことになるのなら、
それも運命としようか、しょうがない、と思える。
それはあきらめじゃなくて、
時間は一生あるしね、という感覚。
「じぶんが決める」ってすごいな。この2年半その感覚を忘れていた。
いや、このジャンルでは「じぶんで決めた」ことってなかったのかもしれない。
常に相手の動きに対して相対的に動こうとするから、
逆にちぐはぐになっていったりとかして。

 

身銭が足りないんだけど、逆回転のために、あえてオフをとる。
働いてしまってなんとかしない。(バイトのことね)
小説を書きたいんだけど、まずはエッセイの仕事を獲ることから始めた。
これら全部に、大きな覚悟が必要で。
大きな決心を2つした10月。
「かぐらむら」での連載が決まった。

長谷川時雨さんの評伝。

「評伝」という新しい仕事。
最初草稿は「エッセイ」として書いたので書き直しになった。
第二稿、「評伝」を強く意識して書いてみて。
自分は意外と「評伝」というものが向いていることに気がついた。

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評伝にとことん向かい合い、本を読むことで、
遠のいていた「船パリ」がすこし戻ってくる。
逆回転の面白さ。

11月は10月よりさらにもっと「時間をものにしていきたい」
多分、時間をものにできていけば、体調を崩しづらくなるのではないかな、
そう考えている。

いい小説を書いてエッセイの仕事が来るようにと思っていたけれど、
いい小説を書くためにエッセイの仕事を先にとろうと今は思ってる。

逆回転。

「こうちゃく状態」にある現状を打破するためには、
全然関係ないことをするべき場合が、あるんだよな。

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2017年10月20日 (金)

速報!!!

<<速報!!>>
みんな聞いてくれ

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神楽坂で隔月発行されている地域の冊子「かぐらむら」に、次号95号〜100号まで、わたしの書いたエッセイが掲載されることが本日決まりました!!!Σ(・□・;)
(決まりました!というか自分でここに書かせてください!と直談判したですが 笑)
 
しかも、なんとなんとなんと!!
文化的、歴史的ハードルがとても高いこの冊子で、
「長谷川時雨さん」をテーマに、6回連載させてもらえることに!
(これは予想を超えていた!!!)
 
                            

わたしが公の冊子で長谷川時雨さまのことを書かせてもらえるだなんて信じられない!!!😭😭😭
                             


残念ながらこの冊子、第100回で休刊になってしまうのですが、その最後の6回に参加させていただく誉れ、そして長谷川時雨という巨匠を名もなき作家に託してくださった編集部の懐の大きさに感謝しながら、
若くして成功したにも関わらず、神楽坂の男を愛してこの地に移り住み、男を支えながら神楽坂に住み続け、またそこで「女人芸術」という大輪の花を最期に咲かせた、偉大な女流作家であり女流演劇人でもある「長谷川時雨」の背中を、公私共に追いかけて、冊子の有終の美に少しでも貢献できるよう、愛と芸術を貫いてゆきたいと思います!
わたしが書いたエッセイが載るのは12月1日の95号からです!どの店に置いてあるかなどまた追って告知します!

ああ嬉しい!!!


* * *


写真/左上から右へ(かぐらむら)(去年浴衣で時雨さんのお墓行った時の)左下から右へ(女人芸術をお供に船パリ書いている恵比寿のわたし)(女人芸術)

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人は突然今よりも大人になる

なんかふと思ったこと
今日バスに乗っていた時に、ふと自分のことを43歳だと思った瞬間があって、「え?なんで?」と思ったけど、そのあとなんとなく

「そうか、そういうことか」と思うことがあった。

サーフィンを始めた頃、サーフィンの何が面白いって「突然うまくなることだよ」ってサーファーたちに言われたことがある。

サーフィンは普通のスポーツと違って、ずっと平たい時期があって、そして突然うまくなる、それを繰り返していく、だから面白いんだよ、と。

(残念ながらわたしはずっと平たいまま 笑)

でも、それと似ているなぁと思った。
                           

 

先週わたしは土、日、と、人生の向こう10年を決めていくのだろうなあということを2つ、立て続けに決断した。(あまりにも重要で時間がかかることなのでまだ反映には至っていない)

基本的に自分が決めたことを途中で変えるということをしたことがない人生なので、きっと決めたようにするのだろうと思うのだけど、そのことによって向こう5年くらいがぐっと見定まって、

自分がどこか逆算する形で今にいるから、

瞬間的に時間軸が歪んで自分は43みたいに思ったのだと思う。


これと同じことが作家になった時に起きたので似た感じだなあと思った。
作家になった時は決断ありきの成長というよりも運命が自分を押し上げて、
作家になったということで、ぐっと視界が広がって、

気がついたら「あれ大人になってる」ということだったのだけど。
                           

 

なんでそういうことを感じるかというとどちらかと自分は幼児性が高く、

10代のような感覚のままで20代後半になり、

頭ではもうすぐ30になるのに心がついていかない、みたいなタイプだったからで、

それが急に年相応に枯れているというか成熟している自分に気づいて、

あれ、わたしなんか大人になっちゃった、と思ったことがあったからだ。
                           

 

それと同じような感じがここ2年ほどあって、

年齢の割には自分は子供っぽい感性や感覚でいるなあ、困ったなあもう38なのにと思っていたのだけど、わたしは今日、突然43歳になっている。笑。

そして変な話なんだけど、そういう階段の上がり方をすると、昨日(先週)までのじぶんーーつまり一段下にいたじぶんーーの悩みや感覚がひどくちっぽけに思えて、

なんだそんなことで悩んでいたのか、可愛いのう、みたいな気分になるのだ。笑。

 

大きな決断は人を急に大人にするのだと思う。
何かを大きく決めることで、目の前が拓けるのかな、たとえその先の未来がどう転ぶかはわからなくても。

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2017年10月16日 (月)

月モカ「雨と愛の起源」

《月曜モカ子の”私的モチーフ” 第134回「雨と愛の起源rain
文/中島桃果子 絵/Miho Kingo 

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東京も雨、滋賀も雨。

特に理由もないし、明後日には東京に帰らなくてはいけないのに、実家へ帰ってきた。
母がいろんな繋がりから「田崎のパーティ行くか?」と誘ってくれて、
ラグジュアリーOctoberをテーマに生きている今月の自分としては、そんなラグジュアリーなパーティに行ってみたかったのだが、昨日の日曜にベスフレの子守が入って、ボツになった。
真珠とドレスとラグジュアリーな昼下がりが、シンデレラとモアナの楽じゃない昼下がりとなった(モアナは全力でモアナ以外の役をわたしが演じないといけないため)
生まれて初めて、ひと月に2回も生理が来て、いいかたあれだけど月に2回も命の起源が体から流れ出て行く感じ、
流血もラグジュアリーな2回目の生理。
今月のわたしには満月が2回ある? からだはいつも正直である。

                            
愛の起源とは「ヘドウィグ・アンド・ザ・アングリーインチ」という映画に出てくる、最も重要な主題歌。
ベルリンの壁があった頃、東ドイツで生まれ育った少年は、結婚を申し込んできた黒人の軍人ルーサーと一緒になるため、性転換手術をして国境を越える。性転換手術は失敗し、怒れる1インチがヘドウィグの体に残ってしまう。その1年後、ルーサーに捨てられ、失意のトレーラーの中でヘドウィグがTVで観ていたのは、ベルリンの壁が崩れ落ちていく現実だった...
                            
こんなところから始まっていく「Hedwig And The Angryinch」を、日本人の多くは2001年に公開されたこの映画で知ったが、もともとは1994年からNYの治安の良くない安ホテルに始まり、オフブロードウェイで長く演じられてきた音楽劇である....

続きはこちら!

https://www.facebook.com/mocakonovel/posts/1535004786567046

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2017年10月 3日 (火)

10月になりました!

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あっという間に10月になりました。
9月は頭の方に弾丸で香港へ行っており、
その後「ユカワさんのこと」に追われた9月でした。
「ユカワさんのことに追われた」ということで物語的解決のような感じになっているけれども、実際ユカワさんて人がいたかどうかはわからないし、
得体の知れない何かに全てをなすりつけて解決しようとしたというよりは、
複合的に自分を追い詰めた夏というものに「ユカワさん」という名前をつけたようなもので、実際のところ、それはわたし以上でもわたし以下でもない問題だったように思っています。

いろいろ途中ははしょるが、とりあえずわたしにはラグジュアリーが足りないのだ!と、いうことで帰国後、長谷川時雨さんのお墓まいりに行ったりはあったけれど、基本的にはゆったりとした時間を過ごすことに注力することにした。
注力というのは「赦す」という意味。

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4月から書きかけの小説があって、
それが生活や体調など(そして体調など)によって、
思ったように進まないことで、生活も、心も随分追い詰められてしまった感があり、なので働ける時にうんと働いて、執筆時間を割こうとする、短期決戦型の考えを遂行しようとしては体力が追いつかずダウンをするということを繰り返した結果、自分に1秒たりとも「ゆったりとした時間」を赦していないということに気づき、それがストイックに作用して結実していたらまだ良いのだが、
結局体調がすぐれない時とかは当たり前だけどもダラダラしているわけで、
だったらもうそのダラダラタイムをセレブレーションしようか、という気分に、
香港から帰って、なったのである。

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不器用貧乏というのか、
「ゆったり過ごせない」気分の中でせめて小説だけでも進めば良いけど、
結果何も進んでない、何もしていないのに、
気持ちだけがフル稼動、という感じになっていては人生どうなのよ。
小説を書いている時間以外の時間を全否定しているということは、
それは同時に小説の生まれてくる胎内の否定に繋がるわけだし、
トカナントカ理屈つけなくたって、だいたい小説を書いていなくたって、
懸命に生きているわけだしそれでいいじゃないの。
もっと健やかであれわたし。

けれども会うたびにいろんな人に「今はなに書いているんですか?」
とか「いつになったら売れるの」とか聞かれると、
勝手に、書いていないわたしはダメなわたし、みたいな気持ちになって、
わたしの心の奥底にある「この作品はじっくり時間をかけて焦らずすこしづつ書き進めないとダメ」という絶対哲学までも、蝕もうとするので、
なんかそういったものから自分を護るだけで全エネルギーを消費している気がするし、その前に訊いてくれる人たちも、実際そんな相手を追い詰めるつもりでは聞いていないわけなのだから、これもまた自分アタックなのだよね。

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自分はたぶん、小説を書いていないと、みんなから見捨てられるような気がしていたのだと思うな。でもさそれは、見捨てられないために書かなきゃと思うだけの話で、純粋な胎動じゃないよな。だったら一旦それらごと手放してみない?

そういったような感じの9月だったように思う。
今つらつら書いたようなことはたぶん8月のテンションで、
9月のわたしは、時間をかけて肩の力を抜くことができたと思う。

今の自分は、時間をかけてようやく「そういったジレンマ」から抜け出せたように思っていて。
なので10月はとにかくゆったりと、ラグジュアリーに過ごそうと決めた。

なんかお気に入りの写真を集めて部屋に貼ったりとか、
ずっと欲しかったJo maloneのキャンドルを買ったりとか。

もっと、生きて元気なだけで最高なわたし、を豊かに肯定してゆきたい。

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そういった憑きものを、一度全部洗いおとした気がする、香港公園の、滝。



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2017年10月 1日 (日)

TOP&NEWS!!【2017 October】

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中島桃果子は、芝居をこよなく愛する日本の小説家です。
現在、新作を執筆中。

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book中島桃果子のこれまでの著作などbook

《小説/単行本》
「蝶番」(新潮社 2009年)
「魔女と金魚」(幻冬舎 2010年)
「夕日に帆をあげて、笑うは懐かしいあなた」(朝日新聞出版 2010年)
「誰かJuneを知らないか」(祥伝社 2012年)

《短篇または文庫本》
多作家短編集「スタートライン 始まりをめぐる19の物語」(幻冬舎 2010年)
「Feel Love Vol.13 2011.3.11」(多作家短編 祥伝社ムック)
多作家短編集「眠らないため息」(幻冬舎 2011年)
多作家短篇集「密やかな口づけ」(幻冬舎 2014年)
文庫版「魔女と金魚」(幻冬舎2014年)

《エッセイ》
「はざまの散歩」(ジェイノベル2009年7月号)
「life has a funny,funny way of healping you out」(ポンツーン2011年7月号/忘れられないメロディ)
「世界がひっくりかえった日」(feel love vo.13/2011.3.11 そして今わたしが思うこと)

《官能ライトノベル》
「艶蜜花サーカス〜フィリア・ドゥ・フェティソ〜」(KADOKAWA / フルール文庫 2013年)
「甘滴恋情事(あまだれこいじょうじ)」(KADOKAWA/フルール文庫 2014年)

その他、これまでの中島桃果子の歩みはwikipediaを参照くださいませ★
(加筆も歓迎です!)

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confident2015年1月中旬〜ひと月ほど、幻冬舎とJACFのお仕事でUAEに行って参りました。そのレポなどはこちらから☆
http://mocatina.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-d20e.html


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sunKUMAMOKU Project  by Aritsitc Pantiesun
親友のご両親が営まれている一枚板の熊田木材工芸。
その仕事をみんなに知ってもらい素敵な家具たちの住処を探すプロジェクトを、2017年度より始めました!

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まずはブログ「木のまにまに」をご覧ください☆

 

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うたタネ♪Utatane June&July「どこのドイツ人」は、盛況の中、無事終幕いたしました! 一緒に過ごしてくださった皆様に感謝してconfident

 

気になる方はこちらからご覧くださいconfident

 

 

 

 

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<月モカ!!> 週1エッセイ
月モカこと「月曜モカ子の私的モチーフ」は、
毎週月曜日更新です☆
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2017年8月24日 (木)

【随筆】「大いなる旅の始まり」プロローグ

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この前の「復活」という日記で、
「全方面に向けて行動を開始する」と言ったような類いのことを書いたのだけど、
その方面の1つとして、自分の旅の随筆をまとめるということをやろうと思っていて、今日から少しづつこれを遂行していくつもり。
ここのタイムラインである程度まとまったら、その旅をした年のアーカーイヴに移そうと思うがそれはまだ先の話。
あまりにも物語のモチーフになるようなエピソードは、出し惜しみつつ、
いつか冒険ファンタジーのような本にして遺したいと思っているのだけど、それももっと、先の話。
ここでは、なぁんとなく心に残っていることや刻まれている旅の記憶を元に、
それを多少でも留めておくような感じで記していきたい。
正確に「記録」できる時期は過ぎてしまった。
今からはたよりない記憶をもとに、それでも忘れられない瞬間とか感覚とかを、
わりと脈略なく綴っていくことにする。

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Liwa砂漠のSunset。

* * *

夢。
夢と旅、というのはわたしの中でわりと密接な繋がりがある。
2010年にモンサンミッシェルに旅をした時以来、
それは時々わたしに起こる出来事なのだ。
その出来事が起こると、理屈ではない部分で、旅に必然が生まれる。
この場所に来るわたしを、わたしが手前で予期していたようなそんな気持ちになる。
それは単に、旅する先で、いつか夢で見た景色と出会うという、
たったそれだけのことなんだけど。

2015年に幻冬舎の仕事で、アラビヤにまるひと月行った。
それから起きたいろいろな流れに乗っかって、2016年に1週間強、ギリシャに行った。わたしが個人的にまずまとめて整理したかったのはギリシャでの日々なのだが、ギリシャでわたしがしたことの動機のすべてにアラビヤが関係しているわけなので、誰かしら読んでくれる人のためにもここは時系列にゆこうと考え、
アラビヤから始めることにする。

アラビヤ。
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わたしが立っているこのカフェというかお店が、
わたしがアラビヤに来る前に夢の中で見た場所である。
夢の中でここは、わたしが以前働いていたAlwaysというお店で、
夢を見ていた時のタイムラインにならい、ママちゃんは、産休か何かで、
わたしは、さおりという一番親しい後輩であり仕事仲間と二人で、
夢の中でこのお店を切り盛りしていた。

するとわたしたちは何やら、ミッションインポッシブル的なミッションを与えられ、わたしはスケボー型のそりみたいなものに乗っかって、この先にある村のゲートをくぐって外に出るという夢。
ここは間違いなくその場所だった。そりで猛スピードで抜けた時仰向けに見たゲートまでも同じだった。

この場所はHeritage Villageというところらしい。
Heritage(ヘリテッジ)というのは、世襲とか、受け継がれていく先祖代々の何かしら、といったようなことで、つまりこの場所は、
近代化したドバイの街中の中で、昔ながらの雰囲気を再現した、日本で言うところの竪穴式住居とかを展示しているような、そういったエリアということで、
かといってドバイ自体は歴史も浅いので、だからといって何かピン、とくるようなものはなかった。
(でもやっぱり不思議だなあ、まったく縁もゆかりもないと思っていたこの街に、勝手に懐かしいと思う景色があるのは)
わたしはそんなことを思った。
だって、わたしの中ではもうここは、さおりと一緒に毎日にいつも働いているalwaysの店内であって、あのカウンターの内側にはおしぼり入れがあるのである、わたしの頭の中を優先したならば。

そんな具合で同じような体験をギリシャでもした。
今日はプロローグなので全体をごちゃまぜにするけど、
夢の中でそこはわたしが慕っているnanaさんという、凄まじく美人でスタアみたいな容姿なのに気さくな先輩と、二人で待ち合わせをしているBarなのだった。
わたしたちはそのプチホテルに泊まっていて一緒に旅をしている。
けれど今日はバラバラに出かけて日が落ちたらこの下のBarで待ち合わせる。
わたしが帰った頃には、nanaさんは入り口のハイテーブルで何かを飲んで待っていた。そんな夢だった。

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ホテルを予約しようとウェブを見ていた時、
この蓄音機のあるウッディなBarというかCafeの写真を見て、「んん?」と思った。
あれ、わたし、ここ、何か知ってる。
そうしてそれは本当に不思議なのだけれど、わたしはそこで一生懸命考えて初めてそういえば夢で見たことを思い出すのである。
大体の場合は。モンサンミッシェルの時はそうじゃなかったけど。
だから「その瞬間に勝手にそんな夢を見たという妄想が生まれるんじゃない?」と訊かれると、正直わからない。夢日記をつけているわけじゃないし、夢ってやっぱり起きていると薄れていくものだからね。
それでもわたしは何かどうしてもこのホテルに泊まらないといけないような気がして、その場でbookしたのである。

写真は昼間のしかないけれど、
夜中の0時にチェックインをした時(飛行機がアテネに着いたのが22じ半とかの便だったのだ)、わたしはすぐに、鎮まりかえったこのcafeをのぞきに行った。
そこは、やっぱりその場所だった。今にもnanaさんが「遅いなぁ、モカ、待ちくたびれたで」とか言って、奥のハイテーブルから言ってきそうな。
(実際はここにハイテーブルはなかった。夢の中にはあった、日本の古〜い喫茶店とかにある、変なゲーム機とテーブルが合体したような代物も)

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一人旅って誰も自分をカメラに収めて記録してくれないから、
ついこうやって街の鏡で自分を撮っちゃう。旅をしているわたし、アテネ2016。

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パルテノン神殿に向かう、とぐろを巻く坂道の途中にて。

なぜ、今日プロローグが夢の話になったのか、
自分でもいまいちわからない。
けれどもこれを最初にしておいたほうがいいような気がしたのだ、完全に脈略なく。
小説とかを書いていると、冒頭に出てきたモチーフというのは、必ず、
完全に重要な形で回収されなければならないのだけれど、
これは徒然放浪記、思いつくままゆるく行こう。
こうしてざっくばらんに書き進めて行ったものが、
ある時勝手に繋がっていくようなミラクルも、
物語を書いていたら、よくあったり、することだから。

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Liwa砂漠の空に浮かぶ、刃物のように鋭い三日月。

今日これだけの分量を書いて写真を載せたりして整えるのに、
だいたい1時間強くらい。いつもの月モカくらいの所用時間だ。
1時間強なら続けていけるだろう、いや、続けて行こう。
何か、塵のような時間を、少しづつ踏み固めて何かしら、形あるものをつくってゆこう、そう思っているのだから。1時間という時間は、わたしみたいなタイプだと、ソファに寝っ転がって、ぼやん、としていればあっという間に経つわけであって、
そしてその時間をとても愛してはいるのだけど、
必要な「ぼやん」ではなく惰性の「ぼやん」タイムは、
今後この随筆に変えてゆこうと思う。
新作執筆のいい気分転換にもなると思う。
うん。1時間は、許される気分転換だよね。

あんまりだらだら書いても仕方ないので今日はここら辺で終わって、
そもそも「旅はなぜ始まったのか」ということに始まる1章へ続く。

(読む人が読みやすいように、分かりやすく章立てしておきたいと思っていますがまだノープラン。日付を入れたらいいのかな)

Img_0529_2
わたしたちのバス、あんなに小さい。人という小さな米粒みたいなのが、
今、太陽の熱冷めやらぬ大地の上に寝っ転がっている。

          
2014年の10月、ドバイ行きの話は突然にやってきました。

                                                          

#夢 #heritagevillage
#dubai #uae #モカコと世界 #アラビヤ 
#mocavoyage #モカトリップ
#arabic #author #旅 #ぷらりアラビヤ
#桃果子的宇宙 #world #trip #journy
#女性作家

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2017年8月23日 (水)

復活。

Fullsizerender_5

おはようございます。
久しぶりに晴れ間が見えそうな東京の朝、
ようやくわたしの体調も、完全復活まであと少しのところまできました。昨日から病人生活ではない日常を送ることができています。普通に過ごしてぶり返さないか試してみています。もう大丈夫そうです。
何か病気をしたわけではありませんがまる10日ほど、つまり月の三分の一を寝込んでいたのでたくさんの方々に心配かけてしまいました。心配してくださったみなさまありがとう。
10日も治らなかったおかげで、立ち止まっていろんなことを深く考える時間をもらいました。
                          
「何かあったのかな」
って、心配してくれている人もいると思います。
何っていうか、スケジュール面、経済面、仕事面、プライベート面 体力面、と、多分いろんなことが全方位で行き止まりになったような感じで、これがダウンの原因とは言えない感じ、きっかけはあったけどそれはきっかけにすぎない感じで、いろいろの中に、大事な執筆にあてがっていた大事な休みを自らで潰してしまった、それもあります。
                           
体調も悪かったので、考えも行ったり来たり「これからどうしていくのがよいのかな」と、まとまらないまま、ぼうっと毎日を寝て過ごしていましたが、
おととい昨日と、少しずつ体が動くようになって、
全方位に関して「正しい」決断を、下すことができているように思います。正しい決断、というのは、今のわたしが乗り越えるべき壁を、自分自身で設定すると言うこと。それが他者からみて正解でなくてもいいから、自分が人生において納得できる生き方たと言えるようなことを成すこと。
「成す」ことは別に大それたことじゃなくて「もういい加減さ、こうしようよ」みたいなこと。笑。成す、というより日々それをする、という言い方の方がいいかもしれないね。

昨日からじんわり舵をきりはじめて、今日から年末に向かって、じわじわ頑張って行こうと思います。

来年の3月頃には目に見えて形となっていくような状態まで仕上がっているのが理想です、全方位。今回多分、全方位全てバランスよくというのが鍵のような気がしているので。
全方位、みなさまに良い報告ができるよう頑張ります。
今後ともよろしくお願いいたします。
写真中央は、わたしが初めて枯らさずに育てることに成功している植物で、母親がいうところ「よっぽど賢い」ポインセチア。

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2017年8月21日 (月)

糸が切れたから。

自分が思ったより復元できていないこと、
というか思ったより全然時間がかかりそうだということに、
気づいたのは悪いけど昨日のことだった。

そっか。全然時間かかるか。
仕方ないな。
蜘蛛の糸が切れてしまったんだもんな。
ぷつり、と。
同時にわたしの何かも、ぷつりと切れた。

SNSは騒がしいから、
気づけば誰も読まなくなったこのブログに思っていることを綴る。
大昔に戻ったよう。
このブログを始めたのは2006年? 2007年?
誰も読まない前提のブログだったから、
何やら思ったことを色々書いたり出来た。

誰も読まないブログを書くというのは、漆黒の銀河へ思いを放出しているようで、
心地よかった。手帳にも書くし、
読まれたくなければ文書にして保存しておけばいいのだけど、
それだとこう「ヌゥゥん」としたものが溜まっていく感じがしてしんどい。
銀河にぽぽーん、と投げかけて宇宙に受け止めてほしい。

とりあえずでも今日、出かけた。
それは進歩。
熱も夕方から上がってこなかったし。
明日から日常復帰したいな。
明日すぐに執筆をするのは少し難しいと思うけど。
心が冷静でないと、執筆というのはできないから。
作家というものは感情に任せて書いているようで、
いつも本当は真逆の仕事だから。
まずは体を鍛えたらいいと思う。
体を鍛えたらもうすこし心も強くなるかもしれない。

じぶんをちゃんと知ることが大事。
回復には時間がかかる。
それがわかったことがよかった。

もしどこかでこれを読んでいる知り合いがいても、
もしそれがわたしの友人なら、
できれば何もきかないでほしい。
これは漆黒の銀河宛て。
漆黒の銀河宛ての手紙は、わたしの心の、緊急オペ。

劇場はいつも優しい。
久しぶりに普通にアボカドとか食べてみたけど、
後で少し気持ち悪くなってしまった。

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